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悪役令嬢は居なかったはずですが

 クロエ・アッカーソンは確かに乙女ゲームの正ヒロインである。

 そしてこの乙女ゲームには各キャラクターごとに恋敵(ライバル)は居れど、悪役令嬢は存在しない。


 そう思っていた。


* * *


 事の発端はシリルとのダンスが終わり、クリフォードたちの元へ戻る途中に起きた。

 シリルは他の令嬢に誘われ2人でホール中央へと歩いて行ったので、私はその時1人だった。学園のダンスホールは広く、他人とぶつかることなど無いに等しく、また私も仮面で視野が狭いこともあり注意をしながら歩いていた。にも関わらず、ドンっと背中に受けた強い衝撃に顔をしかめる。


 相手を確認しようと後ろを向くと、ブロンドの髪。

 顔は仮面で見ることは出来ないが何となく見覚えのある雰囲気の女性がそこにいた。


「……あの」


 戸惑いながらも声を掛けると、女性は何も言わずに人混みに紛れてしまう。


「どうかしたか?」

「クリフォード様。……いえ、先ほど誰かにぶつかってしまいまして」

「この広いホールで、か。……クロエ嬢、これを」


 クリフォードは自身のジャケットを脱ぎ私に掛けた。

 何事かと驚いていると、クリフォードが私の肩を抱きグイっと体を引き寄せる。


「ぶつかられたのは背中だろう。ドレスが汚れている」

「え、」

「もうすぐ曲が終わる。とりあえずこちらへ」


 小さな声でそう言うと、クリフォードは壁際の椅子へと私を誘った。


* * *


「申し訳ありません」

「シリル様のせいでは無いのですから頭をお上げください!」


 シリルがダンスから戻り、シリルに経緯を話すとシリルはガバリと頭を下げるので、慌ててそれを制する。


「これでは折角のドレスが台無しだ。クロエ嬢、寮に替えはあるのか?」

「ドレスは何着かありますが、このような場で着るドレスでは無くて……」


 クリフォードはそんなやり取りをする私たちをお構いなしに冷静な口調で私に問いかけてくる。

 そして私は、替えは持っていないと言う何とも情けない返事をする。


 そもそも、学園の寮にあるドレスはどれもが昼間のお茶会用のドレスであり、舞踏会などで着るドレスは屋敷でその都度繕っている為、予備というものは存在しない。

 それに加え、寮のクローゼットはあまり大きくない。布をふんだんに使い、スカート部分だけでも自身が2人は入れるドレスを仕舞ったらそれで終わってしまう。


「……着替えた方が良いのですが、戻っていたらパーティーも終わってしまいますね」


 さて、どうしましょう。と首を捻るシリルとクリフォード。

 それを遠巻きにチラチラと見ているご令嬢たち。


 仮面舞踏会では身分や性別など関係なくダンスに誘えるので、ご令嬢たちはシリルやクリフォードに声を掛けるタイミングを計っているのだろう。


「あ、の、シリル様もクリフォード様もどうぞパーティーを楽しんで来てください」

「しかし、それではクロエ嬢が」

「私は……そうですね。中庭に居ります。ここではダンスに誘われそうですし」


 中庭の奥の方であればホールの光も届きにくい。

 逃げるには最適な場所だ。


「……パーティーが終わったら屋敷にお送りしますので、待っていてください」

「有難うございます。シリル様」

「では中庭までは私がエスコートしよう」

「……クリフォード様」

「ダンスはまたの機会にでも」

「はい」


 中庭の奥、ホールの光があまり届かない一角にあるベンチは、ホールの喧騒など知らないと言うようにひっそりとそこあった。

 昼間は明るく色とりどりの季節の花で彩られている中庭も、夜はただただ月と星の明かりだけが照らす静かな空間だ。


「可愛い貴方と踊るのを楽しみにしていたのだが、残念だ」


 胸ポケットからハンカチーフを取り出し、ベンチに敷いたクリフォードが、そっと私の耳元で囁く。

 青い髪が視界の隅で動いた。


「今度、また屋敷に来るといい。……ああ、シリルには内緒で」


 人差し指を口元に当て口角を上げるクリフォードに、私は頷く。

 それに満足そうに頷いてクリフォードはホールへと戻っていった。


 私は赤くなっているであろう頬を両手で押さえる。

 クリフォードとダンスを踊れなかったのは残念たが、人が多いあの中にずっと居るのは正直疲れるので抜け出せて良かった。


 ドレスを汚した人間は許せないが。


「ああでも、クリフォード様と踊りたかったな」

「……最悪だな。こんなところに先客とは」


 ぽつりと呟いた言葉に、心底嫌そうな声色の一人言が重なる。


 振り返ると、そこには月明かりを受けて輝く、綺麗な金色の髪をした背の高い男性が立っていた。

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