無色の涙
希望の朝を迎えた。
僕はリビングへ向かうと正義と合流した。
「おはよう。」
僕は懐かしく思える肉親に挨拶の言葉を投げかけた。
「おはよっ!りゅう。」
不意に涙を零しそうになるのを抑えながら笑顔を見せた。
「それじゃ早速行こうぜ!」
そう言って正義は外へと向かった。
僕は彼の背中を追いかける。
レザーの黒いブーツを履き、玄関のドアを開けた。
久しぶりの外だ。
朝のカラッとした冷たい空気を感じながら深呼吸をした。
空気が美味しい。
澄み渡った空気の粒子が肺に満ちていくのを感じる。
「ふうー。」
「おい行くぞ。」
「うん。」
僕と正義は父の軽トラックに乗り込んだ。
ラジオはつかなかった。
代わりにカントリーのCDを差し込み曲を流す。
ほかにもロック系統もあったが今回はカントリーにしておく。
―ガガガガ...ブルルルル
町から高い位置に見える坂の上に我が家はある。
長いこと坂を下ると今日の目的地である商店街がある訳だ。
肌寒さを感じながらも、人の存在から溢れ出る温かさに包まれている事で少しは寒さも和らいでくれる。
しばらく車で進むと一軒の小さな木造の小屋があった。
「少し寄ってくな。」
「オッケー。俺もついてくよ。」
正義によると小屋には銃やら何やらが保管されているらしい。
何故このちんけな小屋に、そんな恐ろしい物があるのかは分からないが正義ならやりかねない。
昔から変な物を集めては部屋に隠していたからだ。
急ぎ足で荷物を集め、車に放り込んだ。
猟用ライフルにショットガン、リボルバーピストル、トラバサミ、弾薬。
「うし!準備万端!」
そう言って正義は車を走らせた。
―10分後
正義が具合悪そうにしている。
昨日の夜も何だか変な様子ではあったが気にかけなかった。
ガードレールに車体を擦ったりと危険な運転を見せているが今のところ平気そうだ。
―30分後
商店街まで約4㎞程度の所まで来た。
「りゅう。お前車の運転分かるか?」
「一応知識だけはあるけど、実際に運転したことはないよ。」
「そっか。」
正義は青ざめた顔で汗をタラタラと垂らしている。
すると、
―キィィィィ!ガシャン!
車は道外れの木々の中にある一本の杉の木に衝突した。
「いててて。」
僕は頭を強く打った。
そのせいで目の前が揺れている。
「正義、大丈夫か?」
声を掛けたが返事はなかった。
体をゆするも反応がない。
どうやら自身も意識が朦朧としてきたみたいだ。
―カクッ
しばらく経っただろうか。
右腕を掴まれている感覚で目が覚めた。
「...んん。」
正義が意識を取り戻したみたいだ。良かった。
―グルルルウウ
何かが変だ。
自分の考えを信じたくはなかったが、覚悟を決めて横を見てみた。
するとそこに居たのは怪物であった。
正義の雰囲気は1mm程度は感じられるものの全くの別人だ。
恐怖に慄き、悲しみを感じ、絶望を飲んだ。
先ほどまでの全てが目の前、頭の中から消え去ってゆく。
不幸中の幸い、正義の体はシートベルトで身動きが取れない状況であった。
安心できた時間もそう長くは続かなかった。
怪物は徐々に狂暴化していき、暴れだした。
やがてシートベルトの安寧は解け、僕の体に食らいつこうと飛びかかってきた。
僕は涙を流していた。
これはおそらく恐怖の涙ではない。
悲しさが瞳から流れ出ているのだ。
僕は腰に着けていたナイフを取り出し、彼の側頭部に突き刺した。
何度も...何度も...。
飛び散る血液が窓を染めていく。
動かなくなった兄の姿を見て、空しさを感じ、疲れ果てた。
そして僕は限りなく気絶に近い眠りに落ちた。
絶望の夜を迎えようとしている。