安らぎの中で
夕焼けは美しい。
切なさと空しさを兼ねそろえている。
己の心に存在する微かな疑問を共に問うてくれる。
答えを導き出してくれる。
まったくもって卑怯な存在さ。
ドアの開く音も僕の意識の中では、遠い遠い世界に存在する音色であった。
しばらくすると、
「おいてめえ何してやがる!!」
誰の声か判別するまでの時間は普段の三倍掛かっただろうか。
...これは正義の声だ!
僕は安堵からなのか、首を絞められているせいか、分からないが意識を失った。
「...うっ。」
目が覚めると横には正義が居た。
久しぶりに安心できる時間を過ごしている気がした。
どうやらここはリビングのソファーのようだ。
血が付いている為、真っ白だったソファーは赤色の柄が施されたおしゃれなソファーになっていた。
「おっ目が覚めたか。」
正義の声は僕を落ち着かせた。
「まさ。ありがとう。」
「一体こいつらは何なんだ?」
横に倒れこんでいる三人組を見て言った。
僕は、はっ!と思い返すように叫んだ!
「こいつらが!こいつらが父さんと咲を殺したんだ!」
「そうか。ダメだったか。」
正義は予想していたかのように悲しんだ。
「りゅう。今世間がどういう状況か知ってるか?」
「異常な事態っていうのは分かるよ。」
「政府が各都道府県の人口を半分に減らす政策を発表したんだ。安全指定地区以外の場所にウイルスをバラまいて、いわゆる”ゾンビ”がそこら中に居る。」
「ゾンビだって!?」
「ああ。」
「でもこいつらは人間だったぞ!」
「全員が感染するわけじゃ無いんだ。傷を負った人間が、そこからウイルスに侵入されてしまうとゾンビ化する。」
「そうなのか。じゃあ父さんと咲もいずれゾンビ化するの?」
「いや、父さんと咲は既に感染していた筈だ。それでこいつらが入ってきて、仕方なく殺したんだろう」
「そっか。」
「それよりお前体は大丈夫なのか?なんともないのか?」
「頭と体が痛いけど、一応生きてるよ。」
「そうか。話すべきか迷うが、話しておく。」
「ん?なに?」
「りゅう。お前は感染したんだ。」
「え。俺は感染してない!何ともないじゃないか!」
「違う。”感染していた”んだ。」
「...」
「一か月前のニュースは知ってるか?原因不明の未知のウイルスが発生した。っていう。」
「あ、ああ。見たよ。」
「あれは政府が実験していた今回の政策に使うためのウイルスが何らかの原因があって漏れ出してしまったんだ。その内外に居た何人かの住民が感染してしまって、政策実施の期間を大幅に早めた。判別基準は分かってないが都道府県の人口の半分に政府からの案内状が届いた。安全区域へのな。」
「そんな事が...。」
「そして俺たちの家にも安全区域への案内状が届いた。」
「じゃあ何で父さんと咲は!」
「お前が感染したんだ。」
「え。」
「12月4日、朝起きると俺たちはお前の部屋から異様な物音がすることに気づいた。父さんがドアを開けるとお前が飛びついてきたんだ。だから俺は木刀を急いで持ってきて、お前を殴り殺した...はずだった。けどお前は生きてる。それも人間として。」
「え。...よくわからないよ。」
「だろうな。正直俺も全くもって分からない。普通ゾンビになった人間は、それ以上の変化。すなわち生きながらえる事はないはずだ。」
「じゃあ僕は...。」
「おそらく俺の予想だが、お前にはウイルスに対する抗体がある。子供の時から病気はすぐ治るし、ケガもすぐ治ったろ?特別な何かがお前の体で働いているんだろう。」
「...。」
「そしてその時に父さんと咲がお前に嚙まれたんだ。」
「くそっ!」
そう叫んで僕は壁を思いっきり殴った。
正義はそれを何も言わず見つめていた。
「これからどうしたらいいんだよ。」
僕は嘆くように言った。
「案内状を持って安全区域に行く。」
「どのくらいかかる?」
「安全地区までは約100㎞だ。迂回する場合もあるだろうからな。おそらく3日か4日は掛かるだろうな。」
「もう21時だ。今日はここで休もう。最後の実家滞在だ。ゆっくりしておくといい。」
「うん。」
僕はシャワーを浴びるとリビングへと向かった。
「まさ。美味しそうだねそれ!お腹空いたなー美味しそうだなー!」
「分かったよ。」
―カチャッカチャッ
そう言って別の皿に取り分けてくれた。
「へえー。カルボナーラなんて作れるんだ!」
「まあな。」
僕は一口口に含むと余りの美味しさに驚愕した。
「んまい!んんまい!」
「だろう?正義シェフのスペシャルディッシュだ。」
僕は無我夢中に食らいついた。
「ふう。美味しかったあ。ごちそうさまでした!」
「おそまつさまです。」
僕は幸福感に包まれながら幸せを噛み締めていた。
そして疑問に思っていたことを質問した。
「なんで咲と父さんは避難しなかったんだ?」
「ああ。咲が、兄ちゃんを置いてけない!なんて言い出して聞かなくてな。」
「安全区域に行けば助かったかもしれないのに。」
僕は、咲が僕を想ってくれたことに対して物凄く嬉しく思った。
「お前の事大好きだったからな。父さんも最初は、逃げよう!なんて言ってたけど結局、柳一郎!お前を置いてかない!なんて言ってずっと傍に居たぞ。」
「父さん...。」
僕は二人の事を一生、そして来世までも忘れないと誓った。
誓わずとも忘れられないだろう。
「その間にもゾンビが強襲してきたり、強盗が訪れたりと大変だったんだぞ。父さんと咲はお前に噛まれてから、結構な日にちが経っても感染しなかったんだ。家族の愛ってのは本当に凄いものだな。通常だったら一日かそれ以上早く感染するはずだ。」
僕は涙が溢れ出した。
止まらない。
「...父さん。咲...。」
「俺は一週間と少し経ったあたりで警察署の方に呼び出されちまったから家を出たけどな。」
「それで、街の状況どう?」
「ひどい有様だ。ゾンビはもちろんの事、生き残った連中も強奪、強姦、強襲、殺人。滅茶苦茶だ。」
「生き残った人間同士で助け合うべきなのに。」
「仕方ないさ。異常な状況下の中正常でいられる人間のほうが少ない。少数派だがもちろん穏健派の人間もいる。」
僕は少し安心した。
「さあ、明日の予定について話そう。」
僕は水を飲む手を止めた。
「OK」
「まずは家を出た後父さんの車で商店街へ向かう。」
「うん。」
「そしたら、まずはそこで物資を集める。おそらく残っている物は少ないと思うが無いよりかはましだ。」
「そうだね。」
「明日はその商店街で滞在する。」
「そっか。じゃあついでにバイト先の堀田商店も覗いていい?」
「ああ。いいよ。」
「ありがとう。」
「よし!じゃあ今日はとりあえず、明日の準備をして寝よう。」
「おう!」
「それじゃ俺は自分の部屋行くから。」
「わかった。おやすみ。」
「おう。おやすみ。」
少し虚しさを孕んだ口調で言う。
「さて、明日の準備をしよう。」
いつも使っている少し濃い目の薄橙の布製リュックサックに入れていく。
包帯、絆創膏、サバイバルナイフ、そし一階のキッチンにあった缶詰達。
タオルと、水も欠かせない。
あとはバットも持っていこう。
そういえばネットで買ったクロスボウもあったはずだ。
押し入れに隠しておいたクロスボウをリュックサックの横に置く。
矢も準備OK!
これで準備は万端だな。
目覚まし時計のアラームは一応切っておこう。
「こいつも持っていくか。」
そういってお気に入りの時計もリュックサックに入れた。
「おやすみなさい。」
そう言って、満天の星空を見つめながら眠りについた。
カーテンの隙間から漏れる朝日の温かく思える明りに照らされながら目を覚ます。
不思議と眠気はない。
何故だろう。
固く決意された意思のせいだろうか。
おそらくこれもすぐに消え去ってしまうのだろう。
そんな事を考えながら、お気に入りのジーンズ、そして白いTシャツと、黒のレザージャケットを羽織る。
外は寒いだろうからネックウォーマーと、防寒靴下も履いていこう。
リュックサックを背負い、クロスボウを担ぎ、バットを持つ。
「さあ、行こう。」
バットとサバイバルナイフほど有能な武具は、中々見つけることが出来ない。
最初に発明した人に尊敬の意を込めてお辞儀がしたいです。