普通の中身の内側
畔道柳一郎 高校生 17歳 誕生日1月6日
父親 元 電気工 48歳 誕生日1月1日
兄 正義 警察官 25歳 誕生日7月13日
妹 咲 高校生 15歳 誕生日 10月24日
元恋人 伊藤真理 高校生 17歳 誕生日5月7日
僕は驚きを隠せなかった。
窓にうっすらと映る自分の姿がまるで別人であったのだ。
顔はやせ細り、首元は今にも折れそうなくらいであった。
外の景色は今までと変わり映えはしなかった。
とは言っても、午前4時45分に目覚まし時計をセットしているので外が賑やかである方がおかしい。
そして何故だろうか。
まるで頭と全身が痛みで悲鳴をあげているようだ。
それはさておきスマートフォンを手に取り、日付を確認する。
12月3日でないことを確認すると、インターネットが途切れていないことが分かった。
しかし見間違いだろうか。
日付は1月4日。
一か月経っている。
何かの不具合によって発生しているものだと思ったが、体の衰弱具合から納得してしまう部分もある。
「みんなは!?」
ふと思い出したように家族を確認するため部屋を出る。
いつもとは違う淀んだ空気が漂っている。
床には埃が薄く被さっている。
妹の部屋が横に、父親の部屋が正面に、そして兄の部屋が一階にある。
どこの部屋から調べるか数秒迷ったが、まずは父親の部屋から調べることにした。
「え。」
荒らされた部屋は、空き巣にでもあったかのような様子であった。
机の引き出しは無造作に開けれており、タンスの中の洋服も持ち去られている。
ベットだけは綺麗だ。
となると使っていないか、毎日整頓されていたのか。
そして机の上には会社の部下や上司、同僚の連絡先が書かれている紙が置かれていた。
この様子から、外で何か非常事態が発生している事は分かった。
それが何かは全くもって予想もつかない。
自然災害なのか、人為的な災害なのか、それとも神からの悪意満々の送りものなのか。
一通り確認すると僕は部屋を出た。
次は妹の部屋だ。
「よし。」
覚悟を決めるように、一息ついてからドアを開けた。
予想はしていたが咲は部屋にいなかった。
咲の大好きな漫画達は寂しそうに放置されている。
ただ一番のお気に入りである”奇跡的な発酵~生命の誕生~”の全巻は抜き取られている。
他は、服とリュックサックが持ち去られている。
父親の部屋とは違い、部屋は綺麗なままだ。
となるとこれは、第三者による空き巣などの行為ではないのか?
いや、グループ的な行動であったら、ガサツな者、几帳面な者、様々な性格の者がいるだろうからまだ分からない。
「ふぅ。次は正義の部屋に行ってみるか。」
二階の安全を確認したため少し緊張が解けたが、一階に降りるよう決断すると緊張がテクテクと戻ってきた。
「さあ。行こう。」
一階へ降りると、玄関が5.6メートル先目の前にある。
その少し手前の右側に兄の部屋がある。
彼の部屋は和室だ。
ふすまに手をかける。
開けてみると特に変わった様子もなく、いつも着ているスーツが無くなっているだけだった。
いや、それともう一つ。
壁に立て掛けてあるはずの木刀が無くなっている。
なにか暴力的な問題が起きているに違いない。
部屋を出ると次はリビングに向かった。
正面にリビングへ入るためのドアがある。
中に入ると同時に、頭そのものがどこかに吹き飛んでしまったかのような衝撃が僕の背骨のあたりを走った。
「なんだよこれ...。」
そこには体の一部が引きちぎられたのか、叩き潰されちぎれたのか分からないが、元あるべき人間の姿とは違う父親と、咲の姿があった。
信じるにも信じきれない光景を目の当たりにして、思考回路が停止してしまった。
「まだ生きてるかもしれない!」
そう言って僕は二人の脈を確認したが、脈拍は黙り込んだままだった。
それはそうだ、体と離れ離れになった太ももの付け根からは大量に血が流れ、その血はすでに乾いて固まっている。
「...咲。...父さん。」
僕はその場に座り込み、しばらく放心状態でいた。
目から涙が止まらず、着ていたTシャツは水遊びをした後の子供のようになっていた。
涙が止まらない。
体中の水分が失われていく。
―バタッ
僕は崩れ落ちた。
何も考えることが出来ない。
いや、何も考えたくないだけなのかもしれない。
どちらでもいい。
少し眠ろう。
動ない二人の家族のそばで眠りに落ちた。
「ふあぁ。」
僕は空腹と渇きで目が覚めた。
真っ白だったTシャツは床で固まっていた血によって赤く染まっていた。
「お腹が空いた。」
それはそうだ。一か月間眠りに落ちていて、なおかつ先ほどまでも寝てしまっていたのだ。
屍ではあるが、家族と一緒にいた為か緊張が解けた。
涙を流したのも効果的だったのだろう。
徐々に人間的な機能が復活してきた。
全身の痛み、空腹。
とりあえず僕は水分を摂ることに決めた。
水道の蛇口を捻ると透き通った綺麗な水が流れ出した。
インターネットが機能している。水も通っている。
冷蔵庫の動いている音が聞こている事から、電気が通っているのも分かる。
いったい何が起きているのだろう。
―ゴクッゴクッ
水を水道口から直接飲む。
しばらく飲み続けた。
3Lは飲んだだろうか。
これほどまでに水が美味しく感じたのは小学生の運動会以来だ。
さてお次はお食事タイムだ。
冷蔵庫を確認してみると、ほとんどの食材が無くなっていた。
残っているのは、豆腐と納豆、そして卵。
僕の好きなものだ。
「ラッキー!」
まずは豆腐を皿に出し、運よく醬油も残っていたので、上にかける。
その豆腐の上にかき混ぜた納豆を乗せる。
「これがまた絶品なんだ。」
それをカウンター席に置いておいて、次は卵を活用する。
これまた運よく油が残っていたのでフライパンに乗せ、ガスコンロに火をつけ、温める。
「...ごま油か。惜しい!」
そして卵を投入する。
―ジュワア
美味しそうに歌を歌っている卵。
余計お腹が空いてくる。
そしてしばらく経ってから弱火にする。
水をかけ、蓋をし、またしばらく待つ。
「よし。このくらいだろう。」
蓋を開けると卵の美味しいにおいが天井までこみ上げる。
目玉焼きの完成だ。
皿に移し、カウンターに置く。
お次はスクランブルエッグだ。
3つほど卵を混ぜ合わせ、ごま油の乗ったフライパンに投入する。
―ジュゥウ!
15秒ほど放置する。
そこからかき混ぜ、また放置する。
最後にサッとかき混ぜたら完成。
皿に乗せ、これもまたカウンターに置く。
もう一品欲しいと思い、キッチンの引き出しを探してみると缶詰達が気持ちよさそうに寝ていた。
その中からポークビーンズを選び、皿に移し電子レンジで温める。
その間に水を飲む。
―ゴクウ
「んまい!」
少し待つと、電子レンジが愉快な歌を歌いながら僕を呼び始めた。
アツアツの皿をカウンターに置き、スプーンを持ってきた。
久々の食事は質素でも豪勢に見えた。
「いただきます。」
後ろにいる家族たちと共に静かな食事を始める。
「...ふう。ごちそうさまでした。」
お腹いっぱいにはならなかったものの、腹七分くらいにはなっただろうか。
腹が膨れたおかげか、緊張はすべて解れた。
その途端、あることに気づいた。
なぜ今まで気づかなかったんだ!
「...正義がいない。生きてるのか!」
外で何が起きているか分からない以上、この家から出るのはやめておこう。
僕は何日か待ってみることに決めた。
正義は警察官だ。
外で何が起きていようと、そう簡単に死ぬはずがない。
とりあえず落ち着いたところで、父さんと咲を二人の部屋に運ぶことにした。
せめてベットの上で安らかに眠りたいだろう。
この際重いだなんて一ミリも感じなかった。
二人を運び終えると、そっと頬にキスをした。
また涙が溢れてきた。
今までずっと僕に優しくしてくれた。
血が直接繋がっていないにも関わらず。
わががまな僕を許してくれた。
二人の部屋を出る際、僕は深くお辞儀をしてから出た。
自分の部屋に戻ると、今日起きた衝撃的な出来事のせいで忘れていた時間を思い出した。
開かれたカーテンの先に見える景色は夕暮れ時であった。
橙色に照らされた家々の窓や、公園、電柱、少し遠くに見える商店街。
それらを眺めている内に、これは現実なのか少し疑いを覚え始めた。
こんなにも平和的な景色が暴力的な世界を生み出すはずがないのだ。
しかし、ところどころで煙が上がっているのを見ると夢ではないことがわかる。
そんな景色をみて黄昏ていると...
―ガチャッ
しまった!...そういえば戸締りを確認していない!
どうやら話し声が聞こえる。
「今日は女一人だけだったな。ちきしょう!」
「一人で十分だろうが。」
「一つのオモチャを二人で使うのは窮屈でしかたねえ!」
「そうだな。明日は一人一個が目標だ。」
「だな!思い出したら興奮してきちまった。ちょっくらトイレ行ってくるわ!」
「おう。」
―ドスッドスッ
...二階に上がってくる!
二階にトイレがあるのを知っている辺り、ここに来るのは初めてじゃないようだ。
ということは父さんと咲を殺したのはこいつらか!
でも僕に勝算はほとんどない。
戦うのは無理がある。
「くそっ。」
...ん?今二人組の内一人が二階のトイレで作業中なんだよな。
イケるかもしれない!
僕は部屋に置いてあるバットを握りしめ、リビングへと忍び足で向かった。
今にも滑って転びそうなほど、汗が噴き出ている。
目にも汗が入り込んでくる。
ようやくリビング前のドアまで到着した。
鼓舞の意味合いを込めて、手の甲の皮を思いきりつねった。
血が出てきて、アドレナリンも出てきた。
心の準備をしている時間も惜しい。
「行くぞ。」
僕は小声で意思を固めた。
―ガチャッ
「...なにっ!!」
思わず声が出てしまった。
彼らは二人組ではなく三人組だったのだ!
大柄の男と、背は低いがガタイのいい男が同時にこちらを見る。
―へへへっ
小柄の男は、ジェットコースターに乗る前のような楽しみを含んだ笑みを浮かべながらこちらへ歩み寄ってきた。
大柄の男は、一度はこちらを見たが直ぐにナイフの手入れを続け始めた。
僕は全身の力を振り絞った鋭いフルスイングを放った!
「どうりゃあ!!!」
しかしその一撃はするりとかわされ、その代わりに僕の腹に重い衝撃がジーンと広がった。
ボクシングでもやっていたのだろうか。
痛みが中々退かない。
僕がよろめいていると後ろから抑え込まれた。
先ほど二階にいた男だ。
ダメだ...終わりだ。
―ガチャッ
ドアの開く音がした。
それは絶望の付け足しなのか、それとも希望への先駆けなのか。
柳一郎が最も好きな食べ物は、きゅうりの浅漬けです。少し薄味だと最高らしいです。