普通の中身の外側
登場人物
畔道柳一郎 高校生 17歳 あだ名:りゅうちゃん
父親 畔道元
兄 畔道正義
妹 畔道咲
? 伊藤真理
ピピピピピピッ!!!
いつものようにお気に入りの目覚まし時計が僕に話しかける。
彼は銀色の塗装が施された一見地味なデザインであるが、魅力はそのシンプルさにあると思っている。
僕は重く感じる体をねじるように起き上がらせる。
「いよいしょっとおう!おうおう!」
掛け声のような、今日も始まる憂鬱な一日への虚しさをかき消すための声をあげた。
あくびをしながらカーテンを開けるとまだ薄暗く、気温ではない別の冷たさを感じる景色が目に写る。
季節は冬に入ったばかりの12月3日。
高校生である僕にとっては、冬休み前のラストスパートと言ったところ。
今日は土曜日。
昨日の疲れも残っている中、今日もアルバイトである。
朝の六時から一人で店の開店準備を任されている。
今のアルバイトは中々に長く続いており、一年と半年が過ぎようとしている頃だ。
小さな店ではあるが、昼前になると常連のお客さんで溢れかえる。
食材を買いに、お菓子を買いに、お酒を買いに、煙草を買いに、老若男女の人々が訪れる。
「腹減ったなあ。」
そんなことを呟きながら朝ごはんの準備を始める。
朝ごはんは重要だ。
食事という行為は人間にとって必要不可欠だし、好きなものを食べると幸福感を感じることができる。
それによって今日も頑張ろうという気持ちになれる。
昨日学校帰りに買っておいた、オレンジジュース、ピリ辛のソースとウインナーとチーズが入ったブリトーを準備する。
ブリトーを電子レンジに入れ、タイマーをセットする。
その間にオレンジジュースを飲みながらスマートフォンでニュースを確認する。
「”原因不明、未知ののウイルスが発生”かあー。大変なこった。」
他人事のようにオカルトチックな現実味のない記事に面白可笑しく見入っていると、電子レンジの僕を呼ぶ声が聞こえてくる。
ちゃらりららーんちゃりらーん♪
まったくいつ聴いても陽気なメロディーだ。
電子レンジを開けると湯気の立ったブリトーが美味しそうに横たわっている。
アツアツになった朝ごはんを掴むと、火傷しそうになりながら机へと運ぶ。
「いただきます。」
オレンジジュースを口に含み、飲み込む。
一拍置いて、ブリトーを頬張ると幸福感に包まれていく。
ピリ辛なのがポイントである。
朝から刺激を受け、ロックンロールな僕が誕生する。
朝ごはんを済ませると、時刻は午前五時五分。
トイレへ駆け込むと用を足しながら英単語を口ずさむ。
「unbelievable,universality,fermentation」
我ながらイケてる。
トイレを出ると次は、音楽を聴く。
主にクラシック。
時にロック。
題名を覚える気なんて殆どないので、好きな曲を聞かれたら少し考えてしまう。
クラシックを聴きながら煙草に火をつける。
五分間ゆったりとした時間を過ごすと、次は歯を磨く。
今度はロックを聴きながら。
時折エアギターを披露する。もちろん観客はいないが。
そして数分ボーっとしていると、バイトに行く時間になった。
アルバイト先には約10分もあれば到着する。
家族の父親、兄、妹が寝ている中、玄関に向かい、家を出る。
2万円のマウンテンバイクが僕の愛車だ。
高校一年生の頃、原動機付自転車の免許を取ったにも関わらず出費を渋り、購入には至らなかった。
自転車は運動にもなるし、健康的だ。
いつもの道を颯爽と駆け抜けてゆく。
今だけ俺が一番だ!なんて意味の分からないことを胸の中で叫んでいると到着した。
鍵を開け、事務所に入ると出勤表に”畔道柳一郎”と書いてある。
案の定今日も開店準備は僕一人だ。
ささっと30分程で開店準備を済ませ、開店する。
そこから休憩も込みで8時間働いた。
「ふうー。終わった!」
私服に着替え帰路につく。
家に帰ると時刻は14時半。
塩味のカップヌードルにお湯を入れ、机に置く。
内側の線より少し高い位置までお湯を入れるのが、マイカップヌードルだ!
3分間待つ間に、コップに水を入れ飲み干す。そしてまた注ぎ足し、机に置く。
ボーっとしていると何分経ったのか忘れ、気持ち長めに待った後、食べ始めた。
「んまい!」
そう言いながら食べ続けスープまで飲み干すと、至福を感じ疲れも吹き飛んでいくようだった。
部屋に向かいギターを手に取る。
小声で歌いながらギターを弾く。
今日はバラードの気分なのでそれっぽい曲を歌う。
そうこうしている内に時刻は夕方五時半を迎えていた。
「筋トレタイムだぜ。」
トレーニングを始める。
まずは中段突き100回、上段蹴り50回、中段蹴り50回。
一時期空手をやっていたので、今でも続けている。
そして次は25キロの強化ベストを装着し、腕立て伏せを三種類各20回ずつこなしていく。
次は強化ベストを外し、腹筋を鍛える為の上体起こしを50回。
これで大体30分。
これらを終えると時刻は18時。
トレーニング後の煙草を吸うと、一段落。
「ゲームでもするか。」
家庭用ゲーム機"PW4"を起動する。
半年前に発売したPlay Without4だ。
アクションゲームの”じゃんじゃんやっちゃおうぜ!”が最近のお気に入りだ。
オープンワールドゲームで、時代設定は縄文時代。
なぜか異様に美男美女のキャラクター達が笑えて来る。
だがストーリーは涙もんさ。
手元にバスタオルを用意しとくと良いぜ。
そんなこんなで2時間が経つと、下のリビングから賑やかな声が聞こえてくる。
「お兄ちゃんごはーん!」
妹の声が聞こえてきた。
僕と家族は直接血が繋がっている訳ではない。
僕が3歳の時、母親が行方不明になった為、彼女の兄である現在の父親に預けられた。
そんな父親も一昨年離婚し、今ではシングルファザーとして三人の子供を養っている。
リビングに向かうと、机には大皿に乗った、ポテトサラダ、回鍋肉が並べられていた。
「おぉーうまそー!」
そう言いながら僕は座椅子に座った。
父親、兄、妹、そして僕。
家族で囲む食卓。
この小さな幸せを僕は感じていた。
「そういえば柳一郎、トイレがピカピカになってたけどお前がやってくれたのか?」
父親が言う。
「ああ、さっき小便しに行ったついでに掃除しといたよ」
「お前って奴は何て良い子なんだ!よーしよしよしゃ!!」
感動した様子で僕の頭をくしゃくしゃにする。
「やめろー!」
笑いながら僕は叫んだ。
気づくと1時間が経っており家族団らんを終え、皿を洗った後部屋へと戻る。
布団に寝転がると、ドアをノックする音が聞こえた0.5秒後にドアが開いた。
「おにーちゃんっ!」
妹だ。
「どうした?」
「彼女できた?」
「いないいない。」
「いい加減作ったら?」
「そうだなー。」
「前の彼女さんのことは残念だけどさ。前に進まなきゃ!」
そう。僕の彼女は二年前の高校一年生の頃に病気で他界した。
いつでも元気で幸せそうにしていた彼女との最後はケンカだった。
連絡をせずに二週間が経った頃、彼女の死を知った。
後悔と、懺悔のしようもない現実に苦しみ、気づけば2年が経っていた。
「それより咲も早く彼氏作れよ。」
「だって出来ないんだもん。仕方ないじゃん!」
「運命は唐突さ。明日できるかもな。」
「かもね!ありがとう!」
「シャワー浴びてくるから咲もそろそろ寝ろよ」
「はーい」
そう言い部屋を出た。
シャワーを済ませ髪を乾かすと、寝る準備に入った。
布団に入り、彼女の事を思い出す。
「真理。俺どうしたらいいんだよ。」
彼女の名前を口ずさみ泣いた。
気づくと闇に吸い込まれ、眠りに落ちていた。
ピピピピピピッ!!!
目覚まし時計の呼びかけに答え、彼の暴走を止める。
いつもより重く感じる瞼を擦りながら起き上がる。
カーテンを開け、いつもの景色が広がっているのを確…。
「な、なんだ…これ。」
柳一郎の目に何かが写った。
それは終焉の光景なのか、それとも鳥のフンが窓にこべりついていたのか…。
ちなみに柳一郎が吸っている煙草の銘柄はhighlightです。
どうやら、わかばも好きらしいです。