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ミエルモノ、ミエナイモノ  作者: crow_cage
2/2

後編

毎日と同じ心地よい朝。

いつもと変わることなく準備をして、いつもと同じ時間に家を出る。いつもと同じ道。いつもと同じ空気・・・。しかし今日はいつもとは決定的に違うことがあった。

「・・・なんで、あなたがいるんですか?」

学校へと向かう私の数メートル後ろには、なぜか進藤大輔がいる。

「何でって言われても、学校行きたいし。道まだ覚えてないからね」

ちなみに私の家のすぐ近くで私を待っていたようだ。私を見つけるなりすぐに近くへと飛んできた。

「じゃあ他の人と一緒に登校したらどうですか?」

すぐに声をかけてきたけれど、相手にしなかったら同じスピード、同じ間隔でずっとついてきているのだ。思わず耐え切れなくなって話しかけてしまった。

「だって鈴以外誰も知らないからさ~」

「あのね!別に私達だって友達とかそんな関係じゃないでしょ?ただの顔見知りよ?」

思わず声を荒らげてしまう。その声を聞いたのか、近くにいた同じ学校の生徒達がヒソヒソと話をしていた。

「それに、私の近くにはいないほうが・・・」

「関係ないよ」

少しトーンが下がってしまった私の声を掻き消すように、進藤は声を出した。

「えっ?」

「関係ないって言ったんだ。他人がどう思おうが関係ないね。勝手に変な想像させとけばいいさ」

そういいながら、突然私の肩に腕を回してきた。

ドッ、

次の瞬間、私の右ひじは進藤のわき腹の中へとめり込んでいた。

「~~~~~~~~~~~~~」

進藤は何も言わずによろよろ離れると、小さくうずくまってしまった。もちろん私は手を差し伸べることなどするはずもなく、何も言わずにスタスタと歩いていく。

「もっとちゃんとしたらいい男なのにな~」

ため息混じりにつぶやいた。

「そうか、オレはいい男なのか」

突然すぐ横で声がしたと思えば、先ほど地面にうずくまっていた進藤が満面の笑みですぐ横を歩いていた。

「あんた寝てたんじゃないの?」

少し驚いたが、驚いたことが相手に知られるのが癪なので、平然を装った。

「朝は弱いほうだけど、道の真ん中で寝たりはしないよ」

満面の笑顔で、こちらに顔を向ける。何かおちょくられている気がする。

「それにしても転校生がこんなにゆっくり登校してもいいの?最初は職員室に行って学校の説明とか受けるんじゃないのかな?」

わざと嫌味ったらしく言ってみた。慣れないことはするものじゃない。思いっきり失敗して変なしゃべりになってしまった。

「学校の説明か~、いいなぁ、受けたいなぁ」

ぼんやりと空を眺めながら進藤はつぶやく。

「いいなぁって、これから嫌でも受けないといけないわよ」

「受けないよ、俺」

「えっ?」

「だって俺転校生じゃないし」

この男は本当に何を言っているのだろうか?

「転校生じゃないって、じゃあ最初からこの高校の生徒だって言うの?」

すでに学校の横の道を歩いていたので、校舎を指差しながら皮肉げに言ってやった。今回はなかなかうまくいったと思う。

「違うよ。俺は高校通ってないもん」

変な答えが返ってきた。

「えっ?通ってないって・・・。えっーーーーーーーー」

驚きの声と重なって、学校のチャイムが響いてきた。どうやら進藤と話したりしているうちに歩くペースが遅くなっていたらしい。

「やばい!遅刻だ!」

すぐさま校門へと走っていく私に進藤は笑顔で手を振っていた。




ぎりぎり遅刻をしてしまった私に担任は何も言わずに朝のホームルームを続けた。もちろんそんな事は予想通りだ。どうせ、私に恨みを買えば殺されるとか考えているのだろう。くだらない。

いつも通りの冷たい視線を浴びながら自分の席に着く。今日は遅刻をしたせいかいつもより視線が多い気がする。いつもならみんな無視を決め込むのに・・・。

「・・・っというわけだ。それと今日は生徒委員会があるらしいから、委員のものはちゃんと出席するように」

担任はそういうと出席簿を軽く振り回しながら教室から出ていった。そのとたん教室内の空気は一変する。席を立ち友達と話しに行くもの、携帯電話を取り出しメールや電話をしだすもの、授業の予習をしだすものや漫画を読むもの・・・。一時間目の授業まであと三分。私には友達がいるわけでもないし、何かすることがあるわけでもない。ただ机にひじを立て、頬杖をつきながら窓の外を眺めた。校庭では一時間目が体育の授業なのだろう生徒達が体操服に身を包み、ぱらぱらと歩いていた。そういえば今日はこのクラスも体育がある。運動が嫌いな私をその事を思い出し気分が沈んだ。そして視線を泳がせると、校門の影に以前と同じ人影があった。

「んっ?」

よく目を凝らしてみると、それは進藤だった。

「あっ」

思わず声を出してしまった。教室の空気が一瞬固まる。私は何も言わなかった。

キーンコーン、カーンコーン

授業の開始を告げる鐘が響いた。今日も退屈で長い一日が始まる。



勉強は好きだ。知識を詰め込む以外何も考えなくていいから。今まで知らなかったことを知るのも好きだし、いろんなことを考えるのも好きだ。何よりも授業と言うこの時間だけは、まわりも私を意識しない。そのせいか私の成績は常にトップクラスだ。友達とテレビ、音楽、ファッション、趣味、恋愛ごと・・・、そんなことを話さなくてもいいし、考えなくてもいい。ここに来れば、私は勉強だけに頑張ればいいのだからそれも当然かもしれない。私がもし勉強自体好きでなければ、この学校と言うものはとても退屈なものだったに違いない。

しかし今日は何だ?とても気が散る・・・。

ふと視線を校門へと移した。そこには先ほどとは少し違うポーズだが進藤がいた。

ずっとあそこにいるつもりなのだろうか?まだ一時限目だ。学校が終わるまで、後五時間以上はかかるのに・・・。そもそもなんでそんなことをする必要があるのだろう?前だってあそこに立っていた・・・。いや違う。確かにそのことも気になるが、もっと気になることがある。何かが頭の中でモヤモヤと蠢いているのだ。それが何かわからない。何かが凄く気になるのに、その何かが何なのかがまったくわからない。頭のモヤモヤは不気味に私の頭の中で重みを増していく。何か大切なことなのに・・・。

「・・・では、河野さん」

わからない。私の頭で何かが警告を発しているように感じる。どこにも危険なんてないし、気をつけないといけないことなんかないのに・・・。

「・・・河野さん?・・・河野さん?」

気持ち悪い。この不快感はいったい?

「河野さん!!」

「はいっ!」

突然大きな声で呼ばれ、視線を教壇へと戻す。もちろんそこには先生が立っていた。メガネをかけていて初老の女性だ。ほかの先生は私を腫れ物を扱うように授業をする。もちろん当てられることもないし、授業中に何をしても怒られることは無いだろう。しかしこの人はちがう。自身の教育信念かもしれないが、私をほかの生徒と分け隔てなく接してくれる。もちろん授業中には当ててくるし、怒ってくることもある。その先生が、眼鏡越しにでもわかるぐらいに怒っている。そしてふと気付くと、教室の誰しもが私のほうを向いていた。

私は授業中であるにもかかわらず、余計なことを考えていたのだ。馬鹿なことをした。こんな事は何をすることも無い休み時間にでも考えればよかったのに・・・。いらない注目を集めてしまった。

「・・・じゃあ今の和訳を言ってみて?」

少しのし沈黙。もちろん何を言ったのか聞いていなかったのでわかるはずも無い。

「すみません。わかりません」

すると先生は軽くため息をひとつつき、教室全体へと視線を移した。

「じゃあ、わかる者は?」

すぐに一人が手を上げる。私の隣の席、桜井だ。この男は頭はいいが性格がいまひとつだ。成績のことで対抗意識を燃やしているらしく、いつも私の点数などを気にしてくる。案の定スラスラと和訳を答えた桜井は、得意げに口の端を上げながら席に着くと、その人を見下したような顔のままでこちらに顔を向けた。やはり今日も退屈で最悪だ・・・。




つまらない時間が淡々と過ぎていく。トイレと教室移動、体育、お昼の時ぐらいしか席を立たないから、いつか私のお尻には根っこが生えてくるんじゃないかと思う。もちろん動かないし話をしない私は、暇さえあれば校庭を眺めていた。そして進藤もずっとそこにいた。何をするでもなく、ただ軽く歩いたりしながら学校の周りをうろうろと徘徊していた。何をしているんだろう?と思い、頻繁に眺めていたせいで、今日の授業ははほとんど頭に入らなかった。

「はぁ~・・・」

そうこうしているうちに、学校の終了のチャイムが鳴り響いた。今日一日、何かとても疲れたような気がして私はため息をついた。横にかけていたかばんを机の上に置き、教科書やノートをつめていく。

「はぁ~・・・」

手を止めて、思わずもうひとつため息・・・。ふと窓の外を見ると、やはり進藤がいた。私は三度目のため息をしながら軽く膨らんだかばんを閉めた。と同時に、桜井が席を立った。

「窓の外ばかり見て、いつものお前じゃないな・・・」

教室の出口へ向いた気と思うと、そんなことをつぶやいて帰っていった。

私は正直驚いた。私に声をかける人がいたなんて、さらにそれが桜井だなんて・・・。それにさっきの言葉は私のことを見ていたってこと?桜井が?突然の出来事に頭の中でいろいろな考えがぐるぐると回りだした。そして何よりも、なれないことをされたせいで、とても恥ずかしくなり、私はしばらく席に座ったまま動くことを忘れていた。


下駄箱で靴を履き替え校庭を横切りながら校門へと向かっていく。そして校門を出てすぐに声をかけられた。

「よっ、お疲れ様!」

私は何事もなかったように歩く。傾き、沈みかけた夕日と言うにはまだ少し早い太陽と涼しいとは言えないが、心地の良い風が吹いていた。

「ちょ、ちょっと!!」

声をかけてきた男、――もちろん進藤だが――は少しあせったような口ぶりで、後ろから追いかけてきた。

「ひどいな~無視するなんて」

気温もだんだん暑くなってきているし、風も涼しくなくなってきた。もうすぐ夏が来ることが嫌でもわかる。そんなことを考えながら、進藤の声には何も返さない。

「あれ?なに?どうしたの?」

もちろん無視。家から学校へと歩いてきた道とは違う道、神社へと向かう道をゆっくりと歩いていく。

「何で無視するの?チョット待ってよ」

今日ももちろんお寺の掃除をするつもりだ。どこから掃除しようか考えながら歩くスピードを増していった。

「ちょっ、歩くのはやっ!」

進藤は常に話しかけてきながら私の後についてく。もちろんただでさえ有名な私だ、この状況が人目を寄せ付けないはずが無かた。ふと気がつくと周りにいた同じ学校の生徒は、皆こちらに視線を向けていた。もちろん私が顔を向けるとあわてて目をそらすのだが・・・。もちろんこんな状況は楽しくない。むやみに人目を集めたくはないのだ。そう思った次の瞬間、私は走り出していた。走る、走る。後ろから進藤の声が聞こえても走る。しばらく走り続け、何個目かの角を曲がったところで私は走るのをやめた。息が上ってしまい、走るのがつらくなったからだ。

「何だよ?突然走り出して?」

すぐに真後ろから声がかかる。後ろを振り向くと、そこには先ほどと何も変わっていない進藤が立っていた。私は一生懸命に走ったせいで、息も切れているし肩も激しく上下している。ところが進藤はどうだ?息の切れどころか肩の上下すらない。けろっとした顔で不思議な顔をしている。

「あんたが、目立つような、ことを、するからでしょ!」

途切れ途切れながら、何とか言葉を吐き出した。普段ほとんど運動しない私にとって、さっきのは結構な運動量だった。

「目立つようなことって・・・?別になにもしてないじゃん?」

確かに普通の人にとっては何気ない日常会話でいいのかもしれない。しかし私にとってはまるっきり意味が変わってくるのだ。ただでさえ学校では異質な存在なのに、そんな私に男が寄ってきて楽しそうにしゃべりかけてくるだなんて!好奇の的以外の何になるって言うのよ。

「あのね、あんたにとっては、普通のことかもしれないけど、私にとっては、とても目立つことなのよ。さらに校門でなんて・・・」

先ほどのことを思い出し、眉間を押さえ軽く頭を振る。

「本当にいらない注目を集めたわよ!」

息切れがほぼ回復すると同時に私はきつく言い放ち、進藤に背を向け歩き始めた。

「そうか~?いいじゃん注目の的なんて!そうか~、あれはオレがカッコいいから見られてた訳じゃないのか~」

相変わらず進藤は軽口をたたきながら後ろについてくる。もういい加減言い返すのも面倒になってきた。

「所で、これからどこかに行くの?それとも真っすぐ家に帰るの?」

「お寺です」

出来る限り冷たく言い放ったが、もちろん進藤はそんなことは気にしない。

「あっ、また掃除しに行くんだ?あれって毎日行ってるの?」

「・・・・」

もう答えるのが本当に面倒くさくなり何も返さない。と言うか、早く離れて欲しいくらいだ。

「お寺か~。けどオレは、スズの部屋とか見てみたいな~。今日は寄り道とかやめて真っすぐ家に帰ろうよ?」

私は立ち止まり、大きく息を吸った。

「私は今日もお寺のお掃除に行くんです。まだ家には帰りません。帰ったところであなたを部屋に入れるつもりはありませんし家にも上げません。そもそも家を教えることすらしません。とにかくあなたは私の後ろでぺちゃくちゃぺちゃくちゃとうるさいんです。別に私に用が無くてお寺にも用が無いならどこかもっと人が多いところにいて前と同じようにナンパでもしていればいいでしょ!」

進藤の顔は見ずに一息で勢いよくしゃべりきった。さすがにこれには驚いたようで、進藤も何も返さずに少し驚いた顔で黙ってしまった。

私は軽く呼吸を整えると、

「それでは失礼します」

といって、三度歩き出した。




「こんにちは~」

お寺の境内で声をかける。掃除道具がどこにあるかとかどこから掃除をしたらいいかなんて事はもう何年も前から知っているし、和尚さんも私が掃除に来ることはもちろん知っている。しかし、必ず掃除をする前には和尚さんに挨拶をすることを心がけている。そうしないと失礼だと思うし、何か変な感じがするからだ。少しすると、奥から和尚さんが出てきた。

「お~お~、もうそんな時間だったか。学校、お疲れ様」

いつも通りの笑顔で話しかけてくる。

「はい。それじゃあ今日もお掃除しますね」

「今日は二人でしてくれるのかな?」

和尚さんの一言で私は固まってしまった。

「いやいや、俺は静かに見学ですよ」

さっきまで聞いていた声がまた聞こえてきた。

私は、油の切れたブリキのおもちゃのようにゆっくりと首を後ろに回した。ギギギッって音がしてたかもしれない・・・。

「いや~、さっきうるさいって言われちゃったからね~」

そこにはヘラヘラと笑う進藤がいた。

「な・・・、何で・・・。何であなたがここにいるの?」

さっきの道で離れたんじゃなかったのか?ここにつくまでぜんぜん気付かなかった・・・。って言うか、さっきの事何も答えてない感じじゃない!

「何で?って、後ろをついてきたからだよ?」

きょとんとした顔で答えられた・・・。

「あのね、聞きたいのはそういうことじゃなくて」

「俺はいつも鈴のそばにいるに決まってるじゃん!」

言葉をさえぎるように笑顔で言われてしまった。一瞬、自分の時間が止まったような気がした。

この男は一体何なんだ?どうしてこんなにも私に付きまとうんだ?

頭の思考回路がうまく回らない。私に対してこんな態度をとる人間を、私は母さんと和尚さんしか知らない。つまり私にとって人付き合いはそんな小さな限られた範囲の知識でしかないのだ。あとはテレビとか・・・。いったいここではどんな対応をしたらいいのか、私にはわからないのだ。

「じゃあ、お茶でも飲んで待ってるから。掃除がんばってね~」

私がどうすればいいか迷っていると、進藤はそんな言葉を言って、本堂へと入っていった。

しばらくその場に立ち竦んでいたのだが、一つため息をついて、掃除用具入れへと向かった。今日はめんどくさいのもいることだし、簡単にすませようかな・・・。と考えながら、竹箒を取り出した。

「とりあえず全体的に掃き掃除でも・・・」

振り返り、最初に目に入ってきたのは、本堂から進藤が引っ張り出されているところだった。

「いたたたたたたたたたっ!何だよ!」

「何で鈴音ちゃんが掃除してお前がくつろぐんだ!おかしいだろ!お前も掃除を手伝いなさい!」

「掃除は鈴が勝手にやりだしたことだろ?俺には関係ないじゃんか!」

すると和尚さんは右手に持っていた尺をゆっくりと上に持ち上げた。

「!さてと掃除しようかな~。あっ、手伝うよ鈴~!」

進藤はきょろきょろとあたりを探し、私を見つけると安心したような笑顔でこちらに向かってきた。

和尚さんはそんな進藤をしばらく見たあと、何も言わずに本堂の奥へと入っていった。

「まったく・・・、あの人怒ったら怖いんだもんなぁ~・・・」

私の横について、小さく悪態をつく進藤に私は冷たい視線を送った。

「なっ、何だよ・・・?」

「別に?・・・あなたって人は・・・」

そう言い残して、本堂の前から掃除しようと歩き出すと、後ろから進藤の声がした。

「オレの箒はどこにあるの?」

少し驚き振り返る。進藤は私の驚いた表情を察したのか、「いや、どこから見られてるかわからないからさ・・・」と頭をかいた。私はもう一つため息をつくと、掃除用具入れにひき返し、もう一本箒を取り出した。

「じゃあ、私は本堂の前を掃除するから、あなたは庭を掃除してくれる?落ち葉とかを集めるだけでいいから」

そういって箒を渡す。受け取った進藤は、少し肩をすくめると、庭に向かって歩いていった。そんな進藤をため息と一緒に見送ってから、私は本堂前の掃除を始めた。

やはり毎日掃除しているだけはありほとんどゴミなどは無く、すぐに本堂前の掃除はほぼ終わってしまった。

「こんなもんかな?まだ気になるところはあるけど・・・。もっと気になるところがあるからなぁ・・・」

視線を庭へと向ける。そこにはただ静かに箒を動かしている進藤がいた。ただ力任せに掃いている気もするが、まじめに続けているところは褒めておこう。

「ちょっと見てみるか・・・」

庭の掃除がどのくらいまで出来たか気になったので、進藤のいるところまで行ってみることにした。行ってみると言っても、そこまで遠いわけではなく、歩いてほんの数秒の距離だ。私が掃除をしているときにも何度か目を向けているし、こんなに近ければサボることも無いだろうと思っていたのだが、しかしその考えは甘かった。

「なっ、何してるの?これは・・・?」

「おっ?鈴か!どうだ?綺麗になっただろ?」

私はその場所について、進藤になぜあんなに力が入っていたのかを理解した。

「大変だったんだぜ~。特にこの岩とかさ~」

自慢げな笑みを浮かべながら、一つの岩を指差す。そこには言葉通りのピカピカに磨かれた岩が転がっていた。

「くぼみが結構あったりしてさ、必死に削り落としたんだから!」

「・・・何を、削ったの・・・?」

きれいになったことに満足なのか、嬉しそうにしゃべる進藤に聞いてみた。

「何を?って、そりゃコケとか泥とかだよ~」

「あのね・・・、コケとかは残しておかないと駄目なの!!!」

勢いで進藤を吹き飛ばすぐらいに、力いっぱい叫んだ。もちろん普段から怒鳴るようなことをしない私の声量ではタカが知れているのだが・・・。

「・・・・・・・・・・!?!?!?!?!?!?!?」

叫んだときに閉じた目をゆっくり開けてみると、そこには鳩が豆鉄砲を食らったような、いや、耳元でバズーカでも撃たれたような驚きの表情を浮かべて、しりもちをついている進藤がいた。

普段そんなことをしないからこそ逆に効き目があったのか、意外と声量があったのか・・・、もしくはその両方で進藤は軽く腰を抜かしてしまったようだ。

「あのね、こういう庭園にある岩とかについているコケはわざと残してるの!自然さを表現しているというか、命の強さを見せたいとか、理由は私もよくは知らないけど・・・」

腰を抜かした進藤を見て、今ならちゃんと話を聞いてくれると思った私は、一人でしゃべり続けた。

「そもそも、コケがいらない岩には最初からコケとかついてないんだから、その違いを理解しなさいよね。あんた日本庭園とか見たこと無いの?一生懸命掃除してくれてると思ったら・・・」

しゃべりながらちらりと進藤のほうを見てみると、進藤は削り取ったコケの残骸を集めて、岩に乗っけたり、こすりつけたりしていた。

「・・・な、何してるの?・・・」

「いや、こうやったら元に戻るかな~?って思って・・・」

「戻るわけ無いでしょ!!」

まったく悪びれた様子の無い笑顔で言われてしまったものだから、私はまた怒鳴ってしまっていた。

しかし今度は驚く様子もなく、コケをいじり続けていた。

「はぁ~」

思わず今日何度目かわからないため息をつく。その時、騒ぎ・・・と言うか、私の声を聞きつけた和尚さんが声をかけてきた。

「どうしたんだい?大きな声を出して?」

「あっ、和尚さん・・・。どうしたもこうしたも無いですよ~。見てくださいよこれ~」

私は進藤の掃除場所を指差した。相変わらず進藤はコケいじりを続けている。

和尚さんは何も言わずにゆっくりと進藤が掃除をした庭を見渡した。時間がたつにつれて、庭を見る和尚さんの目がだんだんと大きく見開かれていくのがわかる。やはり驚いているのだろう。そりゃあこんな状態の庭を見たら誰だって・・・

「すばらしい!」

そう、まず第一声は「すばらしい」って言うよね?・・・あれ?

「・・・すばらしい?」

思わず聞き返してしまった。どうしてそんな言葉が出るのだろうか?聞き間違い?普通なら怒ったりあきれたりするところじゃないの?

「すごいね~・・・。すごく綺麗になってる!」

「でしょ!必死に磨いたんだから~!」

和尚さんは笑顔で、つるつるになった岩をなでている。進藤は自慢げに胸を張りながら、どこが一番難しかったのかを説明している。

何?この光景は・・・?

「・・・何?これ・・・・・?」

気持ちそのままの言葉をポツリとつぶやいた。




日が暮れてしまい辺りが薄暗くなりだした頃、庭の掃除は終わった。調子に乗った進藤が、ほとんどの岩を磨きだしたからだ。おかげでここまで時間がかかってしまったというわけ。

そして私達は、境内へとお茶によばれていた。

「いや~、見事に綺麗になったね」

和尚さんは嬉しそうに目を細める。

「そりゃあ、がんばりましたから」

進藤は偉そうに言いながらお茶を飲む。

「・・・・・・・・・」

私は相変わらず納得がいかなかった。

「どうして綺麗なんですか?コケを落としてしまったのに?」

あの時より落ち着いていた私は、素直に疑問をぶつけてみた。

「コケだって景色の一部として考えていたんですけど?」

「そうだねぇ・・・。確かにそういう考えも正しいと思うよ?けど、別に無くてもいいんじゃないかな?コケがあれば、自然や時間を感じることが出来る。だからと言ってわざと残す必要も無いしね。誰かが取りたいと思えば、取ったらいいと思うよ。まぁ今回は私の性格上きれいになった岩を見たときにすばらしいと思ったけど、鈴ちゃんのような意見もあることを忘れていたよ。いやいや、勉強になった」

そう言いながら、和尚さんは頭をかいた。

確かに私も自分の考えだけで物事を判断していたんだなと思った。どんな些細なことにでもいろんな人の考えがあって当然なのに・・・。怒鳴ってしまったことに対して進藤には悪いことをしたと少し思い、当人の方へと視線を向けてみた。

「っていうか、コケなんて誰も見てないよ」

お茶と一緒に出されたおかきを食べながら、適当に言ってのけた。

確かに言う通りだけど・・・。それを言っちゃあお終いだよ・・・。

「はぁ・・・」

変な心配をした私のため息と和尚さんの乾いた笑いが響いた。

「けど、鈴は毎日こんなことしてるんだよね?」

ふとしたときに進藤から質問が来た。

「まぁ、今日みたいにスミからスミまでってわけじゃないけどね。・・・じゃなくて、こんなこととか言うな!」

軽く進藤をにらむ。

「まぁ、確かにこんなことだよね。お金も出ないし自分が使ったり楽しんだりするわけでもないのに体力を必要とする大変な仕事。よくやってくれているよ。本当に感謝です」

そういいながら和尚さんは私に軽く頭を下げた。

「いえいえ、そんな・・・。確かに掃除は大変ですけど、私が楽しんでやっていることなんですから。それに、見て楽しんでますよ。一応・・・」

「こんな小さい庭じゃあ三日で飽きるんじゃないの?」

横から進藤が余計なことを言ってくる。

「あんたね・・・。小さくてもこの庭には毎日がある。一日一日違う顔を私に見せてくれるの・・・」

軽く進藤を見てから、庭へ視線を移しながらつぶやいた。あまり格好つけて言えるようなことではなかったからだ。

自分で言うのもなんだが、私の毎日の生活は単調で何の変化もない。朝起きて学校に行って授業を受けて帰るだけ。家に帰ってもどこかに遊びにいくわけでもなく、勉強したりテレビを見たり家事を手伝ったり・・・。なぜなら私には友達と言える存在がいない。いや、むしろ私の存在は嫌われている。誰も私とかかわろうとしない。毎日のテレビドラマの話や、流行のファッション、音楽、映画・・・、休み時間に話題にのぼるようなことをどれだけ知っていても、話す相手がいない。ただ同じ毎日の繰り返し。何かを楽しみにするわけでもなく、毎日の日々の中に突然のイベントがあるわけでもないからだ。

「そうだね・・・」

庭に視線を移したままの私の隣で、和尚さんはしゃべりだした。もちろんこの人は私がどういう毎日を過ごしているか知っている。私が話したわけではないし、聞かれたわけでもない。そもそも話題にも上らないのだが、それはたぶん気を使ってのことだろう。

「この庭・・・、いや、ここだけじゃない。この世界は毎日姿を変えている。大きく言えば、春には桜が咲き、夏は緑がまぶしく、秋には紅葉、冬はすべて白く染まっていく。しかしそんな大きな変化以外も、毎日の小さな変化の積み重ね。植物は日々成長し、雲は流れ、太陽の高さも変わり、月は満ち欠けを繰り返す。こんな当たり前のことを今の人たちは忘れているのかも知れないね。どんな時、どんな場所であっても、見ようと思えば、世界は自然の変化を見せてくれる。そして人をやさしくしてくれるのにね」

和尚さんは私を見ながら微笑んだ。

何を言おうとしてくれたのかを大体理解できた私は、和尚さんに微笑み返した。

「あの・・・」

うつむきながら進藤が声を出した。

私と和尚さんは進藤へと顔を向ける。和尚さんの話に感動しているのだろうか?うつむいているせいで表情が読み取れない。

「・・・これ、もう無いですか?」

そういいながら何かを指差した。視線をそこに持っていくと、先ほどまでおかきがのっていたお皿があった。もちろんおかきはきれいになくなっている。

「あ、あんたね・・・」

うつむいていたのは感動していたのではなく、そのお皿を見つめていただけだったのだ。

ふたたび私のため息と、和尚さんの乾いた笑いが響いた。




すっかり日が暮れて、辺りも真っ暗になってしまったころ、私たちは帰ることにした。

「すみませんでした、こんなに遅くまで・・・」

私は靴を履いたあと、和尚さんに一礼をした。和尚さんは「いやいや」と言いながら、手をひらひらと動かした。

「久しぶりに長話をしてしまったね。楽しかったよ」

薄明かりに照らされた顔が、笑顔に変わる。

「今日の話だけど・・・。日々変わっていくものはこの世界の景色以外にもあって、私はそれを見るのが楽しくてね・・・。今日は劇的な変化が見れて楽しかったし、うれしかったよ」

「景色以外にも?」

それは何ですか?と、表情で問いかける。すると和尚さんはその問いかけに笑顔で答えるだけだった。

「変化と言うのはね、いろいろなものが影響して起こるものなんだよ。人だって気付かないうちに何かに影響を受けて変わっていくんだろうねぇ・・・」

そう言いながらお寺の入り口付近でふらふらとしている進藤を見た。

その視線を追って進藤を見る。なぜここで進藤を見たのかわからなかったが、次に和尚さんへ視線を戻したときに、言おうとしていることがなんとなく理解できた。和尚さんは私を見て微笑んでいたのだ。

「私・・・ですか?でも、私は別に・・・」

思わず問いかける。

「自分の変化って言うのは自分自身ではあまりわからないものだよ。それに今は急すぎて自覚も出来ないだろうしね」

なんと言えばいいかわからなかった。自分自身何かが変わった感じは無い。しかしこの人は私が変わったというし、その変化は自分自身ではわからないと言う。変わったといわれれば変わったのかもしれない。今日は普段しないような事を何回かしたし、いつもに比べてよくしゃべっていると思う。けどそれは変化なのだろうか?ただいつもと違うだけ。それこそほかの人からみたら、今日はいつもより元気ってぐらいだと思う。けど、私が変わったという人は、いままでずっと私を見続けてきた人だ。家族の次ぐらいに私と接している人だ。

「あまり深く考えなくていいよ。私の考え違いかもしれないからね。ただ、変化っていうものは誰にもおこるものだよ。心が長い時間をかけて成長していく事もそうだし、何か一つのきっかけで、世界の見え方が変わることもね。そしてそれらは誰かが認識しないといけないわけではないし、当人が深く考えないといけ無いことでもない。ただ時間の流れとともに現れたり現れなかったりするだけのものなんだ」

和尚さんは微笑みの表情を変えずに話す。私はどうしていいか、何を言えばいいかわからなかった。少しの沈黙の後、和尚さんは微笑を笑顔に変えた。

「ごめんね。私自身何を言ってるかあまりよくわからないや。ただ、うれしいよって事を伝えたかっただけだから」

「鈴~、まだか~?」

和尚さんの言葉の最後にかぶるように、進藤の声が重なった。

進藤の方を向くと、相変わらずぶらぶらとしているようだが、顔はこちらに向いていた。

「・・・待ってないで、先に帰ればいいじゃない」

「彼には彼の考えか、気持ちがある」

つぶやいた私の言葉に和尚さんは返した。

「さぁ、進藤君も呼んでいることだし、もうお帰り。引き止めて悪かったね。暗いから気をつけるんだよ」

「和尚さん、大丈夫ですよ。私を誰だと思っているんですか?誰も私には近づいてきませんよ」

和尚さんの言葉に自虐的な言葉で返した。すると和尚さんは少し声を低くしてこういった。

「馬鹿なことを言うな、あそこに一人危ない奴がいるだろう」

その視線の先には進藤がいた。

自分たちで言っておいてなんだが、思わず噴出してしまい、二人とも大笑いしてしまった。

その時進藤は、離れたところから「何で笑っているんだろう?」と、頭にクエスチョンマークを浮かべていた。




今夜は新月のようで空に月は無く、いつもは数個見えていた星さえも厚い雲に隠されて、あたりは暗闇に包まれていた。街灯で薄暗く照らさせた夜道を進藤と二人で歩いていく。時折、犬の鳴き声や風が揺らす木の葉の囁きが聞こえる以外は、私たち二人の歩く音だけが静かに鳴り響いていた。

「・・・家、こっちなの?」

二人で歩いていたのだが、先ほどとは打って変わって話すことが見つからなかった。そんなお互い黙ったままの空気を変えたくて出た言葉はすぐに暗闇の中へと消えていった。進藤がどこに住んでいるのか知らないしもちろん帰り道もわからない私は、何も言わずに私のそばをついてくる進藤に問いかけてみたのだ。

「・・・・・」

しばらくの間、進藤は黙ったままだった。彼ならすぐになにかしらの返答があると思っていた私は、その答えを求めるように進藤の顔を見た。進藤の顔は暗さのせいではっきりとは見えなかったが、いつもと違う硬い表情なのは見て取れた。そしてしきりに辺りを気にしているようだった。

「・・しん・・・」

初めてみる表情に驚いた私はうまく声を出すことが出来なかった。しかし、それでも進藤気付いてくれたのかこちらに顔を向けてにこりと笑った。

「何?そんなに俺ってカッコいい?」

心配した私が馬鹿だった。

さっきまでの硬い表情がまるで嘘のように、ニコニコとした笑顔とつまらない軽口を叩いた。どうやら話を聞いていなかったようで、どうして私が進藤の顔を見たのかがわからないらしい。

「あなたの家はこっちなのか?って聞いたのよ」

顔を進行方向へと戻しながら、あきれた声でもう一度同じ質問をした。前を向くと、片道二車線ほどの車道が横たわる十字路があって、横断歩道の信号がちょうど赤へと変わったところだった。

「ああ、家か。大丈夫大丈夫、こっちからでも帰れるから」

赤く点灯する信号を見ながら横断歩道の手前で止まった私の横で、進藤はそんな答えを返してきた。

「あのね、帰れるから、とかじゃなくて、早く帰らないと家の人が心配・・・」

そこまでいって、進藤には家族がいないことを思い出した。しまったと思いながら申し訳ない気持ちで進藤の顔を見た。

「家族、いないからね~」

短くそう言った。

先ほどまでと同じように振舞おうとしているようだが、彼の心のどこかには静かに影が落ちていた。私は静かに目線を前へと戻した。いや、前ではなく足もと・・・。

少しの沈黙・・・。

私の進藤の明るくしようという振る舞いに気付いていた。進藤は私の失言を流して、明るい雰囲気を壊さないようにした。しかしお互いがなぜかしゃべらない。しばらくの間、無言が続く。まったくといっていいほどに人通りは無く、二人の前を行きかう数台かの車の風を切る音やタイヤがこすれる音が空間を震わせていた。

何か言おうと考えても、考えれば考えるほど言葉が出てこない。そこまで取り返しのつかない事を言ったわけではないのに、重く後悔がのしかかってくる。たぶん私も家族の事で触れられたくないことがあるからだ。私は進藤を自分と重ねてしまった。嫌な過去を重ねてしまったのだ。

「信号変わるぜ」

明るい口調の進藤の言葉に私は顔を上げる。

進藤も言葉に詰まっていたようで、とりあえず目の前の変化を口にしたのだろう。目の前を横たわる車道の信号が赤に変わったばかりだった。

「横断歩道はまだ赤じゃない。あなた大阪生まれなの?」

私は出来る限り明るく冗談で返した。そして、もともと車の通りも少なく安全なのはわかっていたが、信号が青に変わるのをちゃんと確認し、再び歩き出した。

「まぁ、帰れるなら問題ないわよね。よっぽどの方向音痴じゃあるまいし」

さらに言葉を続ける。

私にだって冗談の一つや二つは言えるのだ。場の雰囲気を取り戻すぐらい出来るわよ。

そんな些細な意地が言葉を紡ぎだす。やはり私も明るい雰囲気のほうがいいのだ。

言葉を言い終わると同時に歩きながら後ろを振り返った。進藤の顔を確認するため、私にだって明るく振舞うことが出来るんだって自慢するために・・・。

振り返った先にいた進藤は走り出していた。真剣な表情で私に向かって・・・。

「えっ、なっ!!」

驚くと同時に進藤は私にぶつかってきた。そしてそのまま前から腰に手を回すと、私を持ち上げてそのまま数歩走ると、今度は進行方向えと私を投げたのだ。

投げられた私の視界に映った進藤は苦しそうな表情を浮かべていたが、確か笑っていた。何かに自慢するように誇らしげな笑みだった。そんな顔を見ながら、どうして私は投げられているのだろうと考えていた。怒りも悲しみもなく、スローモーションに動く世界をぼんやりと見つめながらただ考えていた。そして、まるで止まっていた世界が動きだしたように、大きな音とともに私は地面に倒れこんだ。

「・・・・・・・・・・・」

腰を中心として痛みが全身を駆け巡る。その痛みに耐える私の中で、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。しばらく地面に倒れたままの状態で固まっていたが、痛みがある程度ひいてくると、勢いよく顔を上げた。

「ちょっと!痛いじゃない!」

私の叫び声とバイクが走る音が重なった。そして視線を向けた先に進藤はいなかった。

遠ざかるバイクの排気音を聞きながらさっきまで進藤が居たはずの地面を見つめていると、横で何かを引きずるような、こするような音が聞こえてきた。

「何?」

視線を向けた先には、血を流し倒れている進藤が倒れていて、その下ではゆっくりと赤い水溜りが広がり始めていた。




一瞬だった。

もともと人通りも少なく、明かりも少ない交差点。信号が変わった直後、そこを走りぬけようとした一台のバイク。

河野鈴音は気付かない。進藤大輔は気付いていた。

進藤は走り出し河野を抱きかかえる。と同時に、人がいることに気付いたバイクのライダーがブレーキと同時にハンドルをきる。バランスを失ったバイクは転倒し、ライダーを残して進藤のいる方角へと滑っていく。その状態を横目で確認した進藤は渾身の力で河野を投げ飛ばした。出来たと、俺には出来たと喜びながら・・・。

それは、一瞬だった。




「よ、よかっ・・・た・・・」

頭から血を流しながら、進藤はそうつぶやくと、静かに目を閉じた。

私はそんな進藤を見ながらどこか現実感の無い感覚にとらわれていた。そう、まるで映画でも見ているような、そんな感覚・・・。いつも『死』というものを嫌でも身近に感じていて、人の『死』には慣れているつもりだった。いつの日か誰にでも訪れるもの・・・。何十年先かもしれないし、明日、ひょっとすると今日かもしれない『死』という出来事・・・。いままでいくつもの『死』を感じてきた、その現場も見てきた。誰にその瞬間が訪れても

当たり前だと思っていたし、私にも当然訪れるものだとわかっていた。

しかし、今の私の現状はどうだ?まるで現実感はなく、頭の中は真っ白で何をすればいいかまったく考えられない。自分が死にそうだったという恐怖は無い。ではなぜこんなにも動けないのか・・・?

「し、しん・・・」

なんとか搾り出した言葉はたったこれだけだった。

「・・・・・」

目を閉じたままの進藤からは何も返事は帰ってはこなかったが、かわりに血の広がりはどんどんと広がっていく。

私の視界からどんどんと色が失われていく。聴覚もうまく機能しなくなったのか、音がまったく聞こえなくなってきた。手足の末端がどんどんと冷たくなり痺れてくる。軟らかいベッドの上に立っているかのように、地面がグニャグニャと安定しない。


進藤が死ぬ・・・


体の感覚がすべてなくなりかけたとき、真っ白な頭にその事実が浮かんできた。

途端に私と私を取り巻く世界が色と音を取り戻し、何事も無かったかのように動き出した。

「いやーーーーーーーー!!!!」

動き出した世界に取り残された私の中に膨大な情報が流れ込んでくる。意味のあることからまったく無意味なことまで・・・。何もかもがわからなくなり、私は声を上げた。そのときわかった。なぜ何も考えられなかったのか。なぜ真っ白になったのか・・・。

進藤はいつの間にか、私の中で大きな存在になっていたからだ。この『力』をしって、孤独を知ってからの、初めての友達だからだ。進藤は私の冷めた心を暖めてくれたからだ。

何か出来るわけではなかった。応急処置も思い出せない。しかし駆け寄らずにはいられなかった。目を閉じ倒れている進藤を抱きかかえる。

「しん・・・、しん・・・ど・・・」

うまく呼吸が出来ずに言葉がちゃんと出ない。

そのとき、進藤の顔に水滴が落ちた。私は泣いているのだ。人の『死』というものがこんなにも大きく、深く心に刺さってくるのを痛いほど実感した。

すると、抱きかかえた時の振動と涙の感触で進藤が意識を取り戻した。私はまだ死んでいなかったことに安堵した。

「な・・・くなよ・・・。せっかく、助けた・・・・んだから、笑えよ・・・」

血と泥にまみれながらも、そんな軽口をたたいた。

「笑えるわけ無いでしょ!あんたが死にそうなのに・・・!救急車!!」

やっと頭がしっかりと回りだした。救急車だ。救急車を呼ばないと本当に進藤が死んでしまう!

私は進藤を静かにおろし、電話を探そうとした。しかし動き出そうとした私の手を進藤が強くつかんで離さなかった。

「何してるの!早く救急車を呼ばないと!」

「いいんだ・・・。鈴を助けたかわりに俺は死ぬんだから・・・」

進藤のその言葉を聞いたとき、忘れていた事を思い出した。

私は知っていた。見ていた。進藤の『死』を・・・。見て、知っていたのに、見なかったことにしたんだ。見ようとしなかったんだ。見たことを忘れようとしたんだ。学校の窓から進藤を見たとき、私にはわかったんだ。彼に『死』が取り付いていることを・・・。彼の『死』を見たのに・・・。

「ごめん・・・。私、わかってた・・・・・。わかってたのにごめん・・!」

うまく言葉が出ない。謝罪の言葉しか発することしか出来なかった。

進藤は泣きじゃくり同じ言葉を繰り返す私を見て、軽く笑みを浮かべた。

「何言ってるんだ・・、わかるはずが無いだろ・・・」

かすれた進藤の声が耳へと届く。

「違うの!私にはわかるの!私には人の・・・」

「鈴自身に『死』が取り付いていたのに・・・」

興奮して声が大きく鳴り出した私の耳に聞こえてきたのは、再び私の頭を真っ白にするような、そんな告白だった。

「『それ』が見え・・・るのは、鈴、お前だけじゃないんだよ・・・。オレにだって、見えるんだぜ?」

進藤のこの言葉は、自分が能力者だといってる。

「オレはな、・・・・鈴・・・・。お、お前に会う、ために・・・、この街に帰ってきたんだ・・・。オレは、・・・昔から・・お前・・を、知っていたんだ・・・」

進藤の言葉は私の頭の中をぐるぐると回るだけで、理解しようとすればするほど意味が無い音楽のような響きに変わっていった。

「けど・・・・・、まさか、会った瞬間に、お前の『死』・・・を、見ちまうとは、おも、思わなかったよ・・・」

「し、しん・・・」

「その、瞬間・・、わかったんだよ・・・。これは罪滅ぼしだって・・・・」

「進藤!!!」

言葉をさえぎるために、無理やり叫んだ。驚く力も無いのか、進藤はさっきと変わらない表情で私の顔を覗き込んできた。

「さっきからなに言ってるの?まるであなたが」

「能力者、だよ。鈴・・・。お前と同じで、・・・『人の死』が見えるんだ・・・」

「!!」

「鈴も俺も・・・、見えるのは『人の死』なんだ・・・。だから鈴・・・、オレはお前の『死』の身代わりになったんだ・・・」

苦しげな声とはうらはらに、進藤の口元は上がっていく。

「オレがあの日、鈴に会わな・・、ければ・・・、ここにこうしていたのは、お前だった・・・」

「でも、あの時確かに私は、あなたの『死』を見たのに!」

「オレは鈴の『死』をずっと見てたんだ!・・・現に今、鈴には『死』が見えない・・・。もし・・・、もしオレに『死』が見えたと、したら、それは鈴の『死』がオレに移ってきていたって・・・こと、だろ・・・」

進藤の声に少しの苛立ちが見えた。

「時間が、無いんだ・・・。オレは死ぬんだから・・・。最期の話ぐらい、聞いてくれよ・・・」

そう、この人はもうすぐ死ぬ。というのに、私は何か違和感を感じていた。

「オレ・・は、この力に、物心ついた時から、気付いて、いた・・・。こ、れが、当たり前なんだ・・・って・・・。誰にでもこの、力は、あるんだって・・・」

話し続ける進藤の声は、私の頭の中には入ってこなかった。どうも何か違和感がする。その違和感を本能が無視しようとしない。何か大切な事がその違和感の中にあるんだと思った。

「やっぱりオレの、両親は・・・、オレをおかしな子供・・・だと思っていた、みたいで、・・・オレの言動に、よく注意をして、いたよ・・・」

気持ち悪い。わからない。違和感。大切な何か。私の頭の中ではいろんな感情がぐるぐると渦をまいていた。あせりがすべてをかき混ぜてくる。何?何に違和感を感じるの?

「・・・実は・・・、オレには・・・・・・」

「ちょっと、黙って!!」

思わず叫んでしまった。あせっている私の頭には進藤の声が雑音になっていたのだ。

「変なのよ!違和感があるの!!何か変なのよ!!!」

進藤の顔と体を見ながら叫ぶわたしを進藤はわからないといった表情で見ていた。

「今から、死ぬ人間の言葉を、さえぎ、るなよ・・・・」

あきれたような、イラついたような声で進藤は言った。その瞬間、私はわかった。違和感の謎が解けた。

進藤には、『死の影』が見えない。

つまり、進藤は死なないのだ。あせって忘れていたが、わたしには人の死が見える。その事を考えればすぐわかることだった。事故にあった進藤を見てパニックを起こした私はそんな単純なこともわからなかったのだ。

「・・・進藤・・・」

進藤の顔を見て微笑む。あなたは死なない。今ここで死ぬことはない。大きな安堵感が私を包み込んだ。

「あなたは、まだ死・・・・・・」

言葉をさえぎったのは風だった。それは木の葉を揺らすことも出来ないような緩やかで弱い風。しかしなぜだろう、私の耳には強風のような音が響いた。たぶんそれは風の音ではなく、私の心の音なのだろう。鳥肌が立ち、少しの間、音が聞こえなかった。

さっきの風に誘われるように、進藤の『死』が広がり出てきたのだ。

「・・・な、なに・・・」

見え始めたそれは、勢いを増すようにどんどんと広がっていく。まるで進藤だけではなく私も連れて行こうとするように・・・。

「どう、したん・・・だ・・・」

私の動揺に対して当然の質問が来た。しかしその言葉は私の頭に響く事はなかった。私は必死に頭を回転させていた。どうして?なぜ突然出てきたのか?そうしているうちに進藤に伸ばしていた私の腕に、『死』が絡み付いてきた。影は煙のように広がりながら上へと上ってくる。ただ煙と違うところは、それは意思をもって私だけを包み込もうとしている。恐怖に包まれる感覚。今まで恐怖という感情を感じなかったことはもちろんない。そして、この『死』は人にとって恐怖の対象にはなるが、私自身、人の『死』しか見えなかった。そして今、その『死』という恐怖そのものに体を侵食されていく。ぞわぞわとした感覚。脳の信号がうまく体へと伝わらない。そうか、これが恐怖で体がすくむってやつか・・・。

「鈴!!」

変に冷静な頭で自分の状況を考えていた矢先、私は進藤に突き飛ばされた。私は少し後ろに飛ばされただけですんだが、急に支えを失った進藤はなすすべも無く地面に倒れこんだ。

「おまえ、も・・・死・・・・・・・・・・・・」

進藤の言葉は途中で途切れてしまった。私が急に後ろに動いたことで、さっきまで私に絡み付いてきていた影は、一瞬辺りにちらばったが、新しい餌食を見つけたように進藤のもとへと群がっていった。進藤は動かない。すでに『死』の影は進藤の体すべてを包み込んでしまっていた。あとは進藤の死を待つのみ。まるでその瞬間を待つ生き物のように、進藤の体の上で蠢いていた。

私の体には『死』の影は見当たらなかった。それは進藤が私を突き飛ばしてくれたから。進藤は私を『死』から守ってくれた。さっきも今も・・・。『進藤は私を助けることをあきらめなかった。』

「私が、安心して気を抜いたからだ・・・」

ひとつの答えが私の頭に浮かんだ。

「私が『進藤は死なない』と思って気を抜いたからだ・・・。安心して助けを呼ぶことを忘れたからだ!」

声に出すと同時に、私の体は動き出す。進藤を残し駆け出していく。

「たしか、この道と、国道との、交差点の、角に、電話が、あったはず!」

携帯電話が普及していく現代において、公衆電話の存在はその影を徐々に失いつつあった。私は昔の記憶を頼りに、公衆電話があっただろう場所を思い出し、切れ切れになる言葉で間違いじゃないと言い聞かせた。車道沿いに走って、いくつかの角を通り越し、国道との交差点へと差し掛かった。

ここを曲がれば・・!!

かどを曲がった先の光景は、想像していたものとは違っていた。

「・・・な・・・、い・・・」

公衆電話があっただろうその場所には、周りとは色合いの違う新しいアスファルトが敷かれていた。

「そん、な・・・!」

希望が打ち砕かれたショックで力が抜けてしまい、思わず地面にへたり込んでしまいそうになる。

「・・・まだ、ある・・・!」

落ちそうになるひざに再び力を入れる。そこまで距離を走ったわけじゃないのに、もう限界のようにガクガクと震えてしまう。

「はし・・・・れ!!」

今度は言い聞かせるのではなく、自分の体に命令した。次に向かう場所なんて考え付かなかった。国道沿いならあるはず!そんな根拠の無い思いつきだった。しかし、今の自分にはこれしかなかった。走るしかなかったのだ。

またいくつかの角を通り越していく。何もないところで足がつまずきそうになる。焦りもあるだろうが、疲労感が激しい。私は自分の運動能力の無さを呪った。そして、携帯電話を持っていなかった自分を憎んだ。そしてなにより、自分のニブさを心底悔やんだ。自分にはわかっていたはずなのに何もしなかった。見なかったことにした。私は自分の力から逃げたんだ。いや、違う。私は今までずっと逃げ続けていたんだ。なのに進藤はそんなわたしを助けてくれた。決まっている運命なのに、あきらめたり、逃げたり、恐れたりしなかった。

謝りたい。命を懸けて身代わりになってくれた進藤に謝りたい。

焦りとか、恐怖とか、いろいろな感情や思いが渦巻いていた心はいつの間にかひとつの大きな目標を持って体をつき動かしていた。

その時、何かにつまずいたのか、ひざの力が抜けてしまったのかわからないが、バランスを崩し、前のめりに転びそうになった。もつれる足を何とか元に戻そうとするが、重心が彼方に行ってしまっているのでどうすることも出来ない。そしてそのまま私は小さな十字路へと入っていった。

こけそうになりながら見た十字路からは、自分に向かってくるひとつのライトが見えた。

私もひかれる!

強く目をつぶり、衝撃に備えた途端に、私の全身に衝撃が走った。天地がひっくり返るような感覚。頭が振り回され、しばらくの間、目を回したように平衡感覚が安定しなかった。

思ったよりも軽い衝撃に、疑問を抱きながらゆっくり目を開ける。目の前には数えるほどしかない星が、いつ消えるともわからないような光を放っていた。

「・・・そ・・・・・ら・・・・・・?」

それが空だと認識するまでに五秒ほどかかったかもしれない。痛みはまだ全身を駆け回っているが動けないほどではなかった。何とか必死に上半身を起こし、がんがんと痛みが響く頭を押さえながら、あたりを見渡した。辺りには、車体やガラスの破片は散らばっていないし、ブレーキのあとも無い。そういえば、ぶつかったときの音もぜんぜんしなかった気がする・・・。

「・・・河野・・・?」

背後から私を呼ぶ声がした。傷む背中を無理やりひねり振り返ると、そこには自転車にまたがった桜井がいた。

「何・・・、してんだ?いきなり飛び出してきて・・・」

驚いた表情でそういいながら、自転車をおりて私の元へと歩いてきた。

私は辺りが暗いことと焦りが重なって、自転車のライトをバイクのライトと間違えてしまったのだ。

「大丈夫かよ・・・。頭から地面に突っ込んでたぞ?」

心配そうにしゃべる桜井の言葉を聞いて額を触ってみると、確かにそこにはヌルリとした感触があり、手には血がべったりとついていた。全身の痛みはまだ引いていないので、ほかにもいろいろと怪我をしているのだろう。しかし今はそんなことを考えている場合ではなかった。見たところ桜井に怪我は無いようだし、今は時間がおしい。

「いっ!」

立ち上がろうとしたが、右の足首にひどい痛みが走り、再びしゃがみこんでしまった。立ち方が悪かったのかともう一度ゆっくりと立とうとするが、やはり同じところに痛みが走り立ち上がることが出来なかった。

あきらめたくないという一心で、何度も何度も立ち上がろうとする。

「おい、大丈夫かよ?足痛めてるんじゃないのか?」

桜井が立ち上がろうとする私を支えてくれたおかげで、右足の痛みが緩和し何とか立ち上がることができた。そして私はそのまま歩き出そうとするが、やはり体重をかけると右足はひどく痛んだため、足を引きずりながらでしか、前に進むことは出来なかった。しかも桜井の肩を借りたまま・・・。

「何してんだよ!無理だよ!怪我してんだろ?」

よこで桜井が強い口調でとめようとする。

「電話!早くしないと死んじゃう!救急車!」

怪我の衝撃で振り回された頭でははっきりと考えることが出来ず、片言のように言葉をくりかえした。

「携帯あるよ!電話できるから!大丈夫!今呼ぶから!」

私の言葉をかき消すように、更に大きな声で桜井は叫んだ。そしてポケットから携帯電話を取り出すと短くボタンを押した。私は桜井の言葉と行動で安心し、その場にへたりこんだ。

「・・はい、そうです。立てないようなので救急車をお願いします。えっ?ああ、意識はあります」

はっきりと考えられるようになってきた頭に入ってきた言葉は何か引っかかるものだった。

「頭から結構血が出てますね。あと、足が痛むようです。とりあえずはこれぐらいしか・・・。はい、女性です」

その言葉を聞いた瞬間、引っかかりはとれ、同時に叫んでいた。

「違う!!私じゃない!!私じゃないの!!!」

私は横で立ちながら話していた桜井の足につかみかかった。

「私じゃなくて進藤が死にそうなの!!」

桜井は驚きと疑問の表情を浮かべながら私を見つめていた。




白と灰色で統一された無機質な病院の診察室で私は怪我の手当てを受けていた。ここは昔私が検査入院をした病院であり、母も入院した病院だ。場前はあのときの医師に会うのではないかと不安だったが、診察時間外ということもあり、人も医師も少なかった。

進藤は私が公衆電話を探している間に、進藤が倒れているのを見つけた人が救急車を呼んでくれていたみたいで、桜井が電話としたときにはすでに救急車の中だったらしい。その時電話を受け取ったオペレーターはひどく混乱したようだ。それはそうだろう、すでに救急車が到着して病院に搬送してるのに、救急車を呼んでくれとけが人が叫んでいたんだから。結局、進藤側の救急車と連絡が取れたようで混乱も収まり、私は桜井が呼んでくれた救急車に乗ってこの病院まで来たのだ。そした今、頭やおでこ、手足の何箇所かに絆創膏を張られている。

「それにしても、派手にこけたね~」

最近この病院にきたのか、若い医師は私に軽い口調で話しかけてきた。

「はぁ」

医師の問いかけに、力ない返事で答える。桜井に詳しく聞くと、私は交差点の角から、突然飛び出してきたらしい。もちろん本当に飛んで出てきたのだ。桜井が驚いてブレーキをかけると同時に、私は頭から地面にぶつかっていき、そのまま前受身のように転がったのだと言う。もちろん私は受身なんてした事が無いので、ただの勢いで転がっただけなのだが・・・。地面にぶつかった衝撃と転がったときの衝撃で、全身の打ち身と擦り傷、頭からの出血に右足首の捻挫だった。

「友達を救おうとするのはいいけど、自分が大怪我したら元も子もないでしょ?」

最もだ。

「はい」

今度は先ほどよりもしっかりとした口調で返事をした。

そして、これだけ話してくれるなら質問に答えてくれるかもしれないと思い、不安に思っていたことを質問してみた。

「私、昔ここに入院したことがあるんですけど・・・・、その時に担当だった方って、今いらっしゃるんですか?」

「その人の名前はわかる?」

すぐに返ってきた返事は明確な答えではなく、問いかけだった。

「えっ、名前・・・ですか・・・」

その時思い出した。私は、あの医師の名前を知らない。名前も知らずにその存在に不安を感じていたことに驚いた。

「・・・わからないです」

名前も知らなかったことの後ろめたさから、声のトーンが少し下がってしまった。

「そうか、わからない、か・・・」

医師は湿布が張ってある足に包帯を巻きながら答えた。そして少しの沈黙の後、ゆっくりと話し出した。

「実はね・・・、僕は君のこと知ってるんだ。昔、君がここに検査入院したときから」

驚いた。軽く話しかけてくるから、私のことを知らないのだと思っていた。しかしそれはとんだ間違いで、この人は私がこの能力に目覚めた頃から知っていた。いや、知っていただけではなく、私のそばにいたのだ。

「もちろん君は覚えてないと思うよ。まだ僕は研修生だったし、斉藤先生の助手にもなりきれてなかった頃だからね」

足に包帯を巻き終わりネットをかぶせると、「よし」とつぶやいて、顔を上げた。

「斉藤先生っていうのは、僕の尊敬する人であり目指すべき医師。そして君の担当だった人だよ」

私の目を見ながらそう話すと、今度は机に向き直ってカルテを開いた。

「斉藤先生が、君がさっき尋ねた人だろ?」

それだけ言うと、カルテに書き込みを始め、黙り込んでしまった。スラスラと滑らかに動くボールペンの音とカチッカチッという時計の秒針の音だけが申し訳なさそうに響いていた。

「・・・そ、そうです・・・・」

短く答えた。この人はあの医師――斉藤医師――と関係がある。ただそれだけで体が硬くなる感じがする。

「死んだよ・・・、斉藤先生。数年前にね・・・。・・・ちょうど君が退院してから数ヵ月後のことだったと思うよ」

それは衝撃的な言葉だった。いまこの医師は、「死んだ」と言った。斉藤医師は死んだと言ったのだ。

「えっ、死んだって・・・」

「自殺したんだよ。自宅で首をつってね・・・」

医師はカルテを書く手を止めて、虚空を見つめながら少し物思いにふけると、当時のことを話し始めた。

「まだ僕がこの病院に来たばかりの研修生で右も左もわからない頃だった。斉藤先生の助手として配属されてね、ものすごく緊張したのを覚えてるよ。やさしい人だなって初対面の時にすぐ分ったよ。話し方とか表情とか、すごく柔らかで親しみやすい感じでさ。けど・・・、やさしいのはやさしいんだけど、何か精神的に追い込まれているような感じがしたな・・・。時々すごく感情の起伏が激しくなったりしてさ、周りを驚かしてたよ。当時は少し変な人だと思っていたけど、やさしいし技術もある、そして何より仕事に対する情熱はだれよりも強かったから、そんなことは気にはならなかった」

確かに私自身、斉藤医師との初対面の時には柔らかい印象を受けた気がする。口調も動作もやさしく柔らかだった。

「自分に厳しくて、もちろん他人にも厳しくする人だった。ほんの少しのミスでも本気で怒られたっけ・・・。それに反するように患者さんに対してはすごく優しかった。いつでも患者さんの事を第一に考えて行動されてたよ」

そしてまた言葉を止めた。先ほどよりも長い沈黙が続き、何かに意を決したように再び話し始めた。

「斉藤先生の事を本当に知ったのは、自殺される二日前だったよ。それまでに医師としての考え方、技術、知識とか、患者さんに対する対応、考え方、医師同士のチームワークの大切さ、看護師との連携、とにかくいろんなことを教わって、僕はこの人の下につけてよかったとよく思っていた。さっき言ったように時々出てくる情緒不安定さは全く気にならなかったし、それだけ一生懸命になりすぎて仕事に追われているんだろうと思って、たまにはゆっくり休んでくださいってよく言ってたよ・・・。けど、違ったんだ。あの人は仕事なんかに追われていなかった。・・・あの人はね、もともと小児科の先生じゃなかったそうなんだけど、ある時期から自ら小児科に異動して、時間がある限り患者を診るようになったらしい。それこそ受け持っている患者数はうちの病院で一番多かったよ。すべての患者数は僕も把握しきれてなかったと思う。新しい子ども患者さんが来るたびに『私が診ます』って言って、周りから止められたりしてね、もう完全に先生にだけ患者さんが飽和状態だった。そんな先生のやり方とか、考え方とか、僕は『がんばるなぁ、真面目だなぁ』ぐらいにしか思っていなかった。感情の起伏の激しさもちょうどその小児科に異動した時ぐらいから出始めるようになったらしいんだけど、先生から最後に話を受けた時に、すべての理由がわかってね・・・」

また遠くを見つめるような、物思いにふけるような目になると、机からこちらに完全に向き直り話を続けた。

「君が退院して少したったぐらいから、先生の様子が少しおかしくなってきてね。別に気が狂ったとかそういうのじゃなくて、何か常に気分が沈んでいるというか、元気がないというか・・・。で、同時期に男の子が入院していたんだけど、何週間の闘病の末に結局亡くなってしまってね、小さい子供によくある原因不明っていう奴だよ。それから先生はまた変わってしまってね、自分が受け持っている患者さんを他の先生に担当を代わってもらっていったんだ。ほとんどの患者さんをね。そりゃみんな驚いてね。あんなに自分から受け持っていた患者さんを突然他の先生にお願いしてるんだから」

話に出てきた私と同時期に入院していた男の子はたぶんあの子だ。まさひろ君だったか・・・。まさかあのこの担当が斉藤医師だったなんて・・・。男の子の最期の時にはお互い放心していたのとバタバタしていたのとで気付かなかったのだろうか。

「それからは本当に最低限の患者数、特に病状の重い助かりそうにない子供たちばっかりを担当して、新しく担当を増やそうとはしなかった。そしてその子たちと時間を過ごすようになって、あの仕事に対する情熱は影をひそめてしまった。私も配属が変わって、別の先生の下で働くようになったから、斉藤先生がどんな毎日を過ごしていたのかは、時々聞く噂話からしか知ることは出来なかった・・・。あれは、先生が担当していた患者さん、もちろん子どもなんだけどね、が二人ぐらい立て続けに亡くなった時だった。噂でその話を聞いて、前のことがあるから心配になった私は、久しぶりに斉藤先生に会いに行ったんだ。多少痩せたような感じがしたけど笑顔で話してくれてね、その日お互い仕事が終わったら飲みに行こうって誘われたんだ。僕が一人前になったお祝いだって。一人前なんて・・・、僕なんてまだまだなのに・・・」

そう話す医師の目は少しうるんでいた。この医師はそこまで、斉藤医師のことを尊敬していたのだろうか・・・。

「居酒屋でご飯を食べている間、先生は僕のことばかり聞いてくるんだよ。最近どうしてるか、悩んでいることはないか、私生活はどうかとか・・・。先生に同じような質問をしても俺のことはいいんだよとか言ってはぐらかされて・・・。で、店を変えようってなった時に、先生は行きたい所があるって言って、僕をある店に連れて行ってくれたんだ。それは雑居ビルの地下にあるカウンターだけのバーで、狭くも広くもなく落ち着いた雰囲気の店だった。先生は一番奥の席に座ると、好きなものを頼んでいいぞって言ったきり、黙ってしまってね。お酒が出てもなにも言わないし、どうしようかと思っていたら、いきなりグラスを軽く持ち上げて、バーボンのストレートを一気飲みしたんだよ。大丈夫か?と思っていたら、静かに話しだしたんだ」

核心の話が始まる。そう思い身構える。

「先生は・・・




空になったグラスが置かれる。濃い色をした一枚板のバーカウンターの上には丸いコースターが置いてありグラスが置かれる音を吸収した。

「俺な、結婚してるんだ」

カウンターにもたれかかりながら斉藤は話し始めた。店内の照明は暗く、話す斉藤の表情をはっきりと確認することはできなかった。

「えっ、そうなんですか?そんな話全然されませんでしたから全く知りませんでしたよ」

斉藤は気にせず話を続ける。

「結婚して、娘もいたんだよ・・・。けど昔、買い物に出かけた妻とそれを出迎えた娘に車が突っ込んできてね・・・。居眠り運転だったらしい・・・。その日、俺は出かけてて家にいなかった。あの日俺が家にいて、しっかりと注意深く回りに気をつけていたらあんな事故防げたかもしれない。防げなくても、俺も一緒に死ぬことが出来たのに・・・」

「先生・・・」

深くうなだれる斉藤の方は小刻みに震えていた。相変わらず暗い照明は斉藤の顔に濃い陰を落とし、泣いているのかさえ判断できなかった。

「あの日から俺は、家族への罪滅ぼしのためだけに仕事に熱中した。自分の子供を守れなかった代わりに他の子供を救おうと思った。自分の子供に注げなかった愛情を他の子供に注ごうと思った。自分の子供の見れなかった成長を、他の子供に見ようと思ったんだ・・・。けど・・・、そんなことはただの現実逃避でしかなかったんだと最近気づいてね・・・。もう何もかもに気力が出なくなってしまって・・・」

斉藤は顔をあげて、バーのマスターに次のお酒を注文した。その顔に悲しみは浮かんでいなかったが、酷い疲れが浮かんでいた。しかしその疲れさえも暗い照明の中では一瞬しか見えず、再び下を向いた斉藤の顔は、陰に覆われてしまった。




「何も言えなくなってしまってね・・・。どんな言葉もただの綺麗ごとにしかならない気がして・・・。それから後はお互い無言だったよ。店を出た後に、先生はまた明日って言ったんだ・・・。けど、次の日先生は来なかった。そしてそのまま・・・。僕があの時綺麗ごとでもいいから何か言っていたら・・・、先生は・・・」

うつむいた医師の言葉が止まり、そのまましばらくお互い無言のままだった。バーでの会話の時もこんな感じだったのかと思っていると、医師はゆっくりと顔を上げた。その顔には泣いたような痕はなく、代わりに精一杯の笑顔があった。

「最後に見た先生の笑顔を思い出すたびに、こんなことを考えてしまうんだ。過ぎてしまったことなのにね。だから君が今日したことには胸を張っていいんだよ。友達のためにこんな怪我をするまでがんばったんだから」

そう言うと、わざとらしいぐらいに笑顔を強調して、再びカルテに向き直った。そして先ほどとは違ったトーンで話し始めた。

「けど、君が変にすれた子になってなくて良かったよ。気にしてたからさぁ、斉藤先生」

「えっ、どういうことですか?」

「どういうことって・・・、そのまんまの意味だよ。君の事を心配してたのさ、君のその能力もね」

相変わらずこの医師はさらりと驚くことを言ってくる。思わず言葉が出ずに口を金魚のようにパクパクしてしまった。

「まぁ、驚くのも無理は無いだろうね、僕も驚いたし・・・。普通は人には理解できない力、というかそんな力が実際にあるのかさえ疑ってしまうようなことだからね」

違う。私が驚いたのは力の存在を斉藤医師が知っていたことに対してじゃない。そんなことはとうの昔に本人と話している。私が驚いた理由は、この目の前に居る医師が私の力のことを知りながら、どうしてこんなにも普通に接してこられるのかということだ。

「君が退院してすぐだったよ、その話を聞いたのは。いきなり何を言い出すのかと思ったね。・・・けど、真剣に話すものだから、最後まで聞き入っちゃってね。内容的には、君には不思議な能力があって、それは人の死に関する能力だってこと、その能力はただあるだけで君自身が操ったりできないこと、それ以外は全て謎ってことだった。先生はその謎を研究したかったみたいだけど、人を助ける医師としてのプライドが君をモルモットとして使うことを許さなかったんだと思う」

本当にそうか?屋上で話をした時に斉藤医師は本当にそんな葛藤を心に抱いていたのか?

「能力の謎とは別に、君を取り巻く環境を心配していたよ・・・。人は自分達とは違うものを異質なものとして捉えて、拒絶や差別、偏見の対象として見るからね。まだ子供である君の未来は暗いものだろうって・・・。あっ、ごめん。本人を前にして言うことじゃ無かったね」

医師は軽く頭を下げて謝った。

「別にいいですよ。何もその予想は間違ってないし、私自身をけなす言葉でもないですから」

軽く言ったつもりだったが、はたから聞くと棘のある言い方、口調になってしまったかもしれない。私の今までの人生は確かに明るいものではなかったからだ。大人から子供まで、私を異様な目で見るし、話しかけられることも無い。友達らしい存在だって今までいなかった。家族以外では私を恐れ忌み嫌うか、極端な避け方はしないが必要最低限に関わるかの二通りしかなかった。今までの暗く孤独な人生を、簡単な言葉だけで済まさないで欲しかったのだ。

「だから先生は僕にもこのことを話してくれたし、君のお母さんにも話しをしたんだよ。能力があること、人とは違うことは君の個性だって、何も恐れるものじゃなくて、誰かを苦しめたり何かに影響を及ぼす力じゃないんだってね」

「えっ、君のお母さんにもって、どういうことですか?」

今までで一番驚いた。母が斉藤医師と話をしたなんて聞いたことないし考えたことも無かったからだ。

「そのまんまだよ。君のお母さんと先生は、君の能力について一度話をされたことがあるみたいだよ。短い時間だとは言ってたけど・・・。僕に話してくれるよりも以前に・・・、あっ、君が退院する日だったかな?」

その言葉を聞いたとたん、大体の予想がついた。たぶん私が屋上で逃げだしてから病室に戻るまでの間だ。だから病室に戻った時、お母さんはさっきまでとは違ってあんなにも理解してくれたのか・・・。

少し昔のことを考えていると、医師は続きをしゃべりだした。

「先生が話をしてくれたから、僕は君とこうして普通に話が出来る。話を聞いて無かったら、僕も周りとおなじように君を避けてただろうな。お母さんも同じだと思うよ。やっぱり理解できなかったと思う。先生は何とかしたかったんだろうね、君のことを・・・。助けになりたかったんだと思うよ・・・」

最後の言葉は、私の目を見つめながらしゃべっていた。




視察室を出て、待合場所のすぐ近くの椅子に座った。正直驚いた。自分が不安に思い避けていた人―――実際にはこの病院自体にあまり来ないので、避けていたのとは少し違う気もするが・・・。―――の名前も知らなかったことや、その人が私のことを心配していたこととか、頭の許容範囲をオーバーしたように、その事実がだけが頭に残り、何も考えられなくなっていた。

「終わったのか?どうだった?」

横に、缶ジュースを持った桜井が座った。どうやら待っている間に買ったようだ、飲み口が空いている。

「ほら」

何も答えなかった私の目の前に新しい缶ジュースが差し出された。横を見ると何か照れたような表情で目をそらす桜井がいた。

「ありがと」

短くつぶやいて缶ジュースを受け取る。冷えた缶の冷たさが、走ったり驚いたりして緊張していた体に心地よかった。

「走り回ってたみたいだし、水分とっとかないとな」

何の言い訳かわからないが、桜井はぶつぶつをそんなことを言っている。確かによく見ると、手にした缶ジュースはスポーツ飲料だった。

「ありがと」

私はふたたびつぶやいた。心無いか先ほどよりも柔らかい口調になっていたように思う。

そして、桜井の「ああ」という返事の後は、お互い無言になってしまい。静寂が辺りをつつんだ。時折聞こえるのは、ゆっくりと歩く看護師の靴音と外を走る車のかすかな音ぐらいだった。

「どうして、桜井君はここにいるの?」

ふと聞いた。その瞬間、桜井ははっきりとわかるようにうろたえ始めた。

「いっ、いや、河野が怪我したのって、オレにも責任があるかなって・・・・。それに心配だったし!・・・迷惑、だったかな・・・」

うろたえたと思えば今度は急にテンションが下がってしまい、挙句の果てには「帰るよ・・・」と言い出した。私はそんなことを望んでたんじゃないけど、と思いながら考えると、とんでもないことを言っていたことに気が付いた。

「あっ、違う!違うの!そういう意味じゃないの!ごめん、変な言い方して・・・」

立ち上がった桜井の手を掴んで謝った。手を掴んだとき、桜井の体がこわばったのを感じたが、そのまま帰らずに再びソファに座ってくれた。

桜井君の体がこわばったとき、拒絶されたと感じた。だから今からしなおす質問は意味の無いものだと思ったが、中途半端なままで終わるのも駄目だと考え、言葉を直して再び質問をした。

「どうして私なんかと一緒にいてくれるのかなって・・・」

桜井は何も言わずに私の顔を見た。私は桜井とは目をあわさずに話を続けた。

「私って、気持ち悪いでしょ?怖いでしょ?いきなり桜井君のこと殺しちゃうかもしれないよ?変な力で・・・。なのになんで一緒にいてくれるの?学校でだって、ただの対抗意識かも知れないけど私をいつも意識してるでしょう?なんでなのかなって・・・?」

言葉が終わっても、桜井は何もこたえなかった。

「いや、それが鬱陶しいとかそんなことを言いたいんじゃなくて、・・・私と係わり合いを持つ人って少ないから・・・。普通は避けるから・・・。だから・・・、なんでかなって・・・」

言葉とともに心も沈んでいった。桜井の気分を害さないようにと言った言葉だったが、その自分の言葉で自分の首を絞めていた。自分で自分を避けていたことに気がついてしまったからだ。私みたい人間に係わり合いを持つ人間なんていない、そんな人間は先ほどの医師のように力を理解しているか、よっぽどのすき物だ。最初は親にだって拒絶されたし、今でさえ私は私を拒絶している。私と係わり合いになる普通の人間はいない。それが当たり前だって・・・。そして、桜井の無言の返事にもそれを感じ取った。

「俺はお前なんか意識したいとは思ってないよ。ただお前がいつも目に付くところにいるから、いやでも意識しちゃうんだ」

そんな言葉が今にも聞こえてきそうだった。私は馬鹿だ。どうして自分で自分の首を絞める?どうして答えのわかりきった嫌な質問をしたのだ?

「どうしてだろうな?」

落ち込んだ私の耳に、突然返事が返ってきた。

「俺、そういうことあまり信じないし」

その答えは思っていたものとは違う答えだった。

「占いとか超能力とか、幽霊、お化け、UFO、全部信じてないんだよね。極端に言うと天気予報だって信じてない。いつも鞄には折りたたみ傘を入れてるぐらいだしね」

桜井はそういうと、私をみて微笑んだ。こんな言葉が返ってくるとは思っていなかった私は、何も答えることが出来なかった。それでも桜井は話を続ける。

「大事なのは結果なんだよね。結果しか信じないことにしてるんだ。だから結果が出ることにしか興味は無いし、それ以外は深く考えたこともないし、そもそも信用しない。だから河野が人を殺す力があるって聞いても、聞くだけで見たことも無いものは信じないしどうでもいい。そんなことを信じる暇があるなら数式のひとつでも解いているほうがよっぽど有意義だ。勉強は結果を出してくれるからね。まぁ、たとえば今ここで河野が俺を呪い殺したとしたら信じるしかないけど、その時はもう信じるとかどうとかじゃなくて、もう人生が終わってるからね。それに何も悪いことなんかしてないし、もし呪い殺されるとしたら、河野に対してひどい態度を取るようなやつだしな」

意外とよくしゃべる。桜井はもっと無口で性格の悪いやつだと思っていたのに・・・。

「こんな考えかたしてるから周りからは変わった目で見られるし、友達もあんまりいない。けどそもそも友達なんて別に必要ないし勉強の邪魔。将来便利なコネクションになってくれるならいいけど、俺より格段に頭が悪いやつなんてそんなことも望めないし」

なるほど、だから無口な印象があったのか・・・、友達がいないから・・・。ひとつ桜井の謎が解けた。

「けど、人が苦しんでいるのを助けないほど無関心じゃないし冷たい男でもない。むしろほっとけない。そういう時は神を信じてもいいとさえ思ってる。だからここにいる。・・・この答えでいいかな?」

再び桜井は私の顔を見ながら微笑んだ。何か言おうと口を動かしたとたん、桜井は言葉を続けた。

「まぁ、いつもいい成績とって、俺の成績一位を妨害するから嫌なやつだと思ってたけど、こう言うときに恩を売っておくのもいいと思ってね。河野なら将来いいコネクションにもなりそうだし」

私は口をあけたまま言葉が出なかった。

「いや、しかし世間の評価も大事だから、その点で言うと河野がいいポジションにつくのは難しいか・・・?」

桜井はぶつぶつと考えながらつぶやいた。もちろんすべて聞こえている。やはり性格は悪い。とことん悪い。しかし同時に、こんな性格だから助けてくれたんだとも思う。ほかの人だったら無視していたと思うから、最悪の場合、まだ痛い足を引きずりながらさまよっていたかもしれない。

「しかし別の地域に行けば、学歴だけの評価になるし・・・」

いまだぶつぶつと言っている桜井の顔を見ていると、さっき初めて桜井の笑顔を見たのか・・・と、しみじみ考えた。別にだからと言ってどうと言うことは無いのだが、人の笑顔を見るのは悪い気がしない。

「あっ、そういえば!」

急に桜井が顔を上げた。

「あの時言ってた、シンドウ?っていうやつはなんなの?今手術中らしいけど」

そうだった。進藤のことを忘れていた。

「そうだ!どうなの?どうなってるの!?」

思わず立ち上がってしまった。

「落ち着けよ・・・。どういう状況かはわからないよ。別々に運ばれたんだし・・・」

「あ、あぁ・・・」

力を失い、ゆっくりソファに座った。

「まぁ、軽く聞いたところでは、意識不明だけど致命傷と言えるような怪我は無いみたいって言ってたよ」

桜井が先ほど看護婦から聞いたのであろう情報を教えてくれたが、そこからの情報は無いのか黙ってしまった。さすがに、手術が終わらないと正確なことは言えないだろうし、急患が出たとなると仕事も忙しくなるだろうから、あまりかまっている場合ではなかったのかもしれない。

「・・・行こうよ・・・、進藤のところに・・・」

立ち上がりながらそう言った。自分に言い聞かせるために、そして希望を失わないために。私の気分が滅入ってしまうとそのまま進藤は死んでしまう。だから自分自身を奮い立たせるために行動を起こしたのだ。立ち上がってあたりを見渡してみるが、それらしい部屋や案内は無く、ただ静かに薄暗い廊下が続いているだけだった。

「ねぇ、手術室ってどこかな・・・?」

まったくわからないどころか、静かさ薄暗さのせいでいきなり不安になってしまった。しかしこの不安は進藤の安否とは関係ないから大丈夫だろう。

「たしか、こっちだったと思うけど・・・」

桜井はゆっくりと立ち上がると、軽くあたりを見渡してから歩き出した。

正面入り口と案内されている方向とは逆に進んで角を二つ曲がったときに、見覚えのある通路に出た。昔、母と来た通路、いや、母が運ばれた通路だった。

手術室のあるその場所だけが、あの時と同じように赤いライトで照らされていて、何か独特の雰囲気を漂わせていた。そしてその光景はそういった雰囲気だけではなく、私の過去の記憶も引っ張り出してきた。母が運ばれた記憶、自分のせいで母が片目を失ったあの事件・・・。色あせていたと思っていた記憶が、赤く鮮明に目の前に広がっていく。

「・・・ぁ・・・、ぁ・・・・」

少しの息苦しさを感じ、それと同時に足の力が抜けてしまい、廊下の影にもたれながら膝をついた。

「そん・・・な・・・」

この場所は駄目だ。私の記憶がこの場所を拒絶している。ここにはいいイメージが無い、浮かばない。

「おいっ、どうした?」

急に崩れた私に驚いて、桜井は肩を揺すりながら呼びかけてきた。

「この場所は嫌なことしか考えられない・・・」

桜井の言葉に答えたわけではなく、ただそうつぶやいた。小さかった頃の嫌な記憶。自分の責任で母に一生残る傷を負わせてしまったこと。自分でも驚くぐらいにその記憶は私の感情を揺さぶった。嫌なことは考えないようにと、どれだけ強く思っても、頭に思い浮かぶのは最悪の結果ばかりだった。

「進藤を助けることができない・・・」

とりあえずこの場所にいては駄目だと思い、場所を変え心を落ち着かせようと後ろに下がったとき、桜井の強い声が聞こえた。

「なんで逃げようとしてるんだ?」

思わず桜井の顔を見る。

「何が『助けることが出来ない』だ!そういうことはな、自分と相手をしっかり信じて、努力して、それでも駄目なときに言うもんだ!この場所に対してお前がどんな感情を持ったのかは知らないけど、そのシンドウって奴は今この場所でがんばってるんじゃないのか?それなのに逃げのかよ?」

桜井の顔を見たまま固まってしまった。さっき困ってる人を見るとほっとけないとは言っていたが、ここまで熱い男だとは思わなかった。思い出してみると、嫌な奴だと思っていたのは確かだけど、それは別に誰かを苦しめたり見捨てたりしたからじゃなかった。友達が少ないとは言っていたが、はたから見てそんなことも無かった。常に桜井の机のそばには誰かがいた気がする・・・。なるほどそういうことなんだ。桜井は自分の気持ちに素直で真っすぐ男なんだ。考えてみると私も嫌な奴だとは思っていたが、きらってはいなかった。むしろ、桜井のように真っすぐ行動できたら、とさえ考えていたかもしれない。

「そうだね、ごめん・・・」

ゆっくりと立ち上がりながら、桜井に謝った。

「オレに謝るんじゃないだろ?」

そういうと、桜井は顔を手術室へと向けた。それにあわせて私も顔を向ける。

桜井は無言で『謝るなら進藤に謝るんだ』と伝えてくれた。私はもう一度自分自身の心に強く言い聞かせた。自分が滅入ると、進藤が死んでしまう。私が殺してしまう。私を助けてくれた人を殺してしまう。

「死なせない。絶対に死なせない!」

小さな声で、しかし力強く私は囁いた。そして手術中と書かれた赤いライトを睨みつけた。

もう怯えない。考えること、信じることはひとつ。進藤が無事にあの部屋から出てくることだけ!

赤いランプとそれに照らされた扉をにらみつける。文字通り穴が開くぐらいにらみつけた。するとそのにらみが効いたのか、赤いランプの点灯が消えて、その場をあたりと同じ薄暗い空間へと戻した。

はっとした私はにらみつけるのをやめて、手術室の扉から人が出てくるのを待った。

少したった後、ゆっくりと扉が開くと、一人の医師とストレッチャーにのった進藤が出てきた。

「先生・・・」

思わず数歩近寄りながら声をかける。横目で見た進藤は静かに横たわったままだ。

「進藤は・・・」

私の前に立ち止まった医師は少し私を見つめたあと、ため息をつきながら進藤へと視線を移した。

「・・・どう、ですか・・・?」

医師のその行動に少しの不安を抱き、言葉がうまく出なかった。

「彼は・・・」

医師がしゃべり始める。

「よっぽど運がいいらしい」

そう言って、笑顔で視線を私に戻した。

「交通事故と聞いていたから、どんな状態かと心配したが、内部の損傷はほとんど無く、肋骨にヒビが入っていたぐらい。外傷は大きいのが何点かあったが、致命傷となるようなものは無く、私のすることは傷の消毒と縫合ぐらいだった」

そう話す医師の後ろを進藤は運ばれていった。どこか病室に連れて行かれるようだ。

「けど血がいっぱい出てたし、意識だって・・・」

「確かに多量に出血していたから常に輸血は必要だった。怪我も血が出やすい箇所が何点かあった。しかし大きな血管を傷つけたわけではないし、体の大切な器官を失ったわけでもない。血液が少なくなったりすると意識を無くすこともあるが、すぐに危険な状態になるわけではない。そして今は麻酔で寝ているだけなので、心配することはありませんよ」

医師はたんたんとした口調で説明をすると、「それではあとの手続きなどは看護士のほうから・・・」と言葉を残して去っていった。

本当に安心していいのかわからずに立ち尽くす私の肩に血が置かれた。桜井だ。

「良かったじゃない。大丈夫そうで」

桜井は笑顔でそう言った。その顔と言葉を聞いたときに、全身を安堵感が包んだ。

「大丈夫・・・なんだ・・・」

安堵感を確かなものにするために声に出してみる。するとポロポロと涙が零れ落ちてきた。自分でも驚いたこの涙は、悲しいから出たのではなく、嬉しいから出たのでもなかった。安心したから泣いてしまったのだ。こんな涙を流したのは、更に言うと誰かのために涙を流すのは何年ぶりだろう?

いつまでも流れ落ちる涙は、私の心の中へとしみこんでいった。




やさしく頭をなでられる感触。その感触とまぶしい光で目が覚めた。真っ白に染まる視界の中で、ここはどこだと、昨日の事を思い出した。

私と桜井は看護士に連れられてナースステーションで手続きをした。進藤のことを看護士からも桜井からもいろいろと聞かれたが、私自身進藤と深い付き合いではないし、出会って数日しかたっていないから、名前以外は何もわからないと説明した。もちろん連絡先もわからなくて、最初は和尚さんの連絡先を言おうかと考えたが、迷惑かもしれないと思いやめておいた。最終的には本人が目覚めてから詳しく聞くということで手続きは終わり、看護士は病室を私たちに伝えると、「もう帰られていいですよ」と言って、ナースステーションの奥へと去っていった。桜井は明日も来ることを約束し家へと帰っていった。そして私は病院の公衆電話から家へ連絡をいれたあと、進藤の病室へと向かった。

「あっ」

昨日のことを思い出し、そうか!と顔を上げる。すると真っ白だった世界が切り替わり、白い部屋の中でまぶしい光を浴びながら笑顔で私の頭をなでる進藤がいた。

「おはよう」

進藤は軽い口調で言ったが、私はそうはいかなかった。

「しっ、しんど・・・」

思わず泣きそうになったが、こいつの前で泣くのは何か嫌だったのでグッと我慢した。そして、寝起きで目をこするふりをしながら涙をふいて、「おはよう」と返した。私の言葉を聞いて更に笑顔になった進藤の口から出た言葉は意外なものだった。

「ありがとう」

突然の感謝の言葉に、きょとんとした目で見つめ返す。そしてすぐに手を振りながら言葉を返した。

「何言ってるの!ありがとうは私の言葉よ。進藤が私を助けてくれたんじゃない」

「違うよ。俺は鈴に助けられたんだ」

更に笑顔になりながら進藤答える。相変わらずその言葉を私に対しての感謝の言葉だった。

「なんで?事故に遭いそうになったのはもともと私だし・・・、私を助けるためにこんな怪我したんだし・・・」

自分で言いながら気分が沈んでくる。

そう、私のせいで進藤はこんな怪我を負ってしまったんだ。すべて私の責任なんだ。

元気が無くなりうつむいた私に向かって、進藤は言葉を続けた。

「言っただろ?俺にも鈴と同じ力があるって」

その言葉を聞いて顔を上げる。あの時、事故にあったときも進藤は同じようなことを言った。自分にも人の『死』が見えると・・・。

「だからさ、俺は今本当に救われたんだよ。怪我なんかどうだっていい。鈴は俺の心と言うか、気持ちと言うか・・・、とにかく俺は鈴に救われたんだ。助けられたんだ」

「ちょっと待ってよ。力とその話とどんな関係があるのよ?何を言ってるのかがわからないわよ」

少し言葉に力が入ってしまった。しかし進藤は表情をあまり変えずに「そうだな・・・」とつぶやいた。そして軽く腕を組むと、首を少しかしげ、考える動作をした。

「やっぱり子供のときの話からしないと駄目かな・・・?」

自分に問いかけるように言葉を発すると、少しの間をおいてから組んだ手をほどき、私のほうへと向いた。

「ほとんどの人が知らないと思うけど、実は俺、ここに入院してたことがあるんだ」

進藤はゆっくりと自分の過去を話し出した。

「うーん、入院と言うかほぼ監禁って感じだったんだけどね。俺が入院しているのを知っているのは担当の医師と数人の限られた看護士だけ。なぜなら入院の理由があの『力』だったからさ」

そう話す進藤の顔には少しの怒りが見えた。『力』のせいで入院していたのには驚いたが、もっと驚くことがあり、すぐさま私は声を上げた。

「ちょっと、子供のときの記憶が無いんじゃなかった?」

そう、確かに和尚さんは進藤の記憶がないと言っていた。子供の頃の記憶がないまま保護されたと・・・。それに対する進藤の答えは簡単なものだった。

「ああ、あれ嘘」

「嘘って・・・」

たった一言。それだけですまされてしまった。少しでも気にした私が馬鹿だった。

「まぁ、理由が無いわけでもないんだけどな・・・」

少しトーンを下げた進藤の言葉が聞こえた。私は何も言わずに次の言葉をまった。しばらく進藤は黙ったままでいると、声のトーンを戻し話を続けた。

「俺が入院していたことは、この病院でも表向きは無かったことになってる。一人の医者の独断で俺は入院させられた。そしてその医者はこの病院に対して大きな力を持っていた。そして一番最悪なことは・・・、その医者が俺の父親だったってことだ・・・」

再び言葉の最後でトーンが下がった。もちろんその気持ちは少なからずわかってつもりだ。だから驚いたが何も言わずに次の言葉をまった。すると進藤は私の気持ちをわかってか、妙に明るい声で言葉を続けた。

「子供を監禁したって言ったけど、まがりなりにも一応父親だぜ?俺が和尚さんと会ったときに本当のことをしゃべってたら、父さんとこの病院は何か・・・、大変なことになってたかも知れないだろ?俺だって自分の『力』のことはわかってたし・・・。まぁ、もうその頃には死んでたけどな・・・・・、父さん」

私と進藤の間に沈黙が流れた。進藤は言葉を続けないし、私も何を言っていいかわからなかったからだ。しかし、その沈黙が私に考える時間をくれた。そして、ひとつの答えが導き出されたとき、進藤は私の表情をよみとり。言葉を発した。

「そう、斉藤和樹だよ。俺の父親は・・・」

昨日初めて耳にした名前、しかし今後忘れることは無いだろう名前が再び出てきた。そしてそれは進藤の口からだけではなく、自分の父親だとの告白つきで・・・。

「あいつは満足そうな笑みを浮かべて言ってたよ・・・、『お前の仲間だぞ』ってな・・・」

進藤のその声には、あきらかに怒りがこめられていた。しかしそれと同時に、どこか悲しげな雰囲気をまとっていた。

「今思えば・・・、あの時にはもう遅かったのかもしれないな・・・」

今度は明らかな悲しみの声だった。進藤は目をこすり、ため息をひとつつき、話し始めた。

「俺の家族は、四人家族だった。父さん母さんに、俺と妹・・・。けど・・・」




その日、進藤大輔の気分は優れなかった。のどに魚の小骨が引っかかったような、嫌な不快感を感じていたからだ。魚の小骨と違うのは、その不快感が何が原因なのかがわからないことだ。

「なんだよこれ・・・」

部屋の中で寝転がっている進藤の目に映っていたものは、家の天井。しかしただの天井ではなかった。そこにはもやもやとした透明な煙のようなものがただよっていたのだ。そしてそれは天井だけではなく、壁や柱・・・、いや、家全体を包み込んでいた。

「なんでこんなもんが・・・」

家がもやもやとゆがんだりかすんだりして見えたが、進藤は目が悪かったわけではない。その証拠に、窓から見える景色は太陽の光を浴びて、鮮明に見えていた。

しかしこれは初めてではない。何かがかすんで見えたりゆがんで見えたりすることは昔からあった。産まれてから物心ついたときにはすでにその現象は進藤の目には見えていて、それが当たり前だとさえ思っていたのだが、なぜそんな現象がおこるのかわからないままでいた。そして、小学生に上がった頃に初めて親に聞いたのだ。

「どうしてあの人はもやもやして見えるの?」

その言葉を聞いたとき、親は最初何かテレビ番組に影響されたと考えた。しかし何回も同じような質問を繰り返すと、最終的には進藤の視力を疑った。そして何回か眼科に連れて行くのだが、目に異常は無く視力も両目とも2.0でむしろ良いほうだった。それ以来親は進藤のその言葉を冗談と受け取り軽く流すようになり、進藤は自分だけがそのように見えることに気付きあまりそのことについて話さなくなった。疑問を自分の中に閉じ込めたのだ。たまに出かけたときにその現象に気付いてもただ黙って見ないふりを繰り返したのだ。

進藤には河野と違い幸運なことが二つあった。ひとつは身近な人間が死ななかったこと。そしてもうひとつは進藤自身が自分の能力――この頃は能力と感じてはいなかったが――に誰よりも早く気付き、初期の頃に何回か両親に話した以外は誰にも話さなかったこと。この二つの違いが河野と進藤それぞれを見る世間の目を違わせたのだ。しかしこの幸運なことは進藤にとって不幸な出来事の始まりにしかならなかった。

「なんで家がこんな見え方するんだ?」

いままで進藤がその能力で見てきたものは生きているものか、生きているものが使ったり乗ったりするもの――はさみやカッター、自転車や車など――だけだった。家がもやもやと見えることも初めてだし、ここまで大きく見えるのも初めてだった。

「・・・気分悪いなぁ・・・」

壁、天井、床、柱、すべてがもやもやとして見える空間の中にいるのは目でも閉じていない限りものすごく不快なものだ。例えるなら数回頭を回転させられた後のような、酔っているのか酔っていないのかわからない境界、しっかりとした意識はあるのに五感の一部が正常に動かない感覚だ。

進藤は立ち上がり部屋をでた。

「天気もいいし、外に遊びに行こう・・・」

別に体を動かすことが好きだったわけではないし、何か目的があったわけでもない。ただ、家の中にいるよりかは、いくらかましだろうと考えたのだ。

玄関でスニーカーの紐を結びなおしていると、後ろから廊下を走る音が聞こえてきた。

「お兄ちゃんどこか行くの~?」

斉藤恭子。歳が二歳離れた妹だ。

「なんか暇だし、公園にでも行ってくる」

そう言って立ち上がるとい恭子は進藤の腕をつかんできた。

「私も行く~~~」

駄々をこねるように、恭子は軽く地団駄を踏みながらそう言った。結局お守りをしないといけなくなりそうであまり乗り気ではなかったが、この家の雰囲気もあまり安心できるものではなかったので、恭子の腕を軽く振りほどき、つまらなそうにこう言った。

「じゃあ早く靴はけよ」

その言葉を聞くと、うれしそうに玄関に腰掛け自分の靴を履きだした。そんな恭子を一瞬みると、進藤は戸をあけて外へと出た。外といっても、家には門扉があり、門扉と玄関の間が数メートル開いている。つまり家の前には少しの庭があって、一般道路との境目を塀で囲っていると言うわけだ。そして、玄関と門扉の間には飛び石というほど豪華なものではないが、平べったい石が並べて埋められていた。その途中まで行った石の上で太陽の光を浴びながら大きく伸びをした。体がなまっていたわけではなく、家の中での気持ち悪さから開放されたからだ。そして、伸びた姿勢を戻しながら振り返り、先ほどまでの気持ち悪さの原因である家を見上げた。相変わらずもやもやとした影が付きまとっていて、この家だけ太陽の光が弱く当たっているような、そんな感覚だった。

「・・・・・」

嫌な気分を抱いたまま進藤は黙って家を見上げていた。こんなことを誰かに言っても、どうせいつもと同じように冗談としかとられない。そんなことを思っていた。

その時、初めて見る現象が起こった。家を取り巻いていた影が急に動き出したのだ。

「!!」

影はある程度一点に集中すると、意思をもった生き物のように進藤へと向かって伸びてきた。進藤は思わず虫を払いのけるように手を振ったが、その少しだけ触れた腕の一部に影はしっかりとくっついてきた。

「なんだよ!」

初めての出来事にうまく声が出せなかった。何とか振り払おうと腕を振ったり、こすったりするのだが、その全てが逆効果のように、影はどんどんと体を侵食していく。

「ただいま~」

その時、突然門扉の方から声が聞こえた。進藤が思わず振り返るとそこには一人の女性が買い物籠をもって立っていた。いや、一人の女性という言い方は他人行儀すぎた。進藤の母親が立っていたのだ。

「母・・・さん」

何も驚くことは無かった。ただ買い物に出かけていた母親が帰ってきただけなのだ。どこの家庭でも日常的に行われていることだ。

驚いた――と言うのには少し違うかもしれない。自分が何か得体の知れないものに襲われている恐怖。そしてそれを目の当たりにしながら――実際には見えていないのだが――いつもどおり平然にただいまの挨拶。何か凄く違和感というかありえない光景というか、不思議な空間だった。

すぐに進藤は助けを求めようと口を開けるのだが、そのおかしな空間が、思わずその発言を止めてしまった。そして次の瞬間、進藤の横を影が通り過ぎる。

「お母さ~~ん!」

恭子だった。結構なスピードで走り抜けると、買い物帰りの母親に飛びついた。その時、正確にはその少し前、進藤は奇妙な感覚に陥った。寒くて鳥肌が立つような、または無数の虫が体を這い回るような感覚。そのどちらとも違うのだが、どちらともに似ている感覚。原因はすぐにわかった。恭子だ。進藤の横を走る過ぎた妹である。先ほどまで進藤の体にまとわりついていた影が別の方向へと伸びていく、先ほどと同じように意思をもった生き物のように、別の何かを求めていくかのように伸びていく。そして進藤が見たその何かは、妹の恭子だった。

「恭子!!」

影の動きは速く、進藤が叫んだときにはすでにほとんどが恭子の体にまとわりついていた。そしてその恭子が抱きついている母親までにも・・・。

「何?」

兄の叫び声に振り返った恭子の顔は、まるで暗闇の中にいるかのように暗く、全身を水が包んでいるかのようにゆがんで見えた。

「どうしたの?突然叫んで?」

同じく叫び声に反応した母親も同じだった。そして、二人が進藤に顔を向けた瞬間、進藤の目に映ったのは一台の車だった。

大きな音が鳴り響き、家を囲っていた塀がいくつか倒れる。それは本当に一瞬の出来事だった。長めの瞬きでもしていたら全てを見逃してしまうような一瞬。しかしそのその瞬間は、進藤にとってはとても長い一瞬だった。音も色も無く、静かに目の前の景色が変わっていく。一台の車によって、自分の家族が視界からどかされていく。そして気がつくと、外に出るのを防ぐように一台の車が乱暴に止まっていて、その車のせいで家の塀はいくつかが崩れてしまっていた。そしてもちろん二人の姿は見えない。進藤はクラクションが鳴り響く中、ただ呆然とその場に立ちつくしていた。




「俺は、近所の人が警察や救急車を呼んでいるときでさえ、他人事のようにその全てを見ていたんだ。何もせずにね・・・」

進藤の過去の告白は続く。目は潤み表情は暗かった。はたからみても過去を話すことは苦痛でしかないことはわかる。しかし私は何も言わなかった。いや、言えなかった。今の進藤に何を言ってもそれはうわべだけの言葉にしかならない。それは同じ『力』、そして同じように暗い過去も持つ者として理解していたし、何よりもかけるべき言葉が見つからなかったからだ。

「現実感がまるで無かったよ・・・。けど今考えると、あの時はあれで運が良かったのかもしれないな。二人の姿が見えなかったから・・・」

進藤はそこで黙ってしまった。沈黙が続き、突然何かを振り払うように、頭を振った。

「ひどい状態だったらしい。俺は実際には見てないけど・・・。母さんは塀と車にはさまれた状態で引きずられたから、ほぼ胴がちぎれかかってたらしいし、妹は・・・、妹は背が低かったから・・・」

進藤の頬に涙の筋がはしる。それは途切れることなく何本かの筋になり流れ落ちる。

「その日から全てが壊れていったんだ。父さんはひどく悲しんだし、俺はひどく責任を感じた。そしてあの影はどういうものなのかっていうのを理解したんだ・・・。何もかも遅かったけどな・・・」

そして進藤は涙を乱暴にぬぐった。しかし一度消えた筋は、すぐにまた新しい涙で潤された。

「父さんに話したんだよ、陰のことを・・・。そしたらすぐにこの病院に連れてこられて入院さ。どこも悪くないのに・・・」

そう言うと笑いながらこちらを向いた。しかし涙は止まることなく流れ続けていたし、その笑顔もどこか自虐的な雰囲気を漂わせていた。

「実際、父さんがどう思っていたのかはわからないよ。事故のせいで俺の頭がおかしくなったと思ったのかもし知れないし、この『力』の存在を信じて、それを調べようと思ったのかもしれない。それは鈴が退院した後のあの言葉を聞いてもわからなかった」

あの言葉とは、『お前の仲間だぞ』と言う言葉だろう。私はその言葉を聞いてないし、もちろんその場にはいなかったから、どういう表情でどういうトーンで言ったのかはわからない。しかし、斉藤医師は何かしらの感情を持っていたに違いない。そしてそれは、あまり明るい感情ではなかっただろう・・・。

「入院してからの父さんの接し方は、子供心にひどく傷ついたよ・・・。まるで他人のようだった。それも気の合わない他人・・・。無理やり相手をしてますよ、こうやって世間話をするもの仕事ですよって、態度が伝えてきた・・・。それに時々わけのわからないことを言ったり、いないはずの母さんを呼んだり・・・。病室の外では普通だったみたいだけど・・・。そして、鈴が退院してから数ヶ月経ったあの日、父さんは・・・」

進藤が自分の両手を見つめる。

「あの日、何も言わずにベッドの横に来て、俺につけられていた検査用のコードをはずしたんだ。この『力』のことは何もわからないままだったのに、軽く笑いながら『もういいよ。先に家に帰っていなさい』って言って、着替えを置くとそのまま病室から出て行ったんだ・・・。そのとき見た笑顔は久しぶりに見る父親の表情だった。そして同時に、最後にみた父さんの笑顔だった・・・」

進藤は私の顔を見つめてきた。私の顔以外何も見たくないと言った感じで、少し眉間にしわを寄らせ、ほぼにらんでいると言ってもいいような表情で・・・。

「着替えた俺は、周りにまったく怪しまれないまま病院を出た。そして家に帰って父さんを待ってたんだ。お母さんも妹いなくなった家。父さんは病院に寝泊りしてほとんど家に帰ってないみたいだった。いたるところに埃がたまっていたし、キッチンの生ごみは腐って異臭を放ってた。居心地はとてもいいとは言えなかったけど、父さんが返ってくる、病室じゃなくて家に父さんは帰ってくると思ったら、自然と苦痛にはならなかった・・・。けど・・・、帰ってきた父さんは別人だった」

再び進藤の目に涙がたまりだす。

「待ち疲れて寝てしまっていた俺は、玄関の開く音で目が覚めたんだ。すぐに父さんが帰ってきたんだとわかって、玄関まで走っていった。外は暗くなってたけど、俺は寝てたから明かりとかつけてなくて、父さんの顔は暗い影で覆われてたけど笑顔だった。俺は『おかえり』の言葉を言いながら鞄を受け取って、先導するように居間まで歩いた・・・。父さんはその後を何も言わずについて来て、俺が居間に入るか入らないかの時に突然首を絞めてきたんだ。最初は首全体をさわる感じで力は入っていなかったんだけど、何かと思って振り向こうとしたとき、『すまない』の言葉と同時に手に力が入ったんだ。わからなかった。どうして苦しいのか、どうしてこんなことになっているのか、何もわからなかった。後ろにいる父さんの顔はもちろん見えなかったし、最初の一言以外は何も言ってなかったと思うけど声も聞こえなかった。あの時は動転していたから、何か言っていたとしても聞こえなかったと思うけど・・・。俺はなにもわからないまま無我夢中で鞄を振り回した。大きく振り回したとき手に鈍い感触がして、首の締め付けから開放された。咳き込みながら倒れたけど、すぐに起き上がり父さんの方を見た。父さんは顔の半分を抑えながら恐怖と悲しみが入り混じったような目で俺を見ていた。たぶん振り回した鞄が当たったんだと思う。鞄は父さんと俺の間に落ちてて、当たった反動で口が開いて、中身が飛び出してた。辞書とかファイル、ペンケースに手帳、硬くて重そうなものばかりだった・・・」

そこで少し言葉が止まった。お父さんへの罪悪感でも感じているのだろうか少し申し訳なさそうな顔をした。

「・・・俺はすぐに立ち上がって居間の方へと逃げた。けど、運動不足もあったし首を絞められた直後だったから、ヨタヨタとした足取りで、居間に入ってすぐの所で転んだんだ。後ろを見ると父さんがぶつぶつ何か言いながら、ゆっくり向かって来てた。もうパニックだったよ。そこらへんにあるもの全部投げつけてた。当時の俺が持ち上げられるものだったら何でもね・・・。・・・で、その辺りからあんまり記憶が無いんだ・・・。気がついたらお寺で父さんの白衣握り締めてた。たぶん庭から逃げたんだと思う。白衣は居間にでも干してたのかな?いろんなものを投げてる時に掴み取ってそのまま握り締めたんだろな」

和尚さんとの出会いだった。

前に和尚さんから聞いた進藤との出会い。その以前にそんな出来事があったなんて思いもしなかった。もちろん何か過去があったから『清河寺』にいたとは思っていたが・・・。

「父さんの自殺は、すぐに知ったよ。新聞やテレビでも見たし、家の近くにも行ったからね。施設に警察が来ていくつか質問されたけど、何も「知らない」で通した。どうせ自殺だし、おれ自身の今後も施設任せになるから、警察も施設の人もそこまで深く追求してこなかった。まぁ、精神的な配慮もあったんだろうな、記憶をなくしている子供に父親の死のことをわざわざ教えたり聞いたりはしないよな」

そう言って進藤は目を伏せた。その時の進藤の気持ちを考えると胸が苦しくなる。母親と妹を亡くし、病院に入れられ、出たと思えば父親に殺されかける。あげくの果てにはその父親は自殺。自分だけが取り残されて、まわりにも気を使われて・・・。

「そんなときに鈴のうわさを聞いたんだよ」

進藤の過去を想っているのをさえぎるように、進藤本人の明るい声が響いた。

「すぐにわかったよ、鈴が俺と同じ能力者だってね。父さんの言葉を思い出して、どんな子だろうと思った。どんな生活をしてるんだろうか気になった。凄く会いたくなったんだ!」

口調とともに輝きだした目が急に陰った。

「けど、実際に見た鈴には、影がついていた・・・。成長して、自立して、一番最初にしたことが鈴に会いに行くことだった。今まで何を見ても黙っていたし、見てみぬふりをしてきた。けど鈴は同じ能力者で、同じ話が出来る。出会えばきっと世界が変わると思ったんだ」

「あんたの最初の出会いはそんなにも感動的なものじゃなかったけど?」

ここからは私も話がわかると思い、軽く口を挟んでみた、

「ああ、しばらく遠くから眺めてて考え方が少し変わったからね。・・・鈴をはじめて見たとき、妹を思い出したんだ。顔が似てるとかそういうことじゃなくて、雰囲気が見てたのかな?本当に一瞬、鈴が妹に見えたんだよ。そして、影がついていたのも妹と一緒だった・・・」

声のトーンが下がっていく。

「わかっていたのに、俺は何か危ないことが起こるのはわかっていたのに二人を助けられなかった。俺の目の前に二人はいたのに、俺は何もしなかった」

「仕方ないじゃない。何もわからなかったんだから。それにわかっていても運命だったのよ。人の死は誰にもどうすることも出来ない。たとえそれがいつどこでどのように起こるか知っていてもよ」

「俺は変えたよ。変えられたんだ」

進藤の声は自信に満ち溢れていた。

「母さんと妹の死は凄く後悔した。いや、今でも後悔してる。だからこそ俺は、鈴を始めてみたとき、この子を何があっても助けてやろうって決めたんだ。妹に似た鈴を助けることで、自分自身に救いを求めただけなのかもしれないけどな」

そう言うと、進藤は軽く笑って見せた。

私もそれにあわせて、軽く微笑んだ。

「最初はそんな気持ちだった。『鈴を死なせないこと』、それが一番重要だった。母さんと妹出来なかったことを鈴にしてやるんだって思ってた。けど、しばらく鈴を見ていると別の感情が出てきた。悪く言えば可愛そうになってきたのかな?なんか、どうしても笑わせたくなったんだよ」

「何それ、それであの出会いになるの?」

「いや、なんと言うか、砕けた感じのほうがいいかなって思ってさ?何かいつも一人で楽しそうにしゃべる相手もいないし、没頭するようなこともしてないみたいだったし、・・・なにより回りの人たちが鈴を恐怖の対象として見ていたのが凄く哀れで・・・」

「私はそういうふうに見られてたってことか・・・」

何か怒りがふつふつと湧いてきた。そしてわざとらしく冷酷な口調と表情を作って見せた。

「いや、その、なんと言うか・・・。そういう意味じゃないんだよ?なんかさ、ほら、あるじゃん?」

わたわたと慌てて言葉を言い直そうとする進藤が面白くて、硬い表情を保てなくなってしまった。

「そんなに慌てなくてもいいわよ。別に気にしてないから。私が回りからどういうふうに見られてるかなんていちいち気にしないわよ。・・・まぁ、面と向かって言われるとちょっとムカつくけど」

軽く笑って見せた。それを見た進藤も安心したように軽く微笑むと言葉を続けた。

「そう、鈴が今笑ってることが俺にとっては救いなんだ。俺がその笑顔を守ったんだって胸を張れるんだよ。・・・俺は運命を変えたんだ」

本当にうれしそうな笑顔で進藤は言った。その言葉と笑顔はとてもまぶしく感じられたし、同時にうらやましかった。

私は今まで物事を悪い方悪い方へと考えていた。全てのものに希望を見出さず、どんなことにも挑戦しない。本当に駄目なものは自分の運命なんかじゃなくて、今まで諦めという選択肢しか用意してこなかった自分自身だ。昨日今日と自分の馬鹿さ加減にあきれてくる。

進藤がこんな馬鹿な私のために大怪我をしたんだと考えたら、とても申し訳ない気持ちになった。

「そして鈴は俺を助けてくれたんだ。精神的には俺の自分勝手な決め付けだけど救われた。そして身体的には死にそうになってる俺を助けてくれたんだ。鈴も運命を変えたんだよ」

「何言ってるの?私は何もしてないわよ。私なんかじゃ何も出来なかったのよ」

思わず進藤から目をそらしてしまう。自分が大怪我をしてまで助けた私に、進藤を助けるようなことが何も出来なかった私に感謝の言葉を言ってくれる。それが私にはつらかった。

「私は運命を変えるようなことなんて出来ないよ。全部あなたがしたことよ・・・」

進藤の顔を見ないままの私に、進藤は言葉を続けた。

「じゃあどうして俺は今生きてるんだ?」

何を言っているのか分からなかった。思わず進藤の顔を見る。

「死の影は鈴に取り付いていた。それを俺が身代わりになったから、鈴は生きている。ここまではいいだろう。じゃあ身代わりになった俺がどうして生きてるんだ?死なないとおかしいだろう?」

進藤が言おうとしていることがなんとなく分かるような、分からないような・・・。私は疑問符を浮かべたまま、無言で話の先を促した。

「死の影が鈴から俺に移ったんだ。じゃあ俺が死ぬはずだろう?現に俺は意識をなくして、あとは死を待つのみだったんだから」

「けど、死ななかったじゃない?私が何かをしたわけじゃなくて全然別の人が救急車を呼んでくれたからでしょ?」

「じゃあなぜ運良く人が通って救急車を呼んでくれたんだ?どうして救急車が来るまで俺は死ななかったんだ?」

「そんなこと言われても・・・。もともとそういう運命だったんじゃないの?影の力が弱かったとか?」

私の言葉を聞いて進藤が軽く笑った。私にはそれが馬鹿にされたように感じられた。

「何よ!笑わなくたっていいでしょ?」

「いやいや、違うよ。軽く正解してたからつい思わずね」

話がわからないことと、馬鹿にされたと勘違いした事で一瞬怒りかけた私は、正解と言われて更にわけがわからなくなった。

「どういうこと?」

怒りも忘れ、ただそう言うことしか出来なかった。

「影の力が弱かったんじゃなくて、鈴が影の力を弱くしたんだよ。あの時鈴、何したか覚えてない?」

事故の時の記憶をよみがえらせる。しかし驚きとあせりのせいで、あやふやな記憶しか出てこなかった。

「あの時鈴は俺を抱きかかえてくれただろ?アレだよ。アレが俺の運命を変えたんだ」

進藤に言われて、あやふやな記憶がゆっくりと形を成してきた。

「ああ、そういえば・・・」

思い出した。確かに私は進藤に駆け寄った。

「抱きかかえられた時、寝ぼけたようなモヤモヤとした視界の中で鈴に影が移っていくのを見たんだ。だから俺は鈴を突き飛ばした。そうだっただろ?」

私は黙ってうなずいた。その行動が何だと言うのだろうか?

「意識が微妙な感じだったからはっきりと見たわけじゃないけど、あの時、影は二つに分散された。俺と鈴の二人に」

「そんなはず無いわ?だって私には影は付いてなかったもの」

もう一度あの瞬間を思い出してみる。確かに私には影は付いていなかった。

「俺には見えたんだよ。鈴にも影が付いているのが・・・。そこで意識は途切れたけど。・・・あの時から思ってたんだけど、この能力って自分についている『影』は見えないんじゃないのかな?それなら事故の前までのことも、あの時のことも説明できると思うんだ」

進藤の仮説は確かに的を得ていた。進藤が始めて私を見たとき、私には影が付いていたという。しかし私は進藤と出会うまで、いや、出会って以降も自分の影は見えなかった。これは能力がその仮説どおりならば簡単に説明できる。

「だから、私には自分についた影が見えなかったってこと?」

「そのとおり。あの時、俺と鈴の二つに分かれたから影の力が弱まって、お互い死ななかったんだと思うんだ。俺は本当に事故にあったけど死ななかった。鈴は事故りそうにはなったけど、事故らず勝手に転んで自爆した。事故っていっても、バイクじゃなくて自転車だったらしいけどな」

顔が熱くなるのを感じた。

「なっ、なんでそんなこと知ってるのよ!」

「朝、看護師さんに教えてもらった」

とても恥ずかしい。たぶん私の顔は今真っ赤だろう。その看護師がどういうふうに言ったのかとても気になる。いや、そもそもそんな事をしゃべらないで欲しかった。

「ど、・・・どんなふうに言ってたの?」

私の問いかけに、笑顔で答えを返してきた。

「朝起こしに来た看護師さんに聞いたんだけど、脚が絡まってバランスを崩したんだって?さらに自転車がバイクかなんかだと思ったらしいね?で、そのまま受身みたいに転がって、打ち身と捻挫だろ?だいたい、頭とかおでこに絆創膏張ってたら、誰だって何かあったって気付くよ」

何も言い返せなくてうつむいてしまう。

「ありがとうな。そこまで走り回ってくれたんだろ?」

思いもしなかった言葉に顔を上げる。

「それも聞いたんだよ。救急車を呼ぶために走りまわってたらしいって」

「そう・・か」

結局自分が救急車を呼べなかったことを思い出して、ちょっと気が沈んだ。

「また、何かへこんでるだろ?気にするなよ。それに走り回ってたことは素直に嬉しいし、それが影を完璧に二つに分けた原因でもあるんだからな」

進藤が笑顔でそう言うと、一人の看護師が病室に入ってきた。

「あっ、起きたの?」

看護師の第一声はそれだった。

「ええ、ちょっと前に」

「じゃあ、先生呼んでくるわね」

進藤の答えを聞くと看護師はそう答えた。看護師は私と進藤に笑顔を向けると、そのまま病室から出て行った。

「鈴のことはあの人から教えてもらったんだよ」

「えっ、でも今『起きたの』って・・・」

もちろん進藤は起きて話を聞いたんだから、あの人が『あっ、起きたの?』なんていうはずがない。

「あれは鈴のことを言ってたんだよ」

すぐに私の疑問を察したのか、進藤が答えてくれた。

「さっきの人は俺が起きたらすぐに検査を始めるつもりだったみたいなんだ。けど起こしに来たら俺は起きてたけどベットにもたれて寝てる鈴がいたってわけ。鈴が昨日どんなことをしてたか知ってたから、気分とか体の感じとか簡単な質問だけをして、先生に診てもらうのは鈴がおきてからにしてくれたんだよ。で、その時にいろいろと聞いたんだ」

思わず看護士が出て行ったほうを見た。私は恥ずかしいことばかりしている気がしてきた。

「可愛い子だって言ってたぞ~」

その言葉にさらに顔が赤くなる気がした。

すると、ゆっくりとしたスリッパの音とともに、昨日進藤を手術した先生が病室に入ってきた。私はそれを確認すると、「じゃあ、私はそろそろ帰るね」と言いながら立ち上がった。

「ああ、本当にありがとう」

進藤のその言葉と笑顔を確認すると、私は先生に軽く会釈をして病室から出た。

廊下にもまぶしい光が差し込んでいて相変わらずいい天気だった。

「あっ、学校・・・」

光が作り出す窓のサッシの影は短く、今が昼頃だとつげていた。




時間が昼を過ぎてることもあり、体もまだ痛いので走ったりせずにゆっくりと学校へと向かった。いったん家へ帰りたかったが、遅刻になったとしても学校を休みたくなかったので、病院からそのまま学校へと向かった。自分のこういうところは自慢できる部分でもあるし、もう少し融通がきいたらなぁとも思う。もちろん誰にも自慢したことなど無いが・・・。

教室に着くとすでに五時間目の終盤だった。大幅な遅刻にはなったが欠席にはならなかったと胸をなでおろした私を、教室のみんなは複雑な視線で迎えてくれた。

「おっ、遅かったな・・・。とりあえず、席に着け・・・」

えらそうな口調だが声に勢いは無い。この教師はいつも一般生徒や気の弱そうな教師に対しては大きな態度を取り、不良生徒や校長に大しては下手にでる。自分より弱いものを見下しているのだ。もちろんほとんどの生徒たちからは嫌われているみたいだし、先生達の中でもあまり言い噂はないみたいだ。今は教室のみんなの手前偉そうに出たみたいだが、やはり私が怖いらしく空回りに終わっていた。

「はい」

そんな言葉に一言返すと、自分の席に向かい腰掛けた。今はこのどうしようも無い教師に対して何かを考えている場合ではなかった。みんなの視線が痛く気持ち悪いからだ。

その視線はいろんな感情を私に伝えてきた。

『なんで今頃来るんだよ。休んだらよかったじゃねえか』

『なんか怪我してる~』

『その教師殺すのかな?』

普段から気持ち悪がられてる私がこんな時間に遅刻して来ただけでも嫌がる人はいそうだが、今回私ははたから見てすぐにわかるような怪我を負っている。それも軽い怪我ではなくてある程度大きめの怪我だ。何も詮索しないほうがおかしいだろう。

私はため息を一つつくと、また変なうわさが立つなと思いながら教科書とノートを開いた。




残りの授業はいつも感じる時間よりも早く終わった気がしたし、今日一日がとても短く感じる。昼前に起きたんだからそれも当たり前か・・・。担任が最後のホームルームをしている中、何とか黒板の文字をノートに書き終えた。

ホームルームが終わると、桜井が私の机のそばに来た。

「あの人どうだった?」

当たり前のように質問してくる桜井を、私を含めた教室の全員が驚きの表情で見ていた。

「大丈夫、だったけど・・・。あまり学校では私と話さないほうがいいわよ?」

突然のことに少し固まってしまったが、なんとか落ち着いた口調でしゃべることが出来た。

「そうなんだ。で、昨日は聞き忘れたけど、彼、河野とどういう関係なの?」

桜井は周りの視線に臆するどころか、近くにあった椅子を引っ張ってきて、机のすぐ近くに腰掛け、さらに質問を投げかけてきた。

「昨日のことは本当に謝るわ。それに感謝もしてる。ありがとう。でも、あまり私と話さないほうがいいよ?みんな桜井君から逃げるようになるよ?」

質問には答えずに桜井のことを考え、はやく私から離れたほうがいいとうながした。しかし桜井はそんな私の言葉を笑い飛ばした。

「はははっ、昨日言ったでしょ?別に友達付き合いが大切だなんて思ってないし、どうせ将来ここにいるほとんどの奴は、俺より地位が上になることなんて有り得ないんだから」

ひどいことを堂々としゃべる桜井を見て、やっぱりこいつは性格悪いと思った。

「そんなことは大きな声で言うもんじゃないよ」

そう言いながらかばんを持ち立ち上がった。

「今からまた病院にいくけどついてくる?来るなら途中で話すわよ?」

そう言って、教室の出口へと向かう。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!行く行く!行くから!」

そう叫びながら、バタバタと荷物をまとめると、桜井は私の後ろについてきた。そうして私たち二人は、多数の視線を背中に浴びながら教室を後にした。




病院へと向かう途中、私は桜井に進藤の話をした。出会いから事故にいたるまで、さらには進藤の過去を簡単に。そして自分の『能力』のことも―――もちろん進藤にも同じ能力があることは隠しておいたが―――話しておいた。かなりの勇気を持って話したのだが、「なるほどね~、だからあんな噂がたつのか~」と、とても簡単な答えだった。

「あの、それだけ?」

思わず聞き返してしまう。

「それだけって?」

「いや、もっとこう、驚いたりとかしないのかなって・・・」

すると桜井は、外人がよくするようなやれやれといったポーズをとった。思わずその行動にカチンッと来てしまう。

「だから、基本的にそんなものは信じないの。俺には関係ないことだし、影響も及びそうに無いからどうでもいいの。河野があると言ったら河野の中にはあるんじゃないの?俺は信じないけど」

言っている意味がよくわからなかった。それにしゃべり方がだんだんムカついてくる。やっぱり性格悪い。

「俺は、河野は気難しい性格だと思ってたよ。なんか、私に近づくなって感じのオーラ出してたし・・・。けど、意外と話しやすいなぁ。これからはもっと仲良くしようぜ」

別に今までこれっぽっちも仲良くした覚えは無かったけど、

「私とはあまり仲良くしないほうが桜井君のためだよ」

と、言っておいた。別に仲良くしたくなかったわけではないが、それが桜井のためだと思ったからだ。

それから私たちは何もしゃべらずに無言のまま病院へと向かった。桜井が無言のまま後ろからついてくるのもなぜかムカついてきた。

病院につくと、一直線に進藤の病室へと向かう。傾き、地平線の向こうへと消えようとしている太陽が照らす廊下はオレンジで、どこかノスタルジックで寂しげな雰囲気をかもし出していた。

「おう!戻ってきたのか?」

静かに開けた病室の扉の向こうから、軽い進藤の声が聞こえた。

「相変わらず元気そうでなによりね」

そう言いながら病室へ入る私の後ろについて、桜井も病室へと入る。それを見た進藤が少し緊張したような表情になるのをみて、私は少し笑ってしまった。

「はじめまして、かな?進藤君」

「ばか、一応先輩よ」

なぜかあきらかに上から目線の桜井の行動に突っ込みを入れる。

「えっ、そうなの?」

本当に驚いているのかどうかわからないような演技がかった返答をして、頭をかく桜井を見て、進藤は軽くい笑いながら、「別にいいよ。学校も違うし、そんなことに気を使わないで」と私には言わないような大人びた返事をした。

「ほら!こう言ってるじゃん!」

どうしてそこで嬉しそうに私の顔を見るのだろうか・・・。

「なかなか面白い人だね」

進藤もこっちを見ないでくれ。

しかし、桜井のさっきの行動で進藤の表情も柔らかく砕けていった。そして仲良く自己紹介をする二人を見ながら、桜井はわざとあんなことをしたんじゃないかと思った。頭だけはいいからこういうことにもうまい具合に頭がまわるのだろうか?意外と侮れないかもしれない。

「で、大ちゃんは河野のことどう思ってるの?河野はそんなこと何も言わなかったけど、大ちゃん自身、狙ってるでしょ?」

いや、考えすぎか。桜井はやっぱりただ勉強が出来るだけの性格が悪い馬鹿だ。

そう思い直して、何も言わずに桜井を引っ張りベッドから遠ざけた。そして、その開いた空間に私は入り込んだ。ちょうど、進藤から桜井を隠す感じで。

「で、どうだったの?検査は」

うしろで、『先輩にタメ口ですか~?』なんて声が聞こえてくるが無視することにした。

「大丈夫だったよ。一応まだしばらくは安静にしておく方がいいみたいだけど、お金も無いし激しい運動をしなければ大丈夫みたいだから、すぐに退院しようかなって思ってる。あとは通院でなんとか」

「そう。大丈夫ならいいけど無理しないようにね」

「単車に轢かれたって言うのにすぐに退院できるの?」

桜井が声を上げる。進藤は軽く笑いながら、その質問に簡単に答え始めた。私はそんな二人のやり取りを見ながら、次に話すことを一生懸命考えていた。実は学校からすぐに病院に来たのはいいけど、話すことなんて何も考えていなかった。進藤が大丈夫だとわかったら、その後はなにをすればいいのだろうか?私の中には引っかかるものが確かにあって、それを進藤に伝えたいとも思うのだが、その引っ掛かりが何なのか、どういう理由で引っかかっているのかがモヤモヤしたままで話すことが出来なかった。

「ん?どうしたの?」

桜井が話を止めて、私に視線を移した。どうやら考えながらうつむいてしまったようで、それに気付いた桜井が声をかけたのだ。

「いやいや、別に何もないよ」

軽く手を振りながら答えを返した。

「そんなことより、怪我人に長い間相手をしてもらうのも悪いし、大丈夫なこともわかったから、そろそろ帰ろうか?」

「えっ?今来たばっかりじゃん?」

私の提案に、難色を示した桜井だが、私が進藤に手をふり背中を見せると、何か納得しないような顔で後ろからついてきた。

「あのさ~」

病室を出た廊下で、桜井に話しかけられた。文句でも言われるのかと思い無視するように歩き続けたが、その予想は外れた。

「何か話したかったんじゃないの?」

意外な言葉が出てきた。思わず立ち止まる。

「俺、邪魔だった?それとも何か他の理由?」

この男は意外と人の雰囲気を読んでいるんだと驚いた。やっぱりただの馬鹿じゃないかもしれない。

「別に邪魔だったわけじゃ・・・。何をどう話したらいいのかわからなくって・・・」

なぜだろう?どうしてか気分が沈んでしまう。何か暗い話題なのだろうか?

「じゃあ病室戻ってこいよ」

桜井は軽くため息を一つつくとそう言って歩き出した。そして「俺は帰るわ。また明日学校で~」と言いながら私を追い越していった。一人取り残された私はどうしていいかわからずに、その場に立ち尽くしてしまった。外ではすでに太陽はビルなどの建物に隠されてしまい、空の三分の一がオレンジで、その反対の三分の一は暗く、夜の空へと変わっていた。そしてその調度真ん中あたりの空は、オレンジと濃い藍色が交じり合い、紫のような不思議な色合いを作り出していた。

私はそんな空をしばらく眺めていたが、こんなことをしていても引っかかりの謎は解けないと思い、進藤の病室へと引き返していった。




「あれ?帰ったんじゃなかったの?何か忘れ物?」

静かに病室の扉を開けた私に進藤はそんな言葉を投げかけた。

「ん~、忘れ物って言うか・・・。桜井君に言われたの、まだ話すことがあるんじゃないかって・・・」

私はしゃべりながら、ベッドの横に椅子を持ってきて腰掛けた。

「話すこと?」

「うん。なんて言ったらいいのかわからないんだけど、何かモヤモヤが引っかかってるのよね。たぶんその感じを桜井君は読み取ったんだと思う」

「そうなんだ」

そして二人とも黙ってしまう。私は何を言えばいいかわからないし、進藤は私が話し出すのを待っている。沈黙が重荷になってきて、私はまたうつむいてしまった。

「・・・いつぐらいから引っかかってるの?」

進藤が助け舟を出そうと質問してきた。

「え~っと、今朝ぐらいからかな?」

「今朝って・・・、俺の話しかしてない気がするけどなぁ・・・」

そしてまた二人とも黙ってしまう。窓の外は暗く、たぶん太陽は完全に沈んでしまったのだろう。

「たぶん・・・」

口を開いたのは私だった。

「たぶん、進藤のことだと思う。進藤の家族のこと、かな・・・」

「俺の家族、か・・・」

進藤は少しうつむき黙り込んだかと思うと、顔を上げて腕を組んだ。

「母さんと妹は事故で死んだことしか話してないし、父さんの話はアレだったしな~?」

進藤が話した家族の話は、どれも幸せな家族というものからは程遠い話だった。進藤自身この話をあまりしたくないのか、それとも場の空気がこれ以上沈むのが嫌なのか、強がりとも取れるようなしゃべり方だった。

「それとも俺が殺されそうになったこととか、施設に入れられてからについてか?」

笑顔で話しているようだが、やはり進藤にとっては気分のいい話ではなさそうだ。しかし私はこの進藤の言葉で、何が気になっていたのかを理解した。

「その・・・、お父さんのことなんだけど・・・」

進藤の顔色をうかがいながらしゃべりはじめる。進藤は黙って私の言葉に耳を傾けてくれた。

「お父さんのこと、恨んでる?」

しゃべり始めたのはいいのだが、思っている事を全て話す勇気が無く、思わず質問してしまった。

「恨んでないよ」

答えはすぐに返ってきた。

「確かに悲しかったけど、恨みはしない。父親だからね。ただ・・・、あの時どうしてあんなことをしたのかを知りたいとは思うけど・・・」

声はしっかりとしていて、迷いのようなものは微塵も感じることはなかった。それを聞いた私は安心したように、自分の思っていることを話し始めた。

「あのね、私の勝手な考えだし、人付き合いとか全然しない私がこんなことを言うのもあれだと思うけど、進藤のお父さんはちゃんと進藤のことを考えてたんだと思うの」

私の言葉に対して進藤は何の反応も示さなかった。

「あっ、えっと、なんて言ったらいいかな・・・。その時のお父さんの気持ちがなんとなくわかるというか・・・」

相変わらず進藤に反応は無い。私の言いたいことが伝わってないのだろうか?

「どういうこと?」

思わず黙ってしまった私に進藤が声をかけた。

「父さんの気持ちがわかるってどういうこと?俺は死んだほうがいいってこと?」

なにやら進藤の声が震えている。どうやら変な誤解をさせてしまったようだ。

「違う!違うの。そういうことじゃなくて、そのときお父さんがどういう気持ちだったかってことよ。決してあなたが死んだほうがいいとかそういうことじゃない!」

思わず大きな声になってしまったが、進藤の誤解を解くにはちょうどよかったかもしれない。

「私は子供の頃、って今もだけど、周りからは気持ち悪がられててね、家族も私に対してあまりいい感情を持ってなかったわ」

「それは俺だって一緒だな。病院に入れられるぐらいだし」

進藤の声は少し自虐的に聞こえたが、たぶん私の勘違いだと思っておこう。

「それは、進藤のことを心配してだと思うわ・・・。たぶん・・・。で、家族の、特に

お母さんの私に対する接し方が変わったのが、この病院に入院してからなの。その時は何も考えずに、お母さんが私のことを理解してくれたんだと思ってた。本当に最近までそう思ってた。けど実際は違ったの。斉藤先生が話をしてくれたんだって」

言った瞬間、進藤の顔が驚きの表情に変わった。しかし何も言わずに、黙ったまま話の続きを促した。

「昨日、怪我の手当てをしてもらってるときに聞いたんだけど、先生が私のお母さんに話してくれたんだって、私のこと。別にすごく重要なこととかこの力の謎とかそんなことじゃなくて、私には他の人にはない力があるって。その力は自分が『人の死』を知ることが出来るだけで、他の人には迷惑をかけないって。詳しくは聞いてないんだけど、ただそれだけを話してくれたみたい」

進藤は黙ったまま私の話を聞いていた。私は伝えたいことをそのまま伝えたくて言葉を選びながら、何度も話した。

「他人には無い力を持っていること。そしてその力は私が操ることは出来ないし、誰か他の人に作用するものでもない。ただあって、私はただ知るだけだって・・・。どういえばいいかな・・・」

この言葉で、私の気持ちが伝わっているのかわからない。静かに聞いてくれているのだが、その静かさが伝わってないのかも?という不安を掻き立てていることも事実だった。

「とにかく、力があるけど、それだけだって、それ以外は他の人たちと何も違わないって・・・」

「大丈夫。伝わってるよ」

私の言葉をさえぎるように、進藤が言葉を発した。

「鈴が言いたいことはもう十分わかったよ。そんなことを父さんが言ってたことは確かに驚きだけど、それとこれとは別だよ」

進藤の瞳に影がさす。

「だいたいそんなことを言ってたなら、なおさらあの行動がおかしいじゃないか?俺を殺そうとしたんだよ?」

「違うの!確かに私にはお父さんの本当の気持ちはわからないと思うけど、ただ進藤には知っておいてほしいの!」

今度は私が進藤の言葉をさえぎった。

「斉藤医師はこんなことも言ってたらしいわよ。私の将来が心配だ。まわりの環境が私を異質と捉え、差別やいじめが起きないか、私の人生が狂わされないか・・・」

進藤は黙って聞いていた。

「そしてこんなことも言っていたみたいなの。自分の子供の成長を他の子供に見ていた。愛情を他の子供にそそいでた。けどそれは間違いだったって・・・。事故のことももっと自分がしっかりしていたら防げたかもしれないし、自分も一緒に死ぬことが出来たかも知れなって・・・」

「だから・・・、何だよ・・・」

進藤が軽く震えながら言葉を発した。

「結局、後悔と現実逃避じゃないか!やっぱり父さんにとって俺は怨むべき存在だったって事だろ?そんなこと言われなくてもわかってるよ!」

私の後半の言葉に反応したのか、進藤の感情は高ぶり、声も大きく荒々しくなっていった。

「ここからは!」

私は叫ぶような声を出し、進藤の言葉をさえぎった。

「ここからは、私の勝手な考えだけど・・・。お父さんは、事件を後悔していたんじゃ無くて、自分に対して後悔したんじゃないのかな?」

進藤は言葉をさえぎられた驚きと私の言葉の意味が理解出来ない苛立ちで、なんともいえない不満が入り混じった表情になっていた。

「だから、進藤を怨んでたんじゃなくて、自分を怨んでいたんだと思うの・・・。確かに最初、『力』のことを聞いたときは驚いたと思うし、複雑な気持ちだったと思うの、進藤に対してもそっけない態度を取ってしまったり、幸せな家庭を外に求めたり・・・。けど、たぶんその全てが間違っていたって、気付いたんじゃないのかな?自分のしてきたこと全てに後悔してたんじゃないのかな?」

私は進藤の目を見つめながら話した。途中から進藤は目をそらし下を向いていたけど、話はしっかりと聞いてくれているようだった。

「私は、そう思うんだ・・・。後悔しているからこそ、間違いだったって言葉が出てくるんじゃないのかな?進藤の力を、進藤自身を心配してたから、私の事に関してもあんな言葉がでてきたんじゃないのかな?・・・悲しみや後悔や心配や、いろんな気持ちが入り混じっちゃったから、最後に・・・」

どう言えばいいのかわからなかった。とても自分勝手な考え方だし御都合主義丸出しの理由付けだけど、私にはこんなことしか言えなかった。自分で言った言葉だったけど、その言葉に絶対の自信が持てない自分がいた。話したことに後悔はないが、話の内容の無さに思わずうつむいてしまう。

「・・・そうか・・・。後悔か・・・」

つぶやく声に顔を上げる。進藤の顔はなんとも言えない表情になっていた。

「たしかに父さんは時々おかしかった。俺を退院させたときにはもう完全におかしくなってたのかな・・・?驚き、悲しみ、心配、後悔・・・。後悔か・・・・・・」

そこまで言うと、表情が柔らかくなった。感情を読み取るまでは行かなかったが、進藤の中で何か整理がついたような、そんな感じだった。

「ありがとう、いろいろと気を使ってくれて。俺の中では今ので整理がついたよ」

そういいながら私に微笑みかけた進藤の顔は笑顔だった。

「人の気持ちとか考えってわからないものだよな。父さんのこともそうだし、鈴が俺にこんなに優しくしてくれるなんてな」

「なによ、別にやさしくしてるわけじゃない・・んだけど・・・」

なぜか恥ずかしくなってしまい、思わず口どもった。

「何照れてんだよ。・・・それに、鈴のことを心配して病室の外で待ってる奴も居るみたいだしね~」

ニヤニヤしながらそう言った進藤の視線は病室のドアへと伸びていた。私も同じように、ドアを見てみると、ドアの上半分、持ち手の斜め上の部分にすりガラスがはめ込まれていて、そこには向こう側に誰か人が居るシルエットが映し出されていた。しかし私達の声が聞こえたのか、あわてるようにそのシルエットは隠れてしまった。

「えっ、えっ?」

私は何回かドアと進藤を見比べていたが、さっきの進藤の言葉を考え、すぐにそのシルエットが誰かわかった。

「桜井君!!」

すぐさま駆け寄りドアを開けながら怒鳴った。もちろん病院内なのである程度抑えてだ。しかし意外と効果はあったようで、ドアのすぐ横で小さくなっている桜井がいた。おびえるような申し訳無いような、そんな表情で私の顔を見つめていた。

「・・・入ったら?」

怒る気もおきずに、私は病室へと桜井を促した。本当は進藤が促すべきなんだけど・・・。

「どうしているの?帰ったんじゃなかったの?」

盗み聞きされたようで少し気分が悪かった私は、軽くにらみながら聞いた。

「いやいや、別に怒ることじゃないでしょ?心配だったんだよな?」

私の質問に答えたのは桜井ではなく進藤だった。

「話し聞かれたからってたいしたことないじゃん?どうせ俺のことだし、俺が気にしなければそれでいいんじゃないの?」

進藤の言うことはもっともだった。しかし私は進藤のことを私がしゃべっていたことが嫌だったのだ。

「そうかも知れないけど、私は何か気に入らないの。私のことじゃなくて進藤のことを私が話していて、それを聞かれたんだから」

そういいながら、再び桜井をにらむ。

「・・・いや、その・・・」

何か後ろめたいことがあるのか、桜井はどうも歯切れが悪い。

「なによ、いつもらしくないわね?はっきり言ったらどうなの?」

「だから心配してたんだって、鈴のこと」

また進藤が答える。

「だからあなたには聞いてないし!って言うかどうして私を心配するのよ?」

「それは、桜井君に聞いてみたらいいんじゃない?」

そういいながら桜井を見る進藤につられて、私も桜井を見つめた。二人に見つめられた桜井は視線を中に浮かせ、落ち着かない様子で小さくなっていた。

「いや、その、心配というか・・・」

あいかわらずいつもらしくないしゃべり方で、何とか答えようとする。私と進藤を見比べたかと思うと、突然視線が定まらなくなりふらふらと空中をただよい、そしてまた私と進藤に戻ってくる。手は指を組み替えたり、つめをいじったりと、どうにも落ち着いていない。そんな桜井を見ているとついイラッとしてしまった。

「はっきりしなさいよ?」

少しきつめの言い方になってしまったが、効果は抜群だった。桜井は急に背筋を伸ばし、まっすぐに前を向いた。

「えっ、えっと、ですね・・・」

しかし、まだしゃべり方がなおらない。

そんな桜井を前に、私はひとつため息をして、進藤は苦笑いをしていた。

「桜井君は、鈴が好きなんだよね?」

突然進藤が言い放った。

「えっ!?」

私と桜井、声を出したのはほぼ同時だった。二人して進藤の顔を見る。進藤は楽しそうに私たちの顔を見比べていた。

「何をとつぜ・・・」

「そんな事!」

私の声をさえぎるように桜井が叫んだ。

「そんなことあるわけ無いだろ!」

しかし叫び声はここまでだった。叫び声に思わず注目した私と進藤の視線にやられてしまったのか、後半はつぶやくような弱々しい声になっていった。

「ただ、最近河野の様子が変わってきたから、何でだろうなって思ってて・・・。そしたら進藤とかいうやつが出てきて・・・。だから、ひょっとして進藤さんが河野を変えたのかなって・・・。で、河野とどういう・・・かっ、関係なの、かなって・・・」

ふたたび先ほどと同じような小さな桜井に戻ってしまった。そしてその様子を見ていた私たちは思わず噴出してしまう。

「あははははは」

「はははははは」

私と進藤、二人の笑い声が響いた。笑う私たちを桜井は赤い顔で見ていた。

コンッコンッ

突然ドアがノックされ、看護士さんが覗き込んだ。

「ここは病院なんだから、あまり騒いじゃ駄目ですよ?もう夜も遅いんだし」

私たちの「は~い」という簡単な返事を聞くと、看護士はドアを閉めパタパタと歩いていった。その足音を聞きながら、私たち三人は顔を見合わせ、今度は三人同時に笑いあった。もちろん声を抑えてだが。

「はははは。でも、本当河野は変わったよな~?前はこんなことで笑ったりしなかったのに」

「そう?私は別に何も変わってないつもりだけど?」

桜井の言葉に返す。

「もちろん、学校とかではこんなに感情は出さないけどね」

と付け加えて。しかし桜井はまだ首をひねりながら言葉を続けた。

「いや、確かにそこまであからさまな感情表現はしなかったけど・・・。なんていうのかな?雰囲気って言うの?それが最近違ったんだよ」

「そう?」

「そうだよ。ほかのほとんどのやつは気付いてないけど、俺にはわかる」

なぜか自信満々に胸を張って言われてしまった。

「それだけ鈴のことを見てたって事だよな?やっぱり好きなんじゃないの?」

ふいに出た進藤の言葉に、あわてて否定する。

「だから違うって!みんなもいろんな意味で気にしてるし、勉強のライバルって言うか、・・・とにかくそんな感じで気になってただけだよ」

そんな桜井のあわてた言葉を聞きながら進藤は笑っていたが、言葉が終わるとすぐにしゃべりだした。

「けど、確かに鈴は変わったよね。って言うか変わったみたいだよ。俺は昔の鈴をそんなに知らないからなんとも言えないけど、和尚さんが嬉しそうに話してたよ。明るくなったって」

「そう・・なの?」

私は自分の変化をよくわからなくて、どう言えばいいかわからなかった。しかし、悪い意味の変化じゃなかったから少しむずがゆく恥ずかしい。思わず後頭部をかいてしまった。

「これが本来の鈴なのかもしれないな。・・・どうする?鈴がみんなの前でもこんな感じになったら?ライバルが増えるぞ?」

桜井の方を向きながら、進藤がニヤリと笑う。

「大丈夫だね!みんなが河野と仲良くするわけ無いじゃん。低脳で馬鹿なんだから、河野のよさに気づくはずがないよ。現に最近の変化にも気付いてなかったんだから」

また自慢げに桜井が胸を張る。しかしすぐに私のほうに向き直って言葉を続けた。

「別に河野が嫌われてるとかそういうことじゃないからな?変な意味にとるなよ?」

自分の言葉に慌ててフォローを入れる桜井が少し可愛く見えて来て少し笑ってしまった。そんな私を見て安心したのか、桜井は再び胸を張ってしゃべりだした。

「まぁ。俺はだいぶ前から河野の良さに気付いてたけどね!」

一体何の自慢なのか・・・。軽く頭を抱えてしまう。

「・・・とりあえず、言いたかった事はこれだけよ。もう時間も時間だし、そろそろ帰ることにするわ」

そう告げると、進藤は私と桜井の顔を見たあと、「おう」と言いながら腕を上げた。

「状態がいいからって、馬鹿なことはしないようにね」

「また時間があったら遊びに来るよ。早く退院しろよな!カラオケとか行こうぜ!」

私たちは思い思いにしゃべりながら病室の扉へと向かった。

「お見舞いありがとうな!鈴!桜井!」

いつの間にか桜井を呼ぶときも呼び捨てだ。っと思ったとき、いつかは言ってやろうと思っていたことを思い出した。

「あっ、忘れてた!あのね、私のことを鈴って言うの、やめなさいよね?どれだけ馴れ馴れしいのよ」

お互いある程度慣れてきたとはいえ、どうもこの呼び方はお母さん以外に言われるとむずがゆいものがある。

進藤は思いっきりの笑顔で返事をした。

「わかった、気をつけるよ!鈴!」

この男は何もわかっていない。

ぐったりと肩を落としながら病室の扉を閉めた。




病院からの帰り道、桜井はよくしゃべった。学校のことや勉強のこと、恋愛に関することと自分のフォロー、最後に進藤と私のこと。詳しい内容はあまりはっきりとは覚えていない。私は桜井の話を聞く振りをしながら、まったく別のことを考えていたからだ。

『人の気持ちとか考えってわからないものだよな』

進藤のこの言葉が頭を離れなかった。進藤は私の話を聞いて何を思ったのだろう?お父さんに愛されていたと感じたのか、もっと愛されたかったと感じたのか?それとも、後悔で苦しんでいたならいい気味だとでも思っていたのだろうか?私はあまり他人とは話さない。だから私の舌足らずな言葉がどのように進藤に伝わったのかわからない。私はあまり他人と接しない。だからあの時の進藤の表情を読むことが出来なかった。何が出来たかわからない上に、何をしたのかわからない。さらにそれを気にしてる。私は一体何をしてるんだろう?

「どうしたの?」

上の空の返事と沈んだ表情を見て桜井が声をかけてきた。

「いや、なんでも・・・」

「病室での話のこと?」

私の言葉をさえぎり、的確な答えを言ってのけた。

「なっ、・・・そうよ」

そうだ、さっきはうやむやになってしまったが、桜井は外で話を聞いていたんだ。全ての話を聞いていたかはわからないが後半は確かに聞いていただろう・・・。

「そんなにさ、深く考えなくてもいいと思うよ?進藤はいいやつだと思うから、ちゃんと分かってるはずだよ」

この男はどこまで鋭いのか・・・。図星事ばかり言われてしまう。

思わず見つめた桜井の顔とあのときの進藤の言葉が重なった。

『人の気持ちとか考えってわからないものだよな』

なるほどな。と思った。

確かにわからない。どれだけ頭が良くてもどれだけ知識があっても、たとえ未来を鮮明に見通す能力があろうと、今この時の人の気持ち、考え、感情はわからない。私が持っているこの人の死を見る力がどれだけ強くてもそれは同じだ。人は産まれたときから人生が始まっているが、過去に生きているわけではない。人は死を向かえて人生を終えるが、未来に生きているわけではない。もちろん過去も未来も大事だ。しかし人は、過去の記憶と未来の希望、そのほか全てを含んだ『今』に生きているんだ。『今』と言う時間の中に私たちはいるんだ。その一瞬の時間の中で、考え、行動して、感じて、また考えるんだ。誰にも侵食されることの無い『自分』で『今』を生きているんだ。

「そうだね」

思いっきりの笑顔を作って桜井に答えた。

「おっ、おう」

恥ずかしいのか照れたのか、桜井は顔を真っ赤にしながら答えた。

「なに顔を真っ赤にしてるの?あっ、やっぱり私のことが好きとか?」

いたずらに笑って見せると、桜井は「うるさいなぁ」と答えただけで否定も肯定もしなかった。私はますます面白くなり、このまま桜井をからかってやろうと思いながら、やっぱり私は変わったのかな?なんて考えていた。

ゆっくりと視線を向けた帰り道はすでに暗く、アスファルトの道を何個かの街灯が点々と照らしていた。しかしそのほかにも、すぐ横の家から漏れる光や、遠くに見える大きなネオンの看板、弱々しいがしっかりと輝き続ける月と星たち、それらすべての光が街灯を助けるように道全体をぼんやりと照らしだしていた。




事故から数ヶ月が過ぎた。相変わらず私の周りにはほとんどの人は寄ってこない。学校ではほぼ相変わらずな生活が続いている。変わったことといえば、毎朝進藤と桜井と三人で登校するようになったことだろうか?私は朝は静かに登校したいと何度も言っているのだが、二人ともやめる気はないようだ。

退院した進藤は相変わらず元気で、やはり学校へは通わずに、少し町外れの工場で働いている。どうして学校についてくるのだろう?それに『鈴』と呼ぶのをやめてくれない。

桜井は何かが吹っ切れたように、登校から下校までの間に時間があれば私に話しかけてくるようになった。教室や目立つところではやめてくれと言ってもまったくやめる気配が無い。どうやら私は安全だとみんなに言いまわっているようだが、もちろん真剣に聞く人はいない。なんだか最近可愛そうになってきた。が、やはり性格が悪いからあまり真剣に相手をしていない。

私はというと、相変わらずな毎日を過ごしているが、今は進藤や桜井がいるから昔のように毎日がつまらないとは感じないようになった。考え方も進藤と話したあの日を境に大きく変わったように思う。今を生きることの大切さ。信じることの強さ。分かり合う難しさ・・・。はっきりと言葉で説明できないけど、大切な何かを理解できた気がする。昔考えていた『運命』という言葉それについても考え方が少し変わった。確かに『運命』はそこにある。自分自身の目の前に。ただその『運命』はいくつもあって、その中から努力をしたり、信じたり、あきらめたりして、どれかひとつを選んでいく。そして未来が作られていくんだ。

私も選んでいこうと思う。自分の力で未来を変えていくのだ。だから最近桜井に見えている黒い『影』は、今は私だけの秘密にしておこう。私にだって未来を切り開けるのだから・・・。




『運命』って言う言葉があるんだけど、私は正直それを信じている。いや、信じようが信じまいが私たちは知らぬ間にその『運命』をいつも選択している。そしてその選択の連続が『人生』になっていくのだ。

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