表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/326

波乱の開幕戦

 

 辺りは糸を張ったような緊迫に包まれた空気が漂い、会場にいる誰もがその瞬間だけ一点を見つめていた。

 その理由は言うまでもなく、リング中央で殺害されたジェットに代わりロスチャイルド家次男であるスカーシャがデスマッチに参加すると言い出したことにあった。


「な、何ということでしょう! ……こ、この場合はどうすれば……」


 直後サリエルは再びVIPルームに座る金主(オーナー)に目をやると、何やらロスチャイルド家の当主であるエルグスが一人の大会関係者と耳打ちで話していた光景が目に入る。

 暫くするとエルグスから何かの伝言を頼まれた男はリングへと向かい、司会者であるカレロスにその内容を伝えていた。


「え、ええーと、審議の結果スカーシャ様の大会参戦が公認されました。という訳なので、第一試合はスカーシャ・ネロ・ロスチャイルドの電撃参戦です!!」


 司会者の進行と共に観客は歓喜を上げる、それは恐らくカレロスが先行して正しい反応を示したからであろう。そして選手側は依然として驚きを隠せないでいた様子で、一番血相を掻いた表情をしていたのは第一試合でジェットと当たる筈だった狩る側の人間であった。


「アイツ、この大会の趣旨が分かってんのか?」


「勝つ自信があるみたい、仮にも百家族のロスチャイルド家は神技を使えるから……」


「神技……?」


「あなたと一緒にギャングを倒した時に見せた筈よ、傷を回復させてたでしょ……?」

 どうやらエリックは神技について詳しく知らない様子だったので、サリエルは口下手ながら大雑把にその概念を説明しようと試みる。


「あー、何か術式みたいのが浮かび上がってありえない事象を起こさせるあれの事か……ってあれと戦えってのかよ!?」


「簡単に言えばそういう事、神技というのは言わば天界最高峰の戦闘技法、神技を使えない者の為に生み出されたゾオン石を動力源とする攻撃デバイスを遥かに凌駕する威力すら放つわ……」


 エリックとはトーナメントの形式上決勝に勝ち上がらなければ当たらない相手だったが、それでも彼は脅威を示すような面持ちを覗かせていた。

 そして大会の出場が急遽決まったスカーシャは大胆にも二階席から飛び降り、硬質性の床にピタリと足を着け華麗に着地を決める。


「さてと、なら俺はその男と戦えばいいのだな?」


「は、はい、でも大丈夫でしょうか?この大会は……」


「生き残るには対戦相手を殺害しなけらばならないんだろ?上等だ、丁度新しく身に付けた神技の威力を試したかったところなのでな」


 生憎と言うべきか当然というべきか、彼も中々狂っている部分があるというのはサリエルは言動だけで窺えた。

 殺し有りの戦闘となれば神技術者は圧倒的有利に立つ、そんな男が参戦すれば優勝を掻っ攫うという金主(オーナー)側の意向が嫌でも理解できたのだ。


「さあ、いつでも初めてくれて構わない」


 スカーシャはリングに上がり対戦相手と向かい合うように立つと、カレロスも未だに戸惑いながら特大の声量で大会を進行しようとする。


「そ、それでは!晴れ晴れしい開幕戦を飾るのはエリア4で最近話題の賞金首、懸賞金十万へヴンドのエリス!! 相対するは衝撃の電撃参戦で会場を沸かせた富豪、ロスチャイルド家次男スカーシャ・ネロ・ロスチャイルドだああ!!」


 辺りは再び歓声に包まれ、殺せ殺せと謗るかのように観客達は眼力を込めた視線を飛ばしていた。

 場が熱気に包まれたところで司会者がリングから離脱、その後唯一の出入り口を施錠して中からは出入りができない鉄製の鳥篭となる。


「『デッドディア』百回大会、一回戦第一試合!! スタートッ!!」


 設置されていたゴングが鳴り響き、リング中央に佇む二人は一斉に動き始めた。

 先手を打ったのはエリス、自身に携えていた鎖鎌を巧みに使い回しスカーシャに目掛け極小の鎌を飛ばす。


『ガートン』


 それに合わせるようにスカーシャは神技を発動、透明な防壁を作り出して余裕の表情で鎖鎌により攻撃を防いでみせていた。


「さてと、どう調理しようか」


「―――!?」


 続け様にスカーシャは神技の構えを取るように、人差し指をエリスの脚へと向ける。


『ディルバレッド』



「っ……がああぁああぁ……!!」


 術式から放たれたエネルギー弾がエリスの両脚を貫き、風穴が開いた部分から血が滲み出していたのがリング外からも伝わる。

 そしてエリスはそのままリング中央で跪く、こうなればもはや一方的に狩られるのみだ。


「何だ、もっと耐えてくれると思ったけど、懸賞金10万だと所詮この程度か……」


「ああ、嫌だ……死にたくない、誰か……」


「安心しな、そう簡単には殺さない」


 しかしそれはより苦しむ死に方をするという暗示であり、スカーシャは次々に神技による攻撃をエリスの元へと放つのだった。

 時には槍を生成して、無抵抗な彼に向け体に突き刺す。

 時には電撃を用いて、衰弱する彼へと迸るような電撃を放った。


「ぐああああ……!!」

 そしてエリスは自身の片腕を丸ごと斬られ、丁度横に立っていたサリエルとエリックの二人からはドス黒いとすら思えた切断面の人肉が視界に映る。


「っ……!!」


 嫌々ながらも断面を凝視すると綺麗に切断された白骨に緑青色の血管なども窺えた。そのあまりにも惨たらしい光景にエリックは顔を蒼ざめ再び込み上げる内臓の奥深くが束縛されるような嗚咽感に襲われる。

 無理もない、あれはもはや自分が生きる為に許された範疇ではなく、単純に人を殺したいと思える快楽主義思想による蛮行と化していたからだ。


「ああ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……が……っ!!」


 直後エリスは白目を向き、租借物を唾液と胃酸が入り混じった液体を口から垂れ流しながらリングへとうつ伏せで倒れた。

 これでようやく決着が着いた、まさにそう心に抱いたような表情でエリックは自分の胸を撫で下ろす。


「何だ、もう落ちたのか。なら――」


「な……!?」

 それでも尚スカーシャは神技による術式をエリスがうつ伏せで倒れているリングの床へと展開すると、彼の体は何の原理か風船のように膨れ出し骨が軋むような異様な音が響き渡った。



 グシャ―――!!


 次の瞬間にはエリスの体は破裂して、リング上に大量の血液が散乱し人肉の塊となった彼の遺体には亀裂部分からいくつもの臓器を噴出していた残酷な描写が飛び込んだ。

 無様と言わんばかりに嘲笑するスカーシャ、それを見て今日一の歓声を上げる金持ち達、そして


「っ……」


「……」

 案の定エリックを見てみると、彼は破裂の瞬間に思わず目を逸らし耐え難い現実から目を背けていた。

 だが彼は成長した、先程とは比べ物にならない程エグい殺され方だったにも関わらず嘔吐する事なく逃げる事もしなかったからだ。


「大丈夫……?」


「ああ、何とかな……」


 そんな苦しそうな表情を見つめていたサリエルはちょくちょくエリックに容体を確認して、何とか彼を試合まで心が折れないようにと励まし続けた。

 確かに彼の反応は正常なのかもしれない、だが此処ではそれは異常なのだ。

 人が無惨に死んでいくのに歓喜するのが普通で、それを何とも思わずエンターテイメントの一環として見るのが前提で、人間の情を捨て切れてない者が異常なのだ。


 考えるな、納得しろ。それだけが彼等の感性を理解できる手段であり、この狂った大会に異常者が適応する為の方法なのである。


「第一試合、勝者スカーシャ・ネロ・ロスチャイルド!!」


 正面から血飛沫を浴び白色の服が真っ赤に染まった男の姿はまさに狂気、正常者の御出ましだ。

 そして異常なエリックは奥歯をグッと噛み締めながらスカーシャを見つめる、あれが正常、あれにならなければ生き残れない。


「続いて第二試合を執り行ないます!」


 リングに転げ落ちていた肉片を清掃員が回収して再び血を洗い流し始めた。

 そんな最中無事勝ち残ったスカーシャの血飛沫を浴びた様子にロスチャイルド家の使用人と思われるメイドが代えの服を持ってくるが、それをやんわりと断り彼は神技によって新品な程に白色のコードをきれいにしてみせた。


「あんなになるまで殺す必要なかっただろ……いや、きっとあったんだな……何だか知らないけど人間を直接破裂させるような殺し方をしなくちゃならなかったんだ……」


「エリック、やっぱり辛いなら廊下で自分の試合を待ってたらいい……」


 最早自我すらも失い掛けていた彼をあんまりに思い、エリックを無理矢理残酷な光景を見せまいとサリエルは選択肢を与えた。


「……いや、大丈夫だ」


「本当に……?」


「ああ、此処で逃げたら、今まで自分が築き上げてきたもの全部投げ出しそうになる……」


 それでも彼は強情を張り通す。エリックの言う築き上げてきたものというのは理解に欠ける部分があったが、彼の確固とした意志が示されたその双眸にはサリエルすらも逆らえない威圧感が存在していたのだ。


 そんな感じで第二試合もエリックは会場外へと逃げる事をなく、ただひたすら選手が殺されている光景を慣れるのを待つかのように見据えていた。



 そして第三試合、上空に映し出されたトーナメント表を眺めるとそこには『リッパー』と『無名』という意味の言葉が記されていた事にサリエルは注目して、開場された出入り口からリングの中へと入ろうとする。


「つ、続きまして第三試合。『エリア3』最悪の犯罪者と呼び声の高い男、懸賞金百八十万の賞金首『八つ裂きリッパー』の登場です!!」


「ああ、早く体を八つ裂きにしたいよ~♪」


 異質な殺気、所々切れ込みが入った服を着込んだ白髪の男は二本の短剣と思われる武器を装備して、一種の気味の悪さとも思える程に背中を曲げ陰湿な性格を窺わせる。

 恐らく彼もまた金主(オーナー)からの誘いでこの大会へと参加をした人物、セントラルならば警備部隊に捕まるところをスラム街に身を隠す事で今まで自由奔放に生き抜いた凶悪犯罪者には違いなかった。


「相対するは突如として『エリア1』に姿を現したと思いきや、嵐のようにギャングを討伐し懸賞金を上げてきた謎の少女!? 懸賞金五百万へヴンド、通称『死神』です!!」


 突如としてリングの中央へと佇んだ黒髪少女サリエルを前に、対戦相手のリッパーに限らず二階席の観客達までもが一度騒然とした。

 傍から見たらありえない光景だろう、だが観客の富豪達はありえない光景を見るのが好きで此処にいる訳であり、いくら容姿が子どもでも可哀想とかそんな感情を微塵も感じられない双眸でサリエルの方を見つめていた。


「へえ、女の子かぁ♪ まだ若いのにこんな所に立たされて可哀想~♪ 金主(オーナー)達も相当エグイ事するねぇ♪」


「……そうね」


「まあ殺すんだけどね♪ だって僕、まだ少女を解体した事はないから♪」


 予想通りというべきか、『八つ裂きリッパー』なんて悪評が立つのも納得できる程に僅か数回の会話で彼が異常な事はサリエルにも伝わった。

 リッパーの息が荒くなる。そんなに早く人の体を八つ裂きにしたいのかは分からないが、その眼光からは自分の欲求を晴らしたいという精気に肥えた様子すら窺える。


 そして司会者のカレロスがリングの外に逃げ、鉄製の鳥篭が施錠されると試合開始の合図が今にも鳴らされそうになった。


「そ、それでは! 第三試合、スタートッ!!」


 カレロスの鳴らしたゴングを合図にサリエルは一度距離を取り、リッパーは動じる事なく腰に据えた二本の短剣を外側に刃を置くように持ち獲物を狙おうとする。


「それじゃあ、一丁大胆にスパーッと斬っちゃおうか♪」


「っ……!?」


 リッパーが両手に携えていた短剣が次第にゾオンエネルギーを付加していく、何と彼は既に自己供給に成功していたのだ。

 それを見て取れたサリエルは嫌な予感が働き自身もいつでも彼の動きに反応できるようにと体の重心付近に溜めていたゾオンエネルギーを体内に循環し始めようとするが、それほどまでに的確な判断をしているとリッパーは一瞬で攻撃の射程圏内まで接近してきた。


 ―――!!


「……?」


 リッパーはほんの僅かな肉を裂いたような感覚しか伝わらなかったと意識して前方を見据えると、そこには短剣の刃先に少量の血液が付着していなかった状況を窺い何が起こったのか分からないような表情を覗かせる。


「ぐぶ……!!」


 咄嗟に彼の攻撃を見切ったサリエルは頬を僅かに掠りながらも体を一度屈め、カウンターとして右手と右足にエネルギーを収束させて強烈な右ストレートをリッパーの腹部にお見舞いした。


「へ、へえ、君も使えるんだね、それ♪」


「それはこっちのセリフ、どうしてあなたまで身体強化とディレクトを……」


 自身の懐にへと一瞬で詰め寄ったあの瞬発力、普通人間は生身であそこまでの俊敏さを生み出せないと悟っていたサリエルには彼がディレクトだけでなく身体強化まで使えていた事を容易く推測してみせた。


「どうやらただの子どもじゃないようだね♪ならお兄ちゃんもちょっと本気を出すよ♪」


「……上等」


 二人は全身をゾオンエネルギーによる身体強化を施して、リング上の中で観客からも選手からも目に終えない速度で目まぐるしいぶつかり合いを展開する。

 その異様な光景に先程まで湧き上がっていた歓声は止み、体格が全く違う筈のサリエルが武器を使用していないにも関わらず懸賞金180万の男と互角に渡り合っていた光景に観客誰もが釘付けとなった。


「な、何という事でしょう!!謎の少女『死神』がリッパーと互角に渡り合っています!!熱い!!熱過ぎる!!どうやら懸賞金500万へヴンドは何の間違いでもなかったようです!!」


「な、何なんだあの子どもは……!?」


「リッパー相手に素手で対抗してる!!奴の正体は何だ!?」


 サリエルが周りの鉄格子に足を掛けると、リッパーもそれを追う様に強力な瞬発力で彼女の首元を斬り付けようとする。

 まさに人知を超越した戦い、此処にいる誰もがこれほどまでに激しい殺意と殺意の衝突があるものなのかと目を疑わせた。


「ヒャハ♪ いいねえいいねえ最高だよ♪ 僕は弱い奴を八つ裂きにするのも好きだけど、強い奴を八つ裂きにするのはもっと好きだ♪」


「あなた程の実力がありながらどうして墜ちてしまったのか、私には分からないけど、あなたが救いようのない人種だという事だけは分かる……」

 二人は再びリングの中央へと向かい合うように立ち、リッパーはこの場面で短剣を構えず脱力していたので未だに謎の余裕を見せていた。



「――ねえ君、今まで何人殺してきた?」


「……は?」


「同じ賞金首なら分かるだろ?今まで殺してきた人数だよ♪一番殺し甲斐があったのはどんな奴だった?できれば詳しく教えてほしいな♪」


「……」


 一体目の前の男は何を言っているのか、何のつもりでそんなことを聞いているのかサリエルには到底分かり得そうになかった。

 そんなリッパーという男が今どういう表情をして話しているのか一週回って気になったサリエルは彼の顔を見上げると、そこにはまるで悪意など感じられない程純粋に目を光輝かせて笑顔を振りまいていた男の姿が映された。



「僕はねえ、十五人の人間を八つ裂きにしてきたんだよ♪ 最初に殺した時は八つ裂きにする快感だけで満たされてたけど段々満たされなくなっちゃってさ、どれだけ殺さずに体を八つ裂きにできるかって試した時もあるよ♪」


「……そう、あなたの快楽の話なんて聞きたくないのだけど」


「冷たいなぁ♪僕は君と仲良くなりたいんだよ、だからこうやって腹を見せ合って会話しようとしているんじゃないか♪今まで何人殺したとか、まさに君が好きそうな話題でしょ?」


「……さあ、子どもだからよく分からないわ」


 全く理解できない上に理解したいとも思わなかった彼の自己顕示欲による感性の押し付けを何とか逃れようとサリエルは子どもという立場を使うが、それすらも羽避けるようにリッパーは再び独り善がりの人生観について語り始める。


「子どもだからとか関係なくない?僕と君は同じ殺人鬼だ♪殺人鬼にとって殺した人の数と強さは名誉の表れでしょ♪」


「―――ならあなたは、自分の欲望と名誉の為に殺人を繰り返しているというの……?」


「ああそうだよ♪全ては自分の為、殺人なんてそんなもんでしょ?だって気持ちいいんだもん人を殺すのって♪」


 彼の舐めるような口調から放たれた荒んだ言い分に、サリエルは自身の胸中の最奥よりもずっと奥に眠るわなわなとした灼熱感を伴ったような感情が呼び起こされているのが自覚できた。

 恐らくそれは喜怒哀楽の中で言えば『怒』の部分であり、彼女は珍しく自分の感性や大事な物が真っ向から否定された気持ちに襲われ黙っていられなかったのだ。


「―――」


「え、何々? よく聞こえなかった♪ もう一回……」


 直後、サリエルが掌を握りリッパーの目線へと見上げると、放出されたゾオンエネルギーと共にリッパーの動きは微塵も動かなくなった。

 それはリッパーに限った事ではない、二階席で大会を傍観していた観客達や選手達もそれは然り彼等の動きをサリエルは完全に封じ込める。


 ―――この時誰もが、一度死を恐れたのだ。




「サリエル、まさか『死相』を……」

 何とか口だけは動かせていたエリックは『死相』のトリックを本人から聞いていた為に、背後から死神が呼んできても決して振り向かないように意識を向けていた。



「一つ、殺人は私欲では行わない。二つ、殺人は幾ら善を取り繕うとも殺人である。三つ、常に己を犠牲にできるものだけが、死神としての加護を受ける……」


「は、はあ、何だよこれ……体が動かないよ……」


 唐突に焦りを見せたリッパーは顔が一気に蒼ざめて嫌な汗が額から滴り落ちていたのが伝わったが、サリエルはそんなのお構いなしで構えを取り鎌を召喚した。

 そして片手で組める構えの神技で鎌にエンチャント、巨大な鎌の刃には邪気を具現化したような漆黒の靄が発生する。


「あなたがどこまでも救えない人種でいてくれて良かった。これで私は何の躊躇いもなくあなたを殺せる大義名分を得たから……」


「っ……所詮はお前もその程度なのかよ!! 大義名分がなければ何も行動できない弱い奴だ!! 失望したよ!! お前とは分かり合える気がしたんだけどな!!」


「そんなこと、私は最初から分かってた……」

 この男は己の快楽を追求する為に殺人を繰り返す犯罪者であり、どこまでも救えないただのクズであった。その事が分かったサリエルはもう十分だと言わんばかりの顔付きでどこまでも殺意に溢れた目を彼に向けていた。


「『八つ裂きリッパー』、確かにあなたが強くて私は弱いのかもしれない、所詮は薄っぺらい正義を掲げる偽善者なのかもしれない、そしてあなたは私が歩むかもしれなかったもう一つの未来だったかもしれない……」


「そうだ!!所詮人間なんてエゴの塊だろ!?どうして正直に生きちゃ駄目なんだ!!僕はただ、ただ殺人をしてる時が最高の自慰行為なんだよ!!お前だってそうだろ!?人を殺すのが気持ちいいから、自分として誇れるから殺したんだろ……!!」



 _____!!


 彼による妄言の最終節、最高にエネルギーを溜め込んだ鎌を大きく振り被りリッパーの首元を斬り付けようとするが、サリエルは刃先を寸止めしてエンチャントによる漆黒の風を当てた。



「人を殺す事に名誉なんて抱いたことはない。そこにあるのはただの後悔と、死者への敬意だけよ―――」


「あ、ああ……」


 漆黒の風を直接受けたリッパーに外傷はないが、二階席の観客やリング外の選手から見えた彼の様子は明らかに異様な光景だった。

『八つ裂きリッパー』とまで恐れられた彼はまるで何かに脅えるような悲鳴を上げ、そこには凶悪な殺人鬼と呼ばれた嘗ての姿はどこにも無かったのだ。



「ああああぁああああ!! 来るな!! 来るな!! 死神!!」


 恐怖に慄かされたように泣き喚く彼にエリックを含めた選手達もまた仰天とした表情でリング上に双眸を向けると、次の瞬間にリッパーは手に持っていた短剣を自らの首元に突き刺し始めた。

 直後彼の首元から大量の血が流れるが、このままではいずれ死ぬというのに彼は何度も何度もその鉄の塊で自身の菊を切り裂いた。

 いつしかリッパーは自分の喉下を掻き切るのをやめると、体内へと逆流してきた血液を吐き出すように勢いよく吐血をしてリングへと背中を着いた。


「あ……あぁ……」


「首元を斬り付けただけじゃ即死にはならない、残忍な殺し方を続けたあなたの顛末ね……」


 声帯すらも掻き切ったのかリッパーは喃語のような言葉を並べるが、これも己の私利私欲の為だけに殺人を繰り返してきた彼の顛末だとしてサリエルは片手を構え軽く会釈をしてみせる。


死を覚悟しろ(メメント・モリ)―――」


 本来このような輩には敬意すら示したくなかったのがサリエルの本音であったが、それは死神としての尊厳を蔑ろにしている事と同じだったと考え彼にもまた死者への敬意を示した。

 そしてサリエルは辺りの様子を一望すると自分以外の全員に『死相』を掛けていた事を思い出し急いで開所するが、彼等は依然として動こうとせずただひたすらに呆然とした形相を向けていたのだ。


「な、何が起こった……?」


「わ、分からない。でも、リッパーが自害したぞ……」


 二階席からの反応はこうだが、まあ当然の見解だとサリエルは聞くに思えた。

 何せ死に際の彼は『死相』により背後から死神に返答を求められ、前方からもまた死神による本物の殺意を直接向けられたのだ。

 実際にそんな場面に遭遇すれば狂人でも戦慄して、正常な判断を見誤り死ぬしかないと思えるのも不思議ではない。


「えっと……第三試合、勝者謎の少女『死神』!!」


 あまりの光景に司会者までもが一瞬たじろいで見せたが、何とか大会を進行して観客席の金持ちも後を追う様にざわめき始める。

 それはまた歓喜とは違い、何か本物の化け物でも見て恐れ慄くかのような喧騒に近かった。


 サリエルの勝利を確認したカレロスは施錠を解き出入り口を開くと、彼女もまた鎌を別空間へと飛ばし無表情一つ変えずにリングを後にするのだった。



「サ、サリエル、あれって……?」


「別に、ただ怖がらせただけ……」


 案の定エリックはどうやってリッパーを自殺させたのかと聞いてきたが、あんなものに理由もなにも無かったサリエルは簡潔に威圧させ怖気付かせる行為の究極系とだけ説明する。

 死神の殺気に飽き足らず、明確な殺意まで向けられれば信仰心を持つ聖職者でなければ避けられず、所詮は腕っ節だけの半端者であったリッパーでさえも死神に恐れ戦き逃げ出したに過ぎない。

 結局彼の人生は忌避感を抱くものからは逃げようとする根底から培われてきたものであり、その為に自身の欲求を晴らそうと殺人を繰り返してきた救いようがないただの弱者であったのだ。


「次はあなたの番、精々生き残る為に勝ち上がる事ね……」


「……ああ、言われなくても分かってるよ」


 余計な心配をするサリエルの手を投げ払うかのように、エリックはプイッと視線を逸らし不機嫌さを滲み出していた。

 彼はまだ試合が終わっていないのだから無理もないが、先程一人人間が死んだにも関わらずどこか少しだけ落ち着いたようにサリエルはエリックの表情から窺えたのだ。


「何でだろうな、こうやって間近で惨い殺され方してるところを見てるってのに、何故か慣れてきてる自分がいる……」


「ショッキングな光景ほど何度か見たら慣れるものよ、そうしないと簡単に人の精神って崩壊するから……」


「これも無意識ながらの適応能力って訳か、素直に喜べない自分がいるよ」


「それは別に悪いことじゃない、生命が惨たらしく絶たれる光景に悲嘆するのは死者への敬意があるという事だから……」


 死を覚悟しろ(メメントモリ)、嘗て死神家で教わった死者への敬意を示す合言葉がサリエルの脳裏に浮かんだ。

 人を殺めても、殺人鬼にはなるな。人を殺めても、そこに敬意があることを忘れるな。

 些細ではあるが、エリックがそれを無意識にこなせていた事にサリエルは若干胸を撫で下ろされた気分に陥った。


 そしてリッパーの遺体は処理されて、続け様に第四試合へと移行するのであった____



 ‐会場VIPルーム‐


 金主(オーナー)達は毅然とした態度を振る舞い、天人である事を常日頃から意識をするように会場を見下していた。



「まさかあの小娘、よもや本当にリッパーを討ち取るとはな」


「一体彼女は何者か? 異名でしかあの娘の名前が分からないなんて……」


 風貌から見ればただの子どもだが、その実力は神にも匹敵する何かを持っているとエルグスは推測してみせた。そして第一に疑ったのがサリエルが鎌を召喚した事、あれは間違いなく術式による神技だとも推定が取れたのだ。


「まあいい、どうぜ第四試合は奴が勝ち上がる。あの小娘の命はもらったも同然だ」


「流石エルグス様、商売を邪魔する奴にはやる事エグイですね」


「当然だ、金は命よりも大切。つまり奴等は私の大切な大切な金を踏み躙った大悪党だ。まあどうせ殺すなら興行として金に変換した方が効率がいいからな」


 そしてエルグスは不気味に笑い、まるでまだサリエルを潰す魂胆でもあるかのように自身に満ち溢れた形相を見せる。

『デッドディア』はまだ序章だというのに、金主(オーナー)達はサリエルの恐ろしさを軽視して勝ち誇ったように酒を交わすのであった。


 ________

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ