募る想い
その後会合を終えたサリエルは、自身に用意された部屋へと使用人に案内されベッドの上で座り込んでいた。
ベッドの中央にはユピテルへの連絡手段用のデバイスが置いてあり、彼女は壁側へと凭れ掛かりながら通信開始のボタンを押す。
「「__久しぶりじゃな、サリエル」」
「ユピテル様、定期連絡に参りました……」
今回サリエルがユピテルに連絡を入れなければならない事は主に二つ、一つが目的の一つであるナーガ生命水の捕獲に成功しそうな事、そしてもう一つが金主が主催する闘技大会に関しての事だった。
「ナーガ生命水は金主が主催する闘技大会の優勝景品として出品されるようです。そして私はその大会の参加権を貰い受けました……」
「「ふむ、その大会には優勝できそうか?」」
「問題はないかと、でも……」
金主が主催する闘技大会は相手を殺さなければ勝ち進めず、ましてや情に流され殺すことを怯んでいては自分が殺されるという何とも非人道的な内容であった。
勿論そんな大会が許される筈がない、だが金主は身柄が政府の管轄に置かれていないスラム街の住人を多用するなどして政府監視の目を潜ってきたと推測できる。
だからこそサリエルは、別の要因からこの大会に参加をしていいか悩ましく思っていたのだ。
「この大会は十中八九金主達の非合法な遊戯だと思われます。人を殺さなければ勝ち進めない、そんなゲームを彼等は力のないスラム街の住人に強いていました……」
「――そうじゃったか、まさか金主共は隠れてそんなことを……」
ユピテルの声調が少しずつ重苦しく変化する。そして親指の爪を噛み始め、まるで今の自分には社会問題を解決する程の力が残っていない事を恨めしく思っているかのような苦い表情を浮かべていた。
彼女は基本的に助けを求めた人しか助けないが悪と呼べる存在は問答無用で叩き潰す性分だったので、サリエルは映像越しにユピテルの表情を窺っただけで何となく彼女が奥歯に噛み殺している思いを察してはみていた。
「「じゃがサリエル、この大会に優勝して御主が生きて帰れば非合法な大会の証言が取れる。それは金主達にとって脅威の存在になるじゃろう」」
「脅威……」
今思えばサリエルには少し不可解な事があった、それが金主が取る優勝者への対応についてだ。優勝者は金主にとって外部に情報を漏らす脅威の筈なのに、彼等は今まで政府に目を付けられなかった事が随分と不可解に感じたのだ。
「そういえば、どうして金主達によるこれまでの悪行が情報として流れてこなかったんだろう……」
「「それが叶わなかったというより、情報を外部に漏らす事を防がれているようじゃな。例えば、大会には予め金主側の選手を何人か仕込ませておいて、必ず優勝できるようにと仕込んでいるとか」」
ユピテルの言う通り闘技大会には予め主催者側の選手が何人か頭数に数えられており、金主側の彼等が必ず優勝できるように仕向けている可能性は十分にあり得た。
そうすれば賞金なども自主回収でき、今回もその腹積もりでナーガ生命水を回収するつもりなのだろうとそれなりの予想をサリエルは立ててみる。
「ユピテル様、私は選手を殺していいのでしょうか……?」
「「……すまんサリエル、それはわらわの口からは言えぬ。御主の判断に委ねるつもりじゃ」」
「そう、ですか……」
恐らく他の選手もスラム街に暮らしていた住人、サリエルは幾ら己の手が既に汚れていたからと言ってそこに何の大義も無ければ人の命を殺めたりはしない精神を持っていたからこそ思い悩んでいた。
死ぬのは一度経験しているから怖くない、だが悪戯に力を振り回せば悪と同義ではないかというのが彼女の見解であったのだ。
「「殺人の正当性とは難しいものじゃ。誰かの正義は誰かの悪なのかもしれない、そんな中わらわも自身の正しいと思える道を選択して多くの生命をこの手で絶ってきた。じゃがその選択がわらわにとって正しかったとしても、誰かにとっての悪であるかもしれん。何が正しいのかなんて相対的なものじゃ、御主は御主の選択をして道を進めばいい」」
「ユピテル様……そうですね……」
今思えば自分は彼女に甘え過ぎていたのかもしれない。とサリエルは思うと、ユピテルに絶対的な答えを要求せずに自分自身で正しさを導こうと胸中に誓ったのだった。
「「ところで、御主が以前言っていた舎弟としてる男はどうしたのじゃ?」」
「彼も一緒に大会に参加します。けど……」」
あの会合での異様な空気感に耐えられなくなりエリックは一度部屋を抜けるが、それ以降結局戻ってくる事はなかった。何せ彼はサリエルと違って死という概念を恐れており、大会が始まる前に心が先に挫けてしまったからだ。
だがしかしそれはサリエルも同じであり、彼を助けると言っておきながらエリックを殺すことになるかもしれないのはあまりにも矛盾を引き起こしていた事を意識していた。
「――多分彼は自分が死ぬことを恐れているんだと思います。私からすればまだ若いですし、他人を殺せても自分が死ぬのが怖いのは常識的な観点なのでしょう……」
「「ふむ、まるで人間のエゴを形にしたような奴じゃな。まあ仕方ないじゃろう、100歳も人生を渡っていない小僧ならその程度の人格じゃろう」」
「……はい」
人間は弱い、絶対的な逆境を前にすれば自然と自分の命が可愛くなる。
それは生存本能と呼べる物があるからであり、所詮人間は本能には抗えないからである。
そしてその生存本能が薄れてくるのが丁度100歳を境にした頃、まだ五分の一も人生を歩いていないであろうエリックならば死を恐れるのも無理はないというユピテルの考えにサリエルも賛同した。
「「まあ、わらわからは特段言う事はない、何か他に言い残す事はあるか?」」
「いえ、特には……」
「「そうか、ならサリエル、御主も任務を果たすのじゃぞ。それと、金主の一人であるルーブル・ガルネシアは今計画には重要人物じゃから警戒するように」」
「了解……」
それを境にユピテルからの通信は切れ、サリエルはベッドの上で横たわり物思いにふけてしまう。
自身の胸中に蟠りを作っているもの、それは間違いなくエリックという青年にあり、サリエルは彼は無事に立ち直っているかそれっぽく気にはなってはいたのだ。
「……正しさ、か」
すると彼女は寝転がっていたベッドから立ち上がり、そのまま廊下へと出るドアに手を掛け部屋の外に足を運んだ。
部屋を出るとそこには高級そうなシャンデリアが明かりを灯し赤色のカーペットが床一面に敷かれ思わず目移りしてしまうが、サリエルは直後に意識を目的へと向けて隣にあるエリックの部屋まで歩み寄る。
「エリック、入っていい……?」
しかし反応はない、仕方なくドアノブを捻るが鍵も掛かっておらずサリエルは戸惑いなく中へとズカズカ足を踏み入れようとした。
中に入ると広い室内に高級そうなベッドが置かれていたが、彼の姿はそこにはなく反射的にサリエルはどこにいるのかと汲まなく目を見張ってしまう。
「エリック……」
ベランダへと続く窓が開いている。そう思った矢先サリエルはデッキに足を踏み入れると、そこには転落防止の為に設置されていた柵に凭れているエリックの姿が広がった。
「……何だ、お前か」
そしてエリックもサリエルに気付いたのか光で満ち溢れた街の方を向いたまま声を発する。
彼は会合の時と相いも変わらず物思いにふけた体たらくな背中姿を覗かせる、あれから数時間は経過したというのにまだ立ち直れてなかった事がサリエルからも伝わった。
「笑いたけりゃ笑えよ。人を殺めた経験を持ちながら、いざ自分が死ぬって前提で物事が進めばその場から逃げ出したくなる。こんなの最高でダセエだろ」
「どうして、だってまだエリックは死ぬとは決まった訳じゃない……」
「死ぬよ、どうせ決勝まで勝ち進んだとしてもお前はそこに立ってんだろ。分かってんだよ、お前と俺とじゃ実力が違い過ぎる事ぐらい……」
死を恐れる、それは死神のサリエルにとって最も共感し難い感情だったからか今彼が陥っている感情についてはよく理解できずにいた。
だからこそ強いて言えばエリックという青年が心配であったのも建前であり、正しさの模範解答と思われる行動を彼女は参考書通りにしているだけに過ぎなかった。
「俺さ、現状を変えたくて此処までお前について来たんだ。決められた運命のレールを走らされる人生に、一生地べた這いずり回るような人生に嫌気が差してたから大会に参加したいと思った。賞金稼ぎなんて生業にしてたのもその為だ。クソみたいな現状に黙り決め込んでる奴等が気に食わずに感情に任せて当ったりもした。自分でもくだらない奴だと自覚してるよ、嘗て一回人を殺したってのに……」
「……人を殺したのは、そうするしかなかったんだろうから仕方ないと思う。現状を変えたいと思うのは悪い事じゃないし、まだその歳なら生存本能があるのだからそれも仕方ない。エリックがあの場から逃げ出したのも分からなくはないわ」
「分からなくはない、か。お前なら何となく俺の煮え切らない態度を批判すると思ったが、そんな言葉が聞けるなんて意外だ」
「全く違う環境で、全く違うものを信じてきた人の考えを頭ごなしに否定したりなんてしない……」
サリエルは正しいであろう言葉を脳内に陳列して、正解かどうかを答え合わせをするように無感情の性質でエリックの感性を擁護する。感情の最奥まで感覚を取り戻せていなかった彼女にとっては本心などというのは自分のどこにあるのかすら分からなかったからだ。
「エリック、あなたはただ自分が生きる為に自分の意思で行動すればいい。人殺しを斡旋するわけじゃないけど、この彩色に満ちた物で包み隠された都市には常識なんて殆ど通用しない。私の口からは直接言えないけど、あなたはあなたが正しいと思える選択をすればいい……」
「はは、何偽善ぶってんだ、要するに生きる為に人を殺せって事だろ」
「……」
思わず言葉に詰まってしまう、何故なら彼はサリエルが直接的な言及を避けたかったところをオブラートに包む事なく口外したからだ。
だが結局のところ何を告げようが既に関係ないのかもしれない。そう思ったサリエルも包み隠す事をせずにエリックに告げようとする、が
「って、お前に当っても仕方ないよな。どうせもう後に引けない、もしこの屋敷から逃げ出したら賞金首である俺はロスチャイルドへと送られる。端から決定付けられた選択肢に悩んでたんだよ」
「それじゃあ……」
「だから、お前も俺と当たる事になったら容赦なく殺せ。死ぬのは怖いが、こんな大会に参加した俺の自己責任だからよ」
サリエルには分かっていた、大会を勝ち進める方法が相手を殺す事で、逃げ出せばロスチャイルドの元で再び奴隷同然として扱われるのを後付け程度に告げられた時点で彼は当たりのない無意味なクジを引かされている事を。
だが彼の為に自分が死ぬ事なんてできない、今ここで自分が赤の他人に命を捧げれば新介に迷惑を掛けてしまうと確信付いていたからだ。
だからこそサリエルは、彼に一つの賭けを斡旋しようとした。
「エリック、一つだけあなたが生き残れる方法がある……」
「……は?」
サリエルの突拍子もない発言を耳にしたエリックはその時初めて背後へと振り向くが、未だに何を言ってるか理解していないかのように眉間にシワを寄せた面持ちを覗かせていた。
「決勝まで生き残って、そしたら私があなたを生きて返してあげる……」
「生きて返すって、お前まさか自分から……!!」
「違う、悪いけどそれはできない。私にはまだ果たさなければならない目的もあるし、過去への因縁を払拭しなければならないという己に課した宿命があるから……」
まだ自分には必死で強くなろうとしている新介や結の為に、そしてあの男との因縁を晴らす為にここで死ぬわけにはいかなかった。
よって彼女は死ぬのは怖くないが死ぬつもりは毛頭なく、今己が生きたいと願うのは本能ではなく新介達の役に立ちたい思ったからだであった。
だが彼を見放せないと言っておきながらいざとなったら見放すのは発言に矛盾を生んでいたので、それを考慮してサリエルはエリックに一つだけ生きて返れる方法を与えようとしたのだ。
「もしも決勝で私とあなたが渡り合えたら、あなたは死なずに済むかもしれない……」
「しれないって、その煮え切らない感じは何だ?」
「断定できないの、死神家のある奥義を使えばそれは可能だけど、それはエリック次第になる……」
「その奥義ってのは、どんなやつだ?」
彼の問いにサリエルは答える。すると案の定彼は目を見開き驚きに満ちた形相を見せてきた。
「――とまあ、大体の仕組みはこんな感じ」
「お、おいおい、まさかそんな恐ろしい技まで使えるのかよ……」
「使える。ゾオンエネルギーの消費は激しいけど、成功すればあなたは生還する事ができる……」
エリックは腕を組みながら悩ましい表情を見せるが、直後に何かが吹っ切れた様子を見せ窓付近にいるサリエルの元へと歩み寄ってみせた。
「分かった、どうせ死ぬぐらいなら決勝まで勝ち残ってその賭けに乗ってやる。現状を変えるのを諦めて平穏な生活に戻る為にも、どうやら俺にはその道しか残されてないようだからな」
「それで、もしあなたが生還できたら、一つだけ頼みがあるの……」
「頼み?」
「ええ、正確には依頼。報酬は――1000万へヴンド」
それはつまり大会優勝賞金の譲渡を意味しており、サリエルはエリックにその依頼をこなしてもらう為だけに、生還できた未来の彼に1000万へヴンドを明け渡す旨を伝えたのだ。
「……しょうがねえ、ここまで来たのも何かの縁だ。もしその方法で俺が生還できたら何でもしてやんよ」
「ありがとう」
サリエルは彼に依頼内容を伝え、その内容にエリックも合意をするように頷いてみせる。
二人は光が消えない街を背にして、金主の思惑が交錯する闘技大会に一つの作戦の実行を確かめ合うのだった。
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