すとりーとふぁいたー
数日後、サリエルとエリックは懸賞金100万ヘヴンドとして換金所の掲示板に大々的に街中で取り上げられ、それがきっかけでスラム街は次の統治者を決める覇権争いが勃発したのだった。
それから二人はフードを被り移動をするにも感付かれないように行動する日々、それでも絡んで来るような輩は一匹残らず相手をして問答無用で戦意を喪失させていた__
「なあ、何で毎日街を徘徊してんだ?」
「目的の為、この街には月周期で金主が直々に姿を現すみたいだから……」
「金主?お前アイツ等に会いたいのか?」
「うん、この街に現れる事は確かだけど日時や場所は恐らくランダム、こうやって定期的に様子を見計らわないと取逃してしまうから……」
だがその分街のゴロツキ共に絡まれる機会も多く、この街で暮らすのは相当根気を要する何かがあったことも事実である。
「けど、想像以上に絡まれるわね……」
「そりゃ俺達の懸賞金それぞれ百万ヘヴンドだからな、この街の奴等だったら喉から手が出る程欲しい金額に違いないだろうし」
サリエルは街を歩けば一日に一回はスラム街のゴロツキに絡まれる状況下におかれており、確かにエリックの言う通り見事自分達も覇権争いに巻き込まれていた事を自覚していた。
つまるところサリエルはスラム街の覇権争いなどには興味はなく、街を歩けば勝手に勝負を仕掛けてくる彼らには些か嫌気が差していた。
しかしそれも己に課された修行の一環だと思えばどうと言う事はなく、これから向かえるであろう壮絶な戦いを考慮すればいい肩慣らしにもサリエルにとってはなっていたのだ。
「てか、何であんな奴等なんかに進んで会おうとするんだよ。奴等は今のヴァイスを創り上げた資本家だぞ?碌な人間じゃない事は確かなはずなのに」
「私は金主の誰か一人が所持しているというナーガ生命水を探しているの。どんな傷も不治の病も一瞬で再生すると言われている聖水を……」
ナーガ生命水とは、所謂創成期の時に生み出されたとされる産物の一つであり、嘗ていたとされるナーガという生物の血清を元に作られた聖水であった。
賢者の石の生成に必要な材料として必ず確保しなければならない物なのだが、未だにその物を誰が持っているのかは皆目見当が付かないでいたのは事実だ。
そんなことを考えながら街中を歩いているとサリエルはエリックの足跡が途切れた事に気付き、自身も前方を振り向くとそこには武装をした大勢のゴロツキ達が姿を現していた光景が飛び込んできた。
「貴様達がギャングを壊滅させたという二人か?悪いが此処で捕まえさせてもらうぜ」
「ったく、どいつもこいつも懲りねえな」
エリックは腰に据えていた刀を構え、サリエルもまた無表情のまま無形の型を保つ。
これがこの街の真骨頂、賞金首である自分達には向こう側から敵が迎えに来てくれる。それを知っていたサリエル達は今日もまた彼等を返り討ちにするのだった。
_______
それからというもののサリエルとエリックは街を歩く度に喧嘩を売られ、その度に相手を倒す日々が続いた。
しかし街のゴロツキに絡まれる頻度は日に日に落ちていき、数週間後には殆ど賞金稼ぎの輩が二人に立ち塞がるのをやめていた。
そう、サリエルは完全にスラム街の覇権を手にしたのだ。
懸賞金は日に日に上がり、最新の換金所の掲示板には500万へヴンドと記載された彼女の顔写真が更新されていた。
嘗て街を支配していたボスの懸賞金が百万万へヴンド、単純な話もう彼女には誰にも敵わないと気付いてしまったのである。
そしてサリエルがスラム街に潜伏して一ヶ月が経過した頃、サリエルは何かおかしい方向に進んでいるのではないかと自覚を持ち始めた___
「み、見ろ! 女王様だ!」
「おいお前等!女王様が街を徘徊されてるぞ!」
サリエルが街を歩けば街の住人達は綺麗に行き先の方向へと並んでみせて、エリックもどこか腑に落ちない様子を漂わせていた。
「あれがエリア一の死神と恐れられる女王様か、そしていつも背後をつけるように歩くのが女王様の付き人――舎弟のエリックだ」
「いや、雑用のエリックだろ?確か俺達の地区ではそういう呼び名だった気がするぜ」
「おいそこで俺の噂してる奴正直に出て来い、今なら切腹で我慢してやるからよ」
エリックはよっぽど自身の呼び名に不満があったのか、先程から自分を悪く言う二人の男に凶悪な笑みを見せながら刃をチラつかせるという完全悪役のガラの悪さで威嚇していた。
そんな彼にすっかり萎縮した二人はすぐさまエスケープ、まさか自身が勝手にこの街を占める女王にされるとは夢にも思わなかったサリエルも何故だか分からないが体に倦怠感が呼び起こされ吐息を漏らす回数が増える一方であった。
「エリック、器小さい……」
「だーまーれー! 俺はお前の舎弟にあった覚えはない! 第一何でお前は懸賞金上がって俺は上がらないんだ!」
エリックの懸賞金は依然として百万へヴンド、圧倒的な強さを誇るサリエルの前では彼はあまり目立たない存在となっていた事からか、この不条理な扱いを目の前にして言葉通り目を三角にしていたのだ。
だがギャングのボスを倒したのは彼だ。その点ではサリエルも彼の人間としての強さは認めており、少々大雑把な剣術にも関わらず様になっている身のこなしをしていたのは事実だった。
「そういえば、エリックはどこでそんな剣術を学んだの?」
「ああ?そんなの独学だよ、第一この刀は創成期の産物を複製した物らしいしな。流派なんてとっくのとうに潰れてるだろうし、そもそもこの刀を買ったのも安かったからだからな」
「見た感じ片刃ね、この型の剣は確か……」
サリエルは必死に記憶を辿り、その刀を嘗て自分が一つの本で見掛けた覚えがあることを思い出した。
刀、創成期に存在いたとされる五大国の一つである『亜神連合国』でよく使われていたとされる武器というのが嘗て知識を蓄える為に眺めていた歴史書で見掛けた物である事を思い出し、サリエルはその武器だけが安価だった理由に感付く。
「なるほど、流派がないって事は扱える人物がいないってわけ。だからその刀だけ安かった……」
「な、何だよ、この刀ってそんなにショボイ武器なのか?」
「いえ、強力な武器だと思うわ。私もよく分からないけど、この形状は切れ味に特化した物だと思う……」
先程からチラつかせていた刃を覗き込むように見据え、サリエルは形状的に両刃の剣よりも質量が小さく感じられたので切れ味に特化しているのではないかという憶測を飛ばす。
しかし問題はそこではなく、この男は流派もない捨て去られた古代の産物を独自に使いこなせている事の方がよっぽどサリエルにとって不可思議な事柄であった違いなかった。
「しっかし金主が全く現れないな、普通姿を現せば噂になってもおかしくない筈なのに」
「簡単なこと、未だ彼等は此処には来ていない。でもその理由は分からない……」
月周期で姿を現す筈の金主が未だにスラム街に現れたという情報はサリエルの元には届いていない、既にこのスラム街の覇者となっている彼女にとって大それた事態が起こればすぐに通達されるようになっていた為にそれだけは確かだった。
だがどうして今回になって周期が崩れ始めているかは定かではなく、憶測を飛ばすにも金主に関してはまだ分からない部分が多々あった為にサリエルは悩ましい現実に直面していたのだ。
「女王様! 何やら街の近くに黒ずくめの男達が目撃されたとの目撃情報が今届きました!」
「っ……まさか……」
「いやまず誰だか知らない男がお前の舎弟みたいになってる光景についてツッコミを入れさせてもらっても構いませんか?何なのコイツそして何でお前もそれっぽく気色ばんでんの?」
横から逐一横槍を入れるエリックを一度無視して、サリエルは通達係の男に詳しい情報を聞き入れる。どうやらスラム街の東口付近で一人の男を護衛する形で正装を着付けた男達が目撃されたという情報が先程届いたらしく、それがサリエルの捜し求めていた金主だという可能性は十分にあり得る話だった。
「東口、随分と近いわね……」
「おいお前、それはいつ頃の情報だ?」
「さ、さあ、ただ聞いた話なので何とも……」
恐らく精々数分前、そう予想を立てたサリエルは地形的に彼らが真っ直ぐ歩いてきた場合自分達の元に姿を現しても不思議ではない。そう思った次の瞬間
「おや、ここは随分と人が多いのですね」
「っ……」
何の前触れもなく、まるで天使が下界へと下りてきたかのように彼等はサリエルの背後へと現れた。
その姿はまさに天人、汚れたスラム街には似合わない程に豪華な格好をしており、指にはいくつもの指輪をはめて杖を突きながら歩いてみせる。
その様子からサリエルは随分と歳がいっている男性だと思い込むが、ハットで隠れている顔の部分を下から覗き込むと意外にも顔立ちは若々しく見えた。
「お初にお目に掛かります。私天界新聞社CEO、ルーブル・ガルネシアという者でございます。以後御見知りおきを」
「ルーブル・ガルネシアだって……?」
「どうやら、あなたが金主の一人みたいね……」
天界七大大富豪『金主』の一角、商業団体天界新聞社CEOであるルーブル・ガルネシアは随分と高貴な佇まいをしていた光景から、サリエルもまた自分が予想していた神仏像とは随分と異なる風にも思えていた。
だが情報通り金主の一人に出会えた。ようやくこれで次の段階へと進めるのである。
するとルーブルは声を整えようと一度咳を吐き出す、一度余計な仕草を挟むという事は間を作る必要がある程の大それた発言をする前兆だとサリエルは確信していた。そして
「此処にいる皆様に聞きます。誰か一人だけ、『大会』への参加権を譲渡します」
「た、大会だと?」
その場にいる誰もが動揺し始め、辺りは一瞬で喧騒に満ちてしまう。
大会、それは一ヶ月程前に酒場の店主がリークしていた情報にも確かにあった内容だった。
どうやら金主達は月に一度その大会と呼ばれる催し物を執り行なう為にスラム街に顔を出すみたいだが、その大会に参加した者は未だに誰も帰ってきていないなど悪い噂しか流れていなかったのだ。
「過去最大の闘技大会。賞金は一千万ヘヴンド、そしてメインの賞品は――ナーガ生命水です」
「ナーガ生命水……!?」
一体何の偶然か、それはまさにサリエルが探し求めていた物であり、そしてどういうわけか彼等は超貴重なナーガ生命水を自ら手放すような行動に走っていた事にサリエルもまた出来過ぎた話であるという感覚を持ち始める。
「お、おい、ナーガ生命水って確かお前が欲してたやつじゃないか……?」
「ええ、でもどうしてそんな貴重な物を大会の賞品にしようとしたのか、相当胡散臭い……」
彼等は利益を追求する資本家、こんな低層な人間に払う金も物も惜しいと考えるのが普通である。
ならば恐らくその大会は普通ではないと考えるのが真っ当な見解であり、何かしらの思惑を持ち大会を催していると捉えるのは必然だ。
だがそんな事情サリエルには一切関係ない、彼女にとって重要なのは大会に参加して優勝さえすればナーガ生命水を譲渡してくれるというルーブルの発言にあった。
どんな企みを講じていようが優勝して正規のルートで入手する、もしも彼等が明らかな不正でもしようものならサリエルにも脅迫材料はいくつかあった。
「さあ、自分の力に自信がある者は私に声を掛けてください!」
全てを見越したサリエルは誰よりも早くルーブルの元へと歩み寄り、金持ち達のピエロにでも何にでもなろうと決心して目的を遂行しようとする。
そしてルーブルも最初に歩み寄った人物が少女だと思い込み、思わずキョトンとした表情を隠し切れない様子を見せる。
「どうかしましたか、お嬢さん」
「私が出場する、その一枠に……」
「ほう……」
ルーブルは辺りの様子を見計らい、周辺にいた住人達の反応からサリエルが何者であるのかを推測しようとしている面持ちを露にした。
「良いでしょう。言っておきますが、くれぐれも自己責任で……」
前方に立つ高貴な中年の男性は口元に人差し指を当て意味深長な発言をし始める、まるで命に関わる関わる事柄を示唆するような何かを。
「それではついて来てください、勇敢なる戦士よ」
「ちょっと待て!!」
「っ……」
サリエルの後方から大音量の声が聞こえてくる。その性質は間違いなくエリックのものであり、目先のことしか考えていなかったサリエルはすかさず背後を振り向く。
「俺も、その大会に参加させてくれ」
「エリック……」
エリックの眼光はこれまで見たことがない程に真剣な眼差しで睨み付けており、例えそれが名だたる資本家でも臆することなく威圧的な程度を放ってみせた。
「困りますね、ここでは一枠のみの筈だったのに……」
「どうせ他のエリアからも引っ張るつもりなんだろ?ならそこの枠を一つ減らせ、その分お前等の酒のつまみぐらいにはなる戦いを見せてやるからよ」
「――なるほど、よく見れば随分と変わった武器を持っていいますね。これは興味深い」
ルーブルはエリックの持つ刀に興味が湧いたのか、随分と彼に肩入れしようとしている様子を覗かせた。
そしてルーブルも決心を付けたような表情を見せ、とある提案を持ち掛けようとする。
「分かりました。それならエリア1からは二枠出場としましょう、ちょうど私からの推薦枠がもう一つだけ空いていたので」
相変わらずルーブルは不気味に笑い、社会的地位の低い人間を見下すかのようにこの状況を楽しんでいる面持ちを覗かせる。
そこからはあまりいい気分がしないのが正直な感想だが、そこはサリエルも相変わらずと言っていいほどに興味のないものにはとことん興味を示さないでいた。
「それでは再確認させてもらいます。あなた達は私達が催す大会に参加するという事で宜しいですか?」
「ええ……」
「ああ」
するとルーブルはスルリと反対方向を振り返り、街の東口の方向へと護衛と共に再び爪先を踏みながら歩き始める。
「ついて来なさい、あなた達を特別に中央都市へと招待します――」
潜入開始一ヶ月と数日、サリエルはようやくナーガ生命水の在り処を探り出し作戦の実行を謀ろうとするのであった。
_______




