千載一遇のチャンス
美織を花火大会に誘うにしても、新介にはいくつかの問題があった。
一つはもう既に他の男と約束をしている可能性があるということ。
まず彼女はクラスでも人気の女子であり新介と同じ考えを持ってる人は少なくない、それに美織自身にも彼氏が居たっておかしくなかった。
そしてもう一つがどのような理由で花火大会に一緒に行くように約束するかだ。
曖昧な理由ではこちらの感情を察せられる可能性があり、必ずしも彼女が納得して自然な理由でなくては下手を打つだけのことは十分承知だった。
「いや待てよ、女子だけで行くっていう可能性も……」
「考えても仕方ないだろ、当たって砕けろだ」
「んなこと言われてもな……」
そうこう話してるうちに教室に着いて、二人は後方のドアから入室した。
「あ、おはよう、上野君」
「お、おはよう、藤宮さん」
「長倉くんもおはよう」
「おはよー」
教室に入ってすぐに先程まで話題にしていた美織と朝の挨拶を交わし、新介は上機嫌で自分の席に座った。
美織の席は新介とすぐ隣、彼女の横顔は美しく思わず目移りしてしまう。
「そう言えばさ、藤宮さんって花火大会は誰かと行ったりするの?」
「っ……」
雄大が思い切って美織に花火大会のことを聞いたのを確認すると、新介は自分の席から生唾を飲んで解答を期待する。
「今のところは予定ないかな、でも……」
「でも?」
「一緒に行こうって思ってる人はいるかな、えへへ」
ガタ____
新介はその言葉を聞いて、自分が彼女と花火大会に行けれる可能性が万が一にも無くなってしまったと思い思わず筆箱を地面に落としてしまう。
「上野君、大丈夫?」
「だ、大丈夫!筆箱落ちただけだから!」
動揺している新介を気にかけるように美織が声掛けるが、彼自身がすぐに立ち直れるはずがなかった。
「そうか、今度クラスの男女で花火大会行こうって計画中だったけど、それじゃあ仕方ないな」
「あはは、ごめんね」
雄大は新介の動揺を察して、一緒に行こうと思っている人物が誰なのかを聞くことをせずに美織から離れるとすぐさま後ろの席に足を運んだ。
「動揺し過ぎ、そんなんだったらすぐバレるぞ?」
「う、うっさいな……」
「まあ今回は諦める方が良さそうだな、そもそも藤宮さんに彼氏がいる可能性だって捨て切れないし」
「……」
雄大はよくやってくれたが、現状では美織が新介の誘いを承諾する可能性は低かった。
だからこそ案外すんなり雄大の意見は飲み込めたのだ。
「分かった、諦める」
「意外と潔いな」
「仕方ないだろ、自分の身勝手な行動で関係を崩すのだけは嫌だ」
実際恋愛というのはギャンブル要素が強いものだ、冷静かつ確実に勝てる手が無ければ損失の方が大きい。
とは言ってるが、結局は感情に身を任せて大きな賭けに出なければならない時だってある。
今はまだその時じゃない、頃合いを待つのも大切なことだ。
だがやはり悔しい思いがあった、もし誰か違う男と行くと思うとそれだけで耐え難い現実に直面しているようであり心の蟠りは消えることをしなかった。
「そうか、まあ頑張れよ」
「ああ、ありがとう、雄大」
「礼には及ばねえ、このぐらいいつでもしてやるよ」
「そりゃどうも」
自然的に誘いを断られる形になり、朝から溜め息をつくほどの疲労感が一気に襲い掛かる感覚に襲われてしまう。
雄大の行動はとてもありがたい行動であったが、同時に内心何かが傷付いてしまい拭いきれない心の傷が酷く痛み息苦しくて仕方なかったのは事実だ。
だがそんなことで落ち込んで学校に支障を来たせば元も子もないと思い、新介は決して表に表情を露にすることをせずいつもの様に平然を装った。
「ねえ、上野君」
「___!?」
新介の前に立ち、困り顔で何か物を言いたげだった美織が確かにそこにいたのを見て思わず彼も仰々しく驚いてしまう。
「ふ、ふふ藤宮さん!? 何かご用件でも?」
そしてこの動揺っぷりである、新介は気になっている人と話すだけでもコミュ障のような話し方になってしまう。
「あのね、今日の数学の宿題なんだけど、どうしてもここが分からないの」
「えっと、見せてくれるかな?」
新介は今まで一度も宿題を忘れた事はなく、クラスメイトからも宿題の写しを懇願されることが多々ある。
しかし彼女は違った、どんなに分からなくても写すことだけはせずに、こうやってクラスメイトや先生に解き方を聞きに行く真面目で好かれやすい性格だった。
「これがyになるから、後はこの式に代入したら答えが出るよ」
「あ、本当だ! 上野君って教えるの上手だね」
「そ、そうか……って」
いつの間にか隣の席に座っており、自分のノートに書いて説明していた為に彼女の顔が近かったのもあって思わず身を引っ込めた。
「ん?私の顔に何か付いてる?」
「いやいや!滅相もない!」
美織の綺麗な顔を近距離で見てしまい、新介はすっかり彼女に惚れ込んでいることを確認するとすっかり心の傷が癒えてしまった。
「ねえ、上野君は花火大会誰と行くとか決まってるの?」
「え、いや、一応誰と行こうかは決めてたけど、その人の都合が悪くて一人身になった感じかな……」
あくまでも誘おうとした人物が目の前の彼女だということは伏せて今までの経緯を説明するが、現在自分にとってデリケートな部分でもあったので話題としては控えて欲しい分野でもあったのだ。
「そう、じゃあさ……」
「ん?」
すると美織は耳元で囁く形で呟こうとして、彼女の髪の匂いと耳元に伝わる吐息がこれ以上にないほどに心拍数を高ぶらせ、そして____
「良かったら、私と周らない?」
「――え」
既に新介の脳内は瞬間的なパニック状態になり、まるで脳がショートしたように意外と冷静でいられた。
「俺なんかで良ければ、いいけど」
「やった!じゃあまた詳しいことは後で言うね、それと、クラスの男子にはまだこのことは内緒にしてて、恥ずかしいから……」
「はい……」
「それじゃあ、そろそろホームルーム始めるから、またね」
「……」
――えええええええええええ!?
う、嘘だろ、まさか藤宮さんが誘いたかった人って俺!?
まさかの逆転サヨナラホームランに新介は数秒遅れて歓喜して、全力で叫びたいという感情を押し止めるのに必死だった。
そしてホームルームのチャイムが鳴り、今日もまた学校という長い一日が始まるのだった。
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「~♪」
「何で上機嫌なの?」
家に返るといつになく上機嫌で夕食の支度をしてる兄に違和感を抱き、朝喧嘩したことを忘れて結は新介に理由を聞こうとした。
「おっ、遅かったな結」
「浮かれ顔で気持ち悪い、何か良いことでもあった?」
「まあな、お兄ちゃんは高校生だから良いことの一つや二つはあるぞ」
「……意味分かんない」
帰ってからずっとこんな兄に理解を示そうとせずに、結はリビングのソファに座ろうとする。
それもそうだろう、朝から喧嘩をしていたにも関わらず帰宅直前に兄がこんな様子では警戒もするのだろう。
「結、冷蔵庫にプリン買ってあるから食っていいぞ」
「え、本当に!? ……ってまさか朝のご機嫌取り?」
「まあ朝は俺も無神経な発言が過ぎたと思う、だからお詫びの印だ」
「……ふん、まあお兄ちゃんがそこまで言うなら許してあげてもいいけど」
結は頬を膨らせて新介から目を逸らすが、次第に自分達の意地の張り合いがおかしく思い笑い始めた。
「おかしいの、今のお兄ちゃん全然憎くない」
「そうだな、俺もお前のことが全然憎くない」
二人はすっかり仲直りをして、前よりも強固な兄妹関係を築くのだった。
そして日付は流れて、一学期は終わり花火大会の当日を向かえようとしていた――
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