全能と全能
「おはようございます♪」
「おはよう、メイリスさん」
早朝ユピテルは定時通りに出勤すると、司法所の警備員が作業をする事務室には既に何人かが事務の作業をしていたことから彼等の勤勉さを見習ざるを得なかった。いや、この場合必死に他からの印象を操作している自分が一番エネルギーを要しているのだろう。
それでもユピテルは今日もジュリア・メイリスとして中身が薄い小娘を演じる――今新介達は必死に己の身を隠しながら体を蝕むような鍛錬をしているからだ。彼等に比べたらこの程度の恥辱など何ともなかったと思えた。
「それじゃあメイリスさん、午前中は司法所内の警備をお願いできるかな?」
「はーい♪」
ユピテルはノリノリで敬礼ポーズをしながら笑顔を見せる。苦痛や恥辱と言いながらもやはり彼女の本心はどこか楽しんでいる節があったのだ。
「あ、それと、今日は天界議事堂からの使者が直々に来るので無礼がないように」
「天界議事堂からですか、一体どういうご了見で?」
「何でもサリエル・サムハートの事件に関する裁判データの原紙を回収しに来たそうだよ。訪れるのはちょうど昼過ぎだね」
どうやら政府から直々に裁判データの原紙を回収する為に今日の昼過ぎに使者が来るようだが、そのデータの内容がサリエルに関する事件と聞いてユピテルは脳内で自然と合致点を模索していた。
「分かりました。無礼がないように気をつけます♪」
「ああ、気を付けて」
そしてユピテルは事務室から退出して、警備をする為に司法所内を一人で巡回し始めた。
「……原紙を回収か」
通常政府から裁判データの送信が要請された場合は情報管理室内で複製された文書を提出する。端から原紙で情報を得ようとした場合その文書が万が一紛失しては元も子もないからだ。
だがしかし政府はサリエルの事件を再調査でもしているのか原紙を回収しようとしている、そして昨日のヴィルフェイトの怪しい行動。
「これはチャンスかもな」
ユピテルはヴィルフェイトが取ろうとしている行動が大体予想がついたので、この機会をあえて利用することで目的を果たそうと思惑を抱くのだった。
_______
天界議事堂からの使者が到着する一時間前、事務作業をしていたロイスや他警備員は丁度昼休憩に入ろうとしていた。
「え、メイリアさん?」
「そうそう、よく見たら可愛いと思わない?俺ああいう元気な子タイプだわ」
「あはは、自分は何とも……」
上司と思われる男にイマイチ返答に困る話題を振られてロイスは思わず苦笑する事で返しを渋るが、それでも男は昼食を食べながら新人の子がタイプだというどうでもいい話を続けようとする。
「それに体も健康体の様だし、特に胸の辺りが……」
「うげー!やめてくださいよ気持ち悪いです先輩!」
「誰が気持ち悪いだ!大体お前も男なら分かるだろ?それとも何だ、お前は女体には一切興味がないとでもいうのか?」
「いやまあ、全くないわけじゃないですけど後輩をそういう目で見る程に飢えてはないです」
ロイスは肩を無理矢理組まされて男に猥談を持ち掛けられるが、仕事とプライベートを混合しないという意味で職場の女性を恋愛対象で見ていない事を彼に伝えるのだった。
「……お前、まさかそっち系じゃないよな?」
「張っ倒しますよ?」
「お、押し倒すだと!?ごめん俺ノンケだからそういうのは無理だわ……」
男は妙な解釈をし始め急いで肩に組んだ腕を戻すと、幾分かロイスから距離を取り始め俯きがちになりながら昼食を貪っていた。
この様子に普段は温厚なロイスも久方怒りという感情を覚えた様子で眉を上げてみせるが、彼を殴りたくなる激情を抑え込み弁解を始めようとする。
「あ、あのー、僕は別に女性に興味がない訳ではなくて――」
ガタ――
直後に机が強く叩き付けられたような音が響き渡り、ロイスは急いで横にいる先輩の方へと目を向けるがそこには机の上で突っ伏している彼の姿が見受けられたのだ。
「え?先輩?」
ガタ――
それに続くように次々と事務室にいる警備員達が気を失ったかのように倒れていき、辺りには硝煙のような煙と甘い香りが広がりつつあった。
「な、何だ!?これ……は……」
ロイスが事の異様さに気付いた瞬間、彼もまた視界がグニャリと歪みあっという間に気を失い背凭れに全体重を掛ける形で座り込んだ。
ガチャ――
すると事務室の出入り口からヴィルフェイトがタイミングを待っていたかのように中に入り、部屋の最奥にある鍵を管理していた引き出しから一つの鍵を回収した。
「あった、情報管理室の鍵……」
そしてヴィルフェイトは何の躊躇いもなく事務室から退出して、司法所の奥にある関係者しか立ち入りが許可されていないエリアへと足を運んだ。
その後足を止めると、彼の目の前には鉄製で頑丈にガードされていた情報管理室の扉が確認できた。
「そこで何をしているのですか?」
「――!?」
ヴィルフェイトは急いで声の発生源の方角に目を向けると、背後には長髪を団子状に括り上げ帽子を深く被るジュリア・メイリアことユピテルの姿が視界に入る。
「な……!?」
「あれ、その手に持っているのは情報管理室の鍵ですね。失礼ですが入室許可は取られていますか?」
「も、勿論だ。丁度良かった、お前が監視をしてくれ」
「はい、了解しました♪」
明らかに怪しげな反応をするヴィルフェイトに意識を向けながら彼の鍵を受け取り開錠すると、ユピテルは扉を大きく開けて彼を先導させた。
「それにしても不思議ですね。先程から所内を巡回してましたが、警備員どころか神官まで姿が見えなかったんですよ」
「そ、そうか、偶然なんじゃないか?丁度皆昼休憩だから昼食でも食べてるんだろ」
「それもそうですね。ささ、早く用事を済ませてください♪」
ヴィルフェイトは相変わらず余裕がないような面持ちで奥にある数十年前の裁判データが保管されているエリアに行くが、そこでもユピテルは彼から目を放さないように後ろから監視しようとする。
「お、おいそこの警備員、お前も一緒に資料を探してくれないか?」
「私ですか?分かりました!」
ユピテルはヴィルフェイトの横へと駆け寄り、ビッシリとファイルが詰まった棚の中からサリエルの裁判データと思われる資料を満遍なく探索した。
「うーんと、あ、もしかしてこれじゃないですかね?」
ユピテルがファイルの表面に記された年号と月日がちょうどサリエルが裁判をしたと思われる月日と一致している資料を見つけると、それを手に取り内容を確認しようとした。
「そうか、なら――死ね」
「――」
ヴィルフェイトは横に佇んでいたユピテルに向けゾオンエネルギーを腕に突起型に付加させると、そのまま彼女の体を突き刺しにするように押し上げる。しかし
「っ……!?」
横を振り向いても誰もおらず、ヴィルフェイトの唐突な一撃が空気を斬り裂いただけで何も起こらずにいた。
「どこを見ておるのじゃ?」
「何!?」
ヴィルフェイトが背後を振り向いた時には時既に遅く、ユピテルが一瞬で彼の背後に回り込み腕で首を絞めながら体を密着させる要領で身動きを取れなくさせた。
「何をしている!?放せ……!!」
「それはわらわのセリフじゃ。一体どういう了見で司法所の関係者全員を眠らせた挙句、無許可でこのような場所に入ろうとしたのじゃ?」
「が……っ!!」
ユピテルは次第に腕の力を強くしていき呼吸の気道を塞ごうとするが、それと同時にヴィルフェイトもまた身体強化で腕にゾオンエネルギーを付加させた状態で腕を解こうと必死に抵抗する。
だがしかしユピテルは身体強化を発動していないにも関わらず神官である彼の力に微動だにしない程の腕力を見せ付けた。全能神ともなると単純な戦闘力の強さも測り知れないのだ。
「お……前……何者だ……?」
「ユピテル、そう言えば分かるか?」
「ユピテルだと……!?」
若干目が血走りながら背後にいた彼女の顔付きを覗き込もうとするが、その正体が全能神ユピテルだということを明かされた瞬間に眼に絶望の色が移ろったかのような蒼ざめた表情を露にする。
「数十年前、御主は当時裁判長のダグラスと結託してサリエルの判決を覆し処刑と偽って殺害、その際詳細を一部知った者の記憶操作や様々な手続きを貴様が取り仕切ったのだろう?」
「な、何故それを……」
「今回御主がこんな暴挙に打って出たのも予想できる。理由は今日天界議事堂の使者が直々に訪れ原紙を回収することが影響しているのじゃろ?今まで複製時にバレたら困る情報は改竄していたが本体を取られては真実が明らかになるからのう」
ヴィルフェイトは政府からのサリエルやダグラスに関する情報要請時に複製作業を買って出ることで、原紙の複製時に警備員の目を盗み厄介な情報は改竄し情報操作をしていたとユピテルは憶測を飛ばしていた。警備員自体は原紙が盗まれたり外に持ち出されないようにする為に入り口付近で監視するので、死界となっている場所で神技を発動すればありえない話でもなかったのだ。
しかし政府側から直々に原紙を回収しに来たとなればそれでは防ぐ事ができず、ヴィルフェイトに残された道は原紙そのものを処分する方法しかなかったのが見受けられた。
「どうせ原紙を処分した後で司法所を後にするつもりじゃろうが、そうはさせない。御主はわらわの目的の為に利用されるのじゃ」
「ふざ……けるな……」
「ふざけているのはどっちじゃ?御主は既にわらわの逆鱗に触れておるのだぞ?サリエルにトラウマを植えつけた件、忘れたわけではあるまいな……?」
「ひぃ……!!」
するとユピテルは首元を押さえている腕を上手く使い神技を床に構築すると、もう片方の手にゾオンエネルギーを突起型に付加させてヴィルフェイトの横腹を深く斬り刻んだ。
「うわああああ……!!あれ、痛くない……」
ヴィルフェイトは自身の横腹を一望するが、深く斬り刻まれて血を噴出しているにも関わらず痛みを感じない状況に一種の恐怖のようなものを感じているのが見受けられた。
「痛覚を遮断したからな、痛みを感じることはない、が」
グシャっという音を鳴らすと、今度はヴィルフェイトの左脚にエネルギー体が突き刺さり勢いよく血飛沫を上げていた。
「ああ、や、やめてくれ……!!」
「何故じゃ?御主には一切苦痛を与えていないはずじゃぞ?」
「そ、そういう問題じゃないだろ!!私の体が……!!」
ヴィルフェイトの服には次第に血色が浸食していきその痛々しさが窺えるが、それでも彼の体は痛覚というものを感じない。
どれだけ体が悲鳴を上げようと自分は一切苦しむことをしない、それは即ち一種の恐怖を意味していたのだ。
「それがわらわの賢者であるサリエルが味わった苦しみじゃ。なら次は――」
「……!?」
首元に刃先を当て脅迫することで、ユピテルは自身の失われた称号に対する怒りの執念を表すのだった。
しかしヴィルフェイトは自身の首元を僅か数ミリ浅く斬られたことで気絶してしまい、ぐったりとした彼をユピテルは壁に凭れさせるように座らせ神技で傷の再生をした。
「御主はまだ死なせるわけにはいかないからのう、せいぜいわらわの為に使われて政府から干されるのじゃ」
傷口を完治させたユピテルは目的を果たす為に政府の公文書が保管されているエリアに向かうと、棚に敷き詰められた文書ファイルを洩れなく確認する。
するとユピテルは一つのファイルに手を止めて、目的の物かを見定める為に中身を見渡した。
「あった、これが目的の物じゃ……!」
ユピテルは急ぎばやにファイルを足元に置き、目的の内容が記された原紙を神技を使って複製した。原紙ごと盗み出せば流石に全てヴィルフェイトの仕業に工作するのは難しかったからだ。
「さてと、わらわはここで退散するかの……」
目的が果たされた以上司法所に潜伏する意義も消滅してしまった為にユピテルはこの場を後にしようとするが、途中見事に気絶しているヴィルフェイトの近隣に落ちていた裁判データの資料に思わず目を止めてしまう。
「……」
サリエル・サムハート、ガイゼル・ジークフリード、そして裁判長ダグラスに関する情報が詳細に記述された原紙であった。
今持ち帰れば何か真実が分かりサリエルの助けとなるかもしれない、だがユピテルはその資料を拾い上げる動作もせずにその場を後にしようとした。その時
「何だ、出迎えもないと思えば開いているではないか」
「……!?」
直後に目が合い、確実に相手も自身の存在が認識できていることがユピテルからも窺えた。
そしてユピテルもまた扉から入って来た初老の男の姿を一望して、顔が強張るほどの驚いた表情を露にしてしまった。
「ん、ここには人がいるのか。政府の使者だが、サリエル・サムハートに関する裁判データの原紙を回収しに来たぞ」
「な……」
ユピテルが驚くのも無理はない、何故ならそこに立っていたのは政府の使者として派遣されるはずがない人物だったからだ。
「ゼウス……」
「……口を慎め、人間風情が」
ゼウスはポリポリと後頭部を掻きながら呼び捨てにされたことを不満げな態度で不快さを示した。どうやらこの態度からして眼前に立っているのがまさかユピテルだとは彼も気付いてはいない様子だったことが窺える。
「それで、さっさと原紙を渡してくれぬか。儂も暇ではないのでな」
「あ、えっと……」
相手は全能神の称号を持つ天界最強の神の一人、勿論現在力が大幅に呪いによって制限されているユピテルには勝てる見込みは少なくここは一先ずこの場を後にするのが得策であったのだ。
「ところで、何故そこの神官は野垂れているんだ?」
「こ、これはその……た、体調!!体調が急に悪くなったとかで!!」
「具合だと?まあいい、それなら早く警備員を呼んで来い」
「は、はい!!」
ユピテルは恐る恐る廊下へと抜け出して、ゼウスの自身の正体が悟られないようにと自然に歩きながら外に向かおうとする。が
「待て、さっきから貴様の周辺に妙なゾオンエネルギーの渦が巻いておるな」
「――!!」
一瞬心臓を鷲掴みにされた気分に苛まれ、ユピテルは思考を一時中断してしまい正常な判断を出遅れてしまう。
「貴様、徒者じゃないな?」
「チッ……!!」
その瞬間にユピテルは『脚力強化』により床のタイルを蹴散らす程の威力で蹴り上げることでゼウスから距離を取ろうとする。こうなれば彼の目の前で嘘を付くのは無謀だということを知り得ていたからだ。
「まずい、早く逃げなければ――」
「遅い」
「―――!!」
しかし次に思考を開始した時には既にゼウスが音速をも凌ぐ程の速さでユピテルに追い付き、ゾオンエネルギーが付加した拳でそのまま彼女に向けて殴り掛かる。
_____!!
その威力は攻撃型の神技にも及ぶ強力な威力を放ち、ユピテルの背後にあった壁は猛烈なエネルギーの発散と共に砕け散った。
「何……?」
吹き荒れた突風の中一瞬辺りが塵の煙で視界が塞がれるが、ユピテルはゼウスににより放たれたパンチを確かに身体強化させた腕で防いでみせた。
「これはちとまずいな……早速今の本気を出させてもらうぞ……!!」
今の状態では勝てないと悟ったユピテルは、早速第七支部の時に使用した限界を一時開放するモードへと移行してこの場を逃げる算段を立てようとする。
「ほう、貴様儂を誰だか知って戦いを挑むか?」
「よく知っておるわ。全能神ゼウス、この世界に二人しかいないとされる万物の神技を心得た天界最強の神の一人とな」
「なら話は早い、確保して貴様の正体を吐かせてもらうぞ」
両者は互いに構えを取り神技を放つ為に次々と術式を形成していく。
まさにそれは神々の戦い、全能神と全能神がぶつかり合う瞬間であったのだ。
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