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陰謀の根源

 

「新人?」


「ああ、何でも先日入院した奴の埋め合わせだとよ」

 司法所に常設されている警備部隊の事務室には埋め合わせとして新人が一人編成させられる噂が流れており、警備員達は厄介事が増えてしまったかのように吐息を漏らしてしまう。


「全く面倒だよ。ただでさえ今は雷神家の件で忙しいってのに、それに加えて新人の教育をしろだぁ?」


「あはは……」

 弱弱しい雰囲気を漂わせていた男に言葉遣いが荒い男が横暴な態度を取るが、そんな些細な会話をしているうちに噂の新人が屯所の中へと入って来た。


「失礼します!今日からここに編入となりました警備部隊のジュリア・メイリスです。今後ともよろしくお願いします」

 そこに入って来たのは神技により成人女性へと変貌した姿のユピテルであり、認識阻害も同時に発動している為に他の警備員からは見えてもそれが全能神ユピテルだとは認識できずにいたのだ。

 そして自身も職場に馴染むよう警備部隊の服装を着付け、後ろ髪をお団子状に束ねた状態で帽子を深く被ってみせた。


「君が新人のメイリスさん?悪いが最初はそこのロイスっていう男に仕事の説明を聞いてくれないかな?」


「え、僕ですか?」


「よろしくお願いします、ロイスさん♪」

 ユピテルは愛想よく職場の先輩となる男に詰め寄った。彼女にとっては普段の口調を封じて会話をするのは随分とエネルギーを用するが、事前にオーナーから渡されていた若者の口調に関する参考書を渡されていたので語彙力には困ることはなかった。


「えっと、メイリスさんだっけ?僕はロイス・スティルト、取り敢えずは仕事の内容を一通り教えるね」


「はい、先輩♪」

 若干二十代に見える若僧にどこぞのいけ好いた小娘のような愛想を振りまいている自分が若干恥ずかしくなってきたが、それでもユピテルは目的の為に完読した参考書を元に必死に自身を取り繕った。


「それじゃあメイリスさん、うちの仕事は基本的には警備と事務があるんだけど、先に警備について説明するよ」


「了解です!」

 ロイスは自分の席から立ち上がり、ユピテルを先導するように警備場所へと向かったのだった。



「あっちが留置所のエリア、こっちが司法所を取り仕切る神官達が事務をする場所。そして中央エントランス前の廊下にあるのが法廷と大法廷がそれぞれあるのが司法所内の構造かな」


「なるほど、中から見れば司法所って以外に広いんですね」

 とはいえユピテルは司法所に何度も訪れていたものなのでこの辺は適当に合わせていたが、改めて見れば流石世界の最高司法機関というだけあって施設が充実していたことが再確認できた。


 司法所というのは簡単に言えば国の司法権を司り裁判をする機関である。

 裁判と言っても天界全土の裁判がそこで行われる訳ではなく、セントラルにある天界司法所はセントラルという地域区分で執り行なわれる地方裁判と世界の五つの地域の裁判から上告された場合に開廷される再審裁判としての機能があり、ここには地方裁判と高等裁判が併設されているのだ。

 同時に国の重要情報管理機関としての機能を持っており、今回ユピテルがここに潜入したのは()()()()()だった。


「っ……」


「……?」

 そしてロイスの案内のもとユピテルは奥にある関係者しか入れない場所へと進んでいると、前方に神官の服装をした一人の男が落ち着きがない様子で部屋の前をウロウロとしていた光景が飛び込んできた。


「あれ、ヴィルフェイト様じゃないですか。どうしましたかこんな所で?」


「うわっ!!お、脅かすな!!何でもない、ちょっとうろついてただけだ……」

 印象に残るような行動を取っていたヴィルフェイトという男にロイスが声を掛けると、彼は血相を変えた表情をして急ぎ足で反対側の通路へと歩いていくのだった。

 その様子にユピテルも何のことかと懐疑していると、先程彼がいた場所には随分と頑丈な鉄製の扉で出入り口を塞がれていた部屋があったことに気付かされる。


「これって……」


「ああ、情報管理室だよ。国の公文書だったり嘗ての裁判の資料が保管されている部屋らしい。これ機密情報だから漏洩防いでね」


「了解です!それでロイスさん、いくつか聞きたい事があるんですが」

 予めここの警備員は司法所の非公開エリアに関する情報は守秘義務があるみたいだが、ユピテルは今現在の警備網が杜撰でないかを初代神神の立場から確認したい衝動に駆られ、前方で歩いてる彼にいくつか質問を投げ掛けようとした。


「僕に答えられる事なら何でも聞いてください」


「それじゃあ、情報管理室の扉が開く時ってどんな時なんですか?」


「うーん、主に司法所が裁判データを開示する必要性があると判断した場合や、天界議事堂(クオッカ)からの公文書複製要請があった場合かな。うちの神官個人でってことはまずないと思う」


「なるほど、やっぱり世界の主要政治機関となるとセキュリティーもしっかりしているんですねー」


 どうやら国の基盤とも言える公文書の管理には相当気を向けている様子であり、とても数十年前に失われていた称号(ロストシンボル)が権力を侵食していたとは思えない程に組織として十分に機能していることが見受けられた。

 だがしかし失われた称号(ロストシンボル)は司法所による徹底的な管理の合間を縫ってサリエルに関する情報を改竄して世に広めた。司法権が独立している天界にとってそれは政府よりも影響力があると言えるが、単純に考えればもっと簡単な方法があったことをユピテルは気付かされた。

 ユピテルが持ち上げた仮説、それは司法所を統帥する主要な神官達が既に失われていた称号(ロストシンボル)の構成員だったということ。

 その証拠を裏付けるように嘗ての裁判長ダグラスはサリエル・サムハートの判決を下したとされる数年後に失踪、この場合彼もまた組織の一人だったと考えるのが自然だろう。


「メイリスさん?」


「ああ、ごめんなさい。少し考え事をしてました。それで、もし政府の要請で公文書を複製しなければならない際には神官が情報管理室で作業をするのですか?」

 暫く考え込んでしまったユピテルは急いで次の質問を投げ掛けると、いつの間にかこの口調に慣れ始めている自分がいることを自覚しつつあった。


「それはないよ、文書の複製は警備員一人以上が立会いのもとその場で複製が行われるのが原則なんだ。神官を疑うわけじゃないけど公文書が改竄されたりしたら国家の基盤を揺るがしかねない事態だからね」


「そうでしたか、それはこちらにとっても都合が良いですね――」


「え、何か言いました?」


「いえ、何も♪」

 公文書の改竄はほぼ不可能、つまりは追い求めていた目的の物はあの頑丈な扉の中にあることを知ったユピテルは不気味に笑みを浮かべた。


「警備は交代交代で行うから、警備担当の時間以外は基本的に事務をすることになるよ。警備の仕事は司法所内を巡回して怪しい人物がいないかの確認と関係者専門エリア前の扉の警備ってところかな」


「それで、今私は何をすればいいのですか?」


「ああ、なら警備を手伝ってほしいかな。丁度僕が警備担当の時間だからね」


「了解しました♪」

 ユピテルはロイスの要求に愛想よく返事をすると、いつしか語尾に音符を付けるような話し方に慣れていたことに意識を向けるのであった。



 _________


 初日の職務を終えたユピテルは早速地震が拠点としている酒場へと戻り、様相も幼体に戻す事でバーカウンターの席で寛いでいた。


「あー疲れたぁー」


「ユピテル様も疲れたりするんですね」


「違う、わらわは慣れない言葉を使って人と接する事に疲れたと言っておるのじゃ。第一御主が渡したあの参考書は本当に正しいのか?何が『語尾は音符を付ける感じで』じゃ、最近の若者の民度を疑うな」

 ユピテルはオーナーが渡した参考書には本当に正しい情報が記載されているのか疑い深くなっていたが、これも目的の為だと言い聞かせることで何とか乗り越えよう決意する。


「しかしユピテル様、案外満更じゃなかったり……」


「はあ!?そんなわけなかろうが!!全能神たるわらわがあんな知能指数が低いような言動を好んですると思うのか!?ああいういけ好いたのはわらわは一番嫌いなのじゃ!!」

 というのは建前で、実際は理に反してもう一人の自分を着飾っている瞬間に高揚感を覚えてはいたが、そんなことを目の前のオーナーには口外できなかったのでユピテルは必死に相反する発言をした。


「す、すいません、少々憶測が過ぎましたね」


「ふん、お詫びに今日の晩酌の一杯は御主の奢りにするのじゃ」


「分かりました。それなら一杯だけ好きなお酒を入れましょう」


「それじゃあ、いつの日か新介が選んでくれた酒を頼む」

 ユピテルは図星を突いたきたお詫びとして晩酌を一杯奢ってもらうことをオーナーに承諾してもらうと、いつの日かここに来た時に新介のセンスで頼ませた『ピルキーカシス』を注文した。


「しかしあの少年も、初めてこの店に来た時とは違い随分と逞しくなりましたね」


「わらわの賢者じゃからな、鍛え方が違うのじゃ」


「なるほど、それは興味深いですね。新介様はいつか神をも超越する存在になれるとお見受けします」

 オーナーは幾つかの酒をシェイカーへと注ぎ、それを上下に振ることで一つの酒を作ろうとしていた。

 そして振り終わった酒をグラスに注ぐと、そこには色合いが上手い具合に混ざりピンク色の酒が生成された。


「いいや、奴はもう既に神の領域へと踏み入ろうとしているのじゃ、天界で唯一の術者といえる『ラグオス』使いとしてな――」

 その神技は神技であって神技でない、言わば神技であるにも関わらず神技としては認められなかった神技である。強いて言うなら規格外(イレギュラー)、もはや現在幻の神技として世界に約一万種類あるとされる神技のうちに入らなかった古代の産物だったのだ。


「もう既に()()()()()()()()。新介は何れ天界の鍵を握る重要な人物になるじゃろう」


「分かり得ませんね。あなたの言うその『天』とは抽象的な神のようなものを指すのか、それとも特定の誰かのことなのか……」


「さあ、どっちじゃろうな……」

 ユピテルはグラスを取り酒を口に注ぐ、そしてこれ以上の言及は受け付けないと言わんばかりの勢いで話を逸らそうとするのだった。


「オーナー、ヴィルフェイトという神官を知っているか?」


「……確か、司法所に在籍する神官ですね。数十年前までは主に司法所の遣いをやっていたみたいですが」

 オーナーは顎を障ることでヴィルフェイトという人物について何かを思い出そうとする仕草を見せる。そして案の定その男に関して何かを思い出した様子だ。


「数十年前?」


「ええ、言わば雑用です。司法所が機能する為に必要なありとあらゆる雑務をこなしていた。しかし数年後の裁判長の失踪を皮切りに着々と出世街道を走っています」


「……臭うな」

 時期からして失われた称号(ロストシンボル)によりサリエルが始末されたと思われる期間、当時サリエルの裁判を務めたというダグラスの不自然な失踪、そしてあのヴィルフェイトと名乗る男の不可解な行動はユピテルの脳内で憶測が憶測を呼び一概にどれが正しい推測なのかはまだ予想できないでいた。


「その司法所の雑務とは、死刑執行に関することもこなすのか?」


「ええ、死刑囚に関する情報を資料に纏めたり、裁判の手続きをしたり、後は――死刑が確定した場合に死刑執行人に仕事を依頼したりですかね」


「――そうか」

 その事を聞いたユピテルはとある有力な説を一つに絞ることができた。それが数十年前の司法所にはダグラス以外にも失われた称号(ロストシンボル)の構成員が潜伏していたという可能性だ。

 司法権は独立している、だからこそ司法所を取り仕切る裁判長から政府の如何なる圧力を掛けられようとも裁判のデータそのものは世に開示する権利がある。

 その権力を裏目に使いダグラスはガイゼルの裁判データを改竄、その判決をそっくりそのままサリエルの裁判データとして書き換えたのだ。

 そしてダグラスはサリエルの死刑執行後に裁判データを公開、それを世に広めまるでサリエルが死神家の当主を殺害したかのように思わせた。

 しかしこの策略を成功させるには権力はないがあらゆる方面の雑務をこなす労働者が必要だ。


「……なるほど、大体分かったぞ」


「何か閃いたのですか?」


「ああ、どうやらまだ呑気に根を生やしていた者がいたようじゃな」

 全ての点と点が繋がったかのように、ユピテルの頭の中には一つのサリエル殺害に関するシナリオが仕上がっていた。

 そして彼女は全てを見透かしたような面持ちで一つの決心をする。


「なら早速、あのヴィルフェイトとかいうガキに話を聞こうかのう――」



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