神々の頂点
第四節 天界情報戦線
天界議事堂、そこは天界連邦の主要政治機関でありG7や神官達が集う神々の集会場でもあった。
そして天界議事堂にはもう一つの機能がある、それが歴代神神が生涯身を置く神居としての機能だ。
某日、五代目神神ディグス・ティーターンはユピテルを除いた歴代神神達を召集して非公開の会議を開こうとしていたのだ。
‐天界議事堂 神居召喚室‐
「……」
ディグスは大きく深呼吸をしてドアを開くと、そこには嘗て神々の頂点に君臨した屈強な男達が三人円卓の席に座っていた光景が広がる。
「お久しぶりです先代方、急に呼び出したりしてすいません」
「……来たな、ティーターンの倅よ」
ディグス向かって右の席に頬杖をつきながら座っているのは四代目神神ムーン・シャウトであり、約数千年前まで天界を統帥してきた神である。
彼は言わずと知れた雷神家最強の雷神とされており、ムーン・シャウトのみが使用できると伝えられてきた神雷級階序列一位『ネオプラズマ』を扱う神としても有名であった。
「それでどうしたんだ、急に呼び出すなど」
そしてディグスから向かって左の席に腰を下ろすのは三代目神神イエス・キリストである。
嘗て神神の座に就きラプンツェルを独立させた史実で有名であり、キリスト家の当主として三人の子を持つ。
彼の戦闘スタイルは巨大な十字架を扱った十字術による攻防であり、中でも防御力で言えば天界最強と呼ばれる程の鉄壁の守りがあるのだという。
「はい、今回は先代方に頼み事があり全員を招集しました」
そしてディグスも円卓の席に座り、先代の彼等に無礼をしない様にと言葉遣いには一段と気を払う。もしも怒りなどなど買わせれば手がつけられない上に冗談が通じる相手とも思えなかったからだ。
「ほう、私達に頼み事か、まあ聞いてやらんことはない」
「ありがとうございます。先代方も承知されているとは思いますが、天界連邦と失われた称号の緊張状態は今ピークを迎えようとしています。その上二ヶ月ほど前に起こった反乱から生存したと思われるユピテル様も何度か姿の確認が取れています」
「つまり、何が言いたい?」
先に世間話から入ったディグスは呼吸を整えて本題の用件を彼等に伝えようとすると、空間の緊張が一気に張り詰め始めたことが伝わった。
「つまり、万が一我々の現政府勢力でも対処しきれない有事が起こった場合、先代方にも力を貸して欲しいと考えております」
ディグスが提案したのは国家存亡の危機の有事と判断した場合に先代神神達に援助をして欲しいという内容であり、それを聞いた先代達もまた項垂れるような表情を露わにする。
「まあ、その時はその時だ。儂も国が滅びることだけは避けたいと思っている。前提として我々の手を借りる前に貴様で対処するのだぞ?」
「はい、それは勿論です」
ディグスの向かいに座る初老の顔付きをした男が始めて口を開く、そこに座っていたのは惑うことなき二代目神神ゼウスだった。
彼は五万年前に終結されたと言われる天界戦争時代の生き残りである創成期の神であった。
天界にある全ての神技を習得したユピテルに続く二人目の全能神と位置付けられており、現在でも彼に敵う相手は全能神ユピテルしかいないと称される程の実力者なのだ。
「ところで五代目、どうやら数十年前に起こった死神家当主殺害事件を再調査している様だが、何か目ぼしい情報は掴んだのか?」
「いえ、一応司法所の方に失踪したダグラスに関する情報を提供させていますが、今のところこれといったものはないかと……」
常に強張った表情を見せるゼウスからの尋問にディグスは一瞬動揺するが何とか死神家当主殺害事件についての再調査の現段階を説明すると、ゼウスもまた訝しげな表情を露にしてもどかしさを噛み締めている様子を見せた。
「臭うな」
「はい?」
「五代目、司法所の神官に伝えておけ。儂が直々にそちらに向かうとな」
次の瞬間、ゼウスの唐突な発言を聞いた全員が一斉に視線を一点に集中させた。何せ歴代神神ともあろう者がわざわざ司法所に出向こうとするなど前代未門であったからだ。
「ど、どうしてゼウス様が司法所に向かわれるのですか?」
「儂が直々にダグラスに関する公文書をもらいに来れば恐らく尻尾が掴めるだろうからな。虚偽の情報を流そうとする者のな」
「正気ですか二代目様、公文書のやり取りなど神官の仕事だというのに」
「それだといつまでも真相が分からん。儂もあの事件には少し興味があるのでな」
一体ゼウスが何を考えているのかディグスには想像できなかったが、こちらから一方的に要求をしておいて拒否するわけにもいかなかったので彼の要求を飲もうとするのだった。
_________
セントラルのとある酒場、昼間からかまだ誰も客の姿がない中ユピテルはカウンター席に座り通信用のデバイスを使って結と連絡を交わしている最中であった。
「「――報告は以上だよ。当主選は私が参加した新当主派の勝ち、今まで散々不正をしていたダグラマは案の定雷神家から干されちゃったの」」
「なるほど、雷神家の当主に随分と若い若僧が就いたのは新聞で知ってはいたが、まさかそこまでダグラマという男が性根が腐っていたとはな。それにしても雷神家の革命の中核立ち、昨日ようやく神技が使えるようになった御主が、よもや本当に組織を丸ごと変えさせる結果を出すとは夢にも思わなかったぞ」
数ヶ月前に神技が使えるようになった結が神々の寸法で言えばまだ未熟の域にある。それにも関わらず神官クラスが数多くいる雷神家の主力達を真剣勝負で倒し嵐の中核に立った彼女は既に神の領域にも達しているのではないかとユピテルは憶測を飛ばし驚きを隠せないでいた。
「初めて使えた神技が『レギオン』なのもそうじゃが、御主はやはり才能がある」
「「えへへ~煽てたって何も出ないんだからね~♪」」
結は褒めるとすぐに調子に乗る為に画面越しからでも上機嫌なことが伝わると、ユピテルは思わず変な男に色移りしないだろうかと心配してしまう。
だがそれは彼女に限ってありえない話であったのだろう、とすぐさまその疑念を解消した。
「「それにしても雷神家は強い人が多いよ。本当に良い修行の場所だね」」
「強い相手か、それはもしや御主が言ってたアレウスとかいう若僧か?」
「うん、アレウスは見えない雷を放つ神技を使うから攻撃の弾道が目視できないんだよね。最初に手合わせした時はそんなのありかよって思ったよ」
「ほう、それはきっと『インビジブル』じゃな」
ユピテルはこの世界に神技として認められている技は全て習得していたので、不可視の雷というワードを聞いただけで頭の中にある記憶を掘り起こした結果その神技が思い当たった。
『インビジブル』神雷級階序列三位に君臨するそれは、なまじと鍛錬と努力では会得できない高等神技である。
それを僅か二十歳で何の経歴もない男が修得したとなると、行動力の化身というよりは感情発散欲求の化身といった方が適切であると言えた。
「「でもさ、アレウスってば女たらしな一面があるっていうか、自分では意識していない様子だけど女の子を自然と丸めこんじゃうところがあるんだよね。あんなので当主になれるのかちょっと心配」」
「それはまるで今現在潜伏先で他の女と同棲している誰かの兄貴みたいじゃな」
「「え、それって……」」
すると結は穏やかな表情から一変すると、画面に顔を近付けて血相を掻いた表情をユピテルに見せてしまう。その様子にユピテルも失言をしてしまったと思ったが、時既に遅く口外してしまったものを防ぐ手立ては無かった。
「「ど、どういうこと!?それってお兄ちゃんのことだよね!?」」
「あ、いやそれは何というか、少しばかり語弊を招く言い方をしてしまったのう。相手は年上の女だから安心するんじゃ」
「「年上の女性なの!?あの鈍感浮気兄貴!!誰の好きな相手の為に必死に潜伏活動してると思ってるのよ!!結局大人の女がタイプなんだね!!馬鹿!!変態!!」」
「お、落ち着くのじゃ結」
確かに今現在新介はレイビと同棲はしているものの、それは十字軍に潜入するという大義名分を持った手段としての行動だったことをユピテルは必死に弁解しようとするが、結は弁解の余地を与えない程に猛烈な兄に対する批判を並べるのであった。
「「落ち着いてなんていられないよ!」」
「だから、それもこれも全部作戦の為なんじゃ。新介が今同棲している女は十字軍の中でも隊長クラスでな、第三の目的を果たす為に奴は軍内で地位を形成しようとしているんじゃ」
「「え、そうなの?」」
ようやくユピテルの言葉が届いた結は兄貴に対する批判をやめ、胸を撫で下ろし一安心する様子を覗かせた。
そして落ちついた結にユピテルは新介の思惑を丁寧に説明すると何とか腹落ちした態度を取り納得したのだが、一体何故あの男が浮気などしていないことを全力で弁解しなければいけないのか一瞬塞ぎ込んでしまう。
「「ま、まあそういう事なら仕方ないとは思うけど、今度お兄ちゃんから連絡が来たら一発腹パンするねって伝えておいて!」」
「はあ、まあ思い人がいるのに他の女と同棲しているというのもあれじゃからのう。そのぐらいは良いんじゃないか」
「「ふん!……それと、あの鈍感浮気兄貴から連絡が来たらついでに伝えといて、体には気を付けてって……」」
結は人差し指で頬を掻きながら如何にも照れ臭そうに言伝を頼むが、ユピテルは視線すら逸らそうとする彼女の様子を見据え思わず嘆息を漏らしてしまう。
「御主も素直じゃないのう。新介のことが心配ならそう言えば良いのに」
「「そ、そんなんじゃないもん!ユピテルちゃんの馬鹿!お節介!」」
「はいはい、歳を取ると若者にお節介を焼きたくなるものじゃ。御主も体調には気を付けるのじゃぞ」
「「――うん!私も頑張るよ!」」
そう言い残しユピテルは通信を切ると、自身のポケットからメモ帳を取り出し結から報告された内容を書き記した。彼女は三人から定期連絡があった場合こうやってそれぞれの状況を書き記しているわけだが、数十ページにも渡るメモ書きを見渡したところ何の偶然かそれぞれが大きな事件に巻き込まれていたことに気付かされたのだ。
「随分と面倒事に巻き込まれている様子じゃな、まあその分取れる対価も大きい様じゃが」
「ラプンツェルでの新カトリック教団による混乱、雷神家の当主選での新当主派の勝利、嵐の中核のような出来事に奇跡的に出くわしていたわけですか。最近は本当に新聞を読むのが楽しみです」
「御主は相変わらず傍観者を気取っている様じゃなオーナー、まあ別に直接関係しないことだから構わないが」
酒場のオーナーはグラスを拭きながら平然とした態度であくまでも傍観者を気取る態度を取ると、ユピテルもまた自分達を匿っている時点で既に反乱分子に加担していると自覚していないのかと心配をしてしまった。
「別に特別傍観者を貫こうとは思いませんよ。どうせあなた達を匿っている時点で私は政府から見れば犯罪者の一人なのだから」
「御主も人が変わっておるな、まあそのおかげで助かってはいるがのう」
この酒場のオーナーは最初から何を考えているのかイマイチ分からない性質だったので、変人の思考は変人しか分からないようなものかとユピテルは胸中で自己完結する。何も言わず、一定の距離を保った関係でいる事で傍観者を巻き込むのを避けようとしたのだ。
「ところでユピテル様、一つだけ聞きたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「構わぬ、わらわが答えれることならば何でも答えるぞ」
珍しく自身から質問を投げ掛けてきたオーナーにユピテルは快く承諾する。それは自分の身を匿ってくれている事に関する細心の心遣いのつもりであった。
「あなたは昔サリエル様の命を救ったと聞きましたが、長い間ずっと匿われていたのですか?」
「まあな、と言ってもわらわも数ヶ月前までは天界議事堂に滞在していたわけじゃから勿論政府の人間にバレないような場所に一人で住まわせていた。稀に外に出た際に顔を見せたりはしていたがのう」
約十年間サリエルは世の中から死んだ人間だと思われており、天界議事堂で一緒に滞在する訳にもいかなかったのでエルートのとある町に一人で隠居していたのだ。
勿論そうしなければならなかったのは彼女の身を守る為であり、サリエル・サムハートが生きていた事を失われた称号に知られた場合彼等が何を仕出かすか分からなかったからだ。
「サリエル様を助けた際、あなたは彼女を助けたいとは思わなかったのですか?」
「それはどういう意味じゃ?」
「当時新聞にはサリエル様に関する虚偽の情報が掲載されていた筈です。彼女の冤罪を晴らそうとは思わなかったのですか?」
ユピテルは一瞬彼から説教でもさせられているのかと思ってしまうが、オーナーの表情を窺った感じ単に好奇心から聞いている様だったので仕方なくそれに関する真相を口外することに決めた。
「当時は思わなかったな。何故ならサリエルからはまだ自分から助けて欲しいとは言っていないからのう」
「助けを求めなければ人を助けないのですか?」
「人を無差別に救済する、それはただの偽善じゃからな。それにサリエルの記憶を無理矢理掘り起こしてまで無実を証明しようとしてもわらわは奴の為になるとは思っておらぬ。もしもサリエルが自分から助けて欲しいと言えば考えてやらぬこともないがのう」
ユピテルは以前までサリエルが生前の記憶を取り戻すことで何かトラウマを呼び起こすのではないかと危惧していた。だからこそユピテルはここ数十年はサリエルから自身の生前の記憶を思い出させるようなことからは避けて生活させていたのだ。
だがしかしそれはラグーシャでの生活で終わりを向かえ、サリエルは自身の生前の記憶を取り戻してしまった。
「サリエルがラグーシャで記憶を取り戻した時、わらわは一度奴に聞いた。“助けて欲しいか?”とな」
「それで?」
「“自分で過去を乗り越えたい”と言って断ってきた。きっとサリエルにとってもまだ全ての過去に区切りがついた訳じゃなく、奴にとって自分の過去とはきっと一人で解決すべきことなんじゃろう」
サリエルは基本的に誠実で何事も他人に頼らず生きていこうとする性分であった為に、彼女にとっては自分自身の問題に助けを求めることは道理に反することなのだろうとユピテルは憶測を飛ばす。
助けがいらないと言われたら手出しをせず、本人の口で救いを求めた際にしか救済しない、それがユピテルにとっての人を助けるという行為であり、それ以外は偽善行為と認識していたからこそサリエルの過去の件にもユピテルはできる限り触れないようにしていたのだ。
「そうでしたか、ユピテル様にもしっかりとそのような考え方を持ち合わせていたのですね」
「……まあな、人を無差別に助けたいと思う行為など、愚者のすることだからのう」
まるでユピテルは心の最奥のどこかに眠る自分自身の投影にそう呼びかけるように、いつしか重苦しい口調に変わってしまったことを自覚した。
人を助ける行為をする度にあの日の記憶が蘇る。助けたかった者を救えず、英雄と称えられた悲しき虚像の後姿が。
「さてと、皆作戦を着実に進めている様じゃがらのう。わらわもそろそろ動くとしよう」
「動くとは、もしや先日から仰っていた例の件ですか?」
「ああ、頼んだ情報は手に入れたのか?」
「ええ、勿論」
するとオーナーはグラスを拭くのをやめて、カウンターの内側の机に置いていた紙に記された資料をユピテルに渡した。
「司法所の警備部隊に話はつけています。後はご自由に」
「ああ、少しばかりわらわも前線に立ってみたかった頃合いじゃからのう――」
そしてユピテルは渡された資料をパラパラと読み、この作戦における最も重要な内容と呼べる素材を調達する為に自ずから出向こうとしていたのだった。
__________




