雷神家改革
雷神家の混乱の翌日、ジェリカは自身の部屋で一人ベッドの上で正座をしていた。
「……」
そして向かいに置いていたデバイスへと手を伸ばし、ボタンとなっていた部分を押すと空中に映像が浮かび上がる。
「お久しぶりです。お父様」
「やあアンジェリカ、私も会いたかったぞ」
映像の先から姿を表したのはジェリカの父ムーン·シャウトであり、雷神家の英雄と称された四代目神神であった。
何故父親と連絡するだけでコソコソと誰もいない部屋でしなければならないのかは言うまでもなく、この家ではジェリカはアンジェリカ·ハーメルというムーンとは関係のない人物として知れ渡っていたからだ。
彼女の本名はアンジェリカ·S·ハーメル、だかしかし雷神家に入家した際にはアンジェリカ・ハーメルとして申告していた。
それは自身がシャウトの血を継ぐ者だと悟られない為であり、極力アンジェリカという存在が『ネオプラズマ』を発動に成功している事を他者から勘付かれないようにする為であった。
「此度の当主選、最終的には現当主派の規定違反により新当主派の勝利となりました」
「そうか、お前は新当主派として参加したと聞いたが、何かを得たのか?」
「はい、私はこの当主選を通して正しいことを見据え、正しくあろうとする心得を得ました」
最初は正しさを追い求める手段として参加をした当主選は、正しくあろうとする者を間近で見据えたことでジェリカは自分の意志の位置付けを確定することができた。それだけでも彼女にとっては大きな収穫であったのだ。
「そうか、正義感に溢れた娘を持って私も嬉しいぞ」
「それに……」
ふとジェリカは脳裏に浮かんだ情景を思い出そうと表情を緩めると、その様子を見ていたムーンはその言葉の続きを聞き入ろうとするかのように映像越しから見入ろうとする。
「どうやら私には、友達ができた様です___」
「……そうか。それは良かったなアンジェリカ、盟友を大切にするんだぞ」
「はい、パパ♪」
ムーンに仲間を大切にするようにと告げられたジェリカは笑顔を見せると、彼もまた嘗て神として頂点に立った者とは思えぬ惚気顔で娘に接するのだった。
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深夜に起こった雷神家本家での現当主派による混乱から二日後、セントラルでは雷神家二十四代目当主ダグラマ·エインバルトの失脚が広まりつつあった。
そして現当主派による規定違反により当主選は新当主派に軍配が上がり、何百年続いたダクラマの権力独裁は若き天才と称された一人の青年によって終わりを向かえたのだった。
-本家 会見室-
「それではこれより、雷神家25代目当主の就任式を開式します」
数多くの新聞記者達が未だ誰も立っていない演説台にへとカメラを向け、司会による新当主の紹介を今か今かと待ち望むように固唾を飲んでいた。
「今回25代目当主に主任されるのは、最年少で神の称号を取得した若き天才と称されるアレウス·ヒストリーク様です」
司会者のメフィストの紹介と共にアレウスが演説台にへと立つと、向かい合うようにカメラを向けていた記者達が新当主となる彼の姿を一斉に撮りに掛かった。
「それでは新当主、何か弁舌を」
アレウスは一度咳払いをして声調を整えようとする。御三家の当主たる者確固とした威厳を公に示さなければならないからだ。
「二十五代目当主に就任したアレウス·ヒストリークです。私は新当主派の代表として今回の当主選に挑みました。その戦いは波乱が波乱を呼び、その度に血を流しながらも新当主派の勝利を導きました」
形式上アレウスは一人称を『私』に統一して、とても順調とは思えなかったこの当主選を振り返り始める。
「ですが、これは私一人の力で成し遂げられたことではありません。私達は忘れてはならないのです、この家の為に血を流した者達の存在を。先代の権力横行の被害者達を」
思い返せばそこには多くの血が流されており、決して楽な戦いではなかった。
そしてその根底にあったのは決して代表としてそこに立つアレウスだけでなく、今この場にいない新当主派の仲間達の姿がそこにあったことを彼は代弁する。
「新当主、先代当主の権力横行や数々の不正発覚によりこれから雷神家離れが深刻化することが考えられていますが、その点に関してはどういうお考えでいらっしゃいますか?」
一人の記者がアレウスの弁舌を聞いて今後の雷神家についてを尋ねる。それは恐らくこの場にいる誰もが聞きたかった事柄であり、先日ダグラマの不正事実を知り得た彼等にとっては先代の権力横行に関する詳細情報を得るのが第一目的だった様子だ。
「確かに、先代当主が残した悪行は一時的に雷神家の信頼を落とすことに繋がるでしょう。だからこそ私の戦いはまだ本当の意味で終わったわけではないと考え、今私が当主としてできることは残された問題をゆっくりと時間を掛けて正常な物に戻すことだと思います」
「つまり新当主は、第一に雷神家の信頼復興に専念するということでよろしいですね?具体的にはどういう方法を取るつもりですか?」
「はい、具体的には雷神家の組織形態の変更と当主選の新制度導入についてを実施したいと考えています」
アレウスの発言に記者達もどよめいた様子を滲ませるが、本人は終始冷静を保ちつつも言葉に強弱をつける喋り方で説得力を出そうとする。
「そ、その新制度とは一体何ですか?」
「当主選を派閥闘争制から選挙制へと改変することです。具体的な変化は依然とは異なり雷神家の入家者ならば誰でも当主に立候補できることと、候補者の中から当主を選抜する権利を全ての入家者達に譲渡することです」
つまりは民主政、アレウスは今までの雷神家の当主選は当事者以外には直接関係しないことを見直して全ての入家者の総意で当主を決める旨を伝えた。
「今までの雷神家は決定的な中央集権化が為されていました。先代の時も自然的に権力が集中してしまい、誰も彼に逆らうことができなかった。だからこそ私はこの代で当主に絶対的な権力を集約させない新しい規定の設立をここに宣言します」
若き彼が豪語する姿勢を見据えた記者達は歴史的瞬間を必死に書き留めようとメモ帳に速筆で書き記していたのであった。
そして記者会見はそれから30分続き、中立側の神官であるメフィストの司会のもと新当主による会見は幕を下ろしたのだ。
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後日、新当主と中柱以上の役職階級により雷神家の今後の方針について談合する会議が開かれた。
今回の第一の議題は組織形態の変更、つまり内部勢力の再編成である。
そして雷神家の新勢力は以下の通りである。
当主 アレウス
大柱筆頭 ルーシー
大柱 ジョセフ アリシア キャメロット
アレウスとアリシア以外は続投という結果になり、現当主派に就いた者達は新当主の配慮と雷神家衰退を防ぐ目的として追放されることはなかった。
前当主と相当グレーな関わりを持っていた人物は降格処分としたが、例えどれだけ黒い噂が流れていようと実力を伴っていた彼等は必要枠として残す必要があったからだ。
現在雷神家は天界における信頼回復と世代交代に関する問題を抱えている。当主のアレウスは前当主の爪痕であるこれらの問題を解決へと導く為に今日も仕事に取り組むのであった____
――会議を終えたアレウスは自身の詳細に戻ろうと本家の廊下を歩いていた。
「あ、アレウスだ」
「何だ、ユイか」
その道中偶然ユイに出会したアレウスは当主たる者としての毅然とした表情を見せるが、結はそんなのお構いなしで当主となった今の彼でも問答無用で距離を詰めようとする。
「何だとは何よ、まるで私が余計な存在みたいじゃん」
「別にそんな事言ってないだろ。まあでも、お前は俺が変わっても変わらないんだなって思ったら何か安心した」
アレウスは結を目の前に謎に安心したような顔つきを見せるが、彼女自身頭上にクエスチョンマークでも浮かびそうな程に彼の意図が読めなっかのだ。
「それより、当主就任おめでとう。あれからまだ三日しか経ってないのに大して休めてないんでしょ?」
「新当主としての最初の仕事はさっき終わらせた。大変だったが今からようやく休めるってわけだ」
「ふーん、やっぱり大変なんだね」
結が当主選の傷もまともに癒す時間がないまま新当主としての仕事を万全とこなす彼へ同情をしてみると、アレウスは彼女とすれ違い背後に回った時にピタリと足を止めた。
「ユイ、ちょっと付き合ってくれないか?」
「付き合うって、どこに?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
結は視界上から表情を窺うことができなかったアレウスの提案に意図を読めずにいたが、特段彼とはここで断ってみせるほどに疎遠な関係でもなかったのでその提案に承諾したのだった。
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その後二人は雷神家の本家を出てセントラル郊外の街にへと出向いた。
「わあ綺麗♪ねえねえ、せっかく買うならこの花とかどうかな?」
「派手過ぎだ。そういうのはあんまり好みじゃない」
アレウスの提案により結は街中にある花屋へと出向いていたが、一体何故花など買いたいと思ったのか彼女には皆目見当もつかなかった。
一体花を購入して何に使うのか、もしやロマンチックな展開で自身に渡してくれるのではないかというような発想を結は飛ばしてみるが、自分は男に好かれるような女ではないし仮にそうだとしてもアレウスとはそういう関係はありない可能性を見越して仮定を全否定した。
「いらっしゃいませ~♪今日はどのようなお花をお探しですか?」
「店員さん?ちょうど良かった、何かあんまり目立たない花とか置いてないですか?」
「あれれー♪もしかして横の彼女さんにプレゼントですか?それならいっそ『スカーレッドレイピア』などの派手なお花を購入されることをオススメしますよ♪」
アレウスがどの花を購入するかで思いを募らせていたところを店の店員と思われるオシャレな格好をした女性が近付くが、勝手に彼女扱いにされた挙句語尾に音符を付けるぶりっ子系の彼女が典型的に苦手なタイプの女性として結は心中で位置づけた。
「いえ、そういうのじゃなくて、人に渡すと言えば渡しますが隣の人ではないんです」
「え?」
つまりアレウスは他人に花束を渡す為に花屋に出向いたことになるが、それでは自分も同行させたのはどうにも辻褄が合わないと結は心に抱く。
「そうでしたか♪それならこちらの『パンサーリリー』なんてどうでしょうか?派手でない白色を基調とした麗しいお花ですよ♪」
「ああ、じゃあそれで」
女性店員が店内に陳列していた花を自信満々に提示してくるが、アレウスは生憎花を知識には疎い様子で適当に返事をしていたようにも思えた。その様子から窺うに地味な花を選んでいるところから誰か他の女性に渡そうというわけでもないと予想がつく。
「ありがとうございましたー♪」
その後『パンサーリリー』という白を基調とした花の花束を購入したアレウスはその場を後にして、再び結とセントラル郊外の街並みを歩いた。
「そういえば、どうして花なんて買ったの?」
「それも着いてからのお楽しみだ。まあ花屋なんて行くのは大体目的が限られてるから案外道中で気付いたりするがな」
しかし思慮深く考える事が苦手な結にとって、アレウスの目的は一体何なのかは全くもって見当が付かなかった。
それどころか謎は深まるばかりで、先程店員に選択を任せっきりだったアレウスが自分にとある人物に渡すと言っていた花のアドバイスを聞いた訳でもなかったのでいよいよ結は自身の存在意義を見失っていたのだ。
「話は変わるが、脚の容体はもう大丈夫なのか?」
「うん、あの戦いでまた傷口が開いたみたいだけど、雷神家の家医さんが神技で治してくれたからピンピンしてるよ」
「なら良かった。正直また怪我をさせてしまったことは悪かったと思う。俺の稽古は暫く休んでいいから回復に専念してくれ」
「こんなのどうって事ないよ!それに私はまだ強くならないといけないからね!」
結は平然とした態度で笑顔を滲ませることで、責任を感じていた様子だったアレウスを安心させようと慣れない気遣いをしてみせた。これから新当主として忙しくなる彼にこれ以上心配を掛けたくなかったからだ。
「いやでも、お前の傷口がまた開いたらと思ったら心配だ。今度また同じ事があったら脚の神経が麻痺したりするんじゃないかと……」
「アレウスは心配性だなー。まるで保護者みたい」
彼は歳も離れている上に仲間に関しては極度の心配性ということもあり、自然と父親や保護者といった種の好感が結には持ち得ていた。
前当主ダグラマとは全く相反する性格。性格だけでは既に当主の器を持っているアレウスならば本当にこの雷神家を変えるのではないかと結はその横顔を見据えながら確信付けるのだった。
「でもそういう心配性なところ、私は好きだよ」
「っ……」
「あ、今のは深い意味はなくて!人としてって意味だから!」
「お、おう、心配しなくても分かってる……」
結は身長差から彼に上目遣いでその事を伝えると、その後自分が誤解を招くような言動をしていたことに気付かされすぐさま解説を入れる。
するとアレウスは珍しく大人の男性らしからぬ動揺した態度を見せるが、すぐさまそっぽを向いて何かを隠し通そうとした様子を晒すのだった。
「そ、そうだ。アリサ達から聞いたんだがキャメロットさんもお前が倒したらしいな、まさか雷神家の大柱まで一人で倒すとはさすが序列四位の『レギオン』使いだ」
「え、私が?」
その話を聞いて結はキャメロットという人物が自分とジェリカの二人で行動していた際に立ち塞がってきた場面があったことをようやく思い出す。そして恐らく秘密をバラしたくないジェリカが適当に言い訳を作ったのだろうと察し結は急いで話を合わせようとした。
「そ、そうそう!私がもう一人現当主派の人を倒してアレウスの所に来たんだよね!まさか施錠されていたはずの稽古場にいたとは思わなかったから探すの大変だった本当に!」
「な、何だよ急に声なんて上げて」
「あ、いやー私もあの時は殺伐としてたからもう一人倒していたことを忘れてたから改めて褒めて欲しいなーって、えへへ……」
どういう訳か結以外には自身が先代神神の一人娘であり神雷級階序列一位『ネオプラズマ』の発動にも成功している事実を隠そうとするジェリカの為に、彼女もまた誓った約束は貫こうとしてアレウスの気を逸らそうとする。
そんな結の様子に彼はも一瞬何かを疑い掛けた様子を見せるが、その疑いをすぐに泡となりアレウスは要求通り彼女の頭を再度撫でるのであった。
「おっと、もうすぐ目的の場所だったな」
ある程度セントラル郊外の街並みを歩いていると、次第に辺りが喧騒に満ちた隙間なく並ぶ建物の風景から長閑な建物が少ない平地のような風景へと変わっていることに気付かされた。
「ここは……」
さらに道を進むとまだ道路が石造りで舗装されていない場所に着き、辺りには丁寧に十字架の墓石が整理されている場所が広がっていた。
そう、ここは墓場だ。
「墓場だよ。俺も当主になることができたからな、とある二人に連絡を入れようと思ったんだ」
するとアレウスは二つの墓の前で立ち尽くし、そこに先程花屋で購入した『パンサーリリー』と呼ばれる花を半分結に手渡しした。
「結、そっちの墓に置いてくれないか」
「あ、うん」
結は言われるがまま片方の『カリナ・ヒストリア』と彫刻された墓石に花を置くと、アレウスが手を合わせて顔を俯かせていたところを見計らい結もまたそれに合わせて一礼する。
「ねえアレウス、このお墓に印されているヒストリアって……」
「俺のセカンドネームであり、俺の両親のセカンドネームだ。つまり自殺した親の墓ってわけだよ」
「っ……」
嘗て前当主ダグラマ・エインバルトの列記とした被害者達であり、彼等の絶望に満ちた人生をアレウスから聞かされていた結は胸の辺りに何かが詰まった様な感覚に襲われる。
「お前を連れてきたのは二人にも見せたかったんだよ、雷神家を変えさせてくれた恩人をな」
「恩人だなんて大げさだよ。私はあなたを当主にしたくて戦っただけ、でもアレウスは当主として雷神家を一新させようと今も見えない何かと戦っている――私は誰かに称えられるほど凄いことをやったつもりはないよ」
「いいや、お前は雷神家にとっても俺にとっても恩人だ」
アレウスは懐の中にしまっていた封筒のような物を取り出して、『イグニス・ヒストリア』と彫刻された墓石に置いた。一体それが何なのだろうと思い結は横から覗き込むように正体を探索していたが、表面には特に何も記されていなかったので判断のしようがなかった。
「お前がいなかったら俺はきっとあの時ダグラマを殺していた。本当に大事なことを見失っていたんだ。だからこそお前をここに連れてきた。俺を正しい方向へと導いてくれたユイを二人に知らせたくてな」
「じゃあ、その手紙は?」
「父と母への手紙だ。取り敢えずは雷神家の現状だったり俺の現状を書き記している。言っとくが絶対に見せないからな」
「ええー」
絶対に見せたくないと言われれば見たくなってしまうと捉えてしまう結は条件反射的に見て見たいと思ってしまうが、彼の置かれた境地を察することで圧がましくゴネることを忖度してみせた。
そしてアレウスは再び立ち上がり結の反応に笑みを浮かべてみると、結もまたそれに釣られる形で何故だが自然と笑ってしまう。
「ユイ、これからも俺のパートナーとしていてくれないか?」
「……うん!だって、まだ私達の戦いは終わってないもんね」
当主選が終わってもアレウスの戦いは終わらない、まだこれからダグラマにより失われた雷神家としての地位や信頼を回復させる為の埋め合わせをしなければならなかったのだ。
派手に戦えば次は後片付け、それをアレウスばかりにさせるわけにはいかないと思った結はパートナーとして当主に協力する旨を伝えた。
「それじゃあ早速本家に戻って稽古しようよ!」
「はあ、お前はあんな激しい戦いを経験しておきながらよく数日で稽古がしたいと思えるな。まあ別に構わんが」
二人は雷神家の本家に戻ろうと墓石に背を向けて、そこには白を基調とした大人しい雰囲気の花と一枚の封筒だけが残された。
―――拝啓父さん、あなた達が自殺してから十年が経ちました。
あれから色々あり、俺は当主になりました。
ですがそれは決して一人の力ではなく、多くの仲間達によって得られた地位です。
俺には、心の底から信頼できる仲間達ができました。
復讐ばかり考えていた俺だけど、今度は当主として雷神家を守る為に戦おうと思います。
それが俺の恩人が示してくれた最良の道なのだから。
だからこそ、俺はもう一度ヒストリアを名乗ることにしました―――
後日、アレウスのセカンドネームは『ヒストリア』に修正されて、雷神家25代目当主『アレウス・ヒストリア』として雷神家を代表する人物となったのだった。
__________
次回から第四節『天界情報戦線』が始まります。




