崩壊する当主選
稽古場には今だ雷音が響き、アレウスは自身の技をこれから対峙する強敵達と渡り合う為に磨いていた。
「はあ……はあ……」
しかし数時間ほど神技を放ちっぱなしだったアレウスはとうとう自身のゾオンエネルギーが底を尽きてしまい、困憊する疲労感と共に一度腰を床に落とす。
「――こんなに感情的になったのはいつぶりだろうな……」
これほどまでに自身の奥底に眠る復讐心を表に出したのは本当にあの日以来であり、物に当るなどという幼稚な真似事をする為に稽古場の出入り口を封鎖して思う存分壁に当たった。鍵を閉めたのは万が一人が入って感電しないようにする為だ。
ガチャ――
その時、背後から施錠したはずのドアが開く音を聞こえたアレウスはゆっくりとその方向へと振り向いた。
_____!!
「な――!?」
次の瞬間には自身の首元に強烈な電撃が迸り、アレウスは一瞬にして思考回路をショートさせられてしまう。
そして状況を整理する合間も与えられることを許されず、アレウスはゆっくりと目を閉じる。
______
深夜頃、定時に大柱の書斎でミーティングをする予定だった四人は結局あの後アレウスとは会うことができずにいた。
どうして会えなかったのかは分からない。書斎、寝室を見に行ったがそこにもアレウスはおらず、もしやと思い第一階級の稽古場も見に行ったが案の定施錠されていたのだ。
念の為に通り掛かった役職階級の人達にアレウスがどこにいるか尋ねてみると『彼なら急な用事が出来て現在外出している』と口を揃えて公言したので、結達は仕方なく部屋に帰って眠りにつこうとしたのだった。
「ねえロサ、何でアレウスは私達に何も言わずに外出なんかしちゃったんだろうね」
「大柱も多忙だからね。何か急な用事でも出来たんじゃない?」
「ふーん……」
どうしてもアレウスが何も言わずにミーティングをドタキャンしたことに妙な心のシコリを生んでいた結は、部屋の電気は既に消灯しているもののちゃっかり起きていたロサに話を掛けてみた。
「もしかして、大柱のこと心配してる?」
「まさか、アレウスは私なんかに心配されるような柔な男じゃないよ。だけど、違和感みたいなのはあるかな」
「違和感?」
ロサがその発言に注意を向けると、結もまた経験から来る直感のようなものが嫌な予感を際立たせていた旨を伝える。
「非情な性格の現当主が今まで自然にこの当主選を戦い抜いてたところを見て、何というか上手く行きすぎてるというか、自然な感じが不自然みたいな?」
「そりゃあ現当主派もさすがに中立側の神官がいる中不正なんてやれないでしょ。大柱が彼等を戦いの舞台に引き付けることができた時点で現当主派には正々堂々と戦い道しかなかったんだよ」
確かに現当主派が当主選の舞台に立った時点で彼等には不正をする隙など与えられなかったが、典型的な自己主義者の性格をしていると推測できる現当主が二連敗のこの状況に黙っていられるのかが怪しい話であった。
そして結は仮説を立てた、もし現当主派の勢力が自分達の想定内を凌駕しているとしたら。
もし現当主派に奥の手と呼べる策を用意しているのなら、それは二連敗が確定した時点で既に作戦が実行されているのではないかと。
全てが上手く行き過ぎている、それは同時にどこかで何かを見落としているのではなかという疑念を抱く種となったのだ。
「何か、私達大丈夫かな……」
「考え過ぎだよ。もう寝ようよ……」
「そうだね……」
ロサの言う通りこれ以上根拠もない憶測を飛ばすのはやめて、結は寝返りを打ちロサに背中を向けて目を瞑るのであった。
______ガチャ
鍵を掛けていたはずの部屋のドアが開く音を響かせ、結達の部屋に一人の男が忍び込む。
「……」
「……」
「……」
全員眠りについている、その事を確認した男は背中を向けて寝ている結の首元に何か注射器のような物を刺そうとした。が
_____!!
「が……!!」
直後に男の体には電撃が流れ、結の首元に針を刺し込もうとした瞬間に力尽きたように倒れてしまう。
「クリティカルヒット、まさかレディの部屋にノックもせずに忍び込んでくる輩がいるなんてね」
「本当だよ、それにこの人私に変な薬キメさせようとしたよね?」
ロサが見事に無断で部屋に入り結を襲おうとした男を背後から電撃を受けさすと、二人は寝たフリをやめて部屋の明かりを灯そうとした。
「……!?これって……」
「え、何?知っている人?」
「雷神家の入家者だよ。名前までは知らないけど、私達より一つ上の第零階級の人」
結にとっては全く認識がなく、長年雷神家に所属しているロサですら顔を見たことがあるだけで名前まで知らない彼が何故この部屋を襲おうとしたのか結には皆目見当がつきそうになかった。
だがしかしこれはどう考えても異常事態だったからか、明かりを灯したにも関わらず熟睡しているアリサを起こし状況を整理しようとする。
「うーん、どうしたのロサ……もう朝……?」
「そんなわけないでしょ。寝惚けてないで下りてきなさい」
アリサは完全に熟睡モードだったのか目を擦りながら二段ベッドの上から下りると、謎の男が倒れ込んでいる光景を見て驚いた表情を露にしてしまう。
「ふぇ!?こ、この人誰!?どうして私達の部屋に……」
「落ち着いてアリサ、私もよく分かんないけど、この人は雷神家の人で結を襲おうとしたことは確かよ」
「私達は鍵が開いた音がした瞬間に気付いたから、電撃食らわせて気絶させたってわけ」
「そうだったんだ。それで、この人はどうするの?」
勿論女部屋に男が無断で侵入した場合のマニュアルなどなく、誰もこんな体験をしたことがなかったので三人共一瞬戸惑ってしまう。
「やっぱり大人達に委託するべきじゃない?アレウスが変えるのは夜遅くになるって聞いたし、適当に役職階級の人達を呼べばいいんじゃないかな?」
「じゃあ誰かがここにいるのも危ないから、ドアを施錠して皆で呼びに行こうか」
「うん、その方が良いかもね」
仮にも気絶している男は自分達より一階級上の入家者だったので、結達は誰かをここに残すのではなく部屋を施錠する事で彼の逃亡を防ごうとロサは提案する。
それに結とアリサも賛成して、三人は雷神家関係者の大人達を探す為に部屋から出るのだった。
「よし、施錠完了。それじゃあさっさと大人を呼びに行こっか」
「役職階級の部屋は向こうの棟だから、こっちだよ」
アリサのナビゲートのもと結とロサは別棟にある役職階級の個人部屋が密集するエリアへと歩みを始める。
しかし歩き初めて数分後、結達は確かに違和感を抱き始めていた。
ガタ___
「……?」
「足音、かな?」
いずれ漆黒に包まれた前方からは数十人単位の人影が見え始め、結は直感的に本能が危険だと察知してみせ脊髄反射で構えを取ってしまう。
そして次の瞬間雷音特有のビリビリとした音が響き渡り、漆黒の中に紫の雷光が浮かび上がったことを見越して結は咄嗟に神技の構えを取った。
「――!?」
案の定雷撃による攻撃が三人のもとまで飛ばされ、何とか『レギオン』の発動に間に合った結は後ろにいた二人を覆う程の電磁シールドを張りその攻撃を防いだ。
「な、何!?」
「気を付けて二人共!!この雷、強い……!!」
暗闇の中から数十人の人影が接近してついにくっきりと姿が目視できるところまで迫られると、結は彼等を見て驚きを隠せないでいた。
「あ、あなたは……」
「夜分遅くに失礼するぜ。現当主派雷神家中柱筆頭のカミュラ・エレージだ。お前達とは当主選の開幕式以来だったかな?」
カミュラ・エレージ、彼は現当主派に就いている序列十位の神技を使う実力者である。
しかし何故彼が中立側がこの場に不在にも関わらず新当主派陣営の自分達に対面してきたのか、結にはイマイチ状況が理解できないでいた。
「どうして現当主派が私達を攻撃するの?私達はまだ試合に合意していない上に中立側もいないのに」
「お前達の意思なんて聞いてねんだよ。黙って捕らえられていろ」
「こ、こんなの規定違反ですよ!当主選のルールを忘れたんですか!?」
明らかな彼等の反則行為に痺れを切らしたアリサは強気にもカミュラを責め立てると、彼はギロリとした表情で睨み返す。
「うるせえんだよ。もう当主選なんて関係ない、お前等はもう消されるんだよ」
「そんな……こんな事して許されると思うんですか……!?」
「それが許されんだよ、お前等は現当主を舐め過ぎだ」
ルール無視の場外乱闘を引き起こそうとするカミュラだが、流石に結も体を負傷している中雷神家の実力者達と相対するのは分が悪かったので、二人を連れて後方へと避難しようとする。
「後方へと逃げようとする。まあ想定内だよね」
「……!?」
「こんばんは、現当主派雷神家中柱筆頭ラフィ・メイビスです。序列九位の神技を使えたりするよ」
後方には現当主派のラフィ率いる雷神家の大人達が三人を囲み、通路を挟み撃ちさせられた結達は完全に八方塞がりとなってしまう。
「もう終わりだよ。当主選も君達も、アレウスも時期に新当主派の棄権を宣言すると思うよ?」
「アレウスはどこにいるの!?」
「今から始末する相手に教える義理はないね。だが今頃は相当こっ酷く当主と大柱筆頭に叩かれているだろうな」
そして結は分かってしまった、彼等は立場が悪くなれば端から当主選そのものの根底を覆す腹積もりであり、それを実行できるだけの権力を現当主は持ち合わせていたという事を。
周りにいる大人達は恐らく現当主派に屈したと思われる役職階級の大人達、現当主派が新当主派の強さを見誤っていた様に、結達もまた雷神家は既に彼等の城であったという事実を見誤っていたのだ。
「アレウスを、助けないと……」
彼は辛い過去の記憶を踏み倒してまで絶対に来たくなかったはずの雷神家へと入家した。
全ては父親の無念を晴らす為、こんな訳が分からない終わり方をさせるのは結にとっても不本意であったのだ。
「ユイ、嫌な話になるんだけど、負傷している結と私達では数と実力どっちも劣っているわ。倒すことも不可能だし逃げることもできやしない、大柱が現当主派に拘束させられるとしても今は自分達の身が危ないわ……」
「分かってる、でも……」
「でも一人だけならこの場を脱出させることならできる。私とアリサが囮になって結だけが先に進むっていう作戦でね」
つまりはアリサとロサが現在包囲している数十人の大人達の注意を引くことで、その隙を突いて結だけが先に進むという一種の囮作戦であった。
しかし取り残された二人は序列入り二人を含む役職階級の大人達にその後滅多撃ちにされしまう、その事を考慮すると結はその作戦に二つ返事で承諾することには抵抗があったのだ。
「ユイ、彼等は大柱の周りには現当主と大柱筆頭が付いてるって言ってた。あの人達に対抗できるのは序列四位の雷を使うユイしかいないんだよ?」
「だけど……」
それでも、未だ彼女には首を縦に振る勇気がなかった。
別にアリサやロサが弱いと思っているわけではない、相手があまりに数も質も上回っていたのだ。
それはこの現状を打破する策ではない、圧倒的不利な場面から繰り出される悪足掻きのような苦肉の策でしかないことを結は察していたのだ。
「私達が勝つ為の方法なんてもうこれしか残ってないよ。私もこんな訳の分からない終わり方をするのは嫌だ。だから、ユイに全部託すよ」
「私も囮になる。ユイ、必ず先輩を救ってね」
「……分かった」
二人は自然と笑って結に意志を託す、恐らく決心がついたのだろう。
その様子を見ていた結もまた決心した彼女達の後押しに抵抗するだけの非情さは持ち合わせておらず、視線を俯き加減で首を縦に振ってみせた。
「絶対に彼等の暴走を止めてみせる。だから二人も死なないで」
「大丈夫だよ。だって私もロサも、まだこんな所で死ぬつもりはないしさ!」
アリサとロサが勢いよく結の背中を押すと、彼女はゾオンエネルギーを脚に付加させる『脚力強化』を発動して大きく踵で床を踏んだ。
「逃がすかよ!!」
しかし前方にはカミュラ率いる役職階級の大人達が複数、彼等は神技を発動して何重のも電磁シールドを貼り付けた。
『エレキソリッド』
強化された俊敏性で駆け抜けようとする結を後方からアリサとロサが支援するように雷を放ち、役職階級の術者が何重にも張った電磁シールドを相殺させる。
「チッ……!!だが飛んでくる方向は予測できる」
カミュラは超高速で真正面から接近してくる結に向け電撃を放つと、彼女は瞬間的に地面を大きく蹴り上げ天井に足を着かせる。
そして結は再び天井を大きく蹴り上げて、彼等の包囲網より外の廊下に見事着地をしてみせた。
「二人共、後は任せたよ……!!」
それだけを言い残し、結は『脚力強化』でその場を駆け抜けた。
「追いますか?」
「いいや、稽古場の近くにはまだ大柱がいる。取り逃したもう一人は万が一にでもアレウスの所には辿り着けねえよ。それよりも目の前の手柄を見す見す逃さねえようにしねえとな」
「っ……!!」
案の定現当主派はまだ余力を残している様子であり、アリサ達を逃さまいと依然として包囲門を崩すことをしなかった。
「ロサ、背後は任せていい……?」
「それ、私も言おうとしてた」
「そう、ならお互いに守り合うしかないね!」
アリサとロサは互いに背中を守り合うように背中を合わせ、二方向から飛ばされるカミュラとラフィの攻撃を神技による雷で相殺しようとした。
___「早く、止めないと……!!」
姿を消したアレウス、暴走する現当主派、現在雷神家は前代未聞の混乱を巻き起こしていたことは明白だった。
それに中立側が何故この事態を黙認しているのか、それもこれも皆目見当が付かないまま結はアレウスを探そうとする。
「見つけたぞ!新当主派の仮入家者だ!」
「ここにも追っ手が……」
前方に待ち伏せしていた現当主派の手先と思われる入家者が神技の構えを取り始めると、結も急いで『レギオン』を発動しようとした。が__
『キャストサンダー』
何者かによって放たれた雷撃が結の前方で道を塞いでいた男達に直撃して、彼等は結が神技を発動する前に倒れてしまう。
「ユイ、大丈夫だった?」
「ジェリカちゃん!?どうしてここに……?」
「私の部屋に男が入ってきたからユイの所に逃げようと、でもその様子じゃ恐らく状況は同じみたい」
どうやらジェリカも結と同様に不審な男が勝手に部屋に侵入してきて襲おうとしたらしいが、そんな緊急事態に遭遇したにも関わらず彼女は平常運転で気を落ち着かせていた。
「聞いてジェリカちゃん、今雷神家の敷地内は現当主派の手先となっている入家者達が私達を捕らえようと探しているの。中立側もこの状況を何故か黙認していて、当主選は実質崩壊状態。アリサ達も私にこの事態を止めさせようと囮になってくれた」
そして現在新当主派は雷神家内で格好の餌食となっている。今まで見えなかった敵達が次々に手柄を横取りしようと結達に襲い掛かっていたのだ。
もはや事態は有事であり、現当主派による雷神家の根底そのものを覆すかもしれない悪業には違いなかった。
「最初からそういう腹積もりだったに違いない、現当主ダグラマは族神官とも癒着があるほどに権力があるってお父様から聞いた。敗北が立て続けに続いた時点で私達を消して良い様に当主選の結果を改ざんする魂胆だったと思う」
「正解だ、端から我々は真面目に当主選なんて行おうとしていない。全ては勝つ為、その為だったら何でもするのが現当主派の流儀だ」
「……ユイ、強敵が来る」
前方を見据えるとそこには一人の男が接近してきたことが二人にも伝わり、結はすかさずジェリカの前に立ち戦闘態勢に移行してみせた。
「こうやって対面するのは初めてだな、若き卵達」
「ジェリカちゃん、あの人って……?」
「現当主派、雷神家で三人しかいない大柱の一角、キャメロット・ヒース・ミネルファ。序列八位の雷『エレキトリック』を使う強敵なのは確か」
階級だけでいうならアレウスと同等であり、ここで戦えばせっかく意志を繋いでくれたアリサとロサの決意を無駄にしてしまうと考えた結は何とか逃れる術を模索し始める。
しかし前方には敵、後方に戻れば再びアリサ達の下へと戻るだけで完全に袋小路となる。
「ユイ、ここは私に任せて」
「っ……駄目だよジェリカちゃん……!」
「ユイには言った、私の秘密を。多分私はこういう時の為にいたんだと思う。だから、あなたはこの家を救って」
「ほう、中々肝が座っているな。良いだろう、そこの少女の勇気を称えもう一人の子どもは通してやる」
ジェリカは再び結の前に立ち、序列八位を前にしてその幼い体で立ち向かおうとしていた。
そしてキャメロットは彼女の幼いながらも勇敢な立ち姿に感銘を受けたのか結だけは道を譲ると言い始める。
「行ってユイ。大丈夫、勝ってみせるから」
「……ごめんジェリカちゃん。全て終わったら、今度は一緒にお風呂に入ろうね!」
結は再び『脚力強化』で付床を蹴ると、勢いよくキャメロットとすれ違うが彼は追ってみせる仕草を一切見せなかった。
「なら早速、私の相手をしてくれ。若き卵よ」
「了解した。そして勝つ」
「フフ、中々面白ことを言うじゃないか。だがその可能性はあり得ない、何故なら貴様は所詮経験も実力も足りない子どもなのだからな」
ジェリカが神技の構えを取ろうとする中、キャメロットは依然として余裕を露にする。
そして結もまた、この混乱を止める為にアレウスの元へと急いでみせるのだった。
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