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最終局面の前夜

 目を見開くと真っ先に天井が見え、ようやく意識を現実世界に取り戻せたことを自覚して結は辺りを見渡した。


「――あれ?」

 周りには清潔感が溢れるガーゼや薬などがしまわれている棚がチラホラと見え、そして自分の顔や体には包帯が巻きつけられてベッドで寝かされていたことにようやく気付かされるたのだった。


「ようやく起きたか。全く、無茶し過ぎだ」


「アレウス、ここって……」


「病室だ。お前はアリシアさんとの激闘の末、体が悲鳴を上げたんだよ」


「そっか……」

 結は幾分かは体中の痛みは回復していたが、まだ左脚には違和感が残っており完全には完治していないことが窺えた。

 以前までならこの程度の傷はユピテルに治させれば傷跡も残さずに再生することができたが、やはり勝手が違うと神技の治療レベルも落ちてしまうようだ。


「ほとんどの怪我は治すことができたみたいだが脚の負傷は深く抉られていた様だ。家医は傷口は塞いだが痛みは数日間続くだろうってよ、後遺症の心配はない」


「……なら良かった」

 するとアレウスは医療室の机に置いてあった薬のような物が入った瓶を手に取り、そこから数粒取り出すと結に差し上げる。


「これはエリクサーっていう体内で血液の生成を促進させる漢方だ。さっきの戦いで血が溢れていたお前は血液不足らしいからな、数粒食っとけ」


「あ、うん、ありがとう……」

 結は与えられたエリクサー数粒を口に入れると、直後に漢方独特の苦味のようなものが口内全体に伝わり思わず涙目になってしまう。


「う……苦い~……」


「我慢しろ、苦いのは良い薬の証拠って昔から言うだろ」

 結は吐き出しそうになったその粒を我慢して飲み込むと、横からアレウスに水の入ったコップを渡され口の苦味を緩和しようと一気に飲み干す。


「目覚めたら部屋に戻らせていいみたいだが、数日は安静にしておけだとよ」


「……」


「どうしてそんなに不機嫌なんだ?何か感に障ることしたってんならなら言ってくれよ」


「……ふん!」

 結は横に立つアレウスとは正反対の方を向き寝返りを打つと、自身の体を丸め頭すらも布団の中に隠そうとした。

 しかし結もどうして自分がここまでアレウスに腹を立てているのか納得できずにいた。だがこの憤りの根源になっいてるのは恐らく、彼の態度が呆気なかったことだということだけは分かっていたのだ。


「……ありがとな、お前が勝ってくれて本当に助かっている。お前は新当主派としてよく頑張っているよ」


「……な、なら良し!」

 感謝の言葉を口にしたアレウスに結は自身の胸が掬われる感覚が確かに伝わり、その後は機嫌が直り再び寝返りを打ち彼の方を向てみせた。


「言っとくけど、アリサが頑張ったら今私にしたようにちゃんと褒めないと駄目だよ?」


「え、何で?」


「女の子は繊細なの!ちゃんと言わなくちゃいけないことは伝えないとすぐに折れるんだからね?」


「はあ、まあ良く分からんが承知した」

 一瞬面倒くさそうな表情を露にしたアレウスだが、何とか結の要求を飲むように善処することをこの場で誓う。

 そんな会話をしているとアレウスも疲れたのか近くにあった椅子に座り寛ぎ始める。彼は結とは違って雷神家の事務と当主選代表をこなしていたので日頃から疲れが溜まっていた様子を見せたのだ。


「それで、いつまで医療室にいるつもりだ?」


「うーん、私はもうちょっとだけここで寝ようかな。脚もまだ痛いし」


「それなら俺が部屋までおぶってやろうか?中庭で倒れた時も俺が運んだしな」


「運んだって、変な所触ったりしてないよね?」


「何だよその心配は……子どもの寝床を襲ったりなんかしないよ」

 どうやらアレウスは未だに結のことを子ども扱いしていることを知ると、彼女は小っ恥ずかしい憶測を飛ばし空かされた際に生じる独特の落胆感が襲った。


「や、やっぱり寝る!アレウスは私が寝るまで昔話でも話してて!」


「ガキかよ!寝るならさっさと寝ろ!」


「だって子どもだもん!べーっだ!」

 結はこれ見よがしに自身が子どもという立場を認めワガママな要求を飛ばす。そして生意気にも年上に向かい舌を出す態度にアレウスは思わず眉を上げるが、二連勝に導いた彼女へと待遇措置として今回ばかりは仕方なしにワガママな要求を鵜呑みにするしかなかった様子を見せた。やはり彼は人が良すぎる。


「あー分かったよ。本当につまんない話だけどお前が寝るまで昔話でも話してやるよ」


「それじゃあ私はこっち向いてて目を閉じてるから」

 結は再びアレウスとは背を向ける形で寝返りを打ち目を瞑ると、アレウスは少し気恥ずかしさを顔に出しながらも独りでに語り始めようとした。


「昔々……」


「zzzzzz……」


「いやもう絶対寝てるよな!?まだストーリ性ゼロだぞ!?」

 しかしここが医療室だということを思い出したアレウスはすぐさま荒げた声を沈め椅子の背凭れに掛けると、一度吐息を漏らし彼女の気分屋な行動に呆気にとられてしまったかのような表情をしてみせた。

 そして気持ちを落ち着かせるかのように呼吸を整え、何のつもりかアレウスは独白を続けた。



「昔々、とある所に幸せに暮らす三人の家族が居ました。父は偉大な神官で、母は自身の子ども慕う優しい人格でした――」



 ―――父は雷神家の大柱を務めるほどの実力者で、そんな偉大な父親に子が憧れるのは必然だった。


 しかしその父は雷神家の腐敗しきった中央政権を知ってしまい、正義感が強い彼は仲間を集め左翼派閥として打倒現当主を捧げていた。


 だが現当主の圧倒的な力に父は歯が立たず、自身に根も葉もない黒い噂を流されてしまい世間からの信頼は無くなってしまった。


 そして父は神官や雷神家としての地位も剥奪され、残されたのは世間から罵倒され続ける地獄のような日々であった。


 勿論その地獄が当事者だけで収まるはずはなく、その家族すらも街を歩けば心にもない罵倒を受け、ゴミを投げつけられ、知人からはイジメられていた。


 今まで憧れていた父の姿はもうどこにもない、こんな地獄の日々にもう耐えられなくなった父は首を吊って自殺をした。


 それを追う様に母も自殺、残された子どもは里親として酒場の経営をする家族に引き取られた。


 しかし新しい父親はその少年を狂った様に働かせ、食事は一日一食で衣類も一着ずつしか与えなかった。


 再び地獄のような日々を味わっていた少年は、ある日二人組みで来店した客に確かに人生の変曲点を与えられた。


『それにしても例の件、ダグラマ様も相当悪質なことしますね』



『上手く黒い噂を左翼派代表に擦り付けることに成功してこれほど効率的なことはないのだろう。あの人はやり方は汚いが権力はあるからな』


 その瞬間に少年は初めて復讐心という感情が芽生え、その家を去り雷神家に入ることにした。


 その際に自身の名前で正体を悟られないように、その少年はセカンドネームを『ヒストリーク』と名乗ったのだ__



 ___「その少年の名前はアレウス・ヒストリア。その男は雷神家を変えたいという大義名分を並べて今も現当主に復讐をしようと企んでいる、のかもしれない……」


「……」


「ユイ、お前起きてるだろ?」


「ギク……」

 完全に寝たフリをしたいたはずの結は不意を突かれた衝動で「ギク」という謎の音を出してしまうと、アレウスは彼女の分かりやすい反応に吐息を漏らしながらも医療室の席を立つのだった。


「まあ初めて会った時にも言ったとは思うが、その詳細版だ。つまらない話だっただろうが聞いてくれてありがとう、何だかお前には全部話したくなったからな」

 そう言い残すとアレウスは稽古場に向かうことを結に伝え病室の出入り口から出るのであった。



「――ずるいよ。あんなの聞いちゃったら、頑張るしかないじゃん……」

 辛い過去の境遇を体験したアレウスの話を聞いて、結は先程までおこがましく感謝の言葉を媚びていた自分が恥ずかしくなる。

 そして次期当主にすることで雷神家を変えるという彼の意志を改めて尊重し、結もまたパートナーとしてアレウスの悲願を成し遂げさせたいと思うのであった。



 ________



 結の看病をしていたアレウスは自身が指導している第一階級の稽古場に顔を出すと、そこには指示通り自首練習をこなしている入家者達の姿が見えた。


「大柱、戻って来るのが遅かったですね」


「すまないロサ、ユイの看病をしていたんだ」


「ユイ、何かあったんですか?」


「ああ、三時間ぐらい前に当主選の二回戦が行われてな。それで負傷して気を失ってたんだよ」

 アレウスは随分と軽く言い流すがアリサやロサにとっては自分達が知らない間に当主選の二回戦が行われていたことにもそうだが、結が怪我をして三時間気絶していたという方がよっぽど驚かされたと言わんばかりの様子を見せていた。


「ふ、負傷したって、ユイは大丈夫なんですか?」


「ああ、今は意識を取り戻して元気が有り余ってた。それにあいつのおかげで無事二連勝だよ」


「嘘、ユイ勝ったんですか!?序列入り相手だったってのに……」


「まあアイツも序列入りだからな、序盤は押されてたけど終盤は圧倒してたぞ」

 まだ正式に入家すらしていない仮入家者が第四位の役職階級である中柱筆頭に勝利するのは極めて異例の事態ではあったが、序列四位の神技を使う結は恐らく雷神家ではトップクラスの素質の持ち主だということを考慮していたアレウスは大して驚きはしなかった。


「後でユイに顔を出したらどうだ?今日はもう稽古を終えようと思ってるからな」


「そうですね、そうさせてもらいます」


 そして数十分後、アレウスは稽古場の中心に第一階級の指導者達を集め早めに切り上がらせようとする。


「気を付け、礼!」

 ロサの挨拶と共に全員が敬礼をすると、直後に「ありがとうございました」と言い今日の稽古はほとんど自首練習で終了するのだった。


「それでは大柱、また今日の定時のミーティングで」


「二人共おつかれ、また後でな」

 当主選中はアレウスの書斎に集まりミーティング兼雑談をするのが日課となっていた為に、彼は新当主派の二人に笑顔で手を振り返す。

 そして彼もまた第一階級の入家者達が全員稽古場から出て行ったことを確認すると、出入り口となっていたドアの鍵を閉めて自身を中に閉じ込める。


「――もうすぐだ、もうすぐ……」

 ブツブツと独り言を垂らすアレウスは稽古場の中央まで歩き寄ると、自身の神技を発動しようと構えを取り始めた。


『インビジブル』


 絶縁体の素材で作られた壁に不可視の雷撃を撃ち、彼は技の精度を上げようと一人で稽古を始めたのだ。


「もうすぐ、現当主(アイツ)を殺せる――」

 自身で再三に渡って否定してきた人格が、悲願であった願いが現実のものになりそうだと悟った瞬間に露になった。

 復讐、憎悪、殺意、嘗て十年前に初めて芽生えたその感情が被せていた蓋では抑えきれなくなり、アレウスは少年時代に退行してしまう。


 ――必ずこの手で、雷で、アイツを殺す。




 _________



 アレウスが病室を去り約一時間、結はその後も何度も寝返りを打ち寝ようとするが上手く寝付けないでいた。

 その理由は言うまでもなくアレウスが独り語りで話していた過去についての話が原因であり、本当に彼が今だ復讐心を胸中の最奥に眠らせていると思うと悩ましいものがあったからだ。


「あー駄目だ!気になって眠れない!」

 当主選が終盤に差し掛かった時、自分は彼の本性が露になった際にどういった行動を取ればいいのか?そう考えると結はいよいよ自身が当主選に参加した目的を見失いかけてしまう。


「分からないよ、だって私馬鹿だもん……」

 アレウスの為に何をすればいいのか、自分は一体どこまで肩入れするべきなのか、その全てを思考して、時には主観的になって考えてみたりすることで結は脳内をフル回転させていたのだ。

 だがそれでも結は答えを導き出せない、こういった複雑な出来事にはきっぱりと向いていないのが彼女のアンデンティティだからだ。


 コンコン__


 そんな事を考えているとノック音が二回響き渡り、入室許可を問われた結は反射的に「どうぞ」と言ってしまう。


「ユイ、お見舞いに来たよー」


「あ、アリサ!?それにロサとジェリカちゃんまで……」

 扉を開けたのは今回新当主派の仲間として当主選に参加している三人の面子であり、稽古終わりなのか少し汗で体を濡らしながら結に顔を見せにきた。


「アレウス先輩にユイが怪我したって聞いた時には驚いたよ。でも勝ったんだね」


「えへへ、でもこの有様だけどね」


「ユイ、怪我してる。可哀想」


「えへへへ♪ジェリカちゃんは優しいなあ♪」

 いつもは無表情を貫いているジェリカが珍しく心配そうな眼差しで胸に手を当てていた姿に結はデレデレとした表情を浮かべてしまう。

 しかしジェリカの横で二人が冷たい視線を送っていることに気付かされた結はすぐに正気を戻して、三人にわざわざ顔を見せに来てくれたことにお礼を告げるのだった。


「さすが序列四位の雷を使う彗星の如くやって来た最強の仮入家者」


「何その名前?」


「第一階級の入家者達の間で広まっているユイの異名だよ。仮入家者ってのが少し残念だけど」

 初日の稽古でアレウスとの激闘を繰り広げていた結は既に第一階級の間では凄腕だという噂が広がっており、その後も一ヶ月間アレウス以外には勝ち星を挙げ続けていたことから同階級では敵なしの状態であった。


「あと五年後には大柱と同じ最年少で国家試験にも合格できるかもね。いや、実力だけなら既に神と同等かもしれないわ」


「うーん、でも私には神とか向いてないし。五年後までこの家に入ることもないだろうからなー」


「え、何で?ユイなら絶対将来有望なのに……」


 しかしそれは前提が間違っており、結は目的を果たす為にこの雷神家に忍び込んでいるので三ヶ月の仮入家期間が終われば入家試験も受けるつもりはなかったのだ。


「まあまあ!人生なんて先のことばかり考えても仕方ないんだからさ、青春しようよ!」


「ユイ、何か誤魔化した」


「そんな事ないでちゅよ~♪ジェリカちゃんは本当に心配性だね~♪」

 もはや無口なジェリカは何かを言っただけで赤ちゃん言葉になる程にデレデレし始める結は再び隣から何かを感じて振り向くと、そこには最強と称される者に向けているとは思えない冷たい視線をアリサ達が向けていたことに気付かされるのであった。


「まあ本当に元気みたいで何よりだったよ。もう普通に部屋には戻れたりするの?」


「うん、でもさっきまで脚の傷が痛くて寝込んでいたけど」


「大丈夫?部屋まで手を貸すよ?」


「いやいいよ、もう大分痛みも引いてきたし普通に歩けるから!」

 そう言うと結はベッドの横で立ち上がり、歩いたりする日常生活の動きは支障なくこなせることを彼女達にアピールする。


「ほらね、全然平気そうでしょ?」


「ちょっとユイ、そんなに調子乗っていると……」

 結は調子に乗って床の上をピョンピョンと飛んでみせていたが、数回目には重力による衝撃で自身の左脚に雷撃のような痺れる痛みが脳裏を過った。

 そしてその落雷にでも遭遇したかのような痛みは先程まで笑顔だった結の表情を涙目にさせてしまうが、こればかりは完全に自業自得だった。


「あ、あの、ちょっと手を貸してくれませんか……?」


「あははは……まあ、今度から気を付けてね?」


 結局結は三人に部屋まで誘導され、心の中で脚に負傷を抱え込む中でのジャンプはもうしないと心に固く決心するのだった。彼女はまたこの世界に来てから成長をしたのだ。




 _________



 その後結は無事に自分の部屋に帰還して、自分がいつも寝ているベッドにジェリカの手を借りてゆっくりと腰を下ろすのだった。


「全くユイは人騒がせなんだから、本当に傷口が開いても知らないよ?」


「はい、以後気を付けます……」

 調子に乗って傷口が開きかけたことで心配させたことを謝罪する。

 その様子を見兼ねた三人も後に笑みを浮かべ、今後注意するということで許してみせた。


「ロサ、先にお風呂に入らない?今日汗掻いちゃったし」


「そうだね、そうと決まれば服を出さないと」


「……あ」

 その時結は気が付いてしまった、自分は今体を負傷してしまい物理的に入浴ができないという現実に。


「え、もしかして私ってお風呂にも入れない感じ?」


「……まあそうだね。包帯とか濡れちゃうし」

 すると結は腰掛けていた自分のベッドに勢いよく寝転がり子どものように駄々を捏ね始めると、その様子を見ていたアリサとロサは面倒な事態になったことを察したかのようにアイコンタクトを交わし合っていた。


「やだやだ~!私もお風呂に入りたい~!」


「そんな事言ったって仕方ないよ。それにその状態で入ったら傷口にお湯が染みてきっと痛いよ?ちゃんと治してから入った方が絶対良いって」


「うう……私も汗とか掻いてるのに……」

 その様子を見兼ねたジェリカが新当主派の二連勝に貢献した彼女が可哀想に見えてきたのか、何かを思い付いたように結に提案してみせる。


「ならユイ、私が体を拭いてあげる」


「二人は早くお風呂に行きなよ、私は大丈夫だからさ☆」


「いやすっごい立ち直り早い」

 先程まで入浴できだけで泣きそうになっていた結はジェリカが体を拭くと言った瞬間に目を輝かせ、これ以上にないまでの清々しい笑顔を見せながらグッドサインをして上機嫌さを表した。


「ジェリカは良いの?先にお風呂に入らなくて」


「私は後で入る。二人はお先にどうぞ」


「あ、うん、それじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」

 二人は自分の衣類を収納したタンスの棚から着替えの服を取り、着替えを風呂敷に詰めて入浴上へと向かうのだった。

 そして二人がいなくなった事を確認したジェリカは水の入ったバケツとタオルを用意して、水に浸からせたタオルを絞り始めていた。


「ユイ、服脱いで」


「あ、うん」

 結は上着を脱ぎ上半身を露にするが、あまり人に体を拭いてもらった経験がなかった彼女は下着を付けっ放しにしていた。

 しかしそれを見兼ねたジェリカは器用にも下着のホックを片手で外し、そのまま脱がそうとした行動に思わず結も謎の奇声を上げてしまう。


「これも脱いで、拭けないから」


「そ、そうだね。ジェリカちゃんは意外と大胆だったりするんだね……」

 初めて他人にホックを外されたことに終始驚きを隠せなかった結は自らの腕で胸元を隠し、初日のアリサに関するデジャブを避けようとした。

 そして結は背中にジェリカの弱弱しい力加減で濡れたタオルを押し付けられると、体内温度より低い物を皮膚に触れさせられたことにより一瞬ビクンと神経が研ぎ澄まされたような反応をしてみせる。


「あ、ああ~気持ちいいかも……」


「……?体を拭いているだけなのに気持ちいいの?」


「気分だよ気分、少しでもお風呂に入っている気分を体験しようと思ってさ♪」

 相変わらず彼女は突拍子もないことをし始めるが、それでもジェリカは以前と黙々とした表情のまま結の背中を拭くことに集中していた。


「そう言えばこうやってジェリカちゃんと二人で話すのは始めてかも、やっぱり裸の付き合いってあるもんだな~」


「裸と言っても、正確には半裸だけど」


「ジェリカちゃんは本当にクールだなあ、サリエルちゃんにそっくり」


「……サリエル?」


 直後に結は自分が言ってはいけない自分の素性の一部を口外してしまったことに気付き、すぐさま訂正しようと口早に喋った。


「い、今のは何でもないから忘れて!」


「……分かった。忘れる」

 明らかなミスをしてしまったのに疑いを掛けることをせず再び黙々と作業をし始めるジェリカに、結は改めて彼女の出で立ちがどこかサリエルに似ていることを再確認するのだった。




 __そしてその後も結の体の隅々を拭いたジェリカは水が入ったバケツで再びタオルを濡らそうとしていていた。


「はあ~ジェリカちゃんのおかげで極楽だよ~♪」


「なら良かった。それと、ユイ……」


「ん、どうしたの?」

 するとジェリカはタオルの水を絞ると今度は結にそのタオルを渡そうとする。


「今度は私の体を拭いて」


「な、な……了解♪」

 ジェリカに至っては風呂に入ればいい話だが、彼女の頼み事となれば結には謎の強制力が働く仕様となっていた為に快く引き受けてみせる。


「でもジェリカちゃんはお風呂入れない訳じゃないのに、どうして体を拭いて欲しいの?」


「だって、ユイは裸の付き合いをしたいんでしょ?雰囲気だよ雰囲気」


 珍しく冗談をかわしたジェリカは自身の上着を脱ぎ始めると、背中を向けてその麗しい肌を露わにした。

 そして結も彼女の澄み切った肌を眺望して、今まで体験したことがない高次な欲望が心の底から込み上げてくることを自覚する。収まれ己の欲求。


「ジェリカちゃんは綺麗な肌質だね〜。本当に女の子って感じだよ」


「ユイも肌綺麗だった。それに……」

 急に沈黙したジェリカに結は目を向けると、彼女が自身の胸を両手で触っていたことに気付かされる。


「まあ、将来性はナンバーワンだから安心しなよ!」


「将来性……」

 その事を聞いて彼女は安堵をしたかのように肩の力を抜き始めるが、結は国宝級のジェリカの肌を傷付けないようにと慎重に優しく体を拭くのだった。



「そういえば、ジェリカちゃんはどうして雷神家に入家しようと思ったの?やっぱり神になりたかったから?」


「半分違う、私は半分神になることが決まってるも同然なの」


「……?それってどういう……」

 不可解な発言を始めたジェリカに詳細を聞き出そうとすると、彼女は顔を結の方へ向けて重々しい表情を一望させた。


「多分これから当主選の戦いは加速すると思う、だからユイには私の素性を明かしておく」


「素性……?」


「――――」


 次の瞬間に放たれた彼女の発言は、丁寧な手捌きでジェリカの体を拭いていた手を止めさせて結は思わず唖然とするしかなった。


「――これが私の素性。今まで隠していたことは悪かったけど、この当主選を通して私も雷神家は変えるべきだと判断した。だから、一応伝えておく」


「嘘、でしょ……」

 そして結は彼女の方に手を置くと、無意識のうちに丁寧に扱っていたはずのジェリカの肌を必要以上に自身の握力で圧迫していたのだ。


「それって本当なの!?ジェリカちゃんが――」

 すると結はジェリカを自身のベッドに押し倒すほどに圧迫して事実確認をしようとしていると、背後からドアが開く音が伝わってきたと認識した時にはもう遅かった。


「あーさっぱりしたよー」


「ごめんねユイ、私達だけがこんな良い思いし……」


 上半身裸の女が上半身裸の無垢な少女をベッドで押し倒している、この状況を客観的に見ればどう思われるのだろうと結は咄嗟に考え込んでしまう。

 同時に言い訳を考えてみるが、先程のジェリカの秘密を言うにしても絶対に信じてもらえないと確信していたので八方塞がりとなってしまった。


「ち、違うんだよ二人共!!これはジェリカちゃんに体を拭いてもらってた延長戦で、決して私の欲求が抑えられなくなったとかでは……!!」

 そして結は自分への被害を少しでも減らそうと自身の少女性癖の暴走が招いた事態ではない旨を伝えようとする。


「ふーん、それでジェリカの上着を無理矢理脱がしたわけか」


「そして性欲を抑えきれずにジェリカちゃんを押し倒してあんな事やこんな事をさせようとした最中だったってわけかー」


「だから違うってば!!無理矢理なんかじゃないもん合意の上だもん!!」


「いやそういう問題じゃないでしょ」


 その後ジェリカの説得を借りて何とか誤解を解いたが、アリサやロサの間では結は本当にそっち系なのではないかという説が流れ身に危険を感じ始めたのだという。




 _________

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