追憶
神技
大気中のゾオンエネルギーをエネルギー源として、術式を媒体として放つ技である。
ゾオンエネルギーを貯蓄することができる器官を持つ天界の住人なら誰にでも使用できる可能性があるが、基本的に使いこなせるのは極一部の神と呼ばれる者達である。
また、術式を媒体とせずに武器に直接ゾオンエネルギーを収束させることをディレクトという(強化銃のタネもこれである)
人間とは命の危機に直面した時、自分では意識した事がない力を発揮するものである。
少なくとも今、眼前の敵が刀を向けて敵対視しているのを見るだけで、新介はこれ以上にないまでの集中力を発揮していた。
「……そりゃ逆恨みにも程があるだろ」
「貴様のことなどどうでもいい、私にとって任務を遂行するかが重要だ」
「くそ……やっぱ話が通じねえか……」
戦う程の武術は持ち備えてない、この得体の知れない敵から逃げられる保障はない。
ここはどうにかユピテル達に助けを呼ぶ選択肢を探すのが最善だが、この状況からしてそれは難しかった。
「さっそく殺らせてもらう」
「ちょ、待て……」
エミルは一瞬で距離を詰めて刀を振るうが、新介はとっさに地面に刺さっていたもう一つの刀を取り刃を受け止めた。
「うお……」
勿論刀など初めて持った、その為新介はすぐさま後退させられて劣勢に立たされる。
そのまま木造の支柱に体を押さえつけられて、既に逃げ場など何処にも無かった。
「無駄な抵抗はやめろ、もうすぐお前は死ぬ」
「っ……ざけんな!!」
「___!?」
新介はエミルの額に頭突きを受けさせ、接近しつつあった体を一瞬だけ下がらせた。
「これでもくらいやがれ……!!」
「……甘い」
続いてエミルに蹴りを入れようとするが、類稀なる運動神経で躱されてカウンターで回し蹴りを入れられてしまう。
「――この蹴り……」
何処かで味わったことがあるようなエミルの蹴りが、確かに一瞬だけ何かを思い出させた。
それは俄かに懐かしい記憶でもあり、苦く痛々しい災難のような記憶とも思える記憶であり、自分の大切な何かであることは察しがついた。
――「「……んてば」」
「隙があるぞ」
「……!?」
蹴りの勢いで倒れたまま、一瞬だけ意識を逸らしてしまった新介は呆気なく刀を向けられて追い詰められていた。
「まずい……」
急いで地面に転がっていた刀を掴もうとするが、そうしようとした矢先にエミルが足で退けてしまう。
「終わりだ」
「っ……」
剣の刃先を向けられ為す術なくして追い詰められた状況の中、この絶対絶命のピンチを切り抜ける策を講じようとして一つ助言を思い出す。
______
「「え、今なんて?」」
「「だから言ったじゃろう、賢者は本人が死んでもマスターは死ぬことはないが、マスターが死んだら賢者も死ぬ」」
「「そ、それじゃあ賢者不平等じゃね?」」
「「元々従属なんじゃから平等もないだろうに、だがしかし、そんな賢者でも一つだけの特典があるのじゃ」」
それは賢者にのみが許された権利であり、マスターとしての存在には与えられなかった権利だった。
「「お主の血管にわらわの血が循環するのを想像するのじゃ、そうすれば___」」
________
「循環、想像……」
「何を考えてるか知らんが、この状況を打開する策などあるはずがない、せいぜい苦しまないように一思いに殺してやる」
エミルが刀を振り下ろした時、新介の周りをエネルギーのようなものが覆った。
「な、何だ……!!」
「賢者の特権、マスターの一部のゾオンエネルギーを供給できる」
ゾオンエネルギー、それは天界の大気中に漂う一種のエネルギー質量体である。
賢者は自分の意思でマスターが体内に貯蓄してあるゾオンエネルギーを一部だけ引き出すことができる、その特権が功を奏して新介は一瞬にして形勢逆転をすることに成功した。
「う……」
大量のエネルギー放出で突風が起こり、エミルが携えていた刀は手元から外された。
「姿を見せろ!」
「しまっ……」
ゾオンエネルギーを帯びた拳で仮面を被った顔面を殴りつけて、大きくひび割れながら後ろに後退した。
「やっぱ話し合いをする時は、お互いの顔をしっかりと見てからだろ?」
「っ……」
「……?」
斬れるような突風で括り付けていた髪は下ろされて、まるで女性のような髪質は新介を懐疑させてしまう。
そして仮面が粉々に壊れて顔を露にした時、彼の目は思わず大きく見開きその姿に仰々しい程の反応を示すしかなかったのは眼前の光景には見飽きた程の面構えをした女が立っており、未だにこの状況が読み込むことができなかったからだ。
「____!!」
「……顔を見られたか」
「嘘だろ、お前は……」
その時新介は全てを思い出した、ここに辿り着く前の記憶、召喚を為す前のもう一つの物語を――
――「結、なのか?」
______
――俺の名前は上野新介、何処にでもいる一般の高校生だ。
強いて特徴を挙げるなら、周りから頭が冴えてると多々言われる。
が、勿論自分のことを天才だとは一度も思ったことはない、物事を客観的に見るのも大切だと思うが主観性を捨てたわけではない。
どうして周りより優れたかは定かではないが、恐らく馬鹿な妹がいたからこそだろう。
そう、俺の実の妹である、上野結という人間が常日頃から相反していたのだ。
「お兄ちゃんご飯まだー?」
「わがまま言うなよ、第一お前もたまには手伝ったらどうなんだ?」
「私の作った料理で良いなら、構わないけど?」
「……いや、やっぱ何でもないっす」
テレビを見ながら背中を向けて会話をしているのが結である。
年齢は新介より二つ年下の十五歳であり、料理などの家事は全般的に苦手で女子力という物に欠けた存在であった。
新介の家は現在両親が海外出張で妹との二人暮らしだが、初めは家事などを当番制にしていたがもう一人が絶望的に家事ができなかった為に実質新介が一人で切り盛りしている。
「第一、お前は母さん達に着いていくべきだったろ」
「何でよ、私だって友達と別れたくなかったし」
「友達なんてすぐできるって、英語なんて覚えれば簡単だぞ」
「……」
すると結はテレビの電源を切って、ソファに置いてあったクッションを新介の元に投げつけた。
これは非常に危険な行為、それを戸惑わずやってのける彼女は間違いなく兄の脅威だ。
「うわ! 馬鹿! 調理中だっての!」
「私はお兄ちゃんとは違って勉強できないの分かってるでしょ?」
「あ、ああ、お前が馬鹿だってことは知ってるが……」
新介の無神経な発言に結も気を悪くしたのか、ソファから立ち上がって彼を睨みつけるがすぐに目を逸らした。
「それに、お兄ちゃんだって心配だし……」
「え、何か言ったか?」
「う、うるさい!」
小声で囁いた結の言葉を聞き返そうとするが、それは許してもらえずに彼女から腹部に強烈な拳が突き刺さった。
「な、何で殴んだよ……」
「もう知らない!お兄ちゃんの馬鹿!」
結は腹部を押さえて倒れる兄のことなど気にも止めずに、自分の部屋に戻ろうとした。
彼女は勉強こそはできないが小学生の時に始めた空手で才能を発揮して、中一の時に初段を取得して武道の道を断った経歴を持っている。
勿論二年近く経ってるとはいえ現在も型は現役である為に、結に喧嘩という喧嘩で勝った事こそはなかったが、新介も空手は小学二年生の時にかじっていたことがあるものの才能の限界を感じて半年で辞めてしまっていたのだ。
「結、朝ごはん出来たぞ」
部屋のドアをノックするが、結はドア越しでしか話そうとしなかった。
「いらない」
「いらないって、作ったんだから食えよ」
「うるさいな! 何にも分かろうとしないお兄ちゃんなんて大っ嫌い!」
「……お前って奴は」
いくつか感に触るところはあったが、彼女と事を構えるほどの力を兼ね備えてなかった為に黙って引き下がる事にした。
新介は自分で作った朝食を食べて、もう一セットの朝食をラップで包んで机に置いた。
すると結が玄関に向かってるのを見て声を掛けてしまう。
「おい結、学校か?」
「当たり前じゃん」
それだけを言い残し、結は制服姿で家を出て行った。
確かに自分も無神経な発言が過ぎたと思うが、彼女がどうしてそこまで怒っているのか新介には分かり得なかった。
「……学校行くか」
新介も学校の用意をして、いつものようにリビングの周りをある程度片付けてから家を出た。
季節は夏、一学期も残り一週間という期間で朝から気温30℃を超えそうな勢いで自分自身を太陽が照らしていた。
町は近年見られる再開発でビルなどが目立ち始めるが、新介が住んでいる地域は少なくとも住宅街だった為にそれといった変化はない。
そして夏の上り坂はどうにも好きになれない、高度傾斜の坂と直射日光が見る見るうちに体力を蝕んでいき妄執へと迷いそうになる。
そして頂上に揺らいだ陽炎が何と言っても催眠効果を放ち、通るたびに熱中症になった気分にさせてくれるので登校すること自体が嫌になるというものだ。
「よお、新介!」
「うあ! 脅かすなよ……」
「へへ、わりいわりい」
こんなに暑いにも関わらずに能天気なほど元気なこいつはクラスメイトの長倉雄大だ。
高校に入ってから良く絡むようになり根はとても良い奴だ。
「いやあもうすぐ夏休みじゃん、夏と言えばやっぱ花火だろ?」
「だから何だって?」
「鈍いな、花火大会だろ、クラスメイトの女子の浴衣が合法的に拝める一大イベントのこと!」
「はあ……」
正直女子の浴衣などどうでもいいと言えばどうでもよかった。
しかし、何にでも例外は付き物であり、強いて言うなら新介にも浴衣姿を拝みたいと思う女子はいた。
「浴衣、か……」
「どうした、もしかして藤宮のこと考えてる?」
「そうだな、きっと和服も……って違う!!」
雄大の口振りに乗せられて本音を口外してしまったが、今更彼に隠すのも歯痒かったのであえて気にしていない態度で開き直った。
先程から二人の間で話題になってる女子はクラスメイトの藤宮美織という人物だった。
顔は可愛くて、性格は何処か天然な所があり、時に的外れな発言をすることが多々あるがそれもまた愛嬌の一つである存在である。
そんな彼女を守ってあげたいという男の本能が擽られて、彼女のことを恋情で好きになる男子は多い。
そして新介も彼女の虜になりかけている一人であった。
「まあ藤宮はクラスの男子から人気だからな、ライバルは多いぞ」
「別に、まだ好きって決まったわけじゃないし、ただちょっと意識してるだけで……」
「はいはい分かった分かった、新介君は藤宮さんにゾッコンっと」
「だから違うって!」
まるで自分をからかうかのような口調で言われ、新介は自分の恋情を踏み倒された気分になってしまう。そんな拗ねた新介を見計らい雄大はすぐさま謝罪の意を表明し、とある提案を立ててみた。
「それなら、花火大会に誘ってみたらどうだ?」
「は?」
「二人で一回行動したら自分が本当に相手のことが好きなのか分かるし、相手が自分をどう思ってるかも分かる、どうだ?」
「……雄大」
新介が学校の校門の手前で止まって、湧き上がる気持ちを抑えきれずに言葉と共に噴出した。
「最高じゃねえか!」
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