ステイル・メイト
予想外だったレイビの風呂場への乱入からの告白も終わり、二人はそれぞれ別のことをしていた。
レイビは夕食を作る為に鍋の中をかき混ぜ、新介は特段することがないので盤上の駒の配置を手を組みながらじっと見つめている。
「~♪」
「……」
だが新介はチェスの続きをしているわけでない、というか先程の風呂場での出来事のせいで考えていることは一つだった。
――気まず、いや気まず……!!さっきあれほどの事があったのに何で平然と鼻歌歌いながら料理してるわけ!?あれ俺ちゃんと振ったよね?何か無意識の内にやっぱOKとかしてないよね大丈夫だよね?
そんな事を心に思いながら新介はチラチラキッチンの方を確認すると、レイビも偶然だったのだろうか彼と目が合い一瞬たじろぐがすぐさま冷静に戻った様子を見せた。
「なーに?そんなに夕食が気になるの?」
「え、いや別に……何でもないです」
気が付けば自然とレイビに対して敬語を使っていたことを新介は意識すると、やはり彼女のことを確実に異性だと認識し始めている自分を必死に心の中で否定しようとした。
新介は再び彼女を方に目をやると、いつもは流している後ろ髪をポニーテールに結い部屋着にエプロンという職場のようなキビキビとした感じを思わせない女の子の感じがとてもいいとすら思え、これ以上何も思うなと自分の心に言い聞かせながら再び目を逸らした。
――だあああやっぱ無理だ!!第一何なんだこのモヤモヤする気持ちは!!俺も振った相手を異性として意識するなよ!!
もはや感情のパラドックスに陥った新介は頭を抱えながら必死に自分は美織が好きだと訴えかけていたが、どうやら自分にもレイビに対して煮え切らない思いがなるのではないかと思いもはや心の中はカオスとなっていた。
恋愛経験がほぼ無かった新介は自分の稚拙さを恥じこのどうしようもなく気まずい空気に押し潰されそうになるが、次の瞬間に意外な救いが舞い降りた。
コンコン___
それは玄関の扉がノックされる音だ、新介は手が離せそうになくしていたレイビを見兼ねて代わりに出ようとした。
「おお、シンじゃねえか。レイビはいるか?」
「お、お兄さん!?……それと」
新介は扉を開けるとそこには鞄を持ったアグナムの姿が飛び込んできたが、その後ろには僅かにもう一人の人影が見えたのをすぐさま気付き反応してみせた。
「始めましてかな、俺の名前はローガン・ジャスティス。第一部隊の隊長だよ」
「た、隊長!?」
すると鍋の火を止めたレイビが急いで駆けつけ出迎えようとすると、彼女もまたローガンの姿を見て彼がここに来ていることに驚きを隠せない様子であった。
「ロ、ローガン!?あなたどうしてお兄ちゃんと……」
「久しぶりですねレイビお譲様、俺は正真正銘総隊長に飲みに誘われた口ですよ」
「そのお嬢様っていうのはやめてって言ってるでしょ。またそうやって私をお子様扱いするんだから!」
ローガンからの弄りにレイビはプンスカと腕組みしながら不機嫌さを滲ませる。その状況から判断するに非常に近しい関係の様子だ。
どうやらレイビとローガンは知り合いだったらしいが、新介にはこの状況がイマイチ理解できない状況だったので彼女に説明を求めようとした。
「レイビ、何でお兄さん達が来てるんだ?」
「ああ、実は私の退院祝いに今日家に来るって言われてたんだけど、お兄ちゃんがシンにはまだ言うなって言うから黙ってたんだよね」
「へ、へえ、そうだったんだ」
実はこの状況はレイビと二人っきりでいる状況よりは幾らかマシだったので、新介はアグナムの存在がこれほど偉大に感じたことはなかったとすら思えた。
「まあ、そこの中年オヤジが来るとは一言も聞いてなかったけど」
「まあまあレイビお嬢様、退院祝いに甘味買って来ましから」
「甘い物!やったあ♪」
「ほらお子様じゃないですか、甘い物に食い付くのは十年前から変わりませんね」
ローガンの意地悪な態度にレイビも不貞腐れた表情を返してケーキの入った箱を乱暴に受け取ると、侮辱した彼をそれでも許せなかったのか舌を出して応戦する様子を見せた。
取りあえず外で話すのも申し訳ないと思いレイビは二人を自分の部屋に上げ、新介はダイニングの膝下ほどの高さの机に座布団を二枚敷いて机の上のチェス盤も自分の座っている床の方へと置いたのだった。
「まあ二人共寛いでって、はいお水」
「おう、サンキュー」
レイビはお盆に水の入った四つのコップをそれぞれ配り終えると新介の隣に腰掛けてアグナムとローガンと向かい合う形で座った。
「シン、改めて紹介するわ。こっちは十字軍第一部隊隊長ローガン・ジャスティス、十字軍の中でもベテランの騎士よ」
「どうもー、君が見事な洞察力でレイビお嬢様の奪還に一番貢献したっていう少年だね。いやーレイビお嬢様の婚約者っていうぐらいだから一度話してみたかったんだよね」
「知ってたんですか?俺とレイビの関係」
「まあね、そこのお兄さんから聞かされていたけどうちの隊には広めてないから安心してよ」
見た目はお茶らけた雰囲気を出しどことなくデウスのような人格にも思えてきたが、彼は経験を重ねているからか新介からは随分と大人の余裕というものを感じ取れた気がする。
「それで、お兄ちゃんはシンに伝えたいことがあるんでしょ?」
「え、俺に?」
「ああ、実はお前に正式な御礼がしたくてな。事件関係者は今朝伝えたように謎の変死を遂げたが、レイビの奪還に一番貢献したお前は賞賛に値する」
アグナムは今回の新介の活躍を受け、取るに足りない存在だと思っていた彼を不覚にも認めざるを得ないかのような口振りで褒め称えていた。
「そこでだ、今回の事件に関わったとされるエレナ・ツベルティは死亡、現在第二部隊の副隊長の席はガラ空き状態となっている。そしてお前は人並み外れた洞察力と行動力でレイビ奪還に成功した、十字軍総隊長として俺がお前を推薦しない理由はないだろ?」
「え、それって……」
それはつまり、アグナムから新介への副隊長にならないかという誘いだった。
その話を聞いていたレイビも一瞬唖然としてみるが、直後に隣の新介よりも喜びが爆発した様子であった。
「や、やったじゃないシン!超スピード出世だよ!こんなの中々無いことだよ!」
「いやでも俺新人だし、そういうのって年功序列だったりしないんですか?」
「うちは能力主義を尊重しているからね、レイビお嬢様もその若さで隊長を務めているぐらい歳なんてどうでもいいことなんだよ」
日本に住んでいた新介はどうにも能力主義という世界がイマイチピンとこないが、新人が出しゃばって隊員達に指示を出しているところを想像すると随分と気が引けたのだ。
「シン、十字軍をより良くする為にはお前の能力が必要なんだ。俺の誘いを受けてくれるか?」
「……分かりました、俺なんかで宜しければ承ります」
「おう!よろしくな、十字軍第二部隊副隊長!」
だがそれとこれとは話が別で、新介は本来の任務である第三の目的を果たす為にはできるだけ隊の中でも信用される立場にいなければならないと思っていたのでアグナムの誘いを受託する。
そしてアグナムは手を差し伸べ握手を求めると、新介も彼の手を掴み握り締めると彼もまた力強く握り返してきた。
「三人共もうすぐ夕食ができるから待っててね」
「レイビ、ちょっとトイレ借りるぞ」
レイビはキッチンに向かい再び鍋の火を付けて調理を再開している最中、アグナムは脱衣所の隣にあるトイレに入る。
「ところでシン、一つ聞きたいことがあるんだが良いかな?」
「構いませんよ」
新介は何の疑いもせずにローガンの要求を許可すると、ヘラヘラとしている彼はレイビに聞こえないように新介に耳打ちで伝えようとする。
「旧貴族邸で失われた称号の殿共を駆逐したのって、君だよね?」
「……!?」
思わず新介は表情に余裕を無くし一度彼の顔を見るが、彼は依然として穏やかな雰囲気でヘラヘラとした表情を保っていたのだ。
「奴等の負傷は俺も資料で確認したんだけど、あの傷は明らかに変なんだ。切り傷は一切なく全て鋭利な物で刺したと思われる後、それも規則正しく手足の正面側に刺されて身動きが取れなくさせられた様子だ。普通剣技ではあの傷は付かない、だとしたら十字術か?いや、あの場で十字術を扱えたのはレイビお嬢様だけだが彼女は瀕死な状態だった。だから君、もしかして神技とか使えたりしない?」
「な、一体何のことですか……?」
完璧な推測、一見セクハラでもしそうな中年オヤジの雰囲気を出しているローガンは想像もつかなかった程に思慮深く知能的な一面を見せたことに新介も焦りを隠せないでいた。
「そうか、ならいいよ。総隊長は勘違いしているみたいだけど、今の君の反応で大体分かった。まあ君が神技を使えようが使えまいが正直関係ないんだけどね」
「あ、あはは」
しかしローガンは特段新介を追及するような気は更々ない様子を見せると、煙草と携帯灰皿をポケットから取り出し喫煙をし始めた。
新介は取りあえず彼が必要以上に取り立てて取って食おうとする気がないことが分かり、不意に安堵した表情を露にしてしまう。
「ふう……あ、吸って良かったかな?」
「俺は構いませんよ」
「そう……ん?それはチェス盤かい?」
するとローガンは新介の座っている床の方に指しっぱなしのチェス盤があったことに気付きそれについてを尋ねると、新介もこれは良い話題変更のチャンスだと思いチェス盤を机に置く。
「はい、といっても自営の駒がこんなに少ないですけど」
「ふーん、黒駒は全部で五つの駒数か。これは圧倒的に劣勢だね」
ローガンは新介がこの局面で悩んでいたことを察すると、彼はチェス盤を片手で回転させ自分の手元に黒陣営が来るようにしてこう言った。
「じゃあ君が白を指しな、俺はここから黒を指すからから」
「いやでも、そっちの陣営は圧倒的に不利な設定で……」
「何、オジサンもこういうのはちょっと嗜んでいてね、こういう局面はやったことないけど面白そうだ」
正直いくら洞察力に優れたローガンでもこの局面を乗り越えるのは無理だろうと秘かに思っていた新介は、仕方なく彼の要求通りに自分は白駒の圧倒的有利な方を指そうとした。
‐十分後‐
「嘘だろ……」
新介は眼前の光景に思わず驚いてみせる、何故なら先程まで有利だったはずの白陣営は開始5分で形勢が逆転されローガンのターンが終わるごとに彼はキングを逃がさなければならない状態になっていたからだ。
そしてその目まぐるしい逆転劇にトイレから帰っていたアグナムを固唾を呑んで見守っていたのだ。
「はい、チェックメイト」
「っ……」
思わず唖然としてしまうと、新介はそれでも現実を受け入れられなかったのか必死にキングの逃げ道を模索し続けた。
しかし結局それは詰みだったらしく、新介はようやく降参し負けを認めたのだ。
「敵の頭数が少ないからって突っ込み過ぎだね、隙がありすぎてすぐに形勢逆転しちゃったよ」
「そうか、つまり油断……」
新介は自分が完全に油断していたことを自覚して、先程の指し合いのどこで決定的なミスをしてしまったのかを模索し始めた。
「こういうボードゲームは使える駒が多いほど有利に働くわけじゃない、言い換えれば使える駒が多いほど同時に互いの個性を打ち消しあうってことだ。例え初手から駒の数が少なくても駒の個性を最大限に活かせれば必ず突破口が見える」
「なるほど、圧倒的な力差は逆に視野を狭めているってことか」
相手より有利な立場にある者は必ず隙を生み、そこを突けば必ず突破口が見えてくる。
一見鉄壁の城と思われる天界議事堂にも必ず穴場があり、そこを突けば美織も助けることができるという思考を新介は促していた。
「それに君の指し手は随分と勝利に拘っている様に見える。チェスってのは何も勝ちが全てじゃない、もし勝ち目がなかったら引き分けか優勢勝ちを狙うことだってできるんだよ」
ローガンは白駒のキングを指二本で持ちながら不敵な笑顔でそう呟くと、新介は自分でも考えてみなかったことが頭の中に浮かび上がる。
『引き分け』つまり痛み分けということだ、新介は特段この政府との戦争に勝利に拘る必要はないと考えた。
つまりそれは互いの意見を尊重し合い、合意できるまで戦い抜き、最終的に両者が一番納得できる協定を結ぶことでその後は平和的な関係を保つという方法もあったということだ。
美織を救出する為に政府との戦争に勝つのではなく、引き分け狙いというのがもっとも理想的な考えだったのだ。
「ありがとうローガンさん、とても参考になりました!」
「いいっていいって、それよりシンの指し手も悪くなかったよ」
「もう三人共!夕食出来たから机片付けてよね!」
夕食を作り終えたレイビはまるで母親のように三人に遊びをやめるように呼びかけ、一通りのチェスでのやり取りを終えた新介達は机を片付けるのだった。
するとアグナムはキッチンの方へと向かいコップを持ち運ぶと、レイビの部屋に来た際に持っていたバックの中から『大魔王』という意味の文字が印された一升瓶を取り出して何かの液体を注ぎ始めたところを見て新介は驚きを隠せないでいた。
「えっとお兄さん、これって……?」
「何って、酒だよ酒。ラプツェノール」
新介はアグナムが持ってきたコップが四つに見えたことから一瞬何かの間違いだと思ってしまうが、どうやらこの感じでは自分も酒を飲む頭数に数えられていると察しがついてしまう。
「いやあの、俺未成年ですし……」
「何言ってるのシン、ラプツェノールってのは宗教酒とも言われてて、ラプンツェル名産の酔いが楽しめるだけのジュースみたいなものよ」
「え、そうなの?」
どうやらレイビの説明ではラプツェノールというのはラプンツェルで作られる酒の一種であり、十字架の栓を抜いた瞬間に飲酒状態が味わえる十字術が味わえるギミックとなっておりどちらかというとソフトドリンクの扱いだという。
現実世界で例えるならドラ〇えもんのホ〇ワカキャップみたいな物かと新介は心の中で思い、人体には一切害がない確認が取れたことを言い事に少しだけ興味が湧いてきた。
「まあ、プロテスタント硬派の聖職者なんかは飲酒自体しないって人が多いからね。私とお兄ちゃんもキリスト家の制約で飲酒は禁じられているし、こういうのでしかお酒の楽しさって分かんない感じかな」
「味も結構再現されてるらしいぞ、シンの副隊長昇進を祝っての俺の差し入れだ」
「本当総隊長ってば素直じゃなくてねえ~、『シンの昇格祝いどうしたらいい?』とか俺に聞い……」
そこまでをローガンがベラベラと話していると横でアグナムが首元を押さえれば黙ると思ったのか、彼の気道を塞ぎ一生黙らそうと試みていた。
シンもその光景に苦笑するしかなかったが、これほどまでにローガンが口が軽ければ本当に第一部隊内に広めていないのかさえ怪しく思えたのだ。
「あああが……や、やめ……!!」
「お前それ以上言ったら二度とその口で煙草吸えないように歯ぁ全部毟り取ってやるからな……?」
最後に物騒な言葉を並べアグナムはローガンの手を放す、しかしこの場合は彼の自業自得でありレイビですらも兄を止めようとしなかった。
そしてアグナムは何もなかったかのように作り笑顔を見せ、その場を取り仕切る為にラプツェノールが注がれたコップを持って乾杯の挨拶をしようとする。
「それじゃあシンの第二部隊副隊長昇進を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「か、乾杯……」
四人はラプツェノールが注がれたコップを当て合い一気にシン以外は一気飲みをして飲み干した。
「ぷはっ!何か、今までに味わったことのない感じだ」
新介は約半分ほど飲んでみると体の内部がポカポカとし始めて脳内の思考力も徐々に低下していることが伝わり、酒を飲むとはこういうことかと良い体験をしたと思ってしまう。
「オジサンプロテスタント軟派だから普通に飲酒も喫煙もできるけど、体に一切外がなくて飲酒状態を楽しめるなんて最高だよね~」
「何だローガン、お前もう酔ってるのか?」
「酔ってないですよ~俺ぁ常日頃から酒を嗜んでいますからこの程度じゃ何ともありませぬぬ……」
目の前でウザイ中年男性同士の絡み合いが始まり新介は見ていられなくなったので、レイビが作った料理にいよいよ手を掛けようとした、その時
___!!
「……あの、レイビさん?」
「……ひっく」
何だか嫌な予感がした新介は横を振り向くと、そこにはコップを床に叩きつけ突っ伏した状態のレイビの姿が目に入り既視感を覚えてしまう。
「注げ」
「はい?」
「注げって言ってるでしょうが副隊長さんよおおおお!!」
レイビは顔を紅潮させながら必要以上に新介に接近しラプツェノールのお替りを要求してきたのだ。
その様子に思わず新介も酒癖悪っ!と心の中でツッコミながらも、レイビの機嫌を魚でしないようにと一升瓶を持ち彼女の酒を注いだ。
「来たああああ!!レイビお嬢様の飲酒モードだあああ!!」
「いやどういうことですか!!これ本当に飲酒を体験できるソフトドリンクですよね!?酒癖の悪さまで再現しちゃってるじゃないですか!!」
「いや実はレイビお嬢様ってそんな酒強い方じゃなくてね、一杯飲んだらすぐにああやって酒癖が悪くなるんだよ」
「まあ妹は元気な方が良いよな!」
「駄目だこの大人達……色々と残念過ぎる……」
オヤジ、シスコン、酒癖最悪の大人達に囲まれた新介は思わず肩身が狭く感じてしまい端の方でラプツェノールをチビチビ飲もうとするが、それを見兼ねたレイビが一升瓶片手に肩を組んで彼を再び連れ寄せた。
「ねえシ~ンぅ~、あなたももっと飲みなさいよねえ~」
「いや、俺は何というかその……もう結構酔っていると言うか……」
「にゃんだとぉ!?わたひの酒が飲めないってのかぁ~!?ねえおひいちゃん、実はさっき一緒にお……」
「飲みます!!いや飲ませてください!!」
たった二杯飲んだだけで呂律すら回らなくなっているレイビは危うく一緒に入浴したことをアグナムに公言しようとするが、新介はそれを間一髪避けるように彼女が注いでくれたラプツェノールを一気飲みする。
「いや~やっぱレイビお嬢様は酔っている時が面白いですね、あはは」
「ちょ、ローガンさんも煽てないでくださいよ!」
「誰がお嬢様よ誰がぁ~!レイビ女王様でしょうがぁ~!」
「いやお嬢様で合ってるから!この世界に女王はいないから!」
恐らくレイビは酔うと気が大きくなる性質の人だと新介は思うと、一体これからこの時間が何時間続くのかと思わず時間が早く過ぎることを神に祈ってしまう。
「第一シンは鈍感過ぎなの!入院中の時は私が散々甘えてきてたってのに、なーんにも気付いてくれなかったんだもん!」
「おい、そういうのはよせよ恥ずかしいから……」
新介は隣に座っているレイビが今まで自分が好意を示していたことを公言しているという意図を読み取ってはいたものの、向かいの中年男性二人には婚約者同士が仲睦まじくイチャついてる様にしか見えなかったのだ。
「じゃあ、好きって言って」
「……はあ?」
しかしその要望を拒否することはできなかった、何故なら目の前にはアグナムやローガンもいた為に婚約者同士でそれができないのは随分とおかしな話になるからだ。
だからこそ新介は仕方なく、必要枠としてレイビの要求を飲むことにした。
「す、好きだよ」
「……えへへ、私も好きだよ」
レイビは赤くなった顔色の笑顔で新介にそう返すと、彼もまた酔いが回ってきたせいか顔の辺が熱くなっているのが伝わった。
「ヒュー!お熱いねえ!」
「はは、ちょっと殴りたくなったけどギリギリ許した」
ローガンは古臭い中年オヤジのノリで新介を冷やかすが、アグナムはコップを強く握り締め何かに耐え忍んでいるかのように作り笑顔で接していた。
「じゃあ、キスして!」
「は、はあ!?」
__この野郎酔っているからって調子乗りやがって!んなの出来るわけねえだろ!
新介は心の中でそう思い、さすがに人前でキスというのは気が引けたし越えてはいけないレッドゾーンだと悟ったのだ。
「なあシン、もし接吻なんてしたらその一升瓶で俺はお前を殴るかもしれん」
「ほ、ほら!!お兄さんもそう言ってることだからね!?第一そういうのは人前でやってはいけません!!お母さんに教わらなかったんですか!?」
新介はあくまでも怒らないように優しい口調で言ったつもりだったが、彼女はそれを聞いた途端に俯き泣き声のようなものが聞こえ始めたことに気付いてしまう。
そう、これが世に言う泣き上戸だ。
「何でよぉ……私のこと好きなのにどうしてできないのぉ……」
「おいシン、やっぱしなくても殺す」
「ならどうしろと!?」
レイビが泣いたことを見計らったアグナムは今すぐにでも一升瓶を持って彼に殴り掛かろうとするが、ローガンの静止もあって何とかその場は収まったのだった。
________
その後、新介にとっての地獄の飲み会は三時間みっちり続き、彼は酒癖が悪い女とそれに悪ノリする中年達の弄りで精神はすっかり疲弊し切っていたのだ。
「じゃあ俺達はもう帰るから、後は若い者達に任せるよ」
「いや任せないでくださいよ、二人共今日はありがとうございました」
レイビはすっかり酔い潰れてしまいリビングで野垂れ死んだように寝ているが、新介は何とか起きていたのでアグナム達を玄関までお見送りしていたのだ。
「また後日正式な副隊長就任式をしようと思う。まあ頑張れよ、弟!」
「ええ、言われなくても隊長のサポートは俺がやってのけますよ」
アグナムがそう言い残すと、ローガンが肩を組み酔い潰れそうになっていた彼を家へと送り届けようとするのであった。
そして新介もリビングに戻り、酔い潰れているレイビの元に歩き寄り彼女に呼び掛ける。
「おいレイビ、寝るならベッドで寝ろよな」
「うーん……運んでえ……」
「……ったくしゃーねえなあ」
レイビは朦朧とする意識の中彼にベッドまで運ぶことを要求すると、新介は仕方なく彼女をお姫様抱っこしてベッドで寝させようと運んでいった。
「よっと」
そしてレイビをベッドの上に置き新介はゆっくりと布団をかけようとした、その時だった。
「シン……」
「え、ちょ、待て……」
新介は不意を突かれて彼女に片腕で肩を組まされると、レイビの体重が乗った影響でそのままキスをされると思い彼もまた瞬間的に目を閉じてしまった。
「っ……!?」
だが次の瞬間には唇に何か少し硬い感触が伝わりキスとはこんな感触なのかと心に抱いてしまうが、いざ目を見開くと二人の唇と唇との間にはレイビの親指が挟まっており、ギリギリの所で接触はしていなかったことに新介は気付いてしまう。
「これで引き分けだね」
新介は彼女の予想だにしなかった行動に心拍数を上げると、レイビはしてやったりとした表情を見せ満足したかのように彼を解放した。
「ば、馬鹿野郎!起きてるじゃねえか!」
「ごめんごめん、期待しちゃった?」
「う、うるさい!もう寝ろ!」
新介は寝室から出て勢いよく仕切りを閉めるが、途端にまたレイビを異性として意識してしまったことに後悔の思いが募るのだった。
「……はあ、駄目だ。もう考えるのはやめよう」
新介は隣で寝ているレイビに抱いていたモヤモヤする気持ちを一度封じ込め、自分もまた就寝する為に机を片付けようとした。
しかし何故か、新介は十字軍での日々を今となって頭の中に回想のように浮かび上がらせる。
レイビ、デウス、マーク、エマは第二部隊の仲間として一緒に辛くも楽しい日々を共有してきた。
アグナムは普段から新介に対して当りの強いところはあるが、彼もまた新介を本当の弟のように扱い本人もそれは悪い気分ではなかったのだ。
____本当に、皆良い奴過ぎて俺の仲間なんてもったいない
ふとそう心に抱くが、同時にそれはいつかは裏切らなければならない未来への決心への緩みを生んだのだ。
仲間なんて、友達なんて、薄っぺらい関係性だけで済ませた方が何倍も良い、嘗ての自分はその事を身に染みて分かっていたはずだった。
なのに、今の自分は確かに彼等を仲間として裏切りたくないとすら思えたのだ__
そして、新介の目には不意に涙を溢していた。
それに気が付いた新介は急いでその涙を拭こうとするが、拭いても拭いても次第に溢れ出し込み上げる激情と共に跪いてしまう。
「あれ、何で……止まらねえよ……」
それが矛盾する感情の果てに彼の本心が出した答えだった。
美織を助けたい、でも、目的を果たして彼等を裏切りたくない。
レイビ達と、変わらぬ日々を過ごしてみたい。
それが上野新介の、導き出した解答だった。
___やめろ、それ以上……
「それ以上……」
____それ以上、何も思うな……
「何も……抱くな……」
___何も……
「欲するな……」
まるでマークシートに塗りつぶした番号を間違えと決め付けて必死に消すかのように、彼は床に額を当ててただひたすらにそう言い聞かせるのだった。
_______
次回から新節『雷神家の内部派閥』が始まります。
十字軍の話もまだあるので是非続きを読んでみてください!




