初恋の兆し
‐レコンキスタ 総隊長室‐
総隊長であるアグナムは今朝起こったラプンツェル刑務所での連続自殺の件について事件の報告を受けていた。
「失われた称号関係者、教団構成員共に何の前触れもなく自害したとのことです。結局誰もアジトの情報を割ることなく」
「明らかに行動がおかしいな、それにせっかくの情報源をみすみす逃してしまったか……結局分かったのは事件に関する情報のみときた」
アグナムは今回の事件の黒幕確保は大きな収穫だと思っていたが、実際には新介が予想していた憶測を答え合わせをしただけのようなものだったことに思わず項垂れてしまう。
だがレイビが無事に助かったことほど大きな功績はないとアグナムは思うが、それを差し引いてもいくつか気に掛かった出来事があった。
「ローガン、お前は旧貴族邸で失われた称号の殿共が負っていた傷を見たか?」
「ええ、体の急所を除いた複数の刺し傷、そもそも第二部隊があれだけ負傷しておきながらよく鎮圧できたと思いますね」
アグナムの悩みの種は空白の10分間にあった。
事件後の聴取で新介の率いていた第一グループは教団を制圧して、構成員達を連行しようとした時に撃たれたということはアグナム達にも伝わっている。
だが問題はこれからだ、他のグループが到着したと思われる時間までの10分間、そしていざ到着した時には殆ど的は全滅している状態だったという情報も掴んでいた。
だとしたならば、不意を突いて銃撃をした失われた称号関係者はほぼ無傷だった新介とボロボロだったレイビによって殲滅させさられたというのが情報から推測できる内容であったのだ。
「総隊長もそこが気になりましたか」
「ああ、あの怪我では普通動けない、つまり――レイビは強くなった」
「……は?」
予想の斜め下を突いてきたアグナムに、思わずローガンも口をポカンと開け煙草を床に落としてしまう。
それもそうだった、アグナムの憶測は通常ではありえない程のとんでも予想であり一般論から言わせればシスコンの思考に達していたからだ。
「いやーさすがキリスト家の長女だ!あそこまで傷を負いながら敵を殲滅させるとは天晴れだな!今月の給料はボーナス決定だな、あはは!」
「……やれやれ、まあそういうことにしておきましょう。その代わりあのシンという少年にも特別手当ぐらいはあげてやってくださいよ、彼の功績は賞賛に値するものですからね」
ローガンはまるでこれでは新介が可哀想だと思ったかのように彼の功績をフォローする。
「それなら安心しろ、奴にはもう既に最高の報酬を用意している。まあ、今回ばかりは奴に助かったからな」
が、アグナムはそんな心配をされる必要がない程の新介に対して特別手当を用意していたのだ。
それは十字軍総隊長としての報酬であり、レイビの兄として彼女を助けてくれたことへの必要最低限の御礼のつもりだった。
「へえ、それってもしかして、あれですかい?」
「ああ、あれだ」
二人は直接的な言及を避けながらもあれが何かを確かめ合うと、彼等は今一度薄ら笑いを浮かべ上野新介という存在の功績を賞賛するのであった。
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無事退院が許されたレイビは、その後鈍った体を鍛えなおそうと病み上がりにも関わらず新介と目一杯修行をして帰宅を済ませていたのだ。
「家帰るのって久しぶりだなー、意外と散らかってなくて何よりだよ」
「まあ散らかすの悪いなって思ったからある程度部屋は片付けてたし、別に不自由なことはここ数日なかったかな」
レイビは帰宅早々早速隣の部屋にあるベッドに飛び込みバタバタとしていると、新介は思わず相手にとって恥ずかしい光景を見てしまった気分になってしまう。
が、彼女にとってはそれほど羞恥の行為と思っていないのか部屋の仕切りも引かず、ただただ幸せそうにベッドに顔をこすり付けていた様子だった。
「ねえシン、私がいない間にこのベッドで今の私みたいな行動してないわよね?」
「してねえよ、変な疑い掛けるな」
レイビは新介に変な疑いを掛けるが、美織という大切な人がいた彼はその容疑を断固として拒否するのだった。
「ふーん、なら別にいいよ。私お風呂沸かしてくるから」
「おー、了解」
久しぶりの家のお風呂に気分が高揚しているのか、レイビは「お風呂♪お風呂♪」と口ずさみながら脱衣所へと向かった。
新介もこれと言ってすることがなかったのでマークから貰っていたチェス盤を膝下ほどの高さの机に置いて駒を弄り始める、それは彼に教えてもらった『ルート・オブ・チェックメイト』という遊びだった。
「政府、か……」
新介は自営の黒駒をキング、クイーン、ナイト一騎、ビジョップ一騎、ルーク一騎、ナイト一騎の合計五騎以外の駒を払い除け、その状態から駒を打ち始める。
基本チェスに駒落ちのハンデはない、将棋とは違い相手陣営の駒を取っても自営の駒にすることができないチェスというゲームではそれは決定的に不利な物となるからだ。
だが今の新介達の状況を示すならこう表すしかない、さらに言えば政府側はもっと兵力があるのだろうと推測できた。
「場所は天界議事堂、国権の最高機関、一度入れば兵揃いの神に囲まれる……」
神の称号を持っている者の中でも神官は実力者の部類に入っており、以前新介が旧貴族邸で戦った元神とは訳が違ったのだ。
そこに相対するは二人の神と二人の賢者、つい此間まで神技すらもまともに使いこなせなかった三流を兵力に数えなければならない程に手駒は少なかった。
「――ああ駄目だ!やっぱりチェスじゃ勝てねえよ」
暫く駒を打っていると、新介は圧倒的な兵力の差に戦意を喪失したのか打つのをやめて床に寝転がった。
すると風呂を沸かし終えたと思われるレイビが脱衣所から姿を現すが、何やら重苦しい表情で自分の頬をペシペシと両手で叩いていた。
「……よし!」
「どうかしたのか?」
「い、いや別に!?ほ、ほら、今お風呂沸かしたから早く入りなさい」
「え、いやレイビが先に入ればいいだろ、お前が入れたんだし」
何やらレイビは心底動揺しているみたいだったが、一体それが何なのか新介は分からず彼女に最初に風呂に入るように呼びかける。
「わ、私はこれから夕食作らないとだし、やっぱりシンに先に入ってもらおうかなーって思ったりして……」
「何だかよく分からんが、そこまで言うならお言葉に甘えさせてもらう」
新介自身誰よりも最初に入る風呂は嫌いではなかったので、一瞬レイビに何かの疑いの念を抱くがすぐにそれは掻き消された。
そして新介は脱衣所で服を脱ぎ、体を洗うようにタオルを持ち風呂場の床に足を着いた。
「しっかし今日のあいつは何なんだ?妙に気を使っているというか……」
そんな小言を言いつつ新介は温水の出る蛇口を捻りお湯を桶に溜め、一定の量が溜まったら水を止め浴びるように自分の体を濡らした。
そして風呂椅子に座り体を洗おうとした。その時
ガラ___
次の瞬間、新介は思わず目を疑ってしまった。
そう、彼はドアが開いた瞬間に前方の鏡からタオル一枚で裸体を隠していたレイビの姿が見えていたことに唖然としてしまったのだ。
「な……!?レイビ!?」
そして急いで新介は自分の腰にタオルを巻きつけると、風呂椅子に座った状態のまま首だけを後ろの方を向けて今にも何をしているのかと尋ねたい気持ちに駆られてしまう。
「あーえっと、やっぱ汗掻いてたからお風呂入りたいなと……」
「いやそうだとしても普通男が入浴してるのに入ってくる奴がいるか!?と、とにかく、それなら俺はもう出る」
「ちょ、待って待って!でもシンを追い出すのも申し訳ないし、ここは二人で入ろうよ!」
「お前少しは自分の実年齢自覚しろよ!後こんなのお兄さんにバレたら絶対殺されるから!」
しかしレイビは両手を広げ脱衣所までの道を塞ぐと必死に新介の通行を拒んでみせる。
「えいっ!」
「うわああ!な、何しやがる!」
レイビは広げていた両手で新介の腕を掴みに掛かると、彼女は上目遣いを使い彼の反応に不満でもあったのか不貞腐れた表情をしていたのだ。
「もうっ!女の子に恥じ掻かせないでよね!」
「っ……」
その時新介には始めての感覚が伝わっていた、今まで何とも思っていなかったはずのレイビがこれほどまでに近付いてくると彼もまた異性として意識してしまうのは必然であった。
「ほら、いいからそこに座りなさい、体洗ってあげるから……」
「あ、はい……」
新介は言われるがままに風呂椅子に腰を下ろすと、直後に美織の思いに対する罪悪感を抱いてしまう。
自分は美織が好きだ、だが恋愛経験の少なさからこの状況でレイビを異性として意識してしまったと思い、新介は必死に自分の行いを正当化しようとした。
「あの、レイビさん?」
「な、何よ、どっか痒いところでもあるの?」
「いや痒いというか、先程からちょくちょく柔らかい物が当っているといいますか……」
「し、仕方ないじゃない!こうでもしないと前が洗えないのよ!」
どうやらレイビは自分の胸が当ることを体を洗う上での必要枠と説明してきたので、新介も大人しく心を無にしてできるだけ何も考えずに終わるのを待とうとしていた。
しかし客観的に見ればレイビは20歳であり新介より三つも年上の女性だったので、年頃の彼が意識してしまうのも致し方なかったのだ。
「その、今回の事件の件は本当にありがとう。御礼したいなって思ったんだけど、あんまり男の子の喜ぶことって分からなくてさ、だからその……こういうサービスとかだったシンも喜ぶかなって……」
「あのレイビさん、多分お家柄でそういう知識疎いんだと思うんだけど、こういうのって何ていうかさ……恋人とかがやることじゃない?」
恋人でもこれほどの事をするかは新介には分からなかったが、恐らく互いの利害が一致している為に婚約者を演じている仲同士の二人がすることではないと考えていた。
しかし彼女は新介の意見など無視して、次の瞬間にはレイビは背後から彼に抱き付き始めたのだ。
「こ、これは何の真似だ?レイビさん……」
「私さ、多分シンの事好きみたい」
「っ……」
この状況下でその言葉の意味を取り違えるほど彼は鈍感ではなかった。
そう、それはレイビが告げた新介に対しての告白であり、彼女の接触している胸の部分から鼓動が高まっていることが分かったのだ。
「だからさ、もしシンが良かったら、私と本当に婚約者の関係になってくれないかな?」
「__そうか」
だが新介はその言葉を聞いて気持ちを落胆させてしまい、まるで辛い心中を告白するかのように彼の心は荒みかけていた。
「ごめん、その誘いを乗ることはできない」
「……理由、聞かせてもらってもいいかな?」
そして新介はレイビに全てを話すことにした、彼女の思いを尊重し自分の真意を彼女に知ってもらう為に。
「レイビが俺に告白してくれたことは正直嬉しかった。お前は強くて、気高くて、そして何よりも誇りを大切にする。皆の慕う隊長で、料理もできて、それでいて綺麗で、ちょっと怒りっぽいところもあるけど、話してて楽しくて、強くなろうとして何も見えなくなっていたこの生活に仲間と過ごすことの楽しさを教えてくれた」
「なら__」
「でも駄目なんだ、俺には好きな人がいる。俺が始めて傍に居たいと思えた人で、守りたいと思った人なんだ。だから……」
例え嘘でもそれだけは言えない、確かにこのまま嘘でも婚約を許諾すれば今後の行動をスムーズに執り行なえる可能性はあったが、目的の核心である『美織が好きだから』という感情だけは自分自身で欺きたくなかったのだ。
「関係は、このままでいたい」
「……そっか、まあ、好きな人がいるんなら仕方ないわよね」
するとレイビはガッシリと掴んでいた腕のロックを解除して、新介の体から離れ背中を湯で洗い流した。
「ささ♪今度は私が体洗うから湯船に浸かってて♪」
「って出ないのかよ!」
その後新介は何度も風呂場を抜け出そうと試みるが、再三に渡る彼女の妨害のせいで最後は一緒に湯船を浸かるところまで入ったのであった。
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