混乱の後日談
レイビのお見舞いを終えた新介は集会場へと向かう道を歩こうとするが、何かを察したのか道を曲がることをせずに病棟の端まで歩いてみせた。
「__そんな所で何をしているんだ?ユピテル」
「気付くのが遅いわ。それで、わらわの元に姿を現したということは分かったのか?」
「ああ、お前がこの手紙を送りつけた犯人だってことはな」
新介は建物の端で壁に凭れていたユピテルにデウスの家に届けられていた手紙を見せると、一つ一つ彼女が仕出かしたことについて説明しようとする。
「最初に疑ったのはこの手紙が届いた瞬間だ。内容からして身代金を請求しているわけじゃないのにわざわざ手紙を送りつけてきた、例え匿名での通達でも足になるような痕跡を残すと思うか?」
新介はそうは思わなかった、何せ彼等は陽動作戦などという難易度極まりない行動をこなしているにも関わらずこんな杜撰なミスを仕出かすはずがないと考えたからだ。
だとしたら情報を提供したのは第三者、何かの拍子に情報を知ってしまった者からへの通達。
その証拠に旧貴族邸でのエレナはヒントをあげていないという意味深長な発言をしていたのだ。
「流石はわらわの見込んだ男じゃな。その通りじゃ、この手紙はわらわが偶然御主の元へと訪れようとした時に街中で見た光景をそのまま書いた文章じゃ」
「どうしてこんな回りくどいことをした?それに街中で見かけたなら助けてくれたってよかったろ?」
「わらわがあそこで助けたら余計にややこしいことになったからじゃ。わらわの現在の立場は反乱分子、あの小娘に顔を見られては御主の潜入を邪魔してしまうと考えたわけじゃ」
恐らくそれは新介のこれからの潜伏活動を阻害させない為の配慮であり、ラプンツェルに全能神ユピテルが現れたといって満が一に新介の正体がバレないようにとした気遣いであったのだ。
「……なるほど、ならせめてもう少し情報くれよな。どうせ居場所も知ってたんだろ?」
「憶測もなしに居場所だけ分かってはそれでこそ怪しまれるじゃろうが。じゃが意外じゃな、御主は一切迷うことなくあの小娘を助けるという選択肢を選んだのじゃからな」
「当然だろ、仲間だからな」
「……そうか、それはわらわも嬉しい」
一体彼女が何を言っているのか、何故そこまでどこか喜びに満ちた表情をするのか新介には分からなかった。いや、正確には自分には到底分かり得ないことのようにも思えたのだ。
「じゃが御主があの小娘を拐って美織と人質交換をするというならわらわは止めんぞ、そっちの方がよっぽど効率的じゃからのう」
「いや、それは駄目だ。美織は助けたいけど他人を傷付けることはしたくない、それでまた彼女に深い傷を与えてしまうだろうから」
「ほう、御主は優しいのう。後悔しても知らぬぞ、レイビ・J・キリストは確かに美織を助ける為の最短ルートじゃからな」
「……?何だよその名前?」
新介はユピテルが不意に言い放ったレイビと思われる名前の『J』に意識を向け、一体それが何なのか彼女に聞き直した。
「あの小娘の正式な名前じゃ、キリスト家だけに伝わるとされているな」
「何でそんな事をお前が知っているんだ?」
「……さあな、何でじゃったかの」
するとユピテルはその尋問を逃れるように再び歩き始めどこかに行こうとしていた。
そんな彼女を新介は止めようとするが、ユピテルは背後を向いたまま手を振り神技を発動して自分の足場に術式を構築するのだった。
「また連絡する、しっかりと務めを果たすのじゃぞ」
「ああ、またな」
空間転移の神技が発動してユピテルは直後に姿を消す。
その様子を見届けた新介は今度こそ集会場に行く為に別棟に向かうのであった。
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‐失われた称号 第四支部研究所‐
静寂と化した室内、暗がりの中でフィリアは映像通信デバイスのボタンを弄っていた。
「久しぶりねエムス。早速だけど悪い知らせが二つあるわ、どっちから聞きたいかしら?」
「「普通そこは良い話と悪い話が一つずつある流れだろ、どちらからでも構わんさっさと言え」」
エムスは他人とのコミュニケーションすらも怠惰な行動だと言わんばかりに気だるけな雰囲気で返答をすると、フィリアは「そう」とだけ言い話を続けようとした。
「それではまずは任務失敗の報告をしますわ。あなたが操っていた教団構成員は全滅、何人かは十字軍により確保されましたわ」
「「あっそう」」
「あっそうって、状況分かってます?」
「「あーはいはい分かった分かった、どうせその言い回しじゃお前の手下共まで持って行かれた口だろ?心配しなくてもあいつ等にも能力掛けてあるから俺が『死ね』と念ずればあいつ等も死ぬ。はい今念じたからこれで死んだ」」
急に投げやり口調になり一度に全てを話したエムスはやり遂げた感を出しながらフィリアの応答を待っていた。
「それにしてもあなたの能力って凄いですわね。相手の脳を無条件で支配する能力、それもあなたを絶対的な価値基準として忠実に命令に従う配下とするオプション付きですわ」
「「まあ確かに新カトリック教団を創った時も聖職者一人を手玉に取っただけで後は自然放置だったからな、『教団を布教せよ』という命令に忠実に従ってくれた結果がこれだ」」
エムスの能力、それは相手の脳を支配して洗脳するという干渉系の神技であった。
しかも干渉系神技の中でも上位に立つ『レグロス』を使い、この神技は言わば自分に価値基準を置けるというチート要素がある禁術扱いとされている技であったのだ。
自分に価値基準を置くとは、行動、言動、そして能力すらも術者であるエムスを継承する形で脳を支配するということだ。
つまりエムスが誰か一人の脳を支配したならば、彼が死ねと言えば自害し、また誰かを洗脳しろと言えば例えその人物に洗脳をする能力がなかったとしても命令に忠実に従うのだ。
だがこの能力にもいくつか条件がある、能力継承の命令は一定の素質があるものしか効かないということ。
そしてもう一つは神などの実力者だと自我までを失わせることはできないということであり、意識を保ったまま命令を聞いてしまう状態になる場合が多々あるということ。
だからこそエムスは新カトリック教団が滅ぶたびに十字術を扱える教会の聖職者などを『失われた称号の命令には絶対に従え』という命令を聞くように洗脳して、彼等をプロテスタント過激派として無限増殖させていた。
以前までは市長であったガルシャワに新介はカトリック教団の指導者を任せていたが、彼が死亡してからはラプンツェルに拠点を置くフィリアに任せっぱなしだったのだ。
これが禁術扱いされていた理由は一つ、洗脳などという神技は世界のパワーバランスを簡単に壊す危険なものであり、世界の二大勢力とされている天界連邦政府と失われた称号との間に再び勢力が生まれ世界情勢に混乱を招かない為であったからだ。
「「それで、二つ目の知らせというのは?」」
「ああ、作戦が失敗したってことはレイビ・キリストという最大の盾をみすみす逃しちゃったってわけ。だから私達の戦争はただの勢力のぶつかり合いになるわ」
「「戦争ねえ、まだ実感ねえなあ……」」
「私は楽しみ過ぎて夜も眠れませんわ♪一体どんな武器で、神技で、愛で私を痛め付けてくれるかと考えればゾクゾクします♪」
エムスは突如として性癖を表に出したフィリアをまるでゴミを見るような目で睨みつけるが、彼女はそれすらも至福と思い顔を紅潮させていた。
「「あーもう本当にダルい、マジで女って何でこんなにダルい奴ばっかなんだよ。あーあ、声掛けただけで惚れてくれる女いねーかなー」」
「あなたも相変わらずですわね、『求愛の求道者』エムス・ヘッグタッド。まあ私はそれぐらい罵ってくれた方が気持ちいいんですけどね♪」
「「売女はお呼びじゃねえよ、第一お前の能力もチートみたいなもんだろ?ほぼ不死身とか反則中の反則だっての」」
「あら、お褒めに預かり光栄ですわ。ですが私褒められることは嫌いなのです、私にとっての賞賛は蔑みの罵倒ですから♪」
フィリアからの報告を終えたエムスはこれ以上絡むのが面倒だとでも思ったかかのように映像通信デバイスの電源を断ち切るが、彼女はそれすらも蔑みと捉え体をモゾモゾとし始めるのだった。
「さあ、戦争ではどんな痛みが待っているのかしら♪」
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レコンキスタ病棟、その日新介はマークとデウスのお見舞いとレイビが退院する準備をする為に訪れていた。
「何だって、捉えた失われた称号関係者及び教団構成員が牢獄で謎の死を遂げた?」
「ああ、自分の爪を使って首を掻き切ったそうだ。まるで誰かにやれと言われたように、いや、誰かを恐れたようにかな」
今回の事件で捕らえたレイビ誘拐事件の関係者は牢獄に閉じ込まれていたが、今朝の点呼の時間に看守が全員死亡しているのを確認したという情報が新介の元に総隊長直々から通達されていたのだ。
それをマークとデウスにも伝えると、本を読んでいたマークは何か驚いたような表情をして一度本を閉じた。
「うーん、相手を遠距離で殺す能力か――そんな神技や十字術は効いたことがないね。と言うかそんな都合の良い物があるとも考えにくい」
「何だマーク、お前はそんな事も分からないのか?相手を遠くからでも殺せる能力……それは愛だろ?」
新介達は横から何か聞こえた気がするが、デウスがこういう発言をした時は素直に無視をするという協定を結んでいた為にこの場合も条約を行使することにした。
「なら僕は暇潰しにその能力について調べてみるよ、新介はまた僕の指定した本を図書館から借りてきてくれ」
「了解、また何かあったら頼ってくれよ。エマばっかりに任せるのもあれだからな」
新介はマークに気兼ねなく要望をしてくれるように伝えていると、ちょうど退院手続きを終えたレイビがデウス達の病室に入ってくる。
「久しぶり皆、ごめんね私の為に怪我させちゃって」
「レイビ~!会いたかったよ!再会のハ……」
どさくさに紛れてレイビに抱き付こうとしたベッドから飛び出したデウスはまもなく彼女から恒例の目潰しを受け、暫くベッドの上で見苦しい程に悶え始めていた。
「あああ目があああ!!」
「全く、やっぱりあなたのその性格は死なないと治らないみたいね。でも、今回ばかりはありがとう、珍しくあなたがカッコよく見えたわ」
レイビは珍しくデウスの前で照れ隠しながら感謝の気持ちを伝えると、彼もまた予想の斜め上を突かれたかのように頭を掻きながら動揺していた様子だった。
「……ったく、んなこと言われたら調子狂うじゃねえか」
「でも無茶し過ぎ!急所を外れていたから良かったけど照準がズレていたら本当に死んでいたんだからね!」
「痛い痛い!!レイビさん傷口を手で押すのはやめてください!!」
レイビはデウスが銃弾を受けた腹部に手を当てて手荒く忠告をするが、その手の力加減は次第に弱弱しいものへと変わっていくのだった。
「……馬鹿、本当に馬鹿だよ。皆私の為に酷い傷負ってさ……こんなどうしようもない隊長なんかに命賭けてさ……」
「__仲間に命の一つも賭けることができない馬鹿ほどじゃねえよ。俺達の隊長はレイビしかいない、お前が居なくなったら第二部隊は烏合の衆になってしまうだろうからよ」
「そういうことだレイビ、僕達は隊長を助けたくて勝手に助けた、それ以上でもそれ以下でもない。この結果は少なくとも君の人望が厚かった結果だと推測できる」
「皆……」
誰も彼女に不満を持つ者はいなかった、その様子を窺ったレイビは一瞬涙腺が崩壊しかけるが隊員の前でもう弱弱しい姿を見せたくないかのように後ろを振り向いた。
「良い仲間に恵まれたな、レイビ」
「もう、馬鹿……せっかく我慢してたのに泣いちゃったじゃない……」
新介の声掛けと共にレイビは我慢していた涙を流してしまう、その後ろ姿を見ていたデウス達は彼女に温かい視線を送り泣き止むまで見届ける。
「……よし!もう隊員達の前では泣かない!私はもっと強い隊長になってみせるんだから!シン、今から特訓よ!」
「おう!なら早速訓練場に直行だな!」
レイビは俄然として特訓への意欲を駆り立てられ、新介を連れて訓練場にへと直行で向かうのであった。
そして病室は暫くの沈黙、デウスは何もやることが無くなったのか腕を枕にしてベッドで寝ようと目を瞑る。
「良かったのかい?多分あの様子じゃレイビはシンにゾッコンだよ?」
「何でそんな事俺に聞くんだよ、別にあいつが好きならそれでいいんじゃねえの」
「だって、デウスは昔からレイビのことが……」
「ああもううるせえな!寝れないだろうがメガネ!」
マークに背を向けて寝ていたデウスは、先程から自分の心情を正確に突いてくる彼が気に食わないかのように勢いよく起き上がった。
「俺はあいつが幸せだったら何でも良いんだよ!はいもうこの話お終い!もう寝る!」
「はあ、君も素直じゃないね。まあ君がそうしたいなら勝手にすればいいよ、おやすみ」
デウスは今度こそ本当に眠り、マークも閉じていた本を栞を挟んだ箇所から読み始めるのであった。
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