賢者 兼 騎士
その男の背中はどこまで大きく、どこまでも偉大な存在に彼女には見えていた。
敵は複数、対するこちらの駒は瀕死のクイーンと新人のポーン、それ以外の駒は全滅。
絶対的な逆境、地の利も彼等には味方せず敵は遠距離武器を使う。
だがそれでも、男の目は死んでいなかった___
「賢者だと?ふざけるな、賢者を生み出す神技を使える人間はこの世にそういない!少なくとも我々のボスか全能神ユピテルぐらいの実力がなければ……」
すると中央に立つ男は訝しげな表情をして、新介の顔を見つめると何かに気付いたような雰囲気で驚きを隠せないでいた。
「お、お前!!ヴァンパイア・ロードを倒したという上野新介か!?」
「ラグーシャの件では世話になったな、またこんなくだらないことしてたとは驚きだったよ」
「チッ……!!撃て!!」
手下共は再び弾を装填し新介に銃口を向けるが、もう既に彼が別の術式を構築して神技を発動していたことをスコープ越しから驚きを隠せない様子を露にしていた。
「悪いな、もう先手は打たせてもらった」
「上か……!?」
男達は急いで上空を見上げると彼等の頭上に無数の氷の結晶が浮いており、新介が次に発動した神技によって勢いよく投げ落とされる。
「が、ああ……!!」
『イスターナ』の効果で加速した氷の結晶はそのまま彼等の体に突き刺さり、咄嗟に神技を発動していた中央の男以外は次々に屋上で倒れていく。
「随分と駒が減ったな、これでようやく平等ってわけか」
「クソ、だがまだ上は私が取っている!!」
「そうか、なら死守してみろよ!」
新介は剣を抜き体内に溜めていたゾオンエネルギーを足元に集中させ、そのまま二階ほどの高さの屋上に飛び乗り男に向け剣を振り翳した。
「っ……!!」
「どうした、案外すんなり場所を譲ってくれたな?」
「調子に乗るなよ、小僧が!!」
男は神技でその剣が自分の肉を抉るのを防ぐが、新介もまた諦める姿勢を見せず間髪入れずに剣を振り回す。
「おらあああ!!」
「馬鹿め、何度やっても同じことだ」
男が再び神技で斬撃を防ごうとする中、新介は剣を持ちながら神技の構えを取り術式を構築し始める。
『ラグオス』
そしてそれは同時に剣の刃に氷を付与する効果を放ち、新介は切れ味を落とす代わりに打撃としての威力を上げたのだ。
____!!
「な……!?」
神技で構築された防御壁は破壊され、ようやく男の懐に入ることができた新介はその切れない剣で腹部に一発強い打撃を入れた。
あまりの衝撃に胃酸を撒き散らし千鳥足となる男の胸ぐらを掴むと、新介は鬼のような形相で睨みつけながら彼等に忠告する。
「もう二度とレイビに手を出すんじゃねえぞ」
「っ……!!」
忠告を済ませた新介は自分の額にゾオンエネルギーを付加させ大きく振りかぶると、男も身体の危険を察し恐怖心を抱いたかのように脅え始めた。
が、次の瞬間には新介と男の額は接触して、ノーガードでまともに受けてしまった彼は衝撃と共に気絶してしまい倒れてしまう。
「__ほらな、すぐ終わっただろ?」
「……何よそれ、滅茶苦茶強いじゃん」
強さを隠していた、というつもりは新介にはなかったが、少なからずレイビは彼がここまで強いとは思っても見なかったかのように仰天とした表情を見せていた。
そして新介も屋上から飛び降り足元にゾオンエネルギーを付加させて着地すると、レイビの元に近付き彼女の目線の高さまで跪いた。
「まあ、その、正体を隠していたことは悪かったと思ってる」
「……ごめんなさい」
レイビは痛みが蝕む体を手で抑えつけ、体を震えさせながらそう呟いた。
「私の不注意で、こんな目にあったのに……たくさん皆に心配掛けて……隊員達を怪我させて……私は隊長失格だわ……」
彼女は再び涙を流す、それは恐らく後悔の涙だ。
自分がエレナの行動に不信感を抱いていればこんな目に合わなかった、彼女を信頼できる仲間だと信じきっていたことを後悔するかのような心情がその涙から伝わってきた。
悲嘆的になっているレイビに対して新介は彼女の肩を握り、俯きがちになっていたレイビの目線を上にやり目を合わせた。
「それは違う!だって隊長は隊員を信じるのが仕事だろ?俺だってエレナの演技を見抜けなかったし、今回の件は俺達にだって非はある」
「シン……」
「それに俺達は隊長と隊員である前に仲間だ、仲間を助けるのは当たり前だろ?」
「……ありがとう、あなたのその言葉を聞いただけで何だか安心した」
レイビは笑顔を見せ、新介が優しく語り掛けてきてくれた言葉を受け取りようやく気持ちを落ち着かせるのであった。
そして新介達は束の間の余韻に浸ることも許されず、敵を倒した数分後に別候補を探索していたグループとそれを先行していたエマが到着した。
「シン!!他のグループを連れて来たわ!!」
「エマ、悪いが早速仕事だ。内の隊から負傷者が出ている、デウス達を治療してやってくれ」
「何よこれ!レイビもデウスもボロボロじゃない!……って、シンはどうして左手を隠そうとしているの?」
「え?ああいや……」
新介は左手に刻印された紋章を見られないようにと背中に隠しながら状況を説明していたが、どうやらエマは彼の不審な行動を見逃してくれなかったようだ。
「怪我したなら治すよ?ほら手を出して」
「だ、大丈夫だって!それよりあいつらは銃弾くらってるから早く止血しないと!」
「銃弾!?それなら早く言ってよ!十字術が使える者はデウスやマーク達の治療を優先して!騎士達は敵の確保よ!」
到着した三十人の隊員達はエマの指示に従い行動を始めると、術者は銃弾を受け気を失っていたデウス達の治療を、騎士は新介が倒した失われた称号の構成員の確保と教団構成員の遺体の確保に専念していた。
「ごめんレイビ、私も今からデウス達の治療に回るから、あなたの治療は本部に戻ってからでいい?」
「私はいいよ、それよりデウス達の治療に専念して」
「本当にごめんね。ほらシン、あなたはさっさとレイビおぶって本部に戻りなさい。後は私達で処理しとくから」
「俺かよ……ったくしゃーねーな」
新介はやっつけ仕事をするかのようにレイビに背後を見せ跪くと、早く背中に乗るようにと彼女に合図を出す。彼のそんな行動にレイビも少しだけ顔を紅潮させながら背中に乗ると、新介はそのまま持ち上げ体勢を整えようとした。
「おっと、何故だか知らないが初期動作でよろめいてしまったな」
「それってどういう意味?私の体重が重たいって言いたいわけ?」
「すいませんレイビさん、もう二度と言いませんので腕に力を入れるのはやめてくれませんか?これでは俺が窒息死してしまいます」
レイビに対してデリカシーのない発言をした新介は本人から絞殺させられかけるが、即座に誠心誠意を込めた謝罪をすることで何とか許してもらおうとしても彼女は依然として背後で笑顔の怒りを見せていた。
「別に死んだって良いじゃん、最後に女の子の胸の感覚と共に死ねるんだから♪」
「え、そんなのどこに……」
「あーごめん手が滑って力んじゃったー」
「痛い痛い痛い!!嘘嘘冗談っ!!このぐらいの力加減なら僅かに感じるから!!ちゃんとありますから!!」
だがそれはレイビにとって火に油を注ぐ更なる侮辱であった様子で、新介は更に首元の力加減を強められ本当に息が詰まりかけそうになったいた。
_____!!
しかし次の瞬間、凄まじい爆音と共に新介の首を絞めていたレイビは思わず腕を緩めてしまい音の根源の方に視線を向ける。
作業をしていた隊員達もその異様な出来事に手を止めて根源の方へと目をやると、中庭を囲んでいた貴族邸の建物の一面が木っ端微塵に破壊され奥から塵の煙に隠れた人影が見えてきたのだ。
「だ、誰だ!!また敵か!?」
「レイビは……どこだあああ……!!」
しかしそれは大剣を片手で持ち、ゾオンエネルギーを武器に付加させていたアグナムの姿だったのだ。
「え、えええ!?お兄さん!?」
「殺す、殺す殺す殺す……!!」
もはや完全に血に飢えた殺人鬼のような行動と発言をしているアグナムは新介を一瞬敵だと思わせる程に悪人面をしていたが、どうやら本当に応援に来てくれたという状況を察した。
「お、お兄ちゃん、私は大丈夫だから」
「レイビ!!お前その傷……」
ようやく我に帰ったのかアグナムは新介におぶられている彼女を見て、取り敢えずは生存を確認したことに安心したかのような穏やかな表情を見せた。
「クソ……だが私はまだ力を残している、貴様達の護送など隙を見て逃げてやるわ!」
「__ほう、それは面白いな」
「え?」
屋上にいた失われた称号の構成員と思われていた男が手を拘束された状態で中庭に連れて行かれると、そこに十字軍総隊長であるアグナム・キリストが剣を向けていたことに驚きを隠せないでいた様子だった。
「あ、アグナム・キリスト!?十字軍総隊長が何故ここに!?」
「力を隠しているってことは神か何かか?暴れ足りないなら俺と相手してくれよ、俺も丁度やりがいのある敵を斬りたいと思ってたからよ」
この人は十字軍という肩書きによって守られているだけで一歩間違えれば殺人鬼にでもなるのではないか?と頭の中で連想していた新介はこっそりと扉の方からこの場所を抜けようとした。
「あ、いやその私なんかと対決だなんて恐れ多いと言いますか……神技使えるだけで神の称号も得られなかった雑魚なんで相手にならないと思いますねはい……」
「……そうか、なら大人しく護送されていろ」
「あ、はい」
男は素直に自分が組織の構成員の中でも殿の部類だったことを認め、アグナムに再び目に付けられないようにとその後の護送で抵抗はしなかったという。
こうして失われた称号及び新カトリック教団の計画は幕を閉じるのであった。
_______
新カトリック教団による一連の事件により、両陣営共に多大な被害が出ていた。
十字軍 第二部隊 死者 一名
重傷者 八名
軽傷者 一名
新カトリック教団 全滅(教会で数名は確保)
失われた称号 構成員含め十名確保
第二部隊も決して少ないと言える被害で収まったわけではないが、レイビ奪還に成功した探索チームはその貢献を後日総隊長直々に称えられた。
中でも新介の働きは賞賛に値するものであり、嘗ての経験からの見事な推測で新カトリック教団の計画を見抜きレイビ奪還作戦を最も成功に導いたとされた。
そして何よりの収穫はラプンツェルを裏で暗躍していた失われた称号の構成員を確保できたということだ。
十字軍は引き続き彼等に尋問を続けているが、今のところ明かされた情報はレイビ誘拐に関する情報であり敵のアジトと思われる情報はまだ拾えていない現状にあった。
そして事件解決の翌日、新介は拷問を受け負傷を負っているレイビのお見舞いに行こうとしていた__
「ようレイビ、怪我の具合はどうだ?」
「おかげさまで結構回復したよ。まだちょっと体は痛いけどね」
レコンキスタの病棟にレイビは入院していて、当分は休暇扱いとされ仕事に邁進する必要もない彼女は随分と暇を持て余していそうな様子だった。
だがその姿は数々の打撃を受け頭部は包帯でグルグル巻きにされ頬には清潔性が保たれたガーゼが張られていたことから、数時間にも及んで行われた痛々しい拷問の全貌が垣間見えた気がしたのだ。
「デウス達は大丈夫だった?」
「おう、レイビよりは入院する期間が長くなると思うが元気だったぞ。今はエマが看病してる」
新介はここに来る前にデウスとマークがいる病室にエマと訪問して、彼女が仕方なくデウスの要望で果物を切って欲しいという要望を叶える為に彼だけが先にレイビの病室に向かったのだ。
「本当に皆には申し訳ないよ、私の為に私より怪我させちゃって……」
「そうか?マークは『これで暫くは面倒な見回りをせずに読書ができるから良かったよ、早朝に来なかった奴ざまあ』って言ってたし、デウスも『これで暫くは病棟のナースとイチャイチャできるな、グヘヘ』って言ってたからそんなに気にしてなかったと思うぞ?」
「あーうんそうだね。何か一人だけ頭ぶち抜かれたら良かったのになって思ったけど、それなら良かったわ」
恐らくその一人とはデウスのことだと思うが、彼は元々そういう人間であり、息をする度にウザイと思える発言をする存在だったのでレイビも薄々諦めの境地にある様子だった。
「それよりシン……ああいや、新介だっけ?」
「いつも通りシンでいいよ、てか正直それは知られては困る情報だ」
そう、今回の事件で新介が唯一犯してしまった失敗といえばレイビに少しだけ素性を知られてしまったということである。
あの状況下では神技を使わざるを得なかったのは仕方ないとして、新介にとってはその後のアフターケアとなるレイビに対しての言い訳をどうしたものかと頭を抱えていた。
「別にデウス達に言ったりしないから安心して」
「気にならないのか?」
「そりゃあ気になるよ。どうして神技を使えるのかとか、何で十字軍に入隊したのかとか、お前は一体何者だ、ってね」
一瞬レイビはプイッとして不貞腐れた表情を見せるが、どうやら声質の雰囲気から秘密にしていたことを特段怒っているというわけではないと確認すると新介は安堵をした。
「聞きたいことは山々だけど、今はいい。だから、シンが自分から言いたいって思った時に教えて、それまでは二人だけの秘密にしておくから」
「……恩に切るよ、レイビ」
「か、勘違いしないでよね!これは助けてもらったことへと最低限度の御礼のつもり!別に今回の事件に関して個人的な感情が混同してる訳じゃないんだから!」
「はあ?」
レイビはまるでツンデレ風に対応してみせると思わず新介はポカンとした顔をしてみせる。
それは個人的な感情とは一体何の事を指すのかイマイチ理解できなかったことに原因はあったが、彼女が自分から秘密をバラさないという約束をしてくれたことで取り敢えずはこちらの事情も一件落着したと捉えた。
「てか、少しだけ気になったんだけど、旧貴族邸の建物を破壊した総隊長の攻撃って……」
「知らないの?お兄ちゃんは武器にゾオンエネルギーを付加させる『ディレクト』って技術を使うの、言わば神技の次に技術習得が難解とされる代物よ」
「何でだよ、あんなの体に収束させる感じでやればいいんじゃないのか?」
「神技を使えない者にとっては自己以外へのゾオンエネルギーの干渉が難しいのよ。例えば人間にもし羽が生えていたとしても、今まで羽が生えてることを想定していなかった人間が使いこなせると思う?」
要するにレイビの言いたいことは人間は自己の体以外の想像は予想しにくく、脳内で想像することを基調とするゾオンエネルギーの収束技術は武器や他への干渉が壁となるケースがあるということだ。
この事から十字術を発動する際に必要とされる十字架は自然とゾオンエネルギーを吸い付ける効力を持っており、神技とは違って発動までが簡略化されたのだ。
だが新介の場合は既に神技を習得済みなので他への干渉に対する壁がなく、それは同様に武器への付与も可能とさせていたのだ。
「お兄ちゃんが大剣を扱う理由もそこにあるの、ディレクトは武器の大きさが大きいほど付加面積が広くなるから威力も増す。生まれつき貯蓄量も桁外れなお兄ちゃんだからこそあの破壊力を体現できるのよ」
「本当、あの人何で神じゃないんだよ……」
「お兄ちゃん自身神とかに興味ないからね、『俺は剣だけを振り回せればいいんだ』とか言ってたし」
どうやら神の称号を得る為の国家試験などは能力主義というより神技の型をどれだけ覚えているかが審査基準となるからか、神技が一切使うことのできないアグナムは試験を受けることすらできなのだという。
だが恐らく実力ならばそこら辺の神よりもあるのだろう、G7とまでは行かなくとも神官にも引けを取らないのであろうと新介は憶測を立てる。
「まあ、あんま長居しても鬱陶しいだろうから、そろそろ集会場に行くよ」
「わ、私は別にもうちょっと居てくれても構わなくもないというか……」
「え、何?何か言ったか?」
一瞬小声になったので本当に何と言ったか分からなかった新介は再び聞き直すと、次の瞬間には不満げに頬を膨らせていたレイビが彼の方を見つめていた。
「何でもありませんー!そうやって大切なところだけ聞き逃してたらいつか絶対後悔するんだからね!さっさと集会場に行きなさいこの鈍男!」
「に、にぶ?まあよく分からんがまた来るよ、何か差し入れして欲しい物でもあるか?」
新介はレイビのよく分からない発言シリーズが飛んできたと思いすぐさまスルーすると、またお見舞いに来た時に欲しい物を聞くことで彼女の機嫌を少しでも取り戻そうとした。
「甘い物!できればクリーム系!」
「……また太るぞ?」
「ねえシン、やっぱ自分で買うから購買までおんぶして連れてって、でも力んじゃったらごめんね♪」
「あ、はいすいませんもう一生体重の事を弄ったりしません」
レイビは旧貴族邸で見せていた明らかな作り笑顔で心の内では怒りを抑えたような表情をするが、何にせよ新介は彼女が元気そうで何よりだと思い集会場がある棟へと足を運ぶのであった。
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