蠢き合う陰謀
‐ラプンツェル とある教会‐
「出でよ神の奇跡!女神召喚っ……!」
教会に立つ一人の神父の掛け声と共に前方に映像が表示されると、そこには赤髪と左目に付けた眼帯が印象的なゴスロリ姿の女性が映される。
その様子を確認した神父は跪き祈りを捧げ始める、しかし映像の女は嫌悪感を抱きながら彼を見下すように覗き込んだ。
「お待ちしてましたよフィリア様!いや、『友愛神』フィリア・エムエス!」
「その名前はもう捨てた身ですわ、今の私は『偏愛の求道者』フィリア。尊敬、崇拝、称揚、そんな感情は何の意味もなさない。哀れみ、蔑み、暴力、それこそが世界の本質!愛の本質なのですわ!」
「おお!さすがフィリア様は素晴らしい考えをお持ちなようで!確かに確かに、この世界は暴力でしか救われないっ!そして我々の行動もまた許される!それは聖書を記したイエス·キリストの名の元に許された行為なのだから!」
男は狂ったように妄言を吐き散らすが、それはフィリアも同様なことでこの場には誰一人として正常な求道者などいなかった。
だか一通り会話を済ませると男が本質に迫る。
「それでフィリア様、一体御用とは何でしょうか?」
「あなたに使命を与えますわ、とある人物の確保をね」
「なるほど、してその人物とは誰でしょうか?」
「レイビ·J·キリスト、もっとも『J』は隠し名みたいだけですけどね。こいつはプロテスタントきっての異端者だわ」
異端者という言葉を聞いた男は歯を強く噛み締め始め心の底から怒りを噴き出そうとする、どうやら彼にとって異端者とはもっとも毛嫌いする存在だったのだ。
「異端者だと……イエス·キリストの倅が異端者だっただと!許せない……許せない許せない許せない……!!神を冒涜する異端者は私が鉄槌を与えてやらねば……!!」
「そうですわ、だって異端者は始末しないといけませんからね♪だけど殺しては駄目です。彼女は私達で始末しますから♪」
「了解しました!ならばそのご命令忠実に従いましょう」
男はフィリアの命令に従う意志を見せる、まるで既にレイビ誘拐の算段が整っているかのように彼は思慮深くどこまでも先を見据えている様子を覗かせるのであった。
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新介が初めての交戦を経験した日、あれから既に10日が経過しようとしていた。
訓練を終えた新介は第二部隊の集会場の席に座り、一人考え事をするかのようにどこか遠い一点を見つめる。
「どうした、そんな浮かない顔をして」
「マークか、別に大したことじゃない。ちょっと考え事をしてただけだ」
マークは新介と同じ机の席に座ると、手に携えていたチェス盤を机に置きながら何気ない一言をかけるかのようにそう言った。
「何だ、レイビと同棲してる間に本当に彼女のことが好きになったとかか?小説だとよくある話だね」
「いや違うから、てか俺は普通に好きな人いる身なんで」
するとマークは終始驚いた表情を新介に見せ、チェスの駒を配列していた手を思わず止めてしまう。
「それってつまり、シンは好きな人がいるのに別の女性と同棲してるってこと?」
「まあ、そうなるな……」
「それは今まで読んだ小説には書かれてなかったストーリーだが、君は結構クズだね」
「っ……」
マークのセリフは新介の心を深く抉ったが、そんな事は承知の上で任務を果たす為に非情になろうと決めた彼が落胆した表情を見せることはなかった。
「まあ総隊長に命を狙われてるんなら仕方ないが。あの人はレイビを溺愛してる面があるから、怒らせたらあの図太い剣で本当に斬られるかもね」
「いやそんな澄ました顔で怖いこと言うなよな、それだけは御免被るぞ」
「冗談だって、ほら、昨日の続きをやろう」
新介は彼が綺麗に端を2列ずつチェスの駒を並べているのを見て、また昨日のように対戦をしようと言ってきてるのが分かった。
「いいぜ、なら先行は俺からな」
「僕はどちらからでも構わないよ、シンとまたチェスができればね」
新介は黒、マークは白の駒を操ると、新介は序盤から攻撃を仕掛けているのに大してマークは彼の攻撃をかわしつつ着実に陣形を作っていた。
「マジかよ、やっぱお前強いな……」
「そういうシンこそ、攻撃は最大の防御って作戦は僕も嫌いじゃないよ」
そしてマークの中盤に差し掛かった時、早打ちをしていた新介はここにきて初めて長考し始める。
しかしそれは単に眼前の局面の事ではない、今対局という気を取られた状況だからこそ新介はある話を踏み出そうとしていたのだ。
「なあマーク、レアメタルって知ってるか?」
「……確か、古代の戦争時代に枯渇したと言われる希少石のことだったかな。それがどうしたの?」
「いや、聞いた話なんだけど、その石がまだ世界のどこかにあるって噂があるらしいんだが」
するとマークは起きそうになった駒を止め、自分の記憶を手繰り寄せるかのようにレアメタルの知識を脳内で検索しようとしていた。
「これは十字軍に伝わる都市伝説なんだけど、うちの本部にはどこかにレアメタルが隠されているという噂が流れている。売れば時価一億ヘヴンドは下らないと言われるその石を巡って一時期はネコババを狙う隊員も現れたぐらいだ」
「一億!?そんなに希少なのかよ」
それを聞くと新介も盗みたい感情に駆り立てられる気持ちが理解できた、それだけの資金が手に入れば恐らく一生遊んで生きていけるからだ。
だがマークの言い方では都市伝説程度の情報しか知らなそうだった為に、これ以上の回答は期待できなかったので新介は深入りするのをやめようとする。
「だがまあ、シンもその手の話に興味があったのは意外だな」
「そうか?ならお前はもしレアメタルが本当にここにあったらどうする?」
「そうだね、そんな物があれば是非じっくり鑑賞したいものだ。色は何色か?材質は何か?硬さは?どうしてそれほどまでに希少なのか?全てを見据えてみたいよ」
マークは不気味な笑みを浮かべながら熱心に熱弁していたことから、まるでそのネコババを企んでいた人物が彼の様な趣を見せていたので新介も少しだけ疑いの念を抱いてしまう。
「おいおい、それじゃあお前がレアメタルを盗もうとした奴みたいじゃねえか」
「そうだよ、レアメタルを探してたのは僕だ」
「……は?」
新介は冗談のつもりでマークに疑いを掛けるとその予想は見事大当たり、冗談を投げかけたつもりがとんでもない変化球で返されたのだ。
「とは言っても、もうやめたことだがな。第一そんな物を一隊員が手を伸ばせる所に置いてあるはずがない、総隊長が常に持っててもおかしくないぐらいだよ」
「そんな事俺に教えて良かったのか?」
「何故だ?別にこの組織には都市伝説を探っては駄目だという規則はないだろ、言おうが言わまいが僕には不利益などない」
恐らく彼は第二部隊一の合理主義者であるが、意外にも自身が不利益となること以外は基本協力姿勢を取る意思を示したのだ。
そして新介にとってこれはレアメタルの情報を仕入れる絶好のチャンスだった為に、ここは少々怪しまれてもチャレンジする必要があると判断した新介は万応じしてそのことを聞く。
「マーク、お前はどこにレアメタルがあるのか知ってるのか?」
「言っただろう、もうやめたってことは分からなかったんだよ。そもそも本当にあったのかさえ分からないしね」
「……そうか、まあそうだよな」
残念だがマークが知っていたことはそこまでであった為に、新介は欲しい物をお預けされた気分になってしまう。
「だけどいくつかの目星は付けていた。もしもレアメタルがあるとすれば総隊長室か図書館の地下室だろうってね」
「図書館って、ここの敷地内にある図書館か?」
「ああ、あそこは原則隊員の立ち入りが禁止されている上に地下へと続く扉は鉄製の扉で閉鎖されている。聞いた話では古書を保管しているらしいけど、古くなった本を保管しておくには厳重すぎる警備だと思ったんだよ」
レコンキスタには各部隊の集会場が置かれている棟と訓練場と病棟、そして入り口とは最も遠い方面にある図書館があった。
図書館の受付の奥には鉄製の扉で塞がれた地下室への扉があり、それを開ける為には館長が所持している鍵で開錠するしか正式な方法はなかったのだ。
「ま、実際に扉を開けばそれこそ隊長を裏切ることになったからね。僕にそんな勇気はなかったよ」
「ふーん、やっぱ開けたら問題になるんだな」
「そりゃそうだよ、総隊長やレイビは組織としての規律を破ることを最も嫌う人種だ。そんな事をすれば組織としての立場や仲間としての立場を失うことになるのは違いない」
つまりそれは新介にとって立場上仲間を演じてきた者達を少なからず裏切る行為になるということだった。そう考えると彼は決心したはずの意志がまた揺らぎ始め、レアメタルを盗み出すことが怖くなる様子が窺えた。
「……シン、君が今何を考えているのか知らないけど。僕は君を仲間として、友達として信頼しているよ」
「っ……」
切羽詰っていた感情を払い除け新介は顔を起こすと、そこにはいつもすまし顔をしていたマークが温かい笑みを浮かべているのが伝わった。
しかしその表情を見て新介は正義の本質を見失いかける、彼の不意に見せたその笑顔が噛み殺したはずの罪悪感を再び感情の最奥から湧き戻されたのだ。
「__ああ、俺もお前を信頼してる」
「なら良かったよ、こんな事言うのも何か痒いけど」
気持ち悪い、それは確かに新介が自分に抱いた感情だった。
そして自分は結局今も昔も変わっていないという実感が湧き上がる。
――やめろ、やめろやめろ、それ以上俺に感情を抱くな
「僕だけじゃない、レイビもデウスも、エマやエレナだってシンのことは良い仲間だと思っているよ」
「はは、それは嬉しいや」
気が付けば新介は、自身が今古い鏡に映し出された自分の姿をマークに見せ付けていたのを悟る。
またあの日のように何も考えず、何も思わず、表面を取り繕うだけの存在に近付いていることなど知り得ていたはずだった。
だが止めることができなかった、もう既に彼は自分自身を殺さなければ罪悪感で自分自身を呪い殺そうとしたからだ。
「心配するなマーク、俺はずっとお前達の仲間だから」
既に終盤に差し掛かったチェスでの対決に新介はチェックメイトとなる一手を打つと、彼もまたマークに向け笑顔を見せた。
それは新介が自分の中で一番嫌だった作り笑顔だ、ピリピリと引きつるその表情にそろそろ限界がきそうなのかこの瞬間が早く終わって欲しいとさえ抱いていた。
「まさかあそこから持ち直すとは……シンも腕を上げたね」
「いや、今日はたまたまツイてただけだ。そんじゃ俺はそろそろ特訓するよ」
既に勤務時間は終わっていたが新介は仕事を終えてから訓練場に行くのが日課となっていたので、レイビに剣技の教えを請う為に彼女を探そうと席を立った。
「あれ、そう言えばレイビは?」
「ああ、今各部隊の隊長と副隊長達が集まって会議するミーティングに行っているはずだよ。多分もうすぐ帰って来ると思う」
すると案の定マークの言う通りレイビとエレナが仲良く話をしながら集会場に入るのを確認すると、新介は彼女を特訓に誘う為に二人のもとに向かった。
「なあレイビ、今から特訓したいんだけどいいか?」
「あーごめんシン、今からエレナと買い物行く約束しちゃってさ。今日夜遅くなるから鍵渡しておくね」
「ああそうか。てか、今日はやけに早く上がれるんだな」
「まあね、前回捕らえた教団の三人が自分達のアジトを吐いたらしくってさ、それで私の手柄扱いになって残業なしになったんだよね♪」
どうやらレイビの話によると今回第二部隊が捕らえた教団の構成員が一週間に及ぶ尋問の末自分達のアジトを暴露して、その内の二人を捕らえたという彼女が報酬として定時で帰れる特権を与えられたのだという。
「明日は総隊長が第一部隊を率いて新カトリック教団のアジト制圧に向かうようだからね~、束の間の休息として私が提案したの」
「お前、明日がそんな大事な日なのにこれから遊ぶのか?」
「だって第二部隊は明日待機だもん、それにお兄ちゃんに万が一の事態が起こるとは考え難いわ」
確かに新介もアグナム程の実力者ならまず作戦の失敗はありえないだろうと考えるが、日頃から疲れているはずの彼女がどうしてそこまでして遊びたいのか理解に苦しんだ。
「そんなに遊びたいものかねえ……」
「何よ、隊長って全然休みないんだよ?遊べる時に遊ばないと本当に社畜になるんだからね」
「あーはいはい、別に止めたりしないよ。せいぜい楽しんで来ることだな」
そう言い残し新介は集会場を後にしようとすると、レイビは彼に静止を呼びかけポケットから鍵を取り出した。
「これ部屋の鍵、一応渡しておくから帰りたくなったら勝手に入ってなさい」
「おう、サンキュー」
新介はレイビから渡された鍵を受け取ると、手で持っていた剣を背中に背負い集会場を後にする。
そしてレイビ達もまた街に向かう為に新介とは逆方向のエントランス方面へと向かうのであった。
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