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緊迫の談笑

 リビングの机には新介とレイビ、そして兄の分の食事が用意されていた。

 だが誰も最初に手を付けようとしない、兄の方はずっしりと両手を組んでいるが新介とレイビに至って正座で俯きがちに彼とは目を合わせようとしなかったのだ。


「おいレイビ、どうするんだよこの空気……?」


「どうするもこうするも、こうなった以上本当に覚悟しておいてね……で、できるだけ頑張るけどさ……最悪の事態になっても私を呪わないで……」


「おいそれどういうことだ……!隠語か……!?隠語なのか……!?」

 できるだけ向かいの兄に聞こえないように二人は小声で会話をするが、先程まで道を外した者以外は救われるが家の流儀だとかいっていた隣の彼女から呆気なく死の宣告をされてしまったことから新介に戦慄が走ってしまう。

 しかしそれはレイビも同じであり、彼女は先程から嫌な汗を垂れ流し体中が震えていたことからどうやら彼女の発言が本気だということが新介には伝わった。


「いや~ビックリしたよ!急に家に来たのは悪かったけどまさか自分の妹の部屋に男がいるんだからな~そりゃビックリするよ~うんビックリした~いやマジで」


「は、はははは」


「誰が笑っていいと言った?」


「あ、すいませんもう一生笑いません」

 やはりこの男は笑ってはいるが笑えない、新介はここまで社交辞令が滲み出ている引きつった笑顔を見たことないとすら思えた。


「あのレイビさん、あの御方の自己紹介をお願いします……」


「アグナム・キリスト、キリスト家の次男にして私の兄。現十字軍総隊長よ……」


「総隊長さん……!?お前等の家系どんだけハイスペックなんだよ……!!」

 長男はG7の一角、次男は十字軍総隊長、そして長女であるレイビですらも第二部隊隊長を務めるという程にキリストの兄妹のハイスペックさに新介も驚嘆とする。


「それでレイビ、キリスト家の仕来たり忘れたわけじゃないよな?」


「は、はひ……!わ、わしゅれてなどありませぬ……!」

 レイビはこれ以上ない程に追い詰められた表情を見せながら返答すらも噛み噛みで応えようとするが、それを見かねた新介も彼女をどうやって助けようか必死に模索した。

 だが、何よりアグナムは他を圧倒するまでの覇気を持つ男だ。野獣を扱うように慎重に、新介は助け舟を出そうと試みる。


「お前が独立しても家の仕来たりは守ると言うから、本家出ること許したよなあ?」


「あの、レイビは俺の為に……」


「ああ? レイビだと?」


「いやすいません調子乗って名前で呼んでました!!」

 新介はアグナムの眼圧に耐えられなくなりすぐさま机に頭を付け謝ってみせると、レイビもそのヘタレさに若干引いたのか彼に冷たい目線を送る。

 しかしここでレイビはこの状況を打破する為の最終手段を思い浮かべると、新介の腕を無理矢理組んで体を密着させた所をまずアグナムに見せて告げた。


「じ、実は私達、婚約者なんだよね♪」


「え?」


「……あ?」

 彼女の機転でアグナムの怒号の空気は一度解け時が止まったような空間が広がる。

 そう、この状況で唖然としていたのは向かいのアグナムだけでなく新介も口を開けずにはいられなかったのだ。


「お、おい……これは何のつもりだ……!?」


「仕方ないでしょ……!? あなたはこのままだと本当に殺されちゃうし私はまた本家に暮らすことになるの……!! 私の為にもここは話を通してよ……!!」


「お前の為かよ……!! てかさっき殺されるとか言ったよね絶対言ったよね……!?」

 二人はアグナムに聞こえない程度の小声で話し合うが、結局新介も自分の死を逃れるには自分がレイビの婚約者だと偽るのが最良の手立てだと思い、取りあえず付け焼刃の策に乗ることにした。


「そ、そうなんですよねー! 俺とレイビは実は婚約者でありまして!近々お兄様にも報告をしようと思ってたのでちょうど良かったです!」

 新介は自分には美織という心に決めた人がいながら婚約者を偽ることに少々抵抗感を覚えたが、それでもここを乗り越えようと日本社会で授かった目上の方用敬語モードでアグナムを相手する。


「ふざけるな!よりにもよって何でこんなヒョロヒョロの男がお前の婚約者なんだよ!」


「お、お兄ちゃん!それは言い過ぎだよ!」

 レイビも出会った頃には同じ事を言っていたと新介の脳裏に過るが、どうやらアグナムはレイビの婚約者が新介だということを気に入らない様子だった。


「お前いくつだ?」


「あ、はい、十七歳です」


「ほら見たことか、お前より三つも年下だぞ?せめて十字軍隊員程度逞しい男を選ぶんだな」


「そんな……」

 レイビは万事休すかと思ったように冷や汗を掻くが、新介にとってはこの絶体絶命の状況をあえて利用することが計画の最初の段階を突破する方法だということを気付く。


「お兄様、つまり俺が逞しい男ならば婚約を認めてくれるということですか?」


「俺が認めた男ならな」


「分かりました、なら――」

 そして新介は机の横に移動して、もう一度正座をすると土下座のポーズを取った。

 覚悟を決めての行動だ、眼前に座るアグナム・キリストという名の傑物を説得する為に、新介は一か八かの交渉の乗り出す。


「俺を十字軍に入隊させてください」


「ほう……」


「シ、シン……!?」

 新介の唐突な行動にレイビは唖然としてみせるが、アグナムはその度胸に少し表情を緩めつつあった。

 しかしこれは新介にとってもメリットがあり、三者ともにメリットがあるまさにウィンウィンな関係だということは間違いなかったので次のアグナムのセリフも新介は少しだけ予想できたのだ。


「いいだろう、その言葉かハッタリじゃないか試させてもらうぜ」


「ってお兄ちゃんまで!!」


「シンと言ったな、お前は明日から俺の特例で十字軍第二部隊隊員として入隊してもらう。散々こき使わせてやるよ」


「ありがとうございます、お兄様……」

 こうして新介はピンチをチャンスに変える機転のおかげで十字軍に入隊するという最初の段階をクリアした。

 確かにそれが彼の新しい生活の始まりとなったのだ___



 _______



 窓から差し込んだ朝の日差しが自分の顔を照らし付けていることが伝わると、キッチンの方から調理音が聞こえてくるのが分かった。

 新介は目を覚ましてキッチンの方に視線を向けると、そこには冷える朝を乗り越える為にパジャマに上着を着込んで料理を作っているレイビがいたのだ。


「あ、おはようシン、さっさと起きて準備してよね!」


「朝食作ってるのか?」


「うん、一応朝食と夕食はこれから毎日作ってあげるから」

 昨夜の出来事でアグナムを納得させる為に婚約者と偽った二人はこれからずっとレイビと同居することになったのだが、何故か彼女はこんな事態になっても文句一つ言わずに新介を擁護しようとしていた。

 その事に新介も思わず首を傾げた、確か彼女は婚約者以外の男性を家に入れたことがバレて本家に強制送還されるのを防ごうとしているらしいのだが、本当にそれだけの理由で他人と婚約者を演じる必要があるのかと考えてしまう。


「ごめんね何か、昨夜は私の勝手に巻き込んじゃって……」


「んな事ない、何ならこっちが助かった方だよ。レイビのとっさの判断が無かったら今頃あの大剣で串刺しにされてただろうし。てかそっちは婚約者を演じるなんて良かったのかよ?」


「まあね、本家に帰らされるよりはいくらかマシかな。私の家って世間一般からだと敷居が高いから私には分不相応な感じがするし、私としての自由が結構制限されちゃうから嫌なんだよね」

 どうやらレイビが本家に帰りたくない理由はそんな理由らしいが、昨夜のアグナムの発言を比較すればそれでも重要な仕来たりなどは守らないといけないのが彼女が受けている制約らしいのが窺えた。


「取りあえず今日は十字軍の本部に行ってお兄ちゃんに挨拶しに行ってから制服や武器を選んだりするつもりだから、その後は第二部隊の集会場で隊員にあなたの紹介をするわ」


「ああ、分かった」

 新介は敷いていた布団を畳み端に移動していたリビングの机を中央に設置すると、そこにレイビが自分で作った朝食として配膳される。

 メニューは至って普通の代物であり、強いて言うならば人間界でも変わりない程にザ・朝食と思わせるような喫茶店で出そうな組み合わせだ。


「やっぱお前って、料理上手いよな」


「そ、そうかな、お兄ちゃんぐらいしか食べさせたことないからよく分かんないけど……」

 新介はその朝食を一口食べると、今までに自分が味わったことがない優しい味わいが口の中に広がっているのが彼に伝わる。

 それにメニューには三大栄養素を取り揃えており、美味しい上に体のことを考えていると思うとレイビの繊細な性格すらも窺えた。


「ねえシン、出会った時から気になってたんだけど、その左手に巻いてる包帯は何なの?」


「え、ああ……」

 新介は賢者の紋章が刻印されている左手を隠すように包帯で隠していたが、どうにもレイビは最初からそれが何なのか気に掛かっていたようだ。


「怪我だよ怪我!ここに来る前にちょっと切ってな!」


「今思えばなんだけど、シンって何処から来たの?あまりにも身元が分からないっていうか」


「あ、えーと……一応セントラルから来たかな……ははっ」

 こことは違う異世界から来たなど信じてもらえるはずがなかったので、新介は少し迷いながらもセントラル出身と偽るのだった。

一度偽れば意外と迷いはない、いや、端から欺く行為には慣れていたのかもしれない。


「ふーん、まあいいわ。何か隠しているみたいだけど、誰だって隠したいことの一つや二つはあるもんね」


「……気にならないんだな、俺のこと」


「気にならない訳じゃないよ、でもあなたは少なくとも悪い人ではないと思う。そういう人達を助けるのもキリストの性分だからね」

 それでもレイビには婚約者以外の異性を部屋に連れて行くことは許されない、キリストの家系とはそれほどまでに血の清純性が尊重される家系であることには違いなかった。


「それじゃあさっさと食べようか、あんまりゆっくりしてたら送れちゃうし」


「そうだな」

 二人は朝食を早々に済ませて、十字軍本部『レコンキスタ』に行く為の準備をし始める。

 レイビは隣の部屋で十字軍の制服に着替えるが、新介はまだ制服を持っていなかったので外に出れるような格好をしたりしていた。


「お待たせ♪それじゃあ行きましょう!」


「随分と時間が掛かったな、出勤するだけの準備でそんなに掛かるもんなのか?」


「女の子は色々と準備があるのよ、まあヘタレのシンには分からないでしょうけどね♪」


「へタレ言うなへタレって!俺だってやる時はやれる男なんだからな?」

 するとレイビは目を細めながら彼の顔に近付くと、新介も思わず彼女の勢いに数歩後退して警戒心を露にしてしまう。

 反射的というよりかは、本能的な行動。何故この時、このような行動を取ったのかは新介本人にも分からない。


「ほら、やっぱりへタレじゃない」


「……?」


「いや、その様子だと鈍さの掛け持ちかな」

 新介にとって彼女が先程から何を言っているか皆目検討がつかなかったが、再び前方を振り向いている最中にレイビが何かニヤついている表情をしたように思えた。


「そろそろ行きましょう、本当に遅刻しちゃうからね♪」

 二人は扉の外に出て、レイビの出勤現場であるレコンキスタへと向かうのだった。

 こうして約三ヶ月、新介はラプンツェルで三つの目的を果たす為の生活が始まるのである。




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