レイビ
第二節 ラプンツェルでの日常
ラプンツェル
◇天界において唯一自治区化された地区。
◇プロテスタントよ呼ばれる宗教派の総本山であり、多くの教会を持つ聖職者が住み着いている。
◇十字軍が治安部隊としての役割を担っており、その歴史も古い。
‐ラプンツェル 噴水広場‐
「いや~レイビさん今日も大活躍でしたね!憧れちゃいます!」
「そんな事ないわよ、あなたも鍛錬すれば私ぐらいの実力は付くと思うわ」
深夜近くに同じ服装をしていた女二人組は噴水広場で雑談をしているが、それはどちらかというとレイビという女性がもう一人の女性に一方的に褒められる内容だった。
「それでそれで♪レイビさんはそろそろ結婚なんてしたりしないんですか?」
「け、結婚って、私まだ二十歳だからそんなの全然考えてないよ!」
いつしか二人は恋愛話に話の種を移行するが、レイビはその手の話題に抵抗があるかのように苦笑いを見せる。
何せ彼女の家は結婚だとか恋愛だとかに厳しい家柄であり、最近職場でも歳の離れた兄が結婚することから仲間に弄られたりしていたからだ。
「またまた~、レイビさん綺麗だから第二部隊の中でも大人気じゃないですか♪」
「いや、一人だけおかしいのがいるだけだから。それ以外の男は意外と普通だよ」
そんな話をしていると一人の女はベンチから立ち上がり、もう夜も遅いからかそれぞれの自宅に帰ろうとする。
帰路は異なり、二人は此処で別れとなる。別れ惜しい空気を醸し出しつつ、双方共に手を振った。
「それではレイビさん、また明日!」
「また明日、リーエル」
ようやく後輩の褒め言葉攻めを乗り越えたレイビはリーエルの背後を尻目にベンチでどっと疲れを見せると、まるで先程彼女が気に掛けていた恋愛事情を意識するかのような雰囲気を出していた。
そう、レイビはふと願っていたのだ、自分も心を踊るような恋をしてみたいと____
バシャ____!!
「ぎゃあああああ!!」
背後にあった噴水の水が突如として大きな音を放ち水飛沫を上げると、レイビもそれに驚かされ瞬間的に前回りをして腰に装備していたサーベルを抜いてみせた。
「だああっ!!何で俺は毎回噴水付近で災難に見舞われるんだよ!!ランダムスポーンとは聞いたがツイてなさすぎだろ!!」
「な、何なのあなた!?こんな夜遅くに一人で噴水に飛び込むって馬鹿なの!?変態なの!?」
「って人いるじゃん!!」
空間転移に成功した新介はこの世界に来てから二度目の噴水ドボンも成し遂げるが、まさかの最初から人目に見られてしまうという災難に直面する。
しかも手には武器を持っていたことから一般人ではないと思うと、恐らくこれが例に聞いた十字軍なのだろうと新介は予想した。
「あ、君がもしかして十字軍の人なの?」
「そうよ!聖なるラプンツェルの守護者としてあなたのような変態は見過ごせないわ!」
「俺は変態じゃない!」
「じゃあ何なのよ!?」
もはや彼女の辞書には奇行に走る者は全員が変態と認識されるのかと思ったが、新介はそれでも自分が怪しい者でないことを証明しようと奮起する。
そしてここは考えている仕草を見せてはいけないと思うと、彼は即席の言い分を胸を張り公言しようとした。
「俺は噴水に飛び込むのが好きなんだ!」
「やっぱり変態じゃない!」
これは当たり前の反応であり、正直新介自身もこの言い訳は中々酷い出来だと思う。
だが、即席のインスタント言い訳ならレベルが知れている。そこにクオリティーを求めるのはナンセンスというものだ。
「違う!さてはお前お嬢様だな!?他人の価値観を理解できないからって何でも変態扱いするのは偏見が過ぎるぞお姫様!!」
「だ、誰がお嬢様ですか!私はレイビ・キリスト、キリスト家の長女にして十字軍第二部隊隊長よ!」
「え、隊長……?お前が?」
レイビはサーベルを構え警戒しながら頭で頷いてみせる。
しかも先程聞き覚えのある名前が飛んできたと思うが、後半の内容に気を取られてしまい新介は大事な所を聞き逃してしまった。
しかし彼女が隊長というのは不幸中の幸いだった、この出会いを上手く利用しさえすれば新介も最初から入隊試験など受けずに十字軍に潜伏することができたからだ。
「て言うか、あなた風邪引くわよ?」
「あ、やば、普通に寒いわ」
新介は後で気付いたように急いで噴水から出るが、全身ズブ濡れで冷たい夜風に晒されていた為に凍えそうでいた。
それを見かねたレイビも彼への警戒を一度弱め、新介に近付き容体を心配してみせる。
「どうやら馬鹿の部類だったみたいね、それだけでは罪にならないから安心して」
「いや俺を救えない奴を見るような目で見てくるのやめてくれない?その表情腹立つから」
レイビは新介に向けてこれ以上ない程の穏やかな表情を見せるが、彼にとってそれは時によって愚弄することになることであったようだ。
「さっさと自分の家に帰ってお風呂にでも入りなさい、それじゃあ……」
「……あ、俺帰る所無いわ」
「……は?」
それだけを言い残し自分の家に帰ろうとしたレイビは思わず足を止めてしまう、そして確かに目の前の男が帰る場所が無いと言ったことを確認した。
「か、帰る場所が無いって、どういうこと?」
「いやー実は俺ここの出身じゃなくて旅人みたいなもんなんだよ、だからここら辺に宿舎とかあったりする?」
「あるけど今日はもう空いてないでしょうね、第一こんな夜分遅くに宿舎なんて取れると思っている方が非常識だけど」
初日から宿無し宣告をされてしまった新介は表情を苦らせてしまうが、そんな彼をかわいそうに思ったのかレイビは一度あからさまな溜め息をしてみせる。
「まあここで野宿して風邪引かれるのも困るし、取りあえず今日一日だけ私の家に来なさい」
「いや、こう言っては何だが異性を自分の家に呼ぶのは色々と抵抗があるのでは?」
「あー安心して、もし私が身の危険を感じたら問答無用で叩くから。見た感じヘタレそうだし」
「誰がヘタレだ誰が!!」
時たまに失礼な発言をするレイビに思わず新介もムキになるが、彼女は感情豊かに反抗する新介に対して嘲笑を送る。
しかしそんなやり取りをしている間に新介はクシャミまでし始めたことから、さすがに彼もレイビのご厚意に甘えるのが最善だろうと考えた。
「あ、やっぱ連れて行ってもらってもいいですか?」
「大丈夫?早く私の家まで行きましょう」
こうして新介は不本意ながらもレイビの家に一日だけ身を置くことになったのだ。
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その部屋は随分と女の子らしい物が並べられていて、自然と空気の匂いも甘い香りが漂っていたからか新介は女子の部屋という物はこんなにも目移りしてしまう物なのかと新しい感覚が芽生えてしまう。
現在新介は風呂に入らせてもらい二部屋構造となっているレイビの部屋のリビングで無気力になっていたが、その訳とは彼女をどう説得して自分を十字軍に入れてもらおうか思慮深く考えていたからである。
「ふう、スッキリした~」
「っ……」
「何よ?」
「べ、別に……」
脱衣所から姿を現したレイビはかなりの長風呂を済ませてパジャマに着替えていたが、新介は異性の部屋着に関して言えば妹のジャージ姿しか耐性を持っていなかったので女性のパジャマを見て思わず緊張してしまった。
だがそんな事を思ったのは一瞬で、自分には好きな人がいることを思い出しすぐに理性を取り戻した。
「そう言えば、あなたの名前をまだ聞いてなかったわね。何ていうの?」
「シンだ、この地区にはちょっとした用事があって来た」
正体がバレるのを防ぐ為に偽名を名乗ると、レイビはそれを疑うことなく『シン』という名前が本名だと信じた様子だった。
「私はレイビ、もう一度自己紹介をしておくわ。言っとくけど誰かに私の家に来たことを聞かれたら否定してよね」
「何でだよ?別に減るもんじゃないのに」
「さっき言ったと思うけど、私の家系はキリスト、ラプンツェル随一の家柄なの。家に異性を呼び付けるのは婚約者以上になってからっていうのが家のルールだから、厳密にはあなたが私の家に入ることはアウトってこと」
「ん?キリスト……」
そして新介はその単語を聞いて重要なことを思い出す、以前にもキリストと名乗る人物に一度会っていたということを。
「お、お前‼サクラス·キリストの家族なのか!?」
「知らなかったの?キリスト家の長男サクラス·キリストは私のお兄様に値する人よ、と言っても物心ついた時から話したことなんて一回もないけど」
ただの偶然か運命の悪戯か彼女はサクラス・キリストの妹だと言うのだが、新介はどうにも彼と彼女が顔も性格も似ても似つかない存在だと考えてしまう。
何しろレイビは風邪を引きそうな新介を助けようと自分の家まで連れて行って一日泊まらせてくれるという神対応を見せたのに対して、サクラスは神の誇りや女神となる美織に触れただけで相手をタコ殴りにする程の態度の悪さが窺えたことが似てないと思う理由である。
「へ、へえー妹なんだ、彼奴……じゃなくてあの御方のね……」
「いやいや、長男から次男までの歳が何百歳と違うからほとんど他人みたいなものだよ。私が生まれた時には既にG7の座に就いてたみたいだし」
だが彼女は非常に良心的だ、兄の方には恨みはあるがそれでレイビに突きかかるような無粋な真似はとてもヘタレと称されていた新介にはできないことだった。
ギュルルル……
「あ」
「……お腹空いてるの?」
新介は不意に自分の腹を鳴らせてしまうが、それがここに転送される前は準備などでドタバタしていた為に夕食を抜いていたことが原因だとすぐに分かる。
「良かったら作り置きしておいた物ならあるから食べてよ、味には自身はないけど」
「いやでも、泊まらせてくれるのにごちそうにまでなるのは悪いっていうか……」
「今更そんなの気にしないでよ、私は困っている人を助けたいの。それに男の子はたくさん食べないとね!」
新介は家族以外の料理を食べるのは初めてだったと思っていたが、実は彼の気付かぬ内にサリエルの料理も食べていたりもしたことにはまだ気付かないでいた。
とは言っても彼にとって美味しいと思って食べていたのは母親だけであり、結のダークマターが色濃い印象を残している為に他人の料理にまともな経験など無かったのだ。
「本当に何から何までありがとうな、レイビ」
「いいっていいって、困った時はお互い様でしょう?人は道を外さない限り救われるのがキリストの流派だからね♪」
新介はレイビの出来の良さに本当にサクラスの妹なのかを疑ってしまうが、それでもサクラスに向けての怒りは抑えることができなかった。
コンコン____
その時部屋の玄関からドアのノック音が響くのを聞くと、レイビは冷蔵庫から取り出していた作り置きの料理をキッチンに置いてドア開ける。
「ようレイビ!案外早く仕事終わったから来ちゃったよ!」
「お、お兄ちゃん!?何で急に……」
「いやー何か無性にお前の料理食べたくなってさ、いいだろ別に?」
だがこの状況はレイビにとって緊急事態だった、何せ自分が恋人でもない異性を家に連れて来ていたことがバレたりなどすれば仕来たりを愛する兄にとっての冒涜だったからだ。
しかし兄はレイビの事情などお構いなしに部屋に入ろうとする、彼女も何とか進行を食い止めようとするがついに新介がいるリビングまで突破されてしまったのだ。
「いやー久しぶりだなお前の部屋も……って」
「え?」
新介の眼前には自分よりも随分年上と思われる大剣二本を背中に担いでいた男にレイビがしがみ付いて何とか進行を止めようとしている絵図が飛び込んでしまい、一体これは何の事態なのかと頭がこんがらがってしまう。
「何だこいつ、どっから湧いて出やがった」
「ってうわああああ!!何で剣こっちに向けるの!?」
「も、もうお兄ちゃん!!お願いだから剣をしまってってば!!」
すると男は新介に刃を向けていた大剣を再び自分の鞘に収めると、背中に背負っていた二本の大剣を床に落とし部屋中を一度衝撃で満たした。
新介はあまりの恐怖で腰を抜かしてしまうが、レイビの兄は彼の向かいに座り形式上の笑顔を見せてくる。
「それじゃあ、一緒に飯でも食べようか!」
この時新介は返答次第では今すぐその大剣で体を斬り裂かれてしまいそうな気分にされた為、彼の要求に新介も正座をしながら笑顔で返答をした。
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