出発の前夜
すっかり日も暮れ日付も分からなくなった頃、ユピテル達が滞在している酒場も閉店してバーカウンターには新介とユピテルだけが座っている。
ユピテルは相変わらずその様相で次々に酒を飲んでみせる、それとは対照的に新介は未成年だったので今回も水だけを飲み干すことしかできなかった。
「……ったく、結の奴明日が出発だってのに全力で楽しみやがって」
「長旅の上にたくさんはしゃいだんじゃろうな、奥でサリエルと寝ているとは」
あれから約半日、新介は結と一緒にセントラルを回り出費を管理していた。
とは言っても新介は今朝の騒ぎで警備部隊や民衆にも顔がバレていたので、ユピテルに認識阻害を掛けてもらうことで相手には目視されるが意識されない状態で街に出歩くことができた。
「けどまあ、あいつらのおかげで美織を救えそうなんだけどな」
「その娘を救えるかは御主達の活躍次第じゃな。この三ヶ月というあまりに短い期間にわらわ達は国を動かす程の戦力を身に付けなければならないことには変わりない」
ユピテルの指摘は至極正論であり、自分達がやろうとしていることは約五万年間国を持続させてきた政府を三ヶ月で破壊する行為に近いものだ。
勿論本当に国を滅ぼそうなどとは考えてもいない、新介達の目的はあくまでも美織を助けることである。
「じゃが御主が感謝することなどない、あの二人の行動は今まで御主が成し遂げてきたものじゃ。御主が命を張って仲間を救おうとしたことが今になって帰ってきてる」
「ユピテル、ならお前はどうして……?」
「前にも言ったじゃろう、わらわはこの体になる前G7と対立していた。わらわはわらわの目的がある、五代目神神ディグス・ティーターンとの談合がな」
そもそもユピテルはG7と対立していた身であり、その為に美織救出作戦を手伝わない理由が無かったのだ。
そして忘れてはならないのが新介達は元々政府と対立する運命にあったということだ、それが今回幸か不幸にも本来の軌道に修正されユピテル自身にもメリットがありまさにウィンウィンな目的となったという訳だ。
「つかぬ事を聞くことになるが新介、美織という娘は御主の記憶も忘れていたのか?」
「ああ――綺麗さっぱり忘れてやがった」
結と自分がそうだったように彼女もまたこの世界に来てから記憶を喪失していた、仕方なかったもののようやく出会えた時に発せられた美織の無慈悲な言葉は新介の心を鋭く抉ったのだ。
「一瞬何もかも分からなくなったよ。俺はただ美織を救いたかっただけなのに……それなのに、美織は俺を他人のように扱った……仕方のないことなのは知ってた、だけど、いつの間にか自分の中でも自棄になっていた……」
「……そうか、それは難儀だったな」
ユピテルは彼の辛い心中を聞いて励まそうとすると、新介は荒んだ自分の心が確かに潤っていく感覚が込み上げてきた。
あの時確かに新介はサクラスに本性を見透かされたかのように弄ばれ、その辛さは結が死んだ時には及ばないものの自分の大切な何かを踏み躙られた気分に晒された。
「それでも助けたいんじゃな、その娘のことを――何故そこまで彼女を助けることに拘る?」
「――好きだからだよ、俺の大切な人なんだ。このまま黙って結婚なんて納得できるか」
「なるほど、なら納得じゃな。恋は盲目とはよく言ったものじゃ」
「違いねえ、ただ好きってだけでこんなにでかいことしようとしてんだからな」
二人は笑い合う、新介に至っては明日には敵陣に一人身を置くというのにまだ笑うだけの余裕を見せていた。
そんな新介達の様子をオーナーは作業をしながら聞き流している、彼のバーテンダーとしての流儀は客と一定距離を保ち求められれば応答するというスタイルだった為にユピテルも気分良く酔えていたようだ。
「ああー……少し飲み過ぎたかのう……」
「大丈夫かよ、てかその体になっても酒に弱くなるとかならないの?」
新介は幼体の体であるユピテルに偏見でそんな事を聞いてみるが、今思えば彼女自身がそもそも酒が強くない可能性だって加味されていたと考えた。
「問題ないわ、今飲んでいるのもアルコール度数30%程度じゃからな」
「いや十分高いだろ、絶対子どもの肝臓じゃ分解できないって」
「わらわは御主より年上じゃ、何なら御主も飲んでみるか?」
以前まではモラルがどうとか言っていたユピテルも酒が入れば未成年に飲酒を勧める面倒な年上に変貌したことに、新介も思わずそれは全能神としてどうなのかと彼女の正義心を疑ってしまう。
「ユピテル、お前が酔い潰れる前に聞いておきたい。お前がそんな体になる前の話をな」
「……何じゃ、御主は女を口説く時はしっかりと相手を知ることから始める奴か。鈍いふりして策士とは罪じゃのう」
ユピテルは酔った勢いで冗談を言い自分の素性を明かすことに抵抗しようとするが、新介の真剣な眼差しを見て隠し通すことを諦めたのかのように残りの酒を全部飲み干した。
「ああ分かったわ、仲間なのにわらわだけ素性を明かさないというのもおかしな話じゃからのう」
「ありがとう、お前のことも少しは知っておきたいからな」
「……全能神ユピテル、確かにそれがわらわの称号名じゃ。じゃがな、歴史的な意味合いとしてもう一つだけわらわの称号が存在する」
ユピテルは真剣な趣に切り替えると独りでに語り始める、そして新介はその言葉の続きを一言一句聞き漏らしのないようにと聞き入るのだった。
「その称号って、何なんだ?」
「天界連邦初代神神――この国を創ったのは紛れもなくわらわじゃ」
「っ……!?」
新介が驚くのも無理はなかった、何せ自分の横にいるユピテルは天界連邦の創設者にも関わらず今はこうして反乱分子をやっていたことに経歴の異質さを感じ取れたからだ。
「初代神神って……だってお前、今までそんな事一言も……」
「言わなかったからのう、いや、言ったところで御主には関係のないことじゃと思っていた。わらわはこの国の創設者にして現政府と真っ向から対立した。国の方針を巡っての無政府地帯での戦い、その結果わらわは敗北し死に損ないの体になったということじゃ」
だからこそこの計画はユピテル自身にも大きな目的があった。
自分の体を取り戻し五代目神神ディグス・ティーターンとの今後の政府方針についての談合、それがユピテルにとっての最終目的だったのだ。
それ故に、この戦いには四人それぞれに意義があった。
新介はサクラス・キリストを倒し美織を奪還する為。
結は兄への二つ目の恩義を晴らす為に新介に協力する為。
サリエルはG7の一角であるアズラー・イールとの因縁に決着をつける為。
そしてユピテルはディグス・ティーターンとの政治方針を話し合う為にそれぞれが世界という最大の敵と対峙する。
「これは御主達にとって最大にして最後の任務となる、報酬は人間界への帰還じゃな」
「そいつは見過ごせないな、むしろ遣り甲斐があるってもんだ」
ユピテルは空のグラスで新介を指したりしてみせる、その動作から先程の一気飲みでさらに酔いが回っていたことが窺えた。
「じゃが御主の任務は楽なものではない、潜伏先では絶対に自分の正体がバレてはならないのじゃ。それと、十字軍潜伏中での御主は神技使用やそれらの類は基本的には禁止じゃ」
「は?何でだよ?」
「あそこは十字術や剣術が主な戦法なんじゃ、そんな所で一人神技を使っていたら目立つじゃろ?」
新介にとって一番重要な心得は誰にも疑われずに任務を全うすることだ。もし神技やゾオンエネルギーによる身体強化を使った日には彼が常人ではないことが一瞬で判明してしまう可能性があったからだ。
だからこそユピテルは彼に今まで習得してきた内容の拘束を要求した。そしてその拘束のもう一つの意味は新介の基本的戦闘力を向上させる為でもあった。
「何より御主は少し神技に頼り過ぎているところがあるからのう、基本的戦闘力がなければ攻撃を受けた時に躱すこともできんじゃろ」
「ギクッ……」
まさに図星を突かれていた、それはヴァンパイアと戦闘になった時やガイゼルとの戦いの際でも新介は彼等の攻撃をかわすことができなかったからだ。
「安心しろ、御主自身が強くなれば自然と神技の可能性も開けてくる。どうしても神技の練習がしたいならバレない所でやるんじゃな」
「そういうもんかね……」
しかし歴戦のユピテルがそう豪語するのだからそうなのだろうと新介は思う。
そしてそんな話をしていると店の片付けが終わったオーナーが奥で私服に着替え終わり帰宅仕度を済ませていた。
「それでは、私は自分の家に帰りますので勝手に寛いでいてください」
「良いのかよ、政府のお尋ね者である俺達をこんな所で匿って」
新介は何故店のオーナーであり情報屋や仲介人をしている彼がここまで自分達を匿おうとするのかが理解しかねていたので聞いてみたが、オーナーはそんな事は愚問とでも言うかのように笑い飛ばしてみせる。
「あなた達が何をしようと私には関係ありません、例えそれが政府に対する謀反を実行しようとしていたとしても」
「それは何つーか、周りのことに無関心過ぎるな」
「別に無関心なわけではありませんよ。ただ私も見てみたいかもしれません、あなた達が歴史に名を残すところを」
意外にもオーナーの政治思想は左翼的な考え方だったことに新介は驚きをみせるが、ユピテルは彼とは長い付き合いだったのか心の闇を感じられるそんな発言も受け流していた。
「毎日新聞ぐらいは確認しますよ、それでは」
それだけを言い残しオーナーは自分の店を後にする、実際彼の協力のおかげで自分達は色々な事を成し遂げて来れたので新介自身オーナーには感謝の意を抱いた。
「さてと、御主もさっさと寝るんじゃな。長旅で疲れたじゃろう、わらわもそろそろ飲むのをやめる」
「ああ、そうするよ」
新介は壁側の連なった座席で寝ようとカウンター席から立ち上がるが、その時にユピテルから自分が呼び止められたので彼は足を止める。
「新介、わらわの話の続きじゃ」
「……?」
直後にそれが自分がユピテルに尋ねた過去の話だということを察して、新介は不意に爛れたような彼女の発言を反射的に聞き入ろうとする。
「わらわには嘗て盟友がいた、その盟友達とわらわは戦争を止め平和をもたらそうとしたんじゃ。じゃがな、わらわは最後の最後で裏切ってしまった、その盟友だった二人をな……」
「……別に、無理してそこまで明かさなくてもよかったんだぞ?」
「分かっておるわ。ただ、御主がその一人に似ていたもんじゃからな」
「そうか……」
新介はユピテルの過去そのものには興味があったが、彼女が昔到底許される行為をしていたとしてもそれをとやかく言及するつもりはなかった。
彼女はいつも正しくあろうとする、ましてや戦時中となるとありとあらゆる正義が衝突し合う。
だからこそ、ユピテルは自分の信念を貫いただけであり、馬鹿でもそうあろうとする者は尊重しなければならないと新介は思った。
「お前の過去に何があったとしても、俺はお前を嫌いになったりしない。だって仲間だろ?」
「__そうか、それは安心した」
ユピテルは回転式のカウンター席をクルリと半回転させて安堵に満ちた表情を覗かせると、新介は今日一人間染みた表情をしたユピテルを少し弄りたくなった。
「何だ?今度は自分が裏切られないか心配にでもなったのか?お前も可愛いところあるじゃん」
「ば、馬鹿言え!わらわはただ御主が恩を忘れないか心配になっただけじゃ!それに御主のような若僧に可愛がられる筋合いはないぞ!」
「はは、悪い悪い」
ユピテルは新介に可愛いと言われた影響を受けて顔を紅潮していたが、新介本人は彼女の顔が赤いのは飲酒のせいだと思い込みユピテルの心情を正しく読み取れないでいた。
「ほらさっさと寝るんじゃ、生意気にもわらわの心を乱しよって……」
「ん?」
ユピテルの言葉は後半何を言っているのか分からなかったが、新介は彼女の言う通りに壁際の連なった座席に向かい横になった。
「クッ……何じゃこの屈辱感は……」
新介に屈辱感を飢え付けられたユピテルは若干怒りを覚えつつも、いつの間にか自分のカウンターテーブルに持たれ掛かりながら酔い潰れるのだった。
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