届かない手
「へえ~、ねえお兄ちゃんも見てよ!……ってあれ?」
結は商店街の小物売り場で商品を食い入るように見ていると、気が付けば自分が新介と離れていたことに気付く。
急いで辺りを確認するが彼はどこにもいない、常識的に考えればこの状況は逸れたことになるがスマホなどの端末が使えない天界でそれはかなり面倒な事態だった。
「どうしよう……こんなに人が多かったら見つけれないよ……」
___「「聞こえているか結、わらわはユピテルじゃ」」
そんな事を考えているとユピテルが結の脳に直接語りかけてくるのが伝わり、結もまた彼女の声が無事に聞こえることを報告する為に返事をする。
「「今から御主等を迎えに行く、現在地を教えるのじゃ」」
「えっと、大通りをちょっと外れた商店街の辺かな。でもお兄ちゃんと逸れちゃって……」
「「何?新介はそこにいないのか?」」
「うん、今日結構人多いみたいでさ」
取りあえずユピテルは結だけでも合流しようとそこから動かないように指示を出すと、結もユピテル達に尋ねたいことがあったことを思い出し口に出した。
「ていうか、ユピテルちゃん達は今どこにいるの?」
「「ああ、わらわ達はある酒場にいる」」
「酒場って……お酒飲んでるの?」
「「身を隠しているだけじゃ。それより結、わらわからもう一つ聞いていいか?」」
結が快く承諾すると、何やらユピテルは神妙な雰囲気を醸し出し予想外の質問を飛ばしてきた。
「「それで、新介とはどこまで行った?」」
「っ……!?」
少々ニヤけながら言っているのが通信越しの結からでも想像がついた、そもそもユピテル自身今回馬車で二人をセントラルに来させたのは新介と結の関係に少しでも発展があるようにと設けた神の気まぐれイベントだったのだ。
「な、ななな何言ってるの!?私達兄妹に何期待してるのよ!!」
結は反射的に焦りを見せながらユピテルに反感を持つが、いつしか自分の顔が紅潮し脳も発生した熱で何も考えることができずにいたことに気付く。
「「今回の旅だけじゃない、何故わらわが御主と新介を残していったと思う?それもこれも全部御主のことを思っての行動じゃ」」
「はう……最近ユピテルちゃんのやり口が本当に悪質に思えてきたよ……」
正直この数日の生活は結にとって楽しいものではあったが、それが全てユピテルに手のひらで踊らされていたという事実が彼女にとっては気に入らない事案であることは変わりない。
「「さあわらわへの恩義を払うがよい!御主の口で・正確に・何をしたかを話すのじゃ!」」
「っ……その、ベッドで一緒に寝ました……」
ユピテルの圧力に耐え切れなくなった結は新介と二人で暮らしている時の出来事について話すと、肝心の聞いた本人は少々黙り込んでしまい次の言葉を引き出すのに戸惑っていた様子だ。
「「……結、わらわは御主達の間にそのような関係があっても味方じゃぞ」」
「ち、違うって!!もういいから早く来てよー!!」
少々悪ふざけが過ぎたユピテルは結に一度謝罪をすると、彼女達が滞在しているという酒場からユピテルは結を迎えに行くのだった。
_______
その横顔はどこまでも美しく、彼女の様相は向こうの世界で最後に見た時と何ら変わらずにそこにいた。
もう会えないかと思っていた、もう死んでしまったかと思っていた。
だが自分の追い求めていた彼女が本当にそこにいた、そう考えると自然に目から何かが出ているのが伝わる。
――会いたかった、美織
「……どうしたの?」
「え、あ……」
マーベルは横の新介が不意に流れていた涙を拭いていた光景を見てそれを指摘すると、新介もまた彼女に心配させてしまったことを自覚する。
「ちょっとな、それじゃあ俺用があるから」
「あ、ちょっと!?今は道に入っちゃ駄目だってば!」
そんなマーベルの忠告を無視して新介は大衆を掻き分け交通が規制されていた大通りに入ろうとする。
一瞬警備員に止められかけるがそれを掻い潜り二人の後を追いかける、その様子に目の前の野次馬もざわめき始め新介は完全に悪目立ちしていた。
そう、新介は美織を自分の下へと連れ戻そうとしていたのだ。
「美織……!!」
新介は背後から美織の肩に手を掛けると、美織もようやく彼の存在に気付いたのかようやく後ろを振り向いてくれる。
「っ……」
「な、なあ美織、俺だよ!新介だ!」
彼女は一瞬驚いてみせると、重い口から言葉を発してみせるようにこう言った
「――誰、ですか?」
「……え?」
美織の冷静な一言とともに、新介は大衆に冷たい視線を向けられていたことを察する。
一体自分は今何をしているのか?何故皆自分を批判的に見るのか?どうして目の前の彼女は自分の事に気付いてくれないのか?全ての思いが混沌に混ざり合い彼の思考は一時停止しなければ現実を受け入れようとはしなかった。
「だ、誰って……」
「だから、誰ですか?そういうのはやめてください……」
彼女が悲鳴を上げていると、横から美織の肩を掴んでいた手を誰かが掴んでいたのが新介にも伝わる。
ふと仲裁に入った人物の手を凝視してみると、そこには確かに神の称号が刻印されており美織の婿となる存在だと理解した。
「気安く触るな、人間が」
「……何だよ、お前」
見下すような目線を配り静止を呼びかけていたサクラスを無視し新介はお構いなしに美織に問い質そうとすると、新介は自分の体が一時的に重力を無視して空中に放り出されていることを自覚するが気付いた時には既に地面勢いよく落とされていた。
「が……!!」
「取り押さえろ!!」
そして倒れていたところを警備部隊に警防のような物で取り押さえられると、そのままうつ伏せで身動きが取れないようにされてしまう。
「くそ、何しやがる……!!」
「それはこちらの台詞だ。私の女神をその穢れた手で気安く触るなど、貴様はつくづく神という存在を冒涜している」
「そいつは俺の連れだ!!お前の女神でも何でもねえよ!!」
しかし彼の発言を信じる者など誰もいない、唯一信じて欲しかった美織ですら自分に無機物を見るような視線を送っていたことに新介は思わず絶句してしまう。
「なあ美織、探すの遅れて悪かったよ。てか、嫁ってなんだよ嫁って!何でお前が結婚することになってんだよ!」
「……」
新介は柔らかい口調で美織にこの状況の説明を懇願するが、それでも彼女は心一つ彼の目の前では開こうとはしない様子だ。
「……そうか、やっぱり記憶を失ってるのか。そしてこいつに余計な事吹き込まれたって訳だろ?」
「それは聞き捨てならないな、やはり穢れた存在は思考まで荒んでいる」
「お前は黙ってろ……!!」
結が盗賊団に加担していたように新介は美織が自分のことを覚えていないのは召喚の衝撃による一時的な記憶障害が関連していると考えた。いや、そうあって欲しかったのだ。
「おいそこのお前、美織は返してもらうぞ」
「……そんな事この私が許可するとでも?なら愚かとしか言いようがない、貴様は私の結婚相手を奪う権利なんてないのだから。何せ無関係だからな」
サクラスは地面に這いずる新介を侮蔑するように見下ろし、彼の要望を全面的に否定してみせた。
しかしそれでも新介は諦めようとしなかった、その様子を見越した男は彼を諦めさせる為にとあることを思い付き行動に移そうとした。
「仕方ない、こいつは自分の理想通りに行動できなかったら嫌にタイプの人間だ。私が直接制裁を下すしかないだろう」
「何だと……!!」
「そいつを噴水広場まで連れて行け、それと大通りの交通規制は全面的に張るように」
「は!!」
新介は警備員に無理矢理噴水広場まで連れて行かれ体の拘束を解かされる。
先程まで注目していた大衆も複数の警備員により大通りの通路から追い出されるような形で退かされていたことを確認すると、新介は現在大通りには自分と美織とサクラスしかいない光景を見据えの異常さを感じ取った。
「お前、ただの神じゃないな?」
「ええ、如何にも。G7の一角にして称号名『聖神』の神、サクラス・キリストとは私のことだ」
「G7……!?」
それを聞いて新介はどうして一人の神が世界都市の大通りを交通規制できるのかを納得できた。
先程自分をあっさり捕らえたマーベルと同じ階級、そう考えた時点でサクラスの実力は彼女と同等かそれ以上かと視野を向けてしまう。
だが素直に彼女を逃す訳にはいかない、新介はいくら実力差を感じられようともサクラスから身を引くことはしなかった。
「あなたの行動と言動は私の目に少々余るものがある。今謝れば私はあなたに無益な暴力を振るわずに済むんだ」
「何だそれ、遠回しに謝れってことか?ふざけんな、俺はお前には用がないんだよ!」
「……何という非道。なら仕方ない、ゴロツキにはゴロツキなりの手法で制裁するしかない」
二人は激しく睨み合うが特に新介は著しく殺気立ってみせる、新介自身初めて会った相手にこれ程までの怒りを持つのは始めてであった。
「俺とやろうってのか?」
「やり合いなど望んでいない、私はただ神という高貴な存在を行動と言動で穢した貴様に制裁がしたいだけなんだ」
「……そうかよ、ならそこを退け!」
新介はゾオンエネルギーを集中させて『全身強化』により身体強化で一気にサクラスに距離を詰めた。
「と思わせて……」
しかしそれはフェイクであり、新介の本当の狙いはサクラスの背後に隠れていた美織の所にまで行き彼女をそのまま連れ出そうと企んでいたのだ。
____!!
「が……!!」
「小賢しい、そんな動きが私に見切れないとでも?」
新介がサクラスの横を通り過ぎようとした瞬間、彼の通常の打撃が新介の腹部を抉るように深く入る感覚が確かに伝達された。
その衝撃にゾオンエネルギーを全身に纏っているにも関わらず痛みが伝わってくるのが伝わると、新介もその一撃でサクラスとの決定的な実力の差に気付いてしまったのだ。
「身体強化というものは……」
「っ……!?」
新介はそのままサクラスに片手で上に上げられると、下から見下ろす形で彼もまた片足にゾオンエネルギーを付加させていることに気付いた。
「神と人間ではそれすらも格が違う」
「が……っ!!」
瞬間的に全身にゾオンエネルギーを付加させるが、新介の体はありえない程加速をしてそのまま噴水の基盤部分に衝突してしまう。
「がは……はあ……」
体中が痛みという悲鳴を上げているのが伝わった、額からも血が流れ出し目の前の相手には自分が必死に見に付けた身体強化が全く意味を成さないことが痛い程心にも傷を負わせた。
『十字重加』
「な……!?」
サクラスが懐から取り出した十字架を新介に目掛けて投げると、突如として新介の体に跪いてしまう程の重力が掛かってくる。
そして新介は先程の蹴りで体の一部分が既に骨にひびが入っていたことから、その重力による身体の過剰圧力はその傷をさらに深刻にしていることが彼の脳に伝わった。
「どこまでも醜いな、貴様という存在は……」
「何だと……!!」
「醜いと言ったんだ、貴様は自分の事しか考えていない。誰かに差し伸べられた救いを無に返すとは哀れな行為だ、上野新介」
「っ……!?」
サクラスの言葉を聞いた瞬間に新介は妙な違和感に駆り立てられた。しかし、それが何なのかも考えられる余裕など既になくただ地面に跪くことしかできない自分自身を呪う。
「貴様はどこまでも救えない」
――やめろ
「だからこそ、貴様の信念を今ここで引導を渡してやる」
――やめろやめろ
「さあ、本性を晒せ!心の重りなど捨てるのだ!」
その時、新介は自分の大切な何かが切れる感覚が伝わった。
「――あああああ!!」
猛烈なゾオンエネルギーの全身付加によって新介は超重力場から抜け出し、サクラスを見据えたその目は確かに殺気そのものだ。
「返せよ……美織を返せ……!!」
新介はそのままサクラスの所にまで距離を詰め最大威力の打撃を彼に入れる、が
「……何だ、その程度か」
「っ……!?」
腕で掴まれて威力を殺されていた、しかも様子からしてサクラス自身はゾオンエネルギーによる身体強化を使っていない。
「が……!!」
そして新介はサクラスに顔面を殴られる、何度も何度も殴られ彼の顔は様々な箇所が腫れ上がり少しずつ後ろに後退することしかできなかったのだ。
「貴様の信念はその程度か!!なら折ってやることは楽だ!!」
「あ……」
脳組織が痛みという感情に包まれて思考を停止し始めているが分かった、そして新介は視界が歪みそのまま地面に倒れてしまう。
「……命までは取らない、さっさと隠居しておくんだな」
「……くらいやがれ!!」
サクラスが背後を振り向いた瞬間、新介は構えを取り神技を発動しようとする。
『ラグオス』
空気中の水蒸気が一気に熱量を失い氷の結晶として空中に生成し始める、そして新介は続けざまに別の構えを取り生成された氷に術式を付加させた。
『イスターナ』
対象の物体を操作する効果で生成した氷はサクラスの体へと四方八方から飛び向かっていく、が
「……甘い」
「な、何で……」
生成したはずの氷の結晶は確かにサクラスの所へと飛んで行った、しかし彼の体に突き刺さる前に結晶は粉々に砕かれ無惨にも散ってしまう。
まるで天が神々たるサクラスに傷一つ付けることは許さないと豪語するように、新介の攻撃は何一つ彼に通じないまま体内のゾオンエネルギーが尽きそうになっていた。
「そろそろ終わらせてもらう、いつまでもこの道を閉鎖している訳にはいかないからな」
「くそ……使い過ぎたか……」
新介は再び地面に倒れると、サクラスが彼の元まで接近して体を踏み潰そうとした。
――『ウォーターウォール』
「っ……!?」
次の瞬間、サクラスが踏みつけようとした新介の体は水の壁に阻まれて大きく爆発する。
発生した激しい水蒸気にサクラスもしばらく視界を奪われてしまうと、先程まで地面に倒れていたはずの新介がいないことを確認して思わず動揺してしまう。
「……逃げたのですか?」
「ああ」
「追わないのですか?」
「構わない、それは今の私には制約されている事だからな」
サクラスは噴水広場に背を向けて美織の肩を寄せると、彼女を天界議事堂に連れて帰らせる為にそのまま歩かせるのだった。
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