セントラルへの再来
それから約一日、新介達は馬車に乗り遠く離れたセントラルまでの長旅をした。
二人にとってはただ馬車に揺られる旅路であり新介は車酔いし始めたりしたが、結は乗り物には強い体質らしいので移動中もずっとピンピンしている様子だった。
そして馬車で移動中に隙間から灯された朝焼けの光とともに新介が目を覚ますと、向かいの方で寝ていた結を起こそうと体を揺らせてみせる。
「おい結、朝だぞ」
「ん~……背中痛い……」
それは新介も同感だった、何せ自分達が寝ていた場所は木製の荷台だったからだ。
幸いにも屋根などはあったのである程度は快適だったか、殆ど雑魚寝の状態で寝ていたからか二人の体は節々に悲鳴が上がっていた。
「おはよう……お兄ちゃん……」
「おはよう、多分もうすぐセントラルに着くと思うからそこで朝食にしよう」
「うん……それより肩揉んでくれない……?」
結は寝付けが悪かったのか目を閉じながら兄に肩を揉むように頼むと、新介は仕方なく妹の肩を揉む為に背中を向けさせる。
「お前結構凝ってるな、普段からもそうなのか?」
「うーん、まあ女の子って動いてるだけで肩凝る生き物だからね。あ、背中もお願い~」
今度は結をうつ伏せにさせると、新介は彼女の背中辺りの血行を良くしようと親指で一度強く押してみた。
すると気持ちいいのか結は先程から声を漏らすと、馬車を運転していた運転手にも聞こえたのか新介達が乗っている貨車をチラチラ確認する仕草が見受けられた。恐らく二人が何かいやらしい事でもしているんじゃないかと疑いを掛けているのだ。
「あの結さん、声出すのはやめてくれない?」
「え~?だってお兄ちゃんの気持ちいいんだもん」
「やめろ、御者の人さっきからこっちガン見してるから。あれ絶対事故るやつだから」
このまま前方不注意で余計な事故を招かれても困ったので、何とか結に声を出すことは控えさせてもらうのだった。
「はあ~気持ち良かった♪今度はお兄ちゃんにしてあげる!」
「え、何か俺悪いことした?」
「それどういう意味かなあ?お兄ちゃんは一言余計だよね♪」
「あ、はい、どうかお手柔らかに」
結は怒りを笑顔に変換したような表情をしながら既に手は肩を揉む手つきをしていたので、恐る恐る新介は彼女の手中に収まった。
しかし彼女は意外にも肩を揉むのが手馴れていた、新介の予想ではいつもの馬鹿力で肩の骨の一本や二本持っていかれるかと想定したが程よい圧力で気持ちが良かったのだ。
「どう?気持ちいいでしょ?昔はお父さんとかの肩とかよく揉まされたからこういうのは得意なんだよね~」
「ああ、確かに気持ちいい……お前に肩揉んでもらいことなんて初めてだな」
「そうだっけ?昔は肩だけじゃなくて色んなところを揉まれた気がするけどな~」
「揉んだんじゃなくて掴んだんだ!てかいつの話してんだよ」
二人がそんなやり取りをしていると、馬車は急に止まり辺りから聞こえてくる人の声が喧騒に包まれていたことが伝わる。
すると御者は二人に到着した事を伝えると、新介達は荷台から降りて初めて外の景色を一望する。
「わあ、久しぶりだねこの光景!」
「ああ、戻って来たな。ここに」
新介達が始めて天界に召喚されて降り立った場所、そして幾たびの戦いの記憶と味わった痛みの思い入れがある場所でもあった。
「それじゃあ、5万ヘヴンドね」
「はい、どうぞ」
「ちょうどだね。そうれじゃあお兄ちゃん、彼女と良い旅を」
新介が御者に料金を支払っていると、結は目をキラキラと輝かされて今にもどこかへ勝手に行きそうな雰囲気を醸し出していた。
「おい、遊びに来たんじゃないんだぞ。それに別にここが初めてって訳でもないだろ」
「そうだけど、久しぶりに来ちゃったから興奮しちゃってさ!」
「はあ、まあ取りあえず朝食にするか。確か昨日の夜から何も食ってなかったもんな」
二人は時間の都合上昨日の夜から食事をしていない状態だった、その為に空腹であったもののまだ朝早い時間帯なので空いている店自体があるかが怪しい。
「取りあえず、俺の知ってる店に行くか……」
「私は何でもいいよ~、お兄ちゃんに一任する~」
結の承諾も得たので、新介は嘗てマーベルとお茶を交わしたカフェに行くことにしたのだった。
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新介が以前立ち寄ったカフェは意外にも有能で朝からでも普通に空いていた、というよりここは朝食が食べれるカフェテリアとしても有名な店だったので二人は惑うことをせずに店の中に入っていく。
「そういえば、お兄ちゃんは何でこんな場所を知ってたの?」
「え?そ、そんなの何でもいいだろ……」
正直新介自身マーベルとの出会いは忘れたい記憶だった、何せ彼女にまんまと利用されて一度死んでしまったからだ。
「……ふーん、その感じだと嫌な思い出な感じだね」
「え……」
「特に女関係……違う?」
合っているから怖かった、やはり女の直感というのはどうしてこんなにも優れているのかと新介は思わず考え込んでしまう。
しかしそんな事を考えて一瞬返答を躊躇ってしまったせいか、自分が図星を突かれたことを結は直感よく察するのだった。
「あーやっぱりそうなんだ!お兄ちゃんってそういうのだらしないところあるよね~」
「うるさいな、俺がどんな人間関係してようがお前には関係ないだろ……」
新介は出されたコーヒーを飲みながらできる限り目を合わせないようにするが、結は机に頬杖をついて目を細めながら疑いの眼差しを向けていた。
「おまたせしました、本日の朝食セットでございます」
「わあ~、すっごく美味しそう!」
「そうだな、それじゃあ早速食べるか」
朝食のメニューは普通の喫茶店にもありそうな食パンにある程度のおかずが付いた物だった。
新介達はそれを食べ終わると、休憩を兼ねてしばらく滞在してから店を出る。
「それで、この後どうするの?」
「ああ、何でもユピテル達から連絡が来るそうだけど。それまで結構暇かもな」
「ふ~ん、じゃあ適当にブラブラしよっか」
二人は人で溢れかえった大通りを歩いていると、以前もこんな風にこの付近を一緒に回ったことを思い出す。
またその日はヴァンパイアとの最悪の出会いもあった、夜が更けた時での最初の対面を思い出すとかなり気分が害されてしまうものがあった。
「ここの噴水広場、初めてヴァンパイアと出会った場所だね」
「ああ、あいつの力は圧倒的だった。今でも勝てたのが不思議なぐらいだよ」
「……私達、強くなれてるかな」
結の目には確固たる意志が読み取ることができる程に強い眼光で噴水を見据えていた、その様子に新介も今までの修行の日々と戦いの記憶を蘇らせ彼女に返答をする。
「なってるさ、特にお前は俺より才能がある」
「そ、そうかな、あっ……」
「ま、まあ、悔しいがお前は俺より才能がある。妹に命救われたら認めざる……」
新介が横を振り向いた時、話の途中だったにも関わらず結の姿は忽然と消えていた。
その様子からまた何かに目を引かれて勝手に動いたと思われたが、何しろ人が多かった為に結の居場所を特定するのが困難な状況であったのだ。
「あいつ、どこ行ったんだ……?」
人を掻き分けながら新介は結を探していると、一人の女性に正面からぶつかってしまい即座に謝ろうとした、が
「すいま……」
「……え?」
「あ」
新介がぶつかった相手は水色の髪色をしていた自分より年上の女性であり、それは最悪との再会だということを彼はすぐさま直感した。
そう、彼女こそがこの世界に来てから間もない頃に自分を騙したマーベル・クオークだったのだから。
「あ、あなた!生きてたの!?」
「……いえ、人違いじゃないでしょうか。それじゃあ失礼します」
「ちょっと!何逃げようとしてるの!?」
新介は人違いを装って何とかやり過ごそうとするが、マーベルにその手は通じない様子を察すると一目散に走って逃げるのだった。
「やばい……!あいつに会うのは色々と厄介だ……!」
「待ちなさい!逃がさないわよ!」
「やばいやばいやばいやばい……!!」
何せ新介は一度彼女に殺されているのだ、それにユピテルからマーベルは現在の天界の中でも指折り数えることができる実力者と聞いていた為に今の自分ではまず敵わないだろうと考えていた。
新介は多くの人を避けながら走っているが、マーベルもまた人が多い大通りで彼を見失うことをせずにしっかりと対象を区別する。
「チッ……!!」
新介は裏路地に入る道に駆け入ると、マーベルは彼に向かえ神技の構えを取り始める。
「この……!!」
「っ……!?」
『ウォーターバレット』
マーベルが術式を構築すると彼女の指の先から弾丸にまで圧縮した水が新介の頬擦れると、風圧の勢いで思わず尻餅をついてしまう。
そして彼女が新介の元へと接近し、そのまま彼を地面に押し倒して顔を近付けてみせる。
「あなた、何で生きてるの?」
「え……えっと……」
新介は今この現状を打破する為の方法を模索していた。
現在彼が考えている策は二つ、このままマーベルに抵抗して逃げ切る確率に駆けてみるか、それとも上手く彼女の尋問をユピテルとの関わりを悟られないように返答するかである。
「し、死んでない!あの後例の彼女に命辛々助けてもらったんだ!」
「それ本当?だって確かに私は間違ってあなたの心臓を貫いたはずよ?」
「いやあ俺も危うく死に掛けるところだったよ!本当に奇跡ってあるもんだな全く……」
彼女は疑いの目をいっそう強調させるが、成人女性に跨れて顔を狭まれている時点で新介も自身の何かが限界に達している感覚に襲われる。
「あれ、その手……」
「ぎゃああああ!!」
新介はすぐさま手元に刻印された賢者の紋章を隠すが、彼の明らかな挙動のおかしさにマーベルはさらに疑いを強くした。
「へ、変態!!誰か助けてください襲われてます!!」
「ちょ、待って……!!お願い……!!」
新介はこの状況をあえて使いマーベルを逆強姦魔と勘違いさせる為に大声を出すが、マーベルは彼の口元を押さえうつ伏せになることで物陰に隠れようとした。
すると新介の声を聞き付けたと思われる警務部隊が辺りをキョロキョロと見始めるが、気のせいだと思い込み新介達の手前で引き返す。
「はあ……まあ何とか巻いたみたいね……」
「な、何で俺に乗っかるんだよ!!」
「だって仕方ないじゃない!神の私が朝っぱらから人間の男の子を強姦しようとしていたなんて噂が流れたら大問題よ!」
「そういう問題じゃねえ!もっと俺が男だって意識しろよ!」
新介も一応男だったので女性の体がこれだけ近くにあれば意識せざるを得なかった、ましてやマーベルはかなりの美貌の持ち主で成人女性特有の色気というのも持ち合わせていた為に彼意外であれば既に理性は崩壊していたのだろう。
「それより、あなたはあれ以降ユピテル様には会っていないの?」
「……ああ、俺は助けてもらっただけでそれ以降はここで普通に暮らしている」
二人は体勢を立て直し路地裏で座りながら話すことにすると、新介はマーベルの尋問にユピテルとの関わりがバレないように嘘を答える。
「……そう、なら良かったわ。それと、あなたを巻き込んだ件についてはごめんなさい、あの時の私は未熟だったと反省しているわ」
「あ、ああ……」
どうにか素性を誤魔化しきれた新介はマーベルに殺してしまった件について謝罪を受けると、彼もまたその事を許そうとするのだった。
そして二人は大通りに出る為に裏路地に出ようとした時、何やら多くの人が中央に道を作り全員が足を止めて同じ方向へと目線を集めていることに気付かされる。
「何だ?」
「知らないの?今日は女神となる人間のお披露目の日なのよ」
「女神?」
「そう、神の称号を持つ者と一般人が結婚するとその人は女神となる。とは言っても正式な神って訳ではないけどね、そして伝統的にこうやって民の下にお披露目をするのが仕来たりみたいなものよ」
マーベルが説明するにはそういう訳みたいだが、何でもこれ程の人数が集まるのは極めて異例らしい。
「今日は特に野次馬が多いわね、さすがキリストの家系ってところかしら……」
「そういえば、結婚する神って誰なんだ?」
「知らないの?サクラス・キリストっていう変人よ」
そして新介も中央の道に視界を配ると、警備部隊により道は強制的に開けられ確かに二人だけが大通りを歩いていたことに気付く。
「――え?」
次の瞬間、自分の視界に移り込んでいる映像が幻覚でないかと一度疑ってしまう。
新介が見た光景、それは神と思われる一人の男について行っている女神となる存在が今まで自分が捜し求めていた人物がこちらに気付くことなく通り過ぎようとしていた景色だった。
「――美織?」
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