あの星空は今も脳裏に過ぎる
第一節 セントラルへの再来
___あの日、あの人と見た星空は随分と輝いて見えた
あの瞬間、少しでもいいから、自分とあの人が同じことを想っていてくれればいいなと思えた
今日は特段夜の空が光り輝いている、こんな特別な日を今空間と時間を共有していると思うと彼とは目を合わせれない
だけど、それでも、これだけは今彼に言わなければならないと思った____
「「――ん、――」」
その瞬間、天から怒号が響き渡り自分の下へ光が迫っていくことが分かる。
逃げようなんて意識する暇もなく、僅かながらの可能性に賭けてその言葉を伝えようとする。
だが、結局その言葉は届かないまま知らない場所へと迷い込み、あの日の夜空は今も脳裏に過ぎるのだった____
______
‐ラグーシャ地区‐
太陽が打ち上げられる朝頃、人工的に造られたそれは朝の暁から日の出までの光の移り変わりを完璧に再現するように少しずつ照り付けていく。
____「「新介君、私ね……」」
「っ……!?」
新介はソファの上で夢に魘され自分が酷く汗を掻いていたことに気付かされる、そしてその夢は紛れもなく自分がこの世界に来る前の記憶である。
いや、正確にはそれは記憶ではない、今ではそれは自分がこうあって欲しいと思い描いたただの夢だということは記憶を取り戻してから分かっていた。
「はあ……くそ……何をしてんだ俺は……」
彼はこの世界に来てから肝心なことを忘れていた、それは天界に召喚された可能性が高い三人目の人物『藤宮美織』を探し出すという使命だ。
現在ユピテル達はセントラルで重要な用事を済ませている為、新介と結はユピテルに自宅待機を要求されていたので決して彼女を探しに行ける状況ではなかった。
「……探さないとな、何としても」
元の世界の時間軸で言えばそろそろ夏休みの終わり頃という感じだろう、世間では謎の失踪を遂げた三人の名は既に既成事実化されその出来事を覚えているのは親族と親友程度の状態になっていると新介は予想する。
そんな事を考えながら新介はソファから立ち上がると、そのままキッチンに向かい食器棚を空けようとした。
「そういえば……」
新介はユピテルがセントラルに向かう前に必要最低限の修行をしておけと言われており、その際に課題として出された一つの神技を習得しなければならないことを思い出すのだった。
それは何でもユピテルが言うには新介自身が使用している『ラグオス』と相性が良い神技であり、物体を不干渉で操作することができる言わば念力のような効力を持っているそうだ。
「一回だけやってみるか……」
少々好奇心が踊ったのか、その神技を使用して食器棚にある食器をキッチンの調理場まで運べるかを試したくなり実際に言われた通りの構えを取ってみた。
『イスターナ』
すると食器は本当に念力で浮いているかのように自分から調理場に行こうとする、が、実際に発動するのは始めてだったので一瞬で解けてしまい盛大に皿は割れてしまう。
「ああー……ちょっと調子乗りすぎたか……」
「ちょっとお兄ちゃん!何朝からうるさくしてるの!?」
どうやら皿が割れた音に起こされたのか、朝早くに起こされた結は随分と機嫌が悪そうに二階から顔を覗かせているのが新介にもよく伝わった。
「普段から俺はこのぐらい早く起きて飯作ってるから、これで痛み分けだろ?」
「だってお兄ちゃんが毎日毎日勝手に作ってくれるじゃん!お兄ちゃんは好きで皆の料理作ってるんでしょ?」
「何だと!?俺はお前達のことを思ってな……」
「あーはいはい、そんなに怒っても結局お兄ちゃんはそういう汚れ役を買ってくれること知ってるから。それじゃあご飯できたら起こしてね~……」
その発言に新介は自分の妹のあまりにも傲慢な態度に業を煮やし、ついに寝室に戻ろうとする彼女に反論をする。
「そんなに言うなら自分で飯を作ってみろ!……あっ」
「……ふーん」
直後に新介は自分が墓穴を掘ってしまったことに気付かされた、この世界に来てから忘れかけていたが彼女は破滅的に料理が下手だということを。
「じゃ♪お兄ちゃんは席に座ってて♪」
「……あ、今のは冗談……」
「座ってて、ね♪」
結は不気味な本性を隠しながらの笑みを見せてみると、新介は彼女の手作り料理そのものの恐怖心だけで体に強制力が掛けられ逃げることもできずにいた。
そして自分でも無意識の内に席に座り、結がキッチンに立ちエプロンをし始める光景はまさに彼にとって死刑執行を待ち構えるような焦燥に駆り立てられる。
「それじゃあ、調理開始♪」
______
恐怖、その感情はあまりにも千差万別であり千態万様に満ちた感情と言ってもいい。
その根源はまさに人それぞれ、死を恐れる恐怖、弱者が強者に抱く恐怖、見えない何かへの恐怖。
しかし本当の恐怖とは、もう既に自分の精神の最奥に眠る本能的な恐怖だ。
その恐怖に出会うと、人間は本能に抗えないように恐怖にも抗えない、心では拒絶しようとも体では確かにその恐ろしさを覚えている。
だからこそ、彼もまた椅子に座りながら身震いを止められずにいた。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……」
後悔してももう遅いことなど承知していた。だが新介の体は自分でもどうしようもない程に結の手作り料理を拒絶し死期を予感したのか体温の低下を防ごうと身震いが止まらずにいたのだ。
「~♪うん、美味しい!」
「っ……!?」
すると新介はとある憶測を飛ばす、この前結が料理を食べさせた時とは比べ物にならない程実は腕を上達させていたのではないかという憶測を。
そう淡い期待を抱くと彼の身震いも次第に収まり始め恐怖心がいくらか和らいだ、新介にとっては美味いことは期待せずに取りあえず食用可能なら何でも良かった。
「お待たせ、お兄ちゃん~」
「あはは、まさか妹にまた料理を作ってもらい機会があるなんてな~!それじゃあ頂き……」
結がダイニングの机に二人分の料理を運んだ時、そこには見たことがない程に漆黒に染まったスープ状の物があったのを窺うと新介は思わず続きの言葉に「……不可能」と反射的に言ってしまう。
新介は恐怖を通り越して唖然とするしかなく、恐る恐るスプーンでそのスープのような物を掬うが本当に具材などが一切無かった。
「あの、結さん。一応料理名を窺ってもよろしいですか?」
「何って、どこからどう見てもクラムチャウダーでしょ?私結構料理の才能あるかも」
「あ、あはは、そうだね。クラムチャウダーなんだね、きっと天界ではこれをクラムチャウダーって呼ぶんだね知らなかったな~」
「何言ってるの?向こうの世界の作り方だけど?」
そんな事は薄々感付いていた、しかし新介はそれが正常な代物だと思いたくて現実から目を晒そうとしたのだ。
そして新介のもとに恐怖が再来する、これを口にすれば本当に終わると自分の本能が告げていた。
「あの、現世でのクラムチャウダーって何か白くなかったっけ?」
「斬新でしょ?ちょっとアレンジしてみたんだ」
「いやちょっとのアレンジがダークマターの生成に成功したみたいになってんですけど。食物繊維の終着点みたいになってるよね何これ?」
結がクラムチャウダーと豪語するそれは具材を煮込みすぎたというよりは消滅させ事象の地平線を漂っているような物にも思えたが、彼女本人は美味しそうにホイホイ食べていた様子から新介はさらに混乱してしまう。
「ん~♪私的にこれは最高傑作かな♪」
「え、このスープが美味しいの?それともお前の舌が異常なの?」
「ささ、お兄ちゃんも食べて食べて♪」
正直言って食べる気がしない、ユピテルのように治療してくれる人がいない現状で毒を盛られたスープを食すにはあまりにも危険だ。
だがわざわざ妹が作ってくれた代物だ、ここは自決覚悟で食べ切らなければ彼女にとっても食材にとっても失礼に値する、そう考えた新介はいよいよスプーンでスープ状の物を掬い一口口にした。
「____!?」
次の瞬間、新介の体に物理的な電撃が走り一口で思わず机に蹲る体勢になってしまう。
「な……何だよこれ……」
「あ、お兄ちゃんは刺激的な味が好きかと思ったから私の雷を隠し味に入れてみたんだ♪」
「馬鹿なの!?殺すの!?新手の毒殺かよ!!」
どうやら彼女は隠し味として『レギオン』の雷を新介のスープ(?)に帯電させていたらしく、口に入れた瞬間に放電する仕掛けを設置していたみたいだ。
しかしこれは本当に命に関わるギミックである、人間は雷ほどの電圧に耐えれるように体は設計されていないからだ。
「ふーん、お兄ちゃんはこういう味はあんまり好きじゃなかったんだね。じゃあ私が食べるよ」
好きとか嫌いとか好みの問題ではなく物理的に食べられないのだと目の前の残念過ぎる妹にツッコミたかったが、新介は皿を回収しようとする結の手を払い除けて彼女の提案を拒んでみせた。
「……いや、結構だ。俺は出された物は残さない主義だからな」
すると新介はスプーンを置くと、両手で皿を持ち一気にダークマターを飲み干した。
その光景に思わず結本人も唖然とし、飲み干した後も嫌な顔せずに「ごちそうさま」と彼女に告げたのだ。
「作ってくれてありがとな」
「あ、うん……お、お粗末様でした……」
新介は結の前で笑顔を振りまくと、彼女もまたモジモジとしながら完食してくれたことに感謝を告げる。
しかしそれは結が帯電してくれた雷が功を奏したのか、新介は自分の舌が殆ど麻痺してくれたおかげで味覚を遮断してその黒い液体を飲み干すことができたのだ。
「さてと、さっさと片付け……」
グルルルル……
新介は立ち上がった矢先に、自分の腹が危険信号を送っていたことに気付かされた。
どうやら胃の中に垂れ流すまでは良かったが、物理的に消化することが不可能と消化器官の満場一致で判断され彼は立っていられない程の腹痛に見舞われていたのだ。
「……お兄ちゃん?」
「だ、大丈夫だ……消化器官が受付を拒否しただけで殺されはしなかった……料理が美味くなったな、結」
彼にとっては結の料理を食べることで体のどこも代償に支払わなかったということが重要だった為に、彼女の料理を一通り褒めると急いでトイレへと駆け入るのだった。
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その後新介と結はラグーシャの広い草原で修行の一環として空手の打ち合いをしていた。
しかし打ち合いというよりは結が新介に構えや攻撃を教授している感じに近かった、神技の実用的な使用の練習も大切ではあったがユピテルがいない現状で大きな怪我をする訳にもいかなかったので節度を持って使用しているという雰囲気に近い部分がある。
「そこ、攻撃するところ!」
「こ、こうか」
「遅いよ!そんなんだったら防御に間に合わないでしょ?今の隙があれば私急所狙えたよ!」
にしても彼女は空手の打ち合いとくれば一見真面目になり、新介もいつもは妹の前では強気の姿勢を保ってはいたが恐縮してしまう。
数十分間打ち合いを続けていると、新介はバテテしまったのか結に休憩を要請して地面に座り込むと彼女も隣に座った。
「案外奥が深いんだな、武道ってのは」
「まあね、単純な力比べじゃなくて技術とか駆け引きとかもあるし。私もそこが楽しくて中一まではやってたんだけどね」
「そういえば、何で空手辞めたんだよ?お前程の実力があればもっと上にも行けただろうに」
新介はそう問い質してみると、結は随分と重苦しそうな表情をして少々返答に困っている様子を彼に覗かせていた。
「何ていうかさ、私って特別武道がしたくて空手続けてた訳じゃないんだ」
「え、そうなの?」
それは意外な返答だった、そしてただでさえ飽きっぽい性格の彼女が特別やりたい事でもないことを何年も続けていたというのは随分と不可解な話だと新介は思う。
「私には運動することしか取り得なかったから、仕方なく続けてたって感じ。中一の時に都大会で優勝して初段も取ったからここが節目かなって思って辞めたんだ」
「それだけの理由で辞めたのか?」
「……まあ、これ以上続けても何も得られないって思ってさ。小学校の時なんか友達の話に全然ついてこれなかったし、武道より大切なことがあるんじゃないかなって思ったんだ」
「……そうか、何か意外だったな。お前も色々考えてんだなって」
新介自身上野結という人間は普段からあまり物事を考えて行動しない人間だと思っていたが、彼自身こうやって互いに腹を出し合って話してみなければ自分の妹について分からなかったことがたくさんあったみたいだ。
「あ、やっぱりお兄ちゃん私のこと馬鹿だと思ってるでしょ?」
「思ってねえよ、馬鹿は馬鹿でも偉大な馬鹿は天才だろ」
「え、何で偉大な馬鹿な人は天才になるの?もしかしてお兄ちゃんも馬鹿?」
「馬鹿と天才は紙一重ってことだ、あと俺がお前に馬鹿にされる程落ちぶれてねえよ」
新介は結局彼女のことを馬鹿と認定すると、結はまた兄に侮辱された事に腹を立てて彼の横腹をポンポンと叩いてみせる。
「馬鹿馬鹿って……馬鹿って言った方が馬鹿なんですー!」
「馬鹿の一つ覚えみたいに小馬鹿にしやがって、やっぱりお前の馬鹿は死なないと治らない方の馬鹿だな」
いつしか『馬鹿』という単語の縛りレースになるが、こうなれば圧倒的に語彙力が乏しい結が劣勢に立たされるのは必然になる。
予想通り結は既に新介に追い込まれており、そもそも第一声目から相当グレーな範囲だったのでもう何も思いつくものがない様子だった。
「え、えっと……馬鹿って言った人はカバと結婚するんだー!」
「いや幼稚園児かよ、はいそれ造語だからお前の負けな」
「う……てか、いつからこんなゲーム始まったの……」
「それもそうだな、何してんだ俺達……」
ふと我に帰ると二人は草原の中央で笑い合う、傍から見れば普通の兄妹だが彼等は一種の反乱分子であることには違いなかった。
だけど結はこの時間が一生続けばいいとすら思えた、例えもう元の世界に帰れなくとも新介と一緒に暮らすことができれば十分であったのだ。
「そんじゃ、続きをやるか」
「うん!」
二人は再び立ち上がり、風が靡く草原で再び打ち合いを始めるのだった。
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