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番外編① 勝者の権利

 ふと目を開くと、リビングの窓から日差しが照りつけてくる。


 それは惑うことなき朝の日差しだ、失われた称号(ロストシンボル)との一連の戦いが終わってから数日が経った今ですら新介は寝過ごしたりはしなかった。


「はあ~……朝食作らないと……」

 一度大きな欠伸をしてキッチンに向かうと、新介は寝惚けながらも保管されていた食材を一通り取り出して調理しようとする。


「おっと……そういえばいないんだったな……」

 新介はとある事を思い出した、それはユピテルとサリエルは現在目的を果たす為昨日からセントラルに向かっていたという事を。

 何分今までずっと四人前の食事を作ってしまっていたので条件反射的に多く作ろうとしていたが、フライパンに三つ目の卵を投入する前に気付いた為に一安心した。


 ____


「遅いな……」

 新介は朝食を作りダイニングの机に二人前の食器を配置していたのだが、二階で寝ているはずの結はそろそろ降りてきても申し分ない時間なのに一向に降りてこない。

 完全に食事の準備を済ませた後も結局降りてこず、業を煮やした新介は二階の寝室まで向かい彼女が寝ている最中にノックをした。


「結、朝食出来てるぞ?いい加減に起きろ」

 しかし彼女からの反応がない、新介は結の素っ気ない対応にいくら妹とはいえその態度はないだろうと思わず心に思ってしまう。


「……入るぞ」

 ここは半ば強引にでも入らなければ兄としての威厳が無くなると思ったのか、新介は入室の意思だけを告げ妹の返事を待つことをしなかった。


「おい、ユピテル達がいないからっていつまでも惰眠を貪るのはどうかと思うぞ?」


「……う~ん、ゲッホ……」


「……結?」

 顔まで包まっていた布団を新介は剥がすと、彼女の顔は酷く赤くなり喉が痛いのか随分の声が荒い様子だった。


「……見たら分かるでしょ、風邪引いたの……」


「馬鹿も風邪引……」


「それ以上言ったら電撃くらわすからね?」

 冗談はここまでにして、新介は実際に彼女の様子を観察するが本当に風邪を引いてるみたいだ。

 咳も酷く額に手を当てて熱を測るが随分と熱い、これは熱もある状態であった為に今日一日は寝ているしかないだろうと診断した。


「これは確かに今日一日は寝ているしかないなあ……どうせ普通の飯も食えないだろうし……」


「お兄ちゃん、おかゆ作って……」


「はあ?いや何ならお前の分の朝食作ってたからな?米を炊くにもまた時間掛かるし……」

 正直言ってこの世界の原理で米を炊くのは新介にとって面倒だった、現代的なテクノロジーの象徴である炊飯器と呼ばれる物が無かった為に鍋で炊かなければなからかったからだ。


「第一お前はワガママなんだよ、何でもかんでもお兄ちゃんがやってくれると思ったら嫁にいけないぞ?」


「っ……」

 すると結はとても兄に向けるようなものではない目つきの形相で新介を睨みつけるが、新介もここは妹の将来を思い心を鬼にして硬派を貫く。


「お兄ちゃん、私達が前戦った時のこと覚えている?」


「え?ああ、あの時の……」

 しかし新介は最悪の出来事を思い出してしまう、あの時確かに自分は『勝者は敗者に何でも一つだけ言うことを聞く』という条件の下決闘を執り行ない自分は負けたということを。


「……勝者の権利発動!お兄ちゃんは今日一日中私の召使だ!」


「て、てめえ恩を仇で返しやがって……!」

 結はまるでしてやったりと言わんばかりの表情で嘲笑を堪えきれないでいた、こういう時の結は記憶も頭も普段より何倍と冴え渡るのが彼にとってまた腹立たしいものだった。


「ふふ、もう遅いよ……私達は確かにこの盟約に合意した……しかもこれはお兄ちゃんが言い出したことだよ……?」


「くっ……こういう時だけは変に冴えわたりやがって……」


「別に断ってもいいんだよ?私が病気で弱ってたのにお兄ちゃんは看病一つしてくれなかったってユピテルちゃん達に言ったらどうなるかなあ?」


「な……」

 今新介が結にかけられている圧力は二つ、一つは二人の間で合意をした盟約に従った強制力があるとも言える要求をしてきてるということ。

 もしこれを断れば新介は兄のとしての威厳どころか男としての威厳を喪失する可能性があったのだ。

 そしてもう一つがその盟約を断った場合ユピテル達に悪評を流すという圧力、以上の二つから新介はこれまでにない程に自分の妹によって追い込まれていた。


「……待ってろ、大至急作る」


「それとお兄ちゃん、この部屋寒いから暖めてくれない?」


「っ……いや、しかし……」


「ユピテルちゃん……」


「承知しました。今すぐに部屋を暖めさせてもらいます」

 新介は完全に彼女の権利に屈服してしまい、結の指令通りに部屋を暖めようと『ラグオス』を発動する。

『ラグオス』の効果は対象の物の状態を変化させること、つまり温度自体を変えることができたので結の横暴には打って付けの神技となっていた。


「うん、いい感じ♪早くおかゆを作って頂戴!」


「っ……分かりました……」


「五分で!」


「無茶だ!」

 完全にお嬢様気分を楽しんでいる妹を尻目に、新介は結の無理難題の命令に応えようと急いでキッチンに向かう。

 急ピッチで米を洗い鍋の中に米と水が入った状態でコンロに置くと、新介は再び術式を構築して『ラグオス』で炊いてみせた。


「畜生、この神技の製作者に謝りたい……」

 一体この神技の製作者がどれだけの汗水を流して開発に成功したかは分からなかったが、米を炊いたりするのは絶対本来の使用用途でないことは察していた為にただただ申し訳ない状態でいた。


 ‐五分後‐


「はあ……はあ……」


「すっご~い♪まさか本当に五分で作ってくれるなんて♪」

 結は何とか喜んでくれたみたいだが、新介は死んだ様にどっと疲れてしまい二階におかゆを届け終えるとすぐに部屋を出ようとする。


「あれ、でもこれ卵入ってないじゃん……」


「……え?」


「お願い、お兄ちゃん♪」

 どんな不条理が襲おうが新介に拒否権はない、少なくとも今日一日は結の召使として働かなければ男としての威厳が保てなくなるからだ。


 だからこそ彼は、自分の妹という不条理の根源にも笑顔を振りまいた


 いや、彼自身今自分が本当に笑えているのかなんて分からなかった____





 ______



 それから約半日、新介は結の無理難題に次々と応えた。


 彼女から面白い事をしろと要望があれば『ラグオス』で空気中の水蒸気の温度を下げ氷の結晶を作ったりもした。

 また彼女からお菓子が食べたいと要望があればゾオンエネルギーの身体強化による脚力強化(レッグオーバー)で隣町まで買出しに向かったりもした。


「あー面白かった、今日は本当に楽しかったね♪」


「あ~……」

 その結果新介は全てを出し切ったように寝室の隅で野垂れ死んでいた、もう体内のゾオンエネルギーも尽きてしまい神技もまともに発動できない。


「……ねえ、お兄ちゃん。ちょっとこっちに来てよ」


「な、何だよ。まだ何かあるのか?」


「いいから!」

 仕方なく新介は結が寝ているベッドの横に行くと、彼女は兄の手を掴みそのままベッドへと連れ込んだ。


「お、おい!これは何の真似だ!?」


「私が寝るまで傍にいて、こ、これもお願い……」


「いや、いくら兄妹でも同じベッドに寝るのは……」


「いいじゃん別に、昔はよく寝てたわけだし」

 結の意外な行動に一瞬新介も動揺してしまうが、案外自分が意識し過ぎなだけなのかもしれないと思い込み気持ちを宥める。

 思えば彼女の言う通りだ、幼少期はよく一緒に寝ていたりもしていたので今更恥らう場面でもないのかもしれない。


「ねえ、お兄ちゃんはサリエルちゃんのことどう思ってるの?」


「どう思ってるって、信頼できる仲間だと思ってるよ」


「……本当にそれだけ?疾しい事とか思ってない?」


「思ってねえよ、お前自分の兄貴がロリコンじゃないことぐらい信頼しろよ」

 勿論新介自身あの二人の見た目年少コンビにはそういう欲求は一切なかった、彼が稀にある悩みとしてはやはり実年齢が年上だからか妙に大人に感じる時があるというだけだ。


「てか何でそんな事お前が聞くんだよ?」


「ふえ!?べ、別に!?無言だと変な空気になるから何となくだし……」


「……そうか、何となくか」

 結から見た兄は随分と恋路には疎い存在だと思っていた、とてもこの世界に召喚されるまでは同級生に告白を試みた人間とは思えない程に。


「そ、そうだ!お互いにつまらない話をし合おうよ!そしたら寝られるかもしれないしさ」


「つまらない話か……いいぞ、ならまずは俺からだ。向こうの世界で俺の友達の雄大って奴がいるんだけど……」


「zzzzz……」


「そんなにつまんなかったかな俺の話!?まだ友達の紹介しかしてないよ!?」

 しかし結はそんなのお構いなしに眠りにつく、彼女の寝顔を眺めると新介もそれ以上責め立てることが出来ずにいた。


「はあ……本当に世話の焼ける妹だ……」

 今日一日を振り返ると新介もどっと疲れが蘇ってしまい、彼もまたいつの間にか瞼が重くなり闇の世界へと誘われていく。



 そして二人はそのまま眠りにつき、次の日の日の出まで起きる事はなかった___



 _____


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