act‐00-
その時、自分の大切な何かが壊れていく衝動に気持ちが駆られた。
嘗て師匠と過ごした時間、少年期での色鮮やかな情景、大切な人が死んだ時の悲しさ
全ての記憶が薄れていき、いつしか自分は何もない虚無へと移り変わっていくのが分かった。
「あ……ああ……」
頭部と胴体が完全に分離した師を見て、何もない虚無は意味もなく泣き喚く。
そこに意味があるかなど分からない、ただ今は泣くことしかできない、そこに悲嘆もなければ後悔も感じられなかった。
ただ彼女は、何の理由もなく無機質な涙を垂れ流すことしかできなかったのだ。
「うわあああああ……!!ああ……」
サリエルはそのまま地面に跪くと、死刑室の入り口から複数人の人が現れる。
最初はガイゼルの死体を処理する役割の者だと思ったが、何やら黒いローブを着ていていつもの雰囲気とは全く違っていたことにサリエルは異様さを覚えた。
「ご苦労だったな、サリエル・サムハート」
「あ、あなたは……?」
一人の男がフードから顔を出すと、ご丁寧に自己紹介を始めた。
「俺の名はアスティマ、失われた称号の幹部だ」
「ロスト…シンボル……?」
彼等の正体は知っていた、だが何故失われた称号の幹部がここにいるのかは今のサリエルには理解できない事柄だった。
「悪いがお前には死んでもらう、世間では師匠殺しをして死刑にされた逆罪者としてな」
「……あなた達……が……」
アスティマの話し方からサリエルは全てを察した、自分の師であるガイゼルを死に追いやった黒幕が目の前にいる彼等だということを。
「師匠を……追い詰めたのか……」
「……ああ、そうだよ」
「っ……!?」
怒りなんて、そんな感情はどこにも無かった。
もう空っぽになったその心には、どんな現実だって何とも思えないとすら思えたのだ。
だからこそ、今の彼女には彼らとここで刃を交えることはできなかった。
「働いた者には褒美をやらなければな、もう楽にしていいぞ」
「あ……ああ……」
アスティマがサリエルの眉間に向け銃口を向けると、何の躊躇いもなくそのまま引き金を引いた。
_______!!
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天界無政府地帯、戦争の名残からそこには大地一面砂漠で覆われている。
「あー面倒くせえ、何でこんな雑用しねえと駄目なんだよ」
「仕方ないだろ、これも立派な任務だ。先にガイゼル・ジークフリードの遺体を本部に送るぞ」
二人の男は二つの棺桶のうち一つを引っ張り出し、術式が浮かび上がった所まで運んだ。
すると棺桶は術式が消えるとともに消え、無事にヘルヘイムまで転送されるのだった。
「今度はサリエル・サムハートの遺体だ、それとデスサイズも術式に打ち込んでおけ」
「へいへい、どうせ構成員にも数えられてない下っ端は雑用をこなしますよ」
再び術式が開くと、男はサリエルの遺体が保管された棺桶と彼女の持っていたデスサイズをそこに投げ入れようとする。
「……おい、あそこにいる奴は誰だ?」
「ああ?こんな場所に人が居るわけねえだろ……」
天界連邦の領域から外れている無政府地帯に人がいるはずがなかった、しかし男は仲間が指した場所を見ると確かに人影らしきものが浮かんでるのが見受けられた。
「……その姿は、失われた称号が何故ここにいるのじゃ?」
「そちらこそ、何故我々の正体が分かった?第一ここで何をしている?」
白のマントを羽織るその女は、ピンク色の髪色をしており人としては随分と変わった出で立ちをしていた為に男達は異質さを感じざるをえなかった。
「わらわか、わらわはここで酒を飲んでいただけじゃ。戦争の名残が惜しくなってな」
「何を訳の分からんことを……まあいい、どの道ここを見られては生きては帰さんぞ」
男達は武器を取り出し彼女に敵意を露にするが、女は一切物応じせずに彼等を無機物でも見つめるかのような目で見ていた。
『ディルグレイ』
「っ……!?何だこれは!?」
地面から現れた術式によって召喚された鎖に男達は体を縛られると、そのまま体を強く拘束し続け骨が砕ける音さえ鳴り響く。
「やめろ!!殺すな!!殺さないでくれ!!」
「……ここでは殺さない、もうこの地に血を流させたくはないからの」
そして男達はそのまま鎖に拘束されたまま、術式の内部に引きずり込まれる形で姿を消すのだった。
すると女は彼等が消滅した奥の先に棺桶と鎌が不自然に置かれていることに気付くと、そのままサリエルの遺体が保管されている棺桶へと向かった。
「あやつら、こんな物で何を企んでいたのじゃ?」
女は身元を調べる為に棺桶を開けると、そこには美しい顔立ちながらも眉間に風穴が開いていたサリエルの姿があった。
「……こいつは」
女は知っていた、今ここで死んでいる人間が誰なのかを。
間違いなく彼女は数日前の新聞に載っていた第一級の逆罪者、異例の早さで死刑執行が完了したと言われる死神が失われた称号に連れられていたことには事の異常さすらも感じられた。
____『フラグメント』
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意識などできないはずだった
感情など抱くはずもなかった
だが分かってしまった、こうやって思うということは
__自分は思考しているのだと
もう意志などないはずなのに、自分の体など何処にもないはずなのに
確かに自分は、まだこの世界にいるのだと分かった____
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「……」
もう二度と開くはずのなかった目を見開き、確かに曇天の空が自身の視界を覆っていたことを意識する。
一体自分がどうしてこんな所で寝ていたのか、自分が何者なのかも分からないでいた。
「ここは……」
「気付きおったか、御主」
「……あなたは?」
サリエルは起き上がると、不意に視界に入ってきたピンク色の髪色をした女を見た。
勿論彼女自身その人物が誰なのかも知らない、何なら自分が誰なのかを教えて欲しかった。
「わらわはユピテル、自分の名前は分かるか?」
「……すいません、分かりません」
「……そうか、なら教える。御主はサリエル・サムハートという死神じゃ」
「サリエル……」
一瞬脳内でその名前に拒絶反応を覚えるが、何とか自分がサリエルという人間だということを受け入れた。
「御主はわらわの手で生き返らせた、生前の記憶は無いようじゃがな……」
「……何で、私なんかを助けたんですか……」
「……御主が、生きたいと願っている気がしてな」
「っ……」
そんな理由でわざわざ助けたのかと、サリエルは思わずそう思ってしまう。
その程度の道理で他人を助ける道理にはならないし、そんな理由でイチイチ人など助けていたら限がなかったからだ。
「……それは道理ではありません」
「ああ、道理というより偽善じゃな。そんなもので人を助けていてはその身が持たん。じゃが御主はわらわが救いたいと思った」
あまりにも非合理的だった、今日始めてあった人間をおいそれと助けるなど人の思考する道理などではないとサリエルは思う。
「じゃがな、死ぬべきでない者を見す見す放っておく程わらわは落ちぶれてない。御主にはまだ意志があるじゃろ」
「……意志」
意志など、思考など、感情など、もうそんなものは自分には存在しないと思っていた。
だがユピテルの言葉はサリエルの空虚な心に酷く突き刺さる、まるでそれが思考を再開する引き金となるように彼女から見たユピテルの姿は輝いているように見えた。
「行く当てが無いならわらわに着いて来い、生き方ぐらい教えてやる」
「……どうして、そこまで?」
「――神の気まぐれじゃ、わらわの気が変わらぬ内に早く来るんじゃな」
いつの間にかサリエルは自然と立ち上がり、立ち去ろうとするユピテルの背中を追っていた。
その時サリエル自身何に引かれたのかさえ分からない、それでも、彼女の後姿は誰かに似ているような気がして、それを今でも自分は追っているのだと感じてしまう。
「……待ってください」
「……何じゃ?」
「わ、私の力を使ってください……私はあなたの為に働きます……だから、私に生きる意志を教えてください……!」
サリエルに呼び止められたユピテルは振り向くと、彼女に少しばかり意志が灯り始めてきたことを確認すると笑って見せた。
「何じゃ、少しは自分の意志を喋れるではないか」
「あ……」
確かにそこには自分の意志があった、無くなったと思ったはずの己の意志を取り戻すことができたのだ。
そして意志を与えられたサリエルは、ユピテルという存在に惹かれるのは必然だった。
「さっさと行くぞ、鎌を忘れるでない」
「――はい」
サリエルは鎌を拾い上げ、先に歩くユピテルの所まで急いで駆け出すのだった。
その何も映し出してなかった目には、決して見ることのなかった明日という光景を見据えて____
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