過去の別離
当主の書斎にノック音が二回響き渡り、入室を許可するとそのままドアを開ける。
「久しぶりですね、サリエル」
「お久しぶりです師匠、一体話とは何ですか?」
「ああ、まあ立ち話も何ですのでソファに座って下さい」
サリエルは言われるがまま来客用のソファに座ると、ガイゼルもまた向かいのソファに座り談合でも始まるのかという雰囲気だった。
「最近のあなたの功績は素晴らしいです。死神家の大柱としての役目を果たしながら死刑執行人もこなしていますからね」
「あはは……そんなことありませんよ」
大柱とは役職階級の一つであり、死神家の中では第三位の序列を持つ階級であった。
ここまで来るとほとんどの人間が神の称号を持っており、ほとんどの人間がサリエルより年上だったりする。
「そこであなたに提案なのですが、次の当主を任されてみませんか?」
「……え?」
唐突かつ突飛押しもない提案をいきなり提案したガイゼルに思わず素の言葉が出てしまうサリエルだが、いくら自分が当主の弟子とはいえ彼の行為は随分と見当違いをしてるようにも思えた。
「……無理です、それに私に当主を託す程この家は墜ちてないと思いますが?」
「いいえ、あなたには死神家の当主を任せられる程の実力があります。何よりあなたは一番死神らしく生きている」
「死神らしさ……ですか……」
嘗てガイゼルがサリエルに教授した言葉『メメントモリ』には死神としての本来の生き方が刻まれている、少年期に聞いたその言葉を思い出すと確かに自分は師匠に教えてもらった生き方をしているのかもしれなかった。
「これは私からのお願いです、今の死神家にはあなたのような人材が必要なんです」
「……分かりました、師匠に願われては私も断ることができません」
それは嘗て少年期に世話になった恩返しのつもりだったが、本当は当主などと分不相応なことは自分が一番理解していた。
分不相応な立場に成り上がり、空っぽになった玉座に座ったところで自分にポッカリと空いた穴が埋まるなんてありえない、そんな事は承知の上で全ての恩義を返そうと彼女は決意する。
「それは良かった、これで私もようやく重い身が降ります」
重要な談合を終えるとガイゼルは笑みを溢しまたいつもの雰囲気へと戻る。
気が付けばサリエルが大切だと認識していた人は目の前にいる師匠しかいない、もう彼女にはガイゼルしかいなかったのだ。
「そうだ、それではあなたにデスサイズを譲渡しなければなりませんね」
「デスサイズ……師匠が持っている鎌のことですか?」
「ええ、あの鎌は歴代当主の間で継承された伝統のある鎌です。次期当主へのデスサイズの譲渡はこの家の縛りですからね」
死神の原型とされるデスサイズは死神家の間で初代当主から継承されてきた最強の鎌であり、次期当主になりえるサリエルもその鎌を継承することは必然であった。
「まだ私の解任までは時間がありますが、これは先にあなたに託すことにします」
「そんな、まだ当主でない私が受け取るのはまずいですよ……」
「いえ、これで良いんです。もうどの道私は長くありませんから」
「……?」
ガイゼルは昔も今も変わらず深淵を見据えているような表情をして、その深淵の先に見えたものを口にしているようにサリエルは思った。
だがいつも彼の言葉の真意は弟子であるサリエル自身にも分からなかった、それは今でも同様でガイゼルが見据えるものは一生自分には分からないのだろうとすら思えたのだ。
「……分かりました。サリエル・サムハート、謹んでお受けします」
ガイゼルが手に携えたデスサイズを受け取りながら、サリエルは彼の要望を叶えることを改めてここに誓うのだった。
_______
ガイゼルが当主を解任することはその翌日に天界中に知れ渡った。
天界きっての名門家、その当主交代となると世界規模のニュースになることは必然であったが、まだ次期当主であるサリエルの名前は公表されないでいた。
それはサリエル自身当主に就任するまでは今の仕事を続けるつもりだったので都合が良いことでもあった。
そしてサリエルは、今日も死刑囚の首を狩る。
命を絶つ相手の情報は当日資料として伝えられ、彼女は死者への敬意を忘れることなく所業を真っ当し続けた。
しかし、そんな日々は唐突に終わりを告げた___
「え、明日の死刑囚?」
「はい、司法所から緊急の判決が下り、死刑執行を急遽明日にするとのことです。死刑囚のデータも見ますか?」
「見たいけど、それって当日じゃなくて良いの?」
「死刑囚のデータを当日に伝えるのは死刑執行人の精神的負担を軽減する為です。それに関しては大した規定はありません」
それを聞いたサリエルは死刑囚のデータが載った資料を司法官からもらうと、その人物に思わず絶句するしかなかった。
「――え?」
一瞬あまりの衝撃に視界が霞んだように景色が映るが、その資料の情報には間違いなく『ガイゼル・ジークフリード』という文字が書いていた。
つまり明日死刑を執り行なう相手とは自らの師匠であり、それを弟子であるサリエルが行えという命令そのものであったのだ。
「な、何で……師匠が……」
「これはまだ世間一般には報道されてない内容ですが、まさか解任が報道された後に死刑判決を下されるとは……」
「こんなの何かの間違いでしょう!?ねえそうなんでしょう!?」
サリエルは思わず男の胸ぐらを掴み間違いであることを無理矢理言わせようとするが、すぐに我に帰り彼から手を放した。
「し、知りませんよ!これは全て上の者が決めた判決ですから!」
「上って誰!?神官のこと!?」
「罪人の罪を言い渡すのは司法所に務める神官です!ですから私は……ってちょっと!?」
彼の言葉を最後まで聞くことなくサリエルはすぐさま司法所に向かった。
あのガイゼルが死刑判決を下される程の大罪をしたとは思えない、それは長年の付き合いから絶対に保障できることだった。
だからこれは何かの間違いであって欲しかった、少しでもそんな希望を抱きながらサリエルは司法所へと急いだ。
「……予定通りだ、後は任せたぞ」
「「了解」」
サリエルが司法所に向かったことを確認すると、男は耳に手を当てて誰かと通信をするのだった。
_____
司法所内部では女性一人が警備員と口論になっているとの報告を受け、既に事態の沈静化を謀ろうと応援が呼ばれる事態になっていた。
「そこの君!関係者以外は立ち入り禁止だよ!」
「だから!ガイゼル・ジークフリードの裁判に立ち会った神官を呼んでください!」
「アポは取ったのかい?悪いがそれ以外は受け付けてない」
サリエルは必死にガイゼル・ジークフリードの判決を下した神官との話し合いを要求するが、許可を取ってない彼女など相手にされるはずもなくそのまま門前払いにされそうになる。
「いいから通してください!人の命が懸かっているんです!」
「騒がしいな、一体何の騒ぎだ?」
「あ、ダグラス様!いえ実は先程からこの女が……」
警備員がダグラスと呼ばれている男に事情を説明すると、そのまま両手を取り押さえられているサリエルの所まで歩き彼女の話を聞こうとする。
「君がサリエル・サムハートか、如何にも私がガイゼル・ジークフリードの判決を下した一人だ。死刑執行人がわざわざ何のようだね?」
「何故師匠が死刑判決なの!?答えて!!」
いつしか敬語で話す程の余裕もなくなっており、冷静さを失ったサリエルは拙い言葉でダグラスを責め立てた。
だが彼は至って冷静だ、傍から見れば判決を間違える程の愚行をするようには思えない。
「ふむ、そういうのは世では愚問というのではないのかね?」
「何……!?」
「ガイゼル・ジークフリードは惑うことなき死刑判決だ、それ以上でもそれ以下でもない。これでもまだ私に説明を要求するのかね?」
その言葉を聞いた瞬間にサリエルの抵抗しようとする力は弱まった、どうやらそのガイゼル・ジークフリードの死刑執行の取り決めは誤報でも流言飛語でもなかったのだ。
その事実をサリエルは単純に受け入れることができなかった、目の前の光景を拒絶し始めたのか自分の視界が随分と霞んで見えてるのが彼女に伝わっていた。
「嘘だ……そんなのありえない……ありえない……」
「ほら、もういいだろ。さっさとここから出て行け」
「そんなの……嫌だ……」
気が付けばサリエルは無意識の内に鎌を召喚して背後を振り向いたダグラスを斬り付けようと襲い掛かった。
「ふざけないで……!!」
「____!?」
攻撃を受けたダグラスは反射的に腕を身代わりに防ごうとすると、彼の手元を隠していたグローブが破れそのまま怪我をしてしまう。
そしてダグラスが自らの傷口を押さえる瞬間、サリエルには彼に刻まれた刻印が神の称号を否定するかのようにバツを印されていたことに気付かされる。
「こいつ、攻撃しやがった……!!」
「何をしている!!さっさと捕らえろ!!」
サリエルはそのまま警備員に押し倒され、腕を背後に回され手錠を掛けられ自由に動けなくさせられる。
まだ抵抗してこの場から逃げることならできたが、これ以上抗っていても何も生まれないという現実を突きつけられサリエルはただ呆然とする。
「サリエル・サムハート、傷害の罪でお前の身柄を拘束する!!」
____嫌だ、師匠が死ぬなんて……
「おい、念の為に眠らせておくぞ。また暴れ出したら手に負えないからな」
____結局私は、また何もできないのか……
サリエルの体に睡眠薬が入った注射が刺され意識が朦朧とする。
____本当に私は、私が嫌いだ。
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物語の終末、それには主に二種類が存在する。
主人公及びその世界にとってのハッピーエンド、もしくはその対になるバッドエンドかだ。
だがサリエル・サムハートという物語の終末は、どちらに転んでもバッドエンドしか残されていなかった。
もう彼女に許された選択はただ一つ
ガイゼル・ジークフリードを見殺しにするか、自らの手で殺すかである。
どちらも嫌だった、だがサリエルにとって自分の師が見殺しにされる選択は避けたかった。
それだとミアが死んだ時と何も変わらない、自分が死刑執行人になった意味も果たされない。
だからこそ、サリエルは後者を選んだ____
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もう何人も血を流した死刑室に、体を拘束されながら跪いているガイゼルの姿がそこにはあった。
これが正しい選択、この選択しか自分にはなかった、ただそう言い聞かせて自分の後悔の念を押しつぶそうとした。
「……師匠」
「……そこにいるのですか、サリエル」
目隠しをされているガイゼルは背後に立っているのがサリエルだということは声でしか判断できなかったが、彼はこんな不条理に抗いもせずいつも通り笑みを溢していた。
「……そうですか、あなたに殺されるのなら本望です」
「っ……」
殺せない、殺せるはずがなかった。
自分にはもう師匠しかいない、なのに、それなのに、それすらも神になった者としての代償だといえるのか、そうやってサリエルは自分自身を呪うことしかできなかった。
「サリエル、あなたは最も死神らしい。死が定められた者に最善の行為を払う、何とも美しい美徳ではありませんか」
「……」
「だから、最後ぐらい泣かないでください」
いつの間にか泣いていた、死神として捧げてきた半生は重要なところでは何の役にも立たずに、結局自分は半端な存在だと罵る。
だからこそ最後ぐらい立派な死神としての姿を見せたかった、そう思いサリエルは心の葛藤の末鎌を持ち上げた。
「メメントモリ……」
「……私は、あなたを恨んだりしません」
「っ……うわああああ……!!」
_____!!
勢いよく鎌を振り下ろすと、そこには一面血飛沫で覆われガイゼルの頭部が切断されたのだった。
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