永久の代償
「……何を言い出すかと思えば、そんな戯言を告げに来たのですか?」
「戯言など滅相もない、我々は至って真剣だ」
当主が座る座席に座っていたガイゼルは、来客が座る用のソファに座っている彼の提案を呆れながらに聞くしかなかった。
「貴様のデスサイズを我々に渡せ、あれは元々魔の代物だ。我々が持つのは真っ当な見解だと思うが?」
「異常な見解です。あれは死神家が代々当主が継承してきた産物、あなた方のような地に墜ちた外道が触れていい代物ではない」
一方的にデスサイズの譲渡を要求する男の異常な言動にガイゼルは怯むことなく強気の姿勢を見せる、すると男も業を煮やしたのか一向に考えを曲げない彼に苛立ちを覚えた。
「……そうか、ならば強硬措置を取ることとする。警告はしたからな?」
「それは勝手ですが、あなたをこのまま帰すとでも思いましたか?」
「……!?」
男が扉の前に立った瞬間に、勢いよく扉が開き数人の鎌を持った死神家の関係者が出口を塞いでみせる。
どうやら素直に交渉の場に入った時点でガイゼルは男を逃がすつもりなどなく、このまま彼を拘束しようと企んでいた。
「……なるほど、だが詰めが甘い」
「逃がさないでください!」
『サーナ』
一斉に鎌振るが、男は間一髪神技を発動し空間転移で逃げたようだ。
「そんな、空間転移だと……」
「恐らく他者が遠距離から神技を発動してましたか……」
それにしても空間系神技は高等神技だったので敵の神技使いも相当な実力だということは確かだった。
いや、そもそも自らの立場を知っていながらここに来た時から何かしらの余裕があったことなど明白だったかもしれない。
「当主、これからどうしますか?」
「……これはあくまで我々の問題です。くれぐれも口外しないように」
「……分かりました」
当主であるガイゼルの方針に死神家の役職階級の者達は賛同する。
今回の件について情報を巡らせている者の口を紡ぐことで、ガイゼルは外にこの情報が行き渡ることを防ぐのだった。
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死神への邸宅の廊下を歩いていると、サリエルは数多くの人に声を掛けられていた。
何せ今の彼女は本物の死神、それを政府が保証している言わばエキスパートだったからだ。
だが声を掛けてくるのは一世代後の入家者達、嘗てサリエルが競争し合った同世代達はほとんどいない。
____そう、サリエルが神になってからもう60年が経とうとしていた。
「ミア、元気?」
「あ、サリエル、わざわざ毎日来なくてもいいのに……」
ミアの声は覇気がなく体も弱りきっていた為に一日中ベッドに寝ている状態だった。
あれから彼女は何度も国家試験を受けた、しかしその度に落とされ、いずれ体力の限界を向かえ内部試験にも受からない程月日は流れていたのだ。
もう随分の老けてしまったが、生命の樹の果実を食べたサリエルは食べた時点で成長が止まったいた為に老いる心配はなかった。
「サリエルはいつも綺麗だな、私も神様になってサリエルともっと一緒に居たかったよ」
「……そんなことないよ、ミアも今だって綺麗だよ」
「もうやめてよ、こんなにシワだらけな顔じゃもうサリエルと並ぶこともできないよ……」
だがサリエルの言葉にお世辞はなく、彼女は今も十分綺麗だったしとても80歳とは思えない程に輝いて見えた。
「この家も完全に世代交代だね、もう知らない年下ばかりだよ本当」
「そうだね、私達の世代で神になれなかった人はもうほとんど死んじゃったもんね……」
「ええ、リアムが先に逝った時も、絶対泣いてやるもんかって思ってたけど、結局泣いちゃったしな……」
もうこの時期になってくると神になれなかった同世代が次々に寿命となり、先月は少年期にいがみ合っていたリアムまでもが先に逝ってしまった。
ミアももう体はそれ程強くない、いつ生命が尽きてもおかしくない程に時間は無情にも流れていた。
「ナナもアリスも……ユミもサラも……皆先に逝っちゃってさ……」
「うん、そろそろ私も頃合いなのかな……何ちゃって……」
「――――何で」
いつしかサリエルはベッドに凭れ掛かりミアの膝に蹲り泣いていた、時が止まるなら止まって欲しい、巻き戻せるなら戻したいとすら思い激情の感情に駆られる。
「何で、何で……!!どうして私は神になんてなったのよ!!こんなに辛いなら私も人間が良かった……!!」
「……サリエル」
永久の命を手にした今、持つ物は老いることのない体だけだという現実が痛感する。
そして永遠の時とは、不老という能力を手にした代償なのだと不条理な世界を呪った。
そうして何もできない自分を、無力な存在だと罵るしかなかった。
______
「……」
サリエルとミシェルは一つの墓にそれぞれ花を手向けると、そのまま一礼して刻まれた『ミア・イール』という文字をじっと見つめていた。
「寿命だから仕方ないよ、何もサリエルが自分を責めることはない……」
「……いいえ、私は死に逝く彼女に向けて何もすることはできなかった」
ただ良いように自分を悲観して、最後に彼女を不安にさせることしかさせずそのまま死なせてしまった。
そんな自分が許せなかった、もっと掛けてやる言葉があっただろうと後悔という感情しかそこにはなかったのだ。
「ミシェルさん、神になるメリットってあるんですか……?」
「……さあね、得られるのは権力だけ。失うものの方が多いのかもしれない」
「いや、私には失ったものしかありませんよ……昔の私が馬鹿みたい……こんな物の為に必死になって……親友が死に逝く様を見てさ……」
それなのに自分の体は一切老いることがない、親友が苦しんでいるというのにその気持ちが理解できないことが何より辛かったのだ。
____だからこそ、彼女の最後の想いを知りたいと思った。
「……ミシェルさん、私の願いを一つだけ聞いてくれませんか?」
「良いわよ、どんなこと?」
「私に、死刑執行人の仕事を紹介してください」
「――え?」
ミシェルが衝撃を受けるのも仕方がなかった、何せ死刑執行人という仕事は死神の中でも最も過酷と呼ばれる仕事であったからだ。
だからこそ今のサリエルをミシェルは必死に止めようとして、珍しく彼女の肩をしっかり掴み眉間にシワを寄せた表情を覗かせた。
「何で、何で死刑執行人なの!?あの仕事は死神家の中で最も過酷とされる所業だよ!?」
「――私は、死ぬことを定められた人達に最善の行為をしたいんです」
「っ……それは違うよ、死刑執行人は言わば人を殺すことが仕事。どんなに取り繕っても人を殺すことに変わりはないの……」
ミシェルはミアが先に逝った事で自暴自棄になっていると思った、いや、そうあって欲しかったのだ。
だがサリエルの目は死んでいない、それどころかそこには強い意志が込められていたことに気付くと体が震え出した。
「それでも、私にはその役目があると思うんです」
「違う!!違うよ……そんなはずないでしょう……馬鹿……」
「ごめんなさい、本当に私は先輩不孝ですね……」
夕暮れとともに空が霞む中、ミシェルはサリエルの確固とした意志の前で項垂れるしかなかった。
だがそれでもサリエルは、それがミシェルにとって最悪な選択だったとしてもやり遂げなくてはならない使命感に駆られていたのだ。
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___それからというもの、私はミシェルさんの紹介の下死刑執行人の仕事に就くことができた。
最初に人を殺した時の感覚は鮮明に覚えている、辺りに吹き散る血飛沫、先程まで息をしていた体は首の肉を殺いだだけでパタリと生命活動を止めたのだ。
吐きそうだった、いや、何度も吐いた。その日の夜に自分が殺した人間が自分を呪い殺そうとする夢すら見た。
その所業に慣れ始めたのは十人目の死刑囚を殺した時だ、マルク・デニーシャという第一級犯罪者の死刑台に立った時に目隠しをした状態の彼にこう言われた。
___『私を、地獄に送ってくれ』
彼の犯した業は殺人、私利私欲のまま気に食わない人間を殺し続けた末路が死刑という結果に至った。
別に彼の犯した業に正義感を覚えて殺すことを躊躇わなかったわけではない、彼が私に言った言葉が人を殺すだけの自分を必要にしてくれていると思ったからだ。
そして十年後、私はその一報に衝撃を受けてしまう。
____『ミシェル・アンインフォルト、特別任務により殉職』
私は彼女の遺体を見て絶句した。体は酷い斬り傷とやけどにより美しい体は見るも無惨な姿に変貌していたのだ。
死刑執行人をしていた自分はすっかり死神の境地に達していたと思っていた。しかし身内の人間が死んで悲しいのはどうやら今も昔も変わらなかったみたいだ。
そして彼女が殉職した任務の内容を政府に問うが、守秘義務により情報を開示できないと断られた。
結局私は、今も昔も無力だ_____
___さらに月日は流れ、サリエルは一人で100回目の誕生日を迎えるのだった。
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