死神 サリエル・サムハート
内部試験の試験内容は一つ、それは真鎌勝負による打ち合いだ。
単純な技能、戦闘知識、そして神技を如何に戦闘に取り入れるかの採点基準で上位十名が選抜される仕組みである。
そしてその対戦相手は、伝統的にある人物と合い交えることは必然だった。
「……」
邸宅の地下深く、内部試験の受験者しか立ち入ることが許可されない異質な空間は薄暗い石造りの通路が広がっていた。
「……ここか」
指定された場所まで歩くと、先程まで見渡す限り通路しかなかった空間に扉があることに気付いたサリエルはそのまま扉を開け中に入る。
「遅かったですね、サリエル」
「……やはりあなたが相手ですか、師匠」
間接照明だけの薄暗い空間に一人微笑みながらこちらを向いている彼は、惑うなきサリエル自身の師であるガイゼルがそこに立っていた。
内部試験で真鎌勝負をする相手、それは当主のガイゼル・ジークフリードであり、彼の持つ鎌『デスサイズ』を如何に攻略するかが勝負の鍵を握る。
まさに最大にして最強の敵、技能と知識、そして場数すらも格が違う死神家の最高戦力といっても過言ではない彼だが、サリエルは十年前に一度竹刀を持った当主に勝っていた。
「師匠、あなたからは全てを学びました。技術、神技、知識、そして敗北の悔しさ」
「サリエル、私もあなたから多くを学びました。才能、意志の強さ、師が弟子に抱く特別な感情」
「……だから、あなたに学んだことを今ここでぶつけます」
二人は嘗て抱いた情景を思い浮かべながら、互いに背負っていた鎌を両手で構え静寂の時を流した。
「……行きます!」
「ええ!」
「「死を覚悟しろ――!!」」
両者の掛け声によって一斉に鎌の打ち合いが始まり、サリエルは必死に一撃を当てようと力強く鎌を振り回した。
しかし歴戦を潜り抜けてきたガイゼルの前ではサリエルの持つ経験など優に越しており、尚且つ十年間彼女の太刀筋を見てきたことからその斬撃をかわすことは容易なことであった。
「ならこれなら……!!」
「……!?」
サリエルは片手で神技の構えを取り発動すると自分の鎌にエネルギーが付加された。
そして徒ならぬ様相をしたその鎌を大きく振り翳すと、ガイゼルも嫌な予感がしたのか瞬時にデスサイズで防御の体勢に入る。
___『黒斬』
鎌と鎌が衝突し激しい火花が散る、彼女の見事な合わせ技にガイゼルは終始真剣な表情に戻させるとサリエルを後ろに後退させる。
「……これはこれは、私も油断してたら殺られてしまいますね」
「ええ、だから早く本気を出してください!私はもう稽古を受ける程未熟ではありません!」
「……残念ですがそうすることはできません、きっと私が本気を出せば弟子を殺すことになる」
ガイゼルの表情にはいつも通り笑みを溢す顔をしていない、今彼が映し出しているものはまさしく虚無、死神が人を殺す時の目だった。
「ですが、本気の手前までなら出すこと出来ます――」
「……!?」
殺気が脳に伝達されるまでの間、十メートル近く離れていたはずのガイゼルは一瞬でサリエルの懐に入り込み鎌を連続で振り回す。
「遅い……」
「っ……ああ……!!」
わずか一秒の間に十回の斬撃、その内九つを瞬時に防ぐがもう一つの斬撃をかわすことが出来ずに肩の肉を抉られた感覚が確かにサリエルに伝わった。
命を危険を察したサリエルは反射的にゾオンエネルギーを集中させた蹴りでガイゼルを蹴り付けるが、そのまま足を取られ部屋の中央へと投げられる。
「はい、これが私の八割ぐらいですね」
「……はは、さすが師匠だ」
先程の彼の動きを例えるなら化け物と言わざるを得なかった、しかしサリエルは恐怖を覚えるどころか痛みを堪えながら再び立ち上がる。
「でも、まだ負けたわけじゃありません」
「……そうですね、あなたの鎌に意志がある限り私は何度でも受けて立ちましょう」
二人は再び鎌を持ち直すと、互いに接近して目に見えない程の打ち合いを始める。
しかしガイゼルの高速斬りに再び防戦を強いられたサリエルは何本か体に斬撃を受けてしまい、もう既に体は傷だらけであった。
「これで終わりです!!」
もう腕も足も動かない、最後の一撃がサリエルの体を襲い掛かろうとした時、彼女もまた最後の一撃に賭けようとした。
_______!!
「……!?」
サリエルの持つ鎌は一瞬巨大なエネルギーに包まれ、そのまま振り翳しガイゼルの持つデスサイズを払い除けた。
サリエルはもう鎌を振り回すほどの気力は無く、ガイゼルも鎌を拾い上げることをせずに戦意を無くしたようにただ立っていたのだ。
「……私の負けです。またあなたに敗北を記してしまうとは」
「……いいえ、あなたから教わったことの全てをぶつけた結果です」
「少し待ってください、まずはあなたの治療をしなければなりません」
するとガイゼルはすぐに神技『エムーシェ』でサリエルの傷口を塞ぎ外傷の回復を済ませる。
「弟子に怪我をさせたというのに、素直に負けるなんて師匠失格ですね」
「そんなことありません!多少の怪我は真鎌勝負の上では仕方のないことです!」
真鎌を扱う打ち合いは攻撃が当たれば必ず負傷を負う危険な行為だ、そんな事は承知の上で試験を受けてるサリエルは多少の怪我など想定の範囲内だった。
だからこそ師であるガイゼルに攻撃を受けた時に恨みを抱くことはなかった、むしろ彼の本気を少しでも出させることが出来たのが嬉しかったのだ。
「サリエル、あなたは本当に強くなりましたね」
「え……?」
ガイゼルは弟子であるサリエルの頭を撫でる、気付けば十年、初めて会った時はガイゼルの腰の高さまでしかなかったサリエルは今では随分と大きくなっていた。
――だからこそ、もう教えることが無くなった弟子にかける言葉など彼には一つしか浮かばなかったのだ。
「合格です、あなたはもう立派な死神ですよ」
「……師匠」
____「「……なるほど、なら私はあなたを立派な死神にするのが役目かもしれませんね」」
今ならそこ言葉の真意が分かった気がした、この人はずっと、十年間ずっと自分を死神にすることしか考えてなかったのだろう。
そう考えるとサリエルは不意に涙を溢してしまう、自分が師匠への想いを絶えさなかったように、師匠もまた弟子である自分に想い続けてきたことがその言葉で全て伝わった。
「はい――ありがとうございます……」
いつしか言葉も霞み、激情の感情が込み上げてきそうになる気持ちを必死に抑えていた。
そうでもしないとガイゼルの目の前で惨めな姿を晒すことになりそうだった、だからこそ自分も己の真意を師に告げようと決めた。
「私も、師匠のことをずっと想ってました―――」
_______
「サリエル・サムハート」
「はい!」
それからというもの時の流れはあっという間だった、サリエルは文句なしの内部試験首席合格、ミアもまた内部試験をギリギリながら合格する結果となる。
そして内部試験から三ヵ月後、神の称号を得る為の国家試験が始まる。
その結果サリエルは合格、しかしミアは残念ながら不合格という結果に終わるのだった。
ミアは自分が落ちて親友であるサリエルが合格した時も不満を一つも漏らすことなく、サリエルの合格を無邪気に喜んで見せた。
ミシェルに至ってはサリエルが国家試験に合格したと分かった時には号泣して飛びついた、彼女自身も神の称号を持っているのでこれからも死神の先輩として面倒になるだろうとサリエルは予感している。
今は役職階級についているリアムもサリエルの合格を聞いて一報を送ったという、昔はいがみ合っていた仲でさえ大人になれば隔たりなどどうでもよくなるものだと彼女は実感した。
そして今、サリエルは神の称号譲渡の儀式に呼ばれ自分以外の国家試験合格者と綺麗に並んで見せていた。
「あなたに神の称号を譲渡し、称号名『死神』を授けることをここに誓う」
「……ありがたき幸せ、ここに神としての誇りを掲げ、より良い国家を志すことを誓います」
するとサリエルは手元に神の称号を示す紋章を刻印し、生命の樹から採れた果実を渡され一口口にする。これまでが儀式の作法でありここまで行わなければ神として認められない決まりとなっている。
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儀式を終えると、サリエルは正門から天界議事堂を後にする。
「サリエル!こっちこっち!」
「ミア!?それに……」
目の前には正装を着付けていたミア、ミシェル、ガイゼル、そしてリアムさえもそこに居た。
一体何これは何のサプライズだと驚いていると、四人はサリエルの所に近付いて就任の祝辞を言う。
「おい、何で俺まで……」
「まあまあ良いじゃん今日ぐらい、昨日の敵は今日の友ってね。さあさあ早く」
お祝いの言葉をまだ告げてないリアムは今にも逃げ出しそうになるが、ミシェルが必死に捕らえてサリエルの近くにまで背中を押す。
「あ、ああ……その、昔は色々とあったけどよ……おめでとう……」
「……ふふ、何だか気持ち悪いな」
「は、はあ!?折角祝ってやってんのに何だよその言い方!!」
彼の照れ臭そうに祝いの言葉を言う姿に思わずおかしくて笑ってしまうが、嘗て自分と対峙していた相手でもその言葉は嬉しいものだと感じた。
「お祝いありがとう、リアム」
「……何だよ、気持ち悪い」
「でもそれはそれ、あの日どっちが先に死神になるかの勝負は覚えてるよね?」
「ギグッ……お前まだあの約束覚えていたのかよ……」
サリエルは目を細めながら彼の顔の接近すると、反応が面白かったリアムに思わず過去の事を突っかかってしまう。
どうやらリアム自身その約束は忘れていなかったようだが、完全にサリエルが忘れているものだと確信していた為に無くなったものだと勘違いしていたらしい。
「サリエル、あんた本当に大きくなって……お姉さん嬉しいよ……うう……」
「もう、泣かないでください!これからも死神の先輩としてよろしくお願いします」
「おうよ!て言ってももう私が教授する事なんて無いだろうけど」
ミシェルは相変わらずサリエルを妹分として溺愛しているが、そのサリエルも既に自分を超えつつあるという現実に思わず潮らしくなってしまっていた。
「サリエル、神の称号の取得おめでとう!私も来年また頑張るよ!」
「うん、ミアなら絶対次は合格できる。だから諦めないで!」
「……うん!」
この中ではミアとの付き合いが一番長いこともあり、彼女との十年前からの記憶を掘り起こしていたら限がない程数多くある。
彼女は良き親友でありライバルであり、サリエルもミアの実力を心から認めていたので来年の試験には絶対に合格して欲しいと思った。
そして一人後ろに立つ師であるガイゼルの元にサリエルは駆け寄る。
「師匠、あなたのおかげでここまで来れることができました!」
「いえ、これは全てあなたの実力です。おめでとう、サリエル」
「……はい!」
サリエルは何よりガイゼルに褒められることが一番嬉しかった、彼の前では不思議と感情が表に走り出してしまったのだ。
「皆さん、今日はサリエルの合格祝いに打ち上げをしましょう」
「え、当主の奢りですか!?タダ酒だ~!」
打ち上げと聞いた瞬間にミシェルは甲高い声を上げテンションを上げる、彼女は年を重ねるに連れて酌量も増している独身なので少しババア臭いところも垣間見え始めていた。
「いやミシェルさん、まだ昼間なんで飲まないでくださいね。もう三十路なので節度を持ってくだ……」
「はあ?神にとって30歳なんてまだピチピチのお姉さんですけどお?てか年上に失礼でしょうが三十路言うなイコーラー!!」
「イコ……だ、誰が!!彼女ぐらいいたことあるわ!!」
リアムの心遣いからの注意にミシェルは突っかかる、こういう悪いノリが増えていくのが三十路なのだろうかと傍観しているサリエルとミアは将来に不安を覚えてしまう。
「サリエル、一緒に行こう」
「うん――」
打ち上げられた太陽が大地を照らし付ける中、四人は打ち上げをする為に飲み場まで歩くのだった。
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