特異点の究明
付近の店に入った二人は、暫くの会話の末初対面にも関わらず打ち解ける。
「あはは、新介は食欲が旺盛なのね」
「もう三日も食べてませんでしたから、水分は恐らく与えてくれてたと思いますが」
「別に気を使ってくれなくていいのよ、私のことはマーベルで良いしタメ口でもいいわ」
「え、でも目上の方には敬語を使うべきでは?」
「目上だなんて固いわね、私はただの一般人よ」
しかし彼女が一般人だとすると、新介には一つ引っ掛かる部分があった。
それは新介が盗賊とぶつかった際にマーベルが放った神技と思われるものである。
「でもマーベルさんが盗賊を追い払ったやつって神技ですよね?」
「あ、あれはちょっと使えるだけだから、とにかく私達は対等な関係で話し合いましょう」
「……分かった、そこまで言うなら別にいいけど」
マーベルは何かやり過ごしたように安堵の表情を見せて、心拍数を下げようとするかのように一度頼んだ暗紅色に澄んだ香ばしい匂いを漂わせた飲み物を口にする。
「それで新介、あなたには一つ頼みたいことがあるんだけど」
「頼みたいことって、何で俺なんかに?」
「あなたの盗賊に怯まない度胸を見込んでのことよ、実は私ここの土地を調査するように頼まれた国の雇われ者なんだよね」
するとマーベルは机に地図を広げて、一つの裏路地の場所を指で指した。
そこは地図を見る限り特段他と違った場所でもなかったが、彼女は神妙そうな表情を新介に覗かせる。
「一つ気に掛かったことがあって、ここの道が無くなってたのよ」
「無くなってたって、そんなことがありえるのか?」
「普通では考えられないわ、その上数日前まではここら一帯は人の通行地帯になってたんだけど、三日程前から通行も途絶えたみたいなの」
明らかに異質な現象に、新介も食事を進めていた手を止めて真剣に話を聞き言った。
そして新介は何かを予感して、マーベルがこれから訪ねてくるであろう内容を突く。
「おいおい、まさか俺にそこを調査しろってか?」
「ビンゴよ、これは正式な依頼だからもちろん依頼料も払う」
「依頼料……」
思えば自分は無一文だったことを思い出して、この後行動するにもまずは資金が必要だということに気付かされる。
マーベルからの依頼は記憶無し一文無しの新介にとっては救済手段とも捉えられ、当人は受諾せざるを得ない。
「分かったよ、調査だけなら簡単そうだしな」
「ありがとう、それじゃあこれを耳に付けて」
「何だこれ?」
何やら文明にそぐわないデバイスのようなものを渡され、新介は言われた通り耳に装着する。
「それは一種の通信機器みたいなものだよ、仕組みは神技と何ら変わらないけど」
「これを付けてどうするんだ?」
「一時間後にそのデバイスで連絡をするから、それまではここで待機していてね」
「あ、ちょっと……」
そこで一時話は途切れ、十分な説明も与えられずに、取りあえず新介は言われた通り指示を待つことにするのだった。
――――――
一時間後――。
「「お待たせ、それじゃあ私が目標の場所までナビゲートするから」」
「やっとか、一体何してたんだ?」
「「それは秘密、女の子の諸事情をいちいち聞くのはナンセンスだよ」」
「へいへい……」
新介は指示された道を歩き、遂に指定された裏路地への入り口と思われる場所に着いた。
目標の場所は至って不自然な箇所が見当たらない落ち着いた雰囲気の佇まい、石造りの道路に所々木材で建築されたと思われる建築物が建ち並んでいたことからも、この世界の枠組みとして違和感のようなものを抱かなかった。
「「お疲れ様、後はそこに入って」」
「いやでも、周りが壁なんだけど」
「「その壁から高濃度のエネルギーが感知できる、神技で作られた幻覚よ」」
「え、これが……」
新介は一瞬戸惑ったが、勢いをつけて壁に身を投げると透けたかのように裏路地に入れた。
すると体はすり抜ける事ができ、その異様な光景に霊類のものに若干苦手意識を抱いていた新介は壁の先に消え行く自身の体を見据え一瞬情けない声を上げてしまう。
「は、入れた!!」
「「だから言ったでしょう、後はそこの道を進んで」」
「あ、ああ……」
中の様子は随分と薄暗く奥の様子は動かなければ目視できなかったが、新介は通信デバイスに向け視認が完了した情報を逐一マーベルへと報告する。
そして彼女の指示に従い道を進もうとしたその時、一瞬の光が新介を横切った。
グシャ____
「え……?」
裂かれたような痛みに襲われた左脚に視界を向けると、そこには何とか皮膚のみで繋がっているような状態の足が見受けられる。
次の瞬間、新介は痛みと共に絶叫した。
「あ、ああああああ……!!」
バランスを崩して地面に倒れると、左脚の断裂部分から血液が地面に波紋しているのが見えて、この状況を思わず絶望してしまう。
「騒ぐな、人が寄る……」
「あ、ああ……」
倒れている新介の首元に鎌の刃を当てられ、刃先から殺気が淀みなく伝わってくる。
殺される。殺される殺される。死の予兆が脳裏を過り、今まで体験したことのない実体のある恐怖に痛覚が置き去りにされた。
「貴様は誰だ、政府の手先か?」
「ち、違……」
「どの道ここを見られた以上、貴様を生かしておく義理はないわ……」
「や、やめてくれ、頼む……」
鎌を突きつける少女の恐怖から目に涙が浮かび、死への恐怖を確かに感じた。
彼女は本気だ、さっき始めて会った相手に確かな殺意を向けてきている事がその虚無でも見据えるような眼で明白とされていたのだ。
「無理な話、殺す……」
「い、嫌だあああ!!」
「――やめんかサリエル」
裏路地の奥からどこかで見たことがある、もう一人の少女が姿を見せて鎌を止めた。
あれだけの殺気を露見していた少女を一言で止める統率力、一体何から突っ込めばいいのかと新介は薄れ行く意識の中で思考の袋小路へと差し掛かる。
「ユ、ユピテル様!?」
「そやつには恩義がある、生かしてやれ」
「……はい、失礼しました」
「お、お前……」
その桃色の髪色は記憶に新しく、まさに自分がソフトクリームを買ってあげたあの少女であった。
そして新介は必死にこの状況を理解しようと脳を働かせた、そうすれば少しでも痛みが和らいでくるような気がしたからだ。
「すまなかったな、すぐに治療をしてやる」
「な、何でお前が此処に……」
彼女が何故ここにいるのか分からなかったが、それを説明する前に脚の傷は次第に治っていく。
物理法則を無視する神変。その異様な光景に新介は目を奪われる傍ら、ユピテルは口を開いた。
「それはこっちのセリフじゃ、何故御主がここに迷い込んでおる」
「いや、だって……」
さっきからまるっきり話が繋がってない、そう思った新介はもはや全てに疑心暗鬼になってしまいそうになるほどに気持ちを混乱させていたのだ。
「まあ話は後で聞くとする。立てるか?」
「あ、ああ」
あれほど脚が斬れたというのに、傷跡一つ残さずに回復していた光景に新介は目を疑う。
「お前は、一体何者なんだ?」
「無礼な、口を慎め……!!」
「鎌を下ろせサリエル、彼奴は敵ではない」
少女からは新介への敵対心など微塵もない、少なくとも今の新介にはそう感じ得たのだ。
偶然か必然か、奇跡的な再会に心を奪われる。
「自己紹介がまだじゃったのう、わらわの名はユピテルじゃ」
「ユピテル、だと……」
それが確かに、全ての始まりだったことを新介はまだ気付かなかった。
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