兄妹対決
後日、新介と結は神技修得の修行に勤しむために早朝からユピテルが家から出て来るのを外で待っていた。
そうして彼女に待たされる羽目になったかというのは二人も知らないが、恐らく日が開ける前に家を出たサリエルと何かしらの連絡を交わしているのだろうと新介は考えた。
「何してるの?」
「準備運動、これからが大変だろうからな」
新介は取りあえず準備体操で体を柔軟にした。神技といえばただ手を構えるだけで発動できる便利な能力に見えるが、生身の人間である新介にとっては使用する度に確実に体を蝕むことは確かだったからだ。
だが準備体操をしたところでどうなるかと言われればかなりグレーだが、それでも怪我する可能性ぐらいは減らせることができるはずであった。
「てか、お前も自己供給は半分ぐらい成功したんだっけな。どんな感じなんだ?」
「うーん、体に部分的な付加って感じかな」
すると結は右手にゾオンエネルギーを収束させて、それを新介に見せ付けると近くにあった木の幹に向かい手を振り被る。と
「どおりゃあああ!!」
「っ……!?」
まるで女子とは思えない勢いの付いた声を上げながら結の腰の入ったパンチが見事幹に当ると、木は折れることはなかったが激しく振動する。
しかし拳が入った部分は完全に抉れており、元々武道スキルがあった彼女に身体強化が加わることの恐ろしさが身に染みて痛感した。
「ハ、ハハ。冗談でもさっきの俺にくらわすなよ?」
「うーん、それはお兄ちゃん次第かな?」
彼女は直後に怖い発言をしてしまったと自覚したかのように二コッと笑って見せるが、その表情が逆に新介の恐怖心を掻き立ててしまいいつか本当に妹に殺されるのではないかと考えてしまう。
「ああそうだ!じゃあウォーミングアップのつもりで戦うってのはどう?」
「いや何バリバリの戦闘しようと思ってんの?そんなのウォーミングアップでバテるわ」
長年武道に勤しんだ彼女にとってはそれもウォーミングアップの一種なのかもしれないが、常人の新介は準備運動で本気で戦うなどという脳筋特有の考えなど備えつけてなかった。
第一結本人が一日の消費エネルギーを逐一計算して行動しているように思えなかった、何でもかんでも無計画にこなしてるただただ運動神経が良い奴というだけなのだろうと新介はふと思ってみせる。
「えーいいじゃん!昔はよく空手で対決してたのに」
「昔は昔だ!第一あんなパンチ本当に受けてみろ、それでこそ本当に修行どころじゃなくなるわ!」
必死に自身の拒む新介に苛立ちを覚えたのか、結はまるでつまらない奴を見るかのように頬を膨らせ完全に不貞腐れてしまう。
「えい」
「どわああ!!」
不意に結が新介の横腹をゾオンエネルギーで付加した肘打ちで攻撃すると、意外に威力が強かったのか思いがけず情けない声を上げてしまう。
「お前!不意打ちとはそれでも武に精通する者か!?」
「何甘いこと言ってんの、背後から撃った方が確実でしょ?」
「殺し屋か何かかよ!!」
しかし当の本人はどうやらやる気満々のようだ、こうなったら実の兄と言えど彼女に言葉という類は通じなくなる。
「……はあ、分かったよ」
「本当!?」
新介が潔く承諾すると、結は何がそんなに嬉しいのか地面をピョンピョンと跳ねながらその度合いを表現する。実際彼女にはこんな風に可愛らしい一面もある為に新介も嫌いになれずにいた。
「ただしいくつか条件がある。本当にヤバイ攻撃は控えろ」
「うんうん!わかってるって~!」
本当に分かっているのか正直不安だったが、こればかりは彼女を信じるしかないのだろうと新介は若干諦め気味だった。
「それと、この戦いの敗者は勝者の言うことを何でも一つ聞く。分かったか?」
「……そんな約束していいの?だって私勝っちゃうよ?」
結は随分と自身があるのか微笑みながらそういうと、兄の方は妹に舐められたことが気に障ったのか次第にやる気が湧いてきていた。
「言っとくが戦闘スキルと勝敗は別物だぜ?こっちにも勝機はある」
「へえー、空手半年で辞めたお兄ちゃんが私に勝てると?」
当時小二だった新介は幼稚園児に敗北し道場史上初の白帯で道場を去ったことは最大の黒歴史であり、当の本人もそのことには触れないで欲しかった。
その出来事を新介はあくまで『才能の限界』と称しているが、結の情報によれば『天性の雑魚補正』という汚名を一ヶ月間道場の間で噂になっていたらしが、その後間もなく彼の名は時の人となった。
彼が勉学に励むようになったのはそれからだ、フロイトの防衛機制で例えるなら昇華現象に値する。
あの時の新介は一刻も早く空手での出来事を忘れたくてその思いを別の方面で昇華しようとした。あの幼稚園児に負けた時の周りの蔑みから生まれる笑い声、慌てて結の方を振り向くと彼女は友達と「ねえねえ誰あの人?」「……さあ、ちょっと知らないかな」という絶望するしかない会話をうつ伏せで倒れながら聞いていた。
「……ああ、もう怒ったぞ!絶対お前に勝って恥じかかせてやる!」
「な、何かお兄ちゃん急に気合入った?」
「うるさい!余計なこと思い出させやがって!絶対許さないからな!」
「ま、まあいいや。それじゃあやるよ!」
二人は完全に戦う気になり、結の合図とともに戦闘が始まるのだった。
「おわ……!」
最初に仕掛けてきたのは結だった、彼女はゾオンエネルギーを腕に纏い強烈なパンチを新介の顔にお見舞いしようとするが間一髪避けられる。
「この……!!」
「あ、ちょっと……!!」
新介はそのまま結の腕を取ると、彼女に背を向けて背負い投げを決め付ける。
「がっ……!!」
最初に攻撃を受けたのは意外にも結となったが、彼女はこの結果に触発されたのか背中の痛みを噛み殺し跳ね起きで体勢を立て直す。
「やるね、でもこれからだよ!」
「っ……!!」
しかし新介の好調はここまでとなってしまう、彼女の動きから発せられる攻撃の嵐に新介は防御に徹するしかなかった。
「どおりゃあああ!!」
「っ……重い……!!」
彼女はゾオンエネルギーを纏っていないというのに、普通の攻撃すら十分に重く感じた。
それは無理もなかった、空手の初段取得者であり黒帯だった結とほぼ素人の新介が対決すれば真っ先に実力差が伝わってくることが必然だった。
「はは、さすがってところだな」
「ごめんお兄ちゃん。何か楽しくなってきたから、怪我させるかも……!!」
「……ああ、どんと来い!!」
二人は腕にゾオンエネルギーを纏い、一撃に全てを賭けるかのように拳を交わした。
『腕力強化』
互いの衝突は一瞬均衡を保つが、その後は結が拳を進めさせ打ち合いは彼女に軍配が上がった。
「だああ!!」
新介はそのまま勢いよく吹き飛ばされると、結が一部幹を抉った気に後頭部をぶつけてしまい隙を作ってしまう。
その隙を結は見逃すことなく、新介の眼前で拳を寸止めすると彼も完全に戦意を喪失してしまう。
「まだやる?」
「……いや、降参です」
よほど楽しかったのか笑みを浮かべながらそう述べるが、まるで良心などなく彼女の表情は悪意の塊にも思えた。
「これで私の勝ちだね。お兄ちゃんには何をしてもらおうかな……グフフ……」
「な、何を企んでやがる……」
彼女が不気味な笑いを浮かべている時は大概碌なことを考えてない証拠だ、大体物を媚びたりする習性があるが生活費も有限なので節度を持った要求をして欲しいものであった。
もっとも結に節度という言葉はこの世の中で最も相性が悪い、彼女は武道以外は欠点でしかないただの危ない奴だからである。
しかし結が新介に要求を告げる前にユピテルが家の扉から姿を出し、ようやく修行を始めることを告げる。
「待たせたな二人共、さあ修行を始めるぞ」
「ユピテル、サリエルとでも連絡してたのか?」
「ああ、今サリエルは別の任務を遂行している。その活動報告をしていただけじゃ」
話の流れが変わったことで結に要求の件について忘れて欲しいと思いつつも、新介はサリエルの動向を気に止めていた。
「時に新介、神技とは何じゃ?」
「え、俺?」
急に話を振られた新介は戸惑いながらも、その答えとなる部分を正確に抜き出して頭の中で解答文を構成していった。
「神技ってのは、術式経由でゾオンエネルギーを収束させることで発動できる技のことか?」
「それだと具体的過ぎる、神技とは人を殺す方法の一種じゃ」
「っ……!?」
目の前のユピテルから発せられる言葉が酷く自分の肩に重みを感じさせた。
彼女はもう何度も自らの手で人を殺している、それは新介本人も何回か目にしていた。
「これから辿る道は、御主等にとって辛い選択を迫られる時もあるじゃろう。それでも後悔しない自身はあるか?」
「……それは前提条件が間違ってるだろ?俺達は進んで戦いの道に歩くんじゃない、歩かないと駄目なんだ」
「承知の上じゃ、それでも後悔しないと誓えるか?」
彼女の質問には答えることができなかった、何故ならそんな未来のこと二人のどちらも分かり得ないことに違いなかったからだ。
「……分からない、今はそうとしか言えない。だけど、その選択に間違いは無いことを信じている」
「何故そう言い切れる?例え正解の選択肢を選んだとしても、答え合わせをしてくれる者などいないはずじゃ」
ユピテルの考えは良くも悪くもかつての新介と酷似していたが、彼女の長く終わることのない人生経験から発せられたものとでは言葉の重みが違うのがよく伝わった。
だからこそ彼は反論する事などしなかった、自分が伝えるべき意志の持った言葉など既に底を尽きていたからだ。
「そういうものかな?私は不器用だから正解を選ぶなんて出来ないけど、自分が選んだ選択肢を正解にすることが重要なんじゃないかなって思う」
「……お前、何か変なものでも食ったか?」
「どう言う意味!?」
「いや、久しぶりにまともなことを仰ったので感心してるだけです」
結にとって失礼な発言をした新介にはまもなく彼女の拳が飛んでくると、空手初段の強烈なパンチに思わず悶絶してしまう。
「ま、まあ不本意ながら結の言ってることは正しい……これが俺達の総意と思ってくれて結構だ……うう……」
「いつまで痛がってんの?ちょっと急所に一撃くらわせただけじゃん」
「いや急所狙ってる時点でちょっとって寸法はおかしいからな……」
結のパンチをまともに鳩尾に受けた新介はしばらく動けなかったが、しばらくしてようやく呼吸を呼吸を整えることができた。
「……やはりわらわもまだまだじゃな、まさか御主等から学ばなければならないとは」
ユピテルは一度目を瞑り、嘗て自分が見ていた光景、脳裏の果てにある儚い一つの記憶を奮い起こそうとする。
――変わらないものじゃな、運命というものは___
嘗て見ていたその光景は、まるで今の自分に古い鏡を映し出すかのように二人の姿と酷く重なり合わさっていた。
そしてふと思う、自分という存在はただ後悔することから逃げて、その価値観を新介達に押し付けていたことを____
「わらわの杞憂だったようじゃ、修行を始めよう」
「おう!」
「押ッ忍!」
ユピテルは一瞬過去を見つめるかのように背後を振り向きたくなるが、嘗て見ていたその光景を手放すように二人のもとへと歩いて往く。
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