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称号を捨てた者達

 修行開始二日目、初日にマスターからのエネルギー供給に成功した結は次の段階に進もうとしていた。


 初日にこなした内容はあくまで非常時用、通常時はゾオンエネルギーを自ら供給して戦わなければならない課題に向き合わなければならない。


「はああ……!!」

 結は左手に力を込めると、そこに収束したゾオンエネルギーが宿るが、ユピテルの鋭い眼光とともにエネルギーの収束は解けるのだった。


「駄目じゃ、まだわらわから供給しようとしてる。循環を意識せず空間を意識するのじゃ」


「っ……でも……」

 昨日はあれだけ出来たのに難易度が急激に上がったことに彼女はつまらなそうに思う。だがこの段階をクリアしないと次の段階には進めないのだ。


「焦りがあるな、原因は兄か?」


「っ……!?」

 図星を突かれた。結の反応はユピテルに限らず誰でもそう読み取れる程に分かりやすいものだった。

 結もきっとユピテルには心を読まれていると察し、彼女の前で何かを紛らわすのは既にやめている。


「……うん、早く強くならないといけないんだ」


「わらわも御主には強くなって欲しいが、何故そこまで自分を追い込む?」

 すると結は呼吸を整えて、辺りを見失いかけた視界を見えるようにすることではっきりとユピテルを見据えた。


「私はもうこの世界に来てから二回も命を救われた。どんなに殴られようと、どんなにその体を切り裂かれようと、お兄ちゃんは私を助けてくれた」

 例え一度刃を向けられた相手でも、新介は結を救うことを諦めなかった。

 一度敵として相対しても、彼は実の妹を見捨てることだけはしなかった。


 それは、上野結という人間の心を動かすには十分過ぎる行為だった。


「今度は、私がお兄ちゃんを助ける番だから」


「……そうか、御主も色々と考えているのじゃな」


「うん、それに。やっぱり私お兄ちゃんのこと好きだもん」

 不意の彼女の発言に思わずユピテルは驚きを隠せきれていなかった。

 昨日はあれだけ否定していたというのに、結は少し照れながらも正直に自分の思いを冷やかしていた本人に告白したからだ。


「昔から何でも人並みに出来て、たまに冷たい時もあるけど、どこかで私のことを思ってくれて、命まで張ってくれる。そんなお兄ちゃんが大好き」


「……」


「やっぱり変だよね、兄妹でなんて……」


 しかしユピテルは彼女を軽蔑することも侮蔑することもしない、長い月日を生き抜いた彼女にとってそれこそ些細なことだったからだ。


「何が変なんじゃ、人を愛することに普遍も絶対値も存在しない」


「ユピテルちゃん……」


「この文明が誕生して約五万年、神はありとあらゆる観点から愛の存在定義を模索してきた。多くの知を司る神はそれぞれの見解を見出したが、それ以前にもっと単純なものなんじゃ」

 少々小難しい話に入ったが、要するに彼女が言いたいことは一つだった。


「愛とは、最も素直な気持ちじゃ」


「……素直な気持ち、か」

 自分の胸の中の蟠りが、温かい何かでゆっくりと溶けていった気がした。

 自分の存在を認めてくれる人が少なくともここにいる、それだけで自然の気持ちに余裕が生まれたのだ。


「少し雑談が過ぎたな、続きをやるぞ」


「うん!!」

 結は再び目を閉じると、大気に漂うゾオンエネルギーそのものを意識し始める。

 すると何の偶然か一瞬だけ結の元にゾオンエネルギーが収束されるところをユピテルは感知するのだった。





 ____________





 新介達が来たのはメトラーナ町と呼ばれる田舎風情の落ち着いた町だ。

 人口は五百人程度、敷地面積もそれ程広くないが生活用品や食料を調達するには困らないぐらいに店は充実している。


 セントラルでは計画的に建設させられた建物がそこら中に並び、舗装された大きな道路には馬車や人の行列が絶えることなく並んでいた。

 しかしここは人自体が少ないので、商店街に入っても数十人の人の姿が見えるだけでセントラルと比べて活気がない。

 だがそこが良いのかもしれない、田舎には無い地域の人とのコミュニケーションを大切にする感じは個人的に新介は嫌いではなかった。


「すいません、野菜をもらってもいいですか?」


「へいらっしゃい!お、久しぶりだな兄ちゃん!今日はデートか?」


「違いますよ、冗談はやめてください」

 八百屋の店員は随分と上機嫌だが彼は誰でもこういう感じで接している。

 とても陽気で気前も良い為に必要以上にサービスもしてくれる、一週間前に来た時はリンゴ三つを買うと後四つおまけしてくれるという自らの店を潰すような破天荒なことをしている。


「それもそうか、兄ちゃんにはうちの娘をやる予定だしな!」


「勝手に結び付けるのはやめてください!てかあんたいつもそんな調子かよ!」


「ハッハ!兄ちゃんぐらいの年の奴には全員に娘をやるように言ってるわ!」


 駄目だ、この人は父親と経営者の双方が向いてない。

 どうしてこんな奴が自営業を続けているのか、それもこの町の人との近い距離感のお陰なのだろうと新介は確信付けるのであった。


「もうお父さん!また町の人に変なこと言って!」

 話題の相手の御本人登場にしばしば戸惑うが、彼の娘は新介に丁寧に接客をするのだった。


「ごめんなさいいつもこんなので、それで、今日は何を買いに?」


「ああ、このメモに書いたものを頼む」

 新介はメモとカゴを娘に渡すと、彼女はメモを見ながら必要な食材を丁寧にカゴに入れ込む。

 その様子を見るに、新介は経営者不適合者の陽気だけが取り得な彼が自営業を続けられるのはきっとこの娘のおかげだろうと憶測を飛ばしたりして時間を潰す。


「はい、これで全部。御代は千五百へヴンドね」


「どうぞ、多分ちょうどだと思います」

 新介が丁度会計をし終えると、奥からよく分からない野菜をおまけしようと駆けつけてきた父親が娘から止められるところを見るが、これ以上巻き込まれるのも面倒だった為にすぐさま店を後にした。



「ふう、これで取りあえず全部か」

 隣を並行に移動するサリエルが両手に二つずつカゴを持っているところを見ると、小さな体で大量の荷物を持ち歩く彼女が何だか放っておけなかった。


「大丈夫か?」


「うん、これぐらい大丈夫……」

 確かに大丈夫かもしれないが、自分が何も持たずに彼女に全て持たすというのは妙に気が引けた。

 それに町の人が新介を見たらまるで幼児を虐待しているようにも見えた、彼女の好意は嬉しいが何事にも限度というものがある。


「じゃあさ、何か買って食べるか?」


「でも、まだ二人は修行してるのに申し訳ない……」

 まだ二人というのはユピテルと結のことだ。新介達は午後過ぎに往復二時間もかかるこの町で買い物をしなければならなかった為に修行は切り上げていた。


「じゃあ、二人の秘密だな。俺も結にバレたら面倒くさいからよ」


「あ、ちょっと……」

 すると新介は近くにあったアイスクリーム屋でアイスを二つ買うと、近くのベンチに座りサリエルにこっちへ来るように伝える。

 サリエルも勘弁したのか、大量の荷物を持ちながら新介が座るベンチまで歩いてきた。


「ほい、どうぞ」


「……」

 サリエルはアイスを一つ受け取ると一度舌で冷えた部分を舐める。


「……おいしい」

 随分とわざとらしい味を味わったかのような反応をすると、サリエルは随分と久しぶりに嗜好品を食した様子だった。



「そういえばユピテルと最初に会った時も、こうやってアイス食べたっけ」

 正確にはソフトクリームだが、あの時の記憶は新介も随分と鮮明に憶えてる。

 この世界に来て間もなかった新介はユピテルから天界の情報を聞き、今はこうやって政府の反乱分子として一緒に犯罪者をしている。


「……どうして、急に……」


「別に、アイスを買ったのは今日の御礼のつもりだけど」


「今日のことなら気にしなくていい、あなたに頼まれたことだから……」

 やはり彼女の信頼ゆえの行動はどこかぎこちない、まるで機械が作業をこなすかのように何か大切なものを見失っていたことに新介は気付かされた。


「サリエル、お前は俺を信頼してるって言ったな?」


「うん……」


「俺もお前を信頼してる。俺達は仲間として互いに信頼してる、それが信頼ってことだろ」


「っ……!?」

 するとサリエルは何か重要なことに気付かされた気がしたのか、今まで自分が一方的にしてきた行為がどれだけ空周りしていたことかと考えると胸元に何かが詰まる感覚がしたかのような様子を見せる。

 人を信じるということは必ずしも相互関係であり、そこに絶対的な何かは存在しないことを彼は伝えたかったのだ。


「ごめん、何か私ズレてた……」


「分かったら帰り道は俺も荷物を持つ、良いだろ?」

 サリエルは頭をコクリと上下に振ることで返事をしながら、溶けそうな手元のアイスを急いで食べようとした。

 二人がそんな話をしていると、母と娘と思われる二人組が同じ店でアイスを買っており、娘の方はよほど嬉しかったのが随分とはしゃいでいるのが視界に入った。


「ママ~!こっちのベンチ空いてるよ!」


「ちょっと、そんなに走ったら人にぶつかるよ」

 娘の方はきっと当たるはずがないと思っていたのだろう。が、次の瞬間に黒のローブを身に纏った二人組にぶつかってしまい、女の子はそのまま地面に尻餅をついてしまう。


「いった~……あ、アイスが……」

 不運なことに男のローブは純黒の模様一色が乱れ、アイスクリームが付着した部分は白色と随分とミスマッチな色合いとなった。


「おいガキ、何してんだよ」


「す、すいません!クリーニング代は払わせてもらいますので、どうかご勘弁を!」

 すぐさま母親の方が娘を抱きしめてクリーニング代の代わりに見逃してくれることを懇願するが、それでも彼の怒りは収まりそうになかった。


「ああ!?お前誰に口聞いてんだよ!!つくづく気に入らなねえ!!」

 その様子を見ていた通行人や商店街の自営業者までもが騒動に視線を向け、近くに居た新介達にもそれは例外ではなかった。


「おい、あれ何かまずくないか?」


「……そうね、あの風貌からしてこの町の住人ではなさそうだけど……」

 一人は顔を隠すこともせずにただひたすらに跪く親子を罵り、もう一人はフードで顔を隠し加担する訳でも止めるわけでもなくただ沈黙を貫いていた。


「あーあ、こんなの支部長に笑われちまうよ。お前もそう思うだろ?」


「……さあ、お前がそう思うならそうかもしれないな」

 そんな両極端過ぎる二人を見据えるが、明らかに存在そのものが異質で徒者でないことはなんとなく察しがついた。


「何だよ冷てえな、あーツイてない。本当にツイてないな……」

 次の瞬間、オラオラ口調の男が手で構えを取り不気味な言葉を放つ。


「じゃあ、殺すか」


「……!?」

 新介、サリエルは瞬時にあれが何の構えなのか理解できた。

 それは間違いなく神技の構えであり、その直後親子二人の周りを囲むように術式が浮かび上がる。


「まずい……!!」

 新介は一刻も早くその親子を術式の外に出そうとベンチから飛び出した、が、神技発動までの間隔はあまり時間がない為に間に合いそうになかった。


「っ____!!」


 ――間に合え、間に合え間に合え、もっと速く……!!



『ラティべル』


 ______!!



 術式で囲まれた範囲は大きな爆音と共に爆発すると、地面は酷く抉れ数秒だけ当たりが煙で覆われた。


 しかし神技を発動した男は怒りが収まることはない、それどころかさらなる逆上を覚えていた様子であった。



「はあ……はあ……」


「……あ?」

 何とか二人を救い出すことに間に合った新介は親子二人を両脇に抱えて、体の周りにはゾオンエネルギーを纏っていた。


「新介……!?」


「……出来た、自己供給」

 ユピテルから供給されたゾオンエネルギー程ではなかったが、瞬時に意識した空間意識が実を結ぶ結果となった。

 恐怖に怯えた二人を町の人に託すと、新介は再び彼らの前に立ち塞がる。


「誰だお前、どこの馬の骨だ?」


「そっちこそ、いや、お前達は神と言ったところか?」


「残念、正確には称号を剥奪された者ってところかな」

 男の手に刻まれた紋章は、まるで神を否定するかのように称号にバツを刻んでいた。それを見た新介はかつてヴァンパイアと戦った廃墟の館での出来事を思い出す。



「お前達、失われた称号ロストシンボルか?」

 彼らが見せた紋章はガルシャワのそれと酷似していたので、第一に彼らがその仲間であることを疑った。

 しかし正体がバレたというのに眼前の男は相変わらずゲラゲラと笑い、その姿に一種の不気味さを覚えた。


「お前達がどうしてこんな町に来ている?」


「ただの暇潰しさ、俺は自分の心が満たされれば何でも良いんだ。今はちょうど人一人ぐらい殺したいがな」


「……なるほど、神の称号が剥奪されたのが納得だよ。クズ野郎が」

 彼の自己中心的な発言に新介は思わず挑発すると、男も感に触ったのか怒りの度合いはピークに差し掛かっていた。


「そうかよ、ならお前が死ね!!」

 男は咄嗟に神技の構えを取り、先程と同じく新介の周りを術式が囲むことで爆発を起こさせようとした。

 しかし新介もすぐさまゾオンエネルギーを吸収し、それを自分の両足に集中させることで強靭な俊敏性を身に付ける。


脚力強化(レッグオーバー)


 術式領域が完全に爆発する前に抜け出し新介は一瞬で男の懐に入った行く。

 そして勢いそのまま彼の腹部に強烈な蹴りを一発入れると、そのまま男は背後に数メートル飛ばされた。


「……テメエ!!」

 男が次の神技を放とうとした瞬間、傍観を貫いていた男が彼の腕を掴み自体を沈静化しようとする。


「潮時だ、突きかかる相手ぐらい考えろ」


「っ……!?」

 男は何かの殺気を感じたのか、瞬時に背後を振り向くと鎌を構え持つサリエルがそこにいたことを確認する。


「死神、だと……?」


「そういうことだ、引くぞ」


「チッ……覚えてろよ、この借りはいつか返す」

 それだけを言い残すと男達は町の外へと姿を消す、サリエルは深追いするのは止め新介の元に向かうのだった。


「追わない方が良い、今はあんな奴等相手にしている時間はないから……」


「……それもそうだな」

 彼らとはヴァンパイアの一件以来対立関係こそあるが、そこに拳を交え潰し合う程の道理はこちらにはなかった。

 それより新介にとって大きな収穫はゾオンエネルギーの自己供給に成功したことだ、これでようやく次の段階に進めるとなれば浮足立ちそうになるがその気持ちを抑える。


「取りあえず成功したみたいね……」 


「ああ、何となく掴めた気がする」

 空間を意識するのではなく、空間に意志を込めるように意識する。

 ゾオンエネルギーの自己供給とは必ずしも空間と感情の相互性であり、自分の意志が直接影響することに気付かされたのだ。


「あ、ありがとうございます。この節は何と御礼を言ったらいいか……」


「ああ、気にしないでください。無事で何よりです」

 親子の二人は命の恩人である新介に何度も頭を下げ感謝の気持ちを伝える。

 生憎新介のアイスは地に落としてしまったが、親子二人の命と比べたら安いものだと感じた。


「サリエル、今日はもう帰ろう」


「そうね、まず第一にユピテル様に報告しないと……」

 いくらこちらに戦意がないからと言っても、ヴァンパイアを倒し貴重な戦力をそぎ落としされた向こう側には既に報復する道理は十分にある。


 失われた称号(ロストシンボル)、今は余計な敵と真っ向から対立したくはなくが、彼等がその気になればこちらも向かえ撃たなければならないことに気付かされるのだった。



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