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もっと話したい

 辺りはすっかりと夕暮れの静けさを迎え、人工太陽も次第に地平線の向こう側へと消えることで見事に再現出来ていた。


 結局その日は何も進展なし、日も暮れてきたので新介とサリエルは足早に帰宅したのだった。




「結局何も進展なしか……」

 ただただ時間だけを浪費した気がすると、新介はそう考え始めると自分の不甲斐なさを尽く痛感する。

 やはり己の力はユピテルの二番煎じであり、彼女の力なくしてはヴァンパイアにも敵わなかったのだろうと。


「自分を蔑むのは構わない……けど、そんな湿気た顔あの二人が見たらどう思うかな……」


「サリエル、お前……」

 励まされてるというのか、この少女に。

 彼女の行動を察した新介は自らを蔑むことを辞め、これからの事についてだけを考えることにした。


「勘違いしないで、あなたには神技を修得してもらわないと困るの。だから、今この時だけは信頼してあげる……」


「……ありがとう、なら期待に答えないとな」

 振り向き様にそう告げたサリエルの頭を撫でると、本人は相当嫌だったのかどキツイ眼光で下から睨まれる。

 命の危機を感じた新介は鎌で手が切断される前に手を引いた。もう彼女には足を持っていかれそうになった為に笑い事ではない。


「あ、ああそうだ!!夕飯作らないと駄目だったな!!じゃあ先に家入ってるから!!」

 そしてすぐさまエスケープ、新介自身サリエルとのファーストコンタクトはかなりのトラウマだったのだろう。




「……温かい」



 ______



 ――『死者には敬意を』



 ______



「――!?」


 全ての景色が、情景が、何もかも無くなって得体の知れない世界に迷いこんだかのようにそれは現れ


 彼の手の温もりが、まるで昔誰かから頭を撫でられた時の温もりと酷く似ていた。



「……気のせいか」

 生前の記憶など、彼女には全くもって興味のないことであった。

 例え感情が無くても、サリエルにはユピテルへの忠実心があれば何でも良かったのだ。



 止まったはずの世界がまた動き始めたかのように、日暮れが一層濃くなり靡く風も吹いてくる。


 そんな移り往く周りの景色にも無関心なように、サリエルは平野に建つ自分達の拠点に入るのであった。



 _______



 もうここに住み着いて一週間程経っていたからか、食料庫に入っていた食材が尽きようとしていた。


 買い出しは隣町の市街地で調達するしかない、しかしここはかなり田舎なので町までは徒歩1時間は掛かる。

 正直ユピテルが空間転移系の神技を使って行けばいい話しだが、全能神相手に買い出しをやらせるというのも随分と気が引けた。


「仕方ない。明日行くしかないか……」

 取りあえず今日は残り物で遣り繰りするしかない。幸い四人の一食分はどうにかなりそうな食材は揃っていた。

 そんなことを考えていると、サリエルがリビングに入りソファに座ることで体を休めようとした。


「おかえり。遅かったな」


「お風呂、沸かしてたから……」

 リビングに入るのが随分と遅かったので問い質すと、サリエルは珍しく新介が頼んでもないのに家事の一つをこなしていたのだった。


「今日は疲れたでしょ?先に入っていいよ……」


「え……」

 いや、本当になんていい子なんだ。あの妹にも見習って欲しいものだと思わず彼は心に抱いた。

 しかし新介はその好意を素直に受け止めることが出来なかった、これから四人の夕食を作らなければならなかったからだ。


「ありがとう。でもいいよ、サリエルが先に入ってくれ」


「……じゃあ、他に何かできることない?」


「他か?うーん……じゃあ、明日修行後ぐらいに買い出し手伝ってくれないか?」

 町は遠い上にまとめ買いする予定の為、一人で荷物持ちというのは些か大変であった。

 しかしサリエルが居れば百人力、幼体になってもあの大きな鎌を振り回すところを見ると腕力に自信があることは言うまでもない。


「分かった。じゃあ、先に入ってる……」

 そう言うとサリエルはリビングから出で行き脱衣所に向かった。と思うとドアから顔をひょいっと出し新介と目を合わせる。


「覗かないでよね……」


「覗かねーよ」

 その冗談はかなり危ないラインだ。例え年齢が年上でも見た目が子供の彼女に覗きを謀るなど、向こうの世界では一発で社会的に死ぬ。

 その一連の会話をし終えると、サリエルは表情一つ変えることをせずに本当に脱衣所に向かった。


「どうしたんだ、急に……」

 急に愛想よくなったり、冗談なんかいうようになったりしたサリエルの考えは何となく新介には分かった気がした。

 彼女は家に入る前『今だけはあなたのことを信頼する』という言葉を残している。

 それがサリエルなりの信頼した相手への接し方なのだろう、だが今の彼女は何処か取り繕っている。



 彼女は例え冗談を言う時にも、表情一つ変わらない


 言葉に意志があっても、その目は虚構を見つめている


 その姿が昔の自分の酷似していて、何処かで胸を痛めている自分がいた___



 ______



「笑う、笑う……」

 脱衣所の鏡で一人、サリエルは自分の表情を見つめ無慈悲な表情が写る反射光を凝視していた。


「笑うって、何……?」

 一体どうすれば、あの三人みたいに顔を歪ませることができるのだろう。

 それは笑うだけでなく、泣いたり怒ったりすることもそうだ。

 どういう時に泣いて、どういう時に怒るのか、サリエルは彼等を傍観しても全く理解できなかった。


「……もっと新介と話せば、何だか分かるのかな」

 別に生前の自分に興味がある訳ではない、ただ新介を信頼すると言った以上彼のことについて知る義務があると心に抱く。


「___もっと、話したいな」

 サリエルは不意に鏡に映った自分の表情を見ると、そこには自身が知らない表情を浮かべた自分がいた。


「……!?」

 しかし一瞬にしてその表情は解けてしまい、またいつものような虚構を見つめる表情に戻る。


「……本当に、特殊だな」

 サリエルは鏡に写る自分の表情を見るのを止め、服を脱ぎ自分の沸かした風呂に入るのだった。



 ______




 サリエルが入浴中の頃、新介は余った具材を全て台所に並べ置くことでメニューを模索していた。


 残りの食材はジャガイモ、ニンジン、タマネギの代理食材、肉が少々と調味料、少なくとも今日はこの食材で遣り繰りするしかない。

 そして出来れば明日の朝食にも代用したい、パンなどの主食は今日の朝で尽きてしまったのだ。


「ああ、米が食べたい……」

 日本人として主食がパンというのは想像以上にキツイ何かがあった。

 生憎この世界では主食はパンときた、米がない訳でもないが一部の地域でしか仕入れることができなのだという。


「そうだ、こういう時こそ日本食だ!」

 少しでも米の代わりを補うために、新介は日本食を食べることで少しでも欲求を満たそうとする。

 しかし残りの食材で日本食を作るとなるとメニューは限られてくる、カレー粉なんてものがあればカレーにするのだがそんな便利なものはこの世界にはない。

 もちろん自らカレー粉を練成するなど大それたことはできるはずもない、そもそもカレーはインド料理だ。


 新介は頭の中で料理を浮かび上げ、プロセスを逆算することで食材を適合させるという某有名棋士並の計算を行い、一つだけ全ての食材が適合できる料理の検索に成功した。


「肉じゃが、だな」

 圧力鍋の類がないこの世界で作るには少々手間を取る料理だが、新介本人もユピテル達の口に日本食が合うのか試してみたい気持ちがあった。


「それじゃ、さっさと支度しますか」

 新介はまずは食材を水で洗い、包丁で丁寧に皮を剥いた。

 次に皮を剥いた食材を大きめに切ると、水で満たした鍋に食材を入れ込み火を通す。

 ここで蓋を閉めて取りあえず20分程待つ、やはり普通の鍋で作るのは新介にとって少し面倒だった。


 するとリビングのドアが開く音が聞こえ、修行から帰ってきたユピテルと結がリビングに入ってくる。


「ただいまあ~……」


「おかえり、遅かったな」


「こっちは修行場所までかなり遠いからね、ああ疲れた~お風呂入りたい~」

 正直ユピテルの空間転移系の神技で瞬時に行けばいい話だが、やはり彼女自身その系統の神技は消耗が激しいのだろう。

 結はよっぽど疲れたのかリビングにあるソファにぐったりと寝転ぶ、仮にも新介が寝るところであるために彼自身は汗まみれの体で寝ないで欲しいのが本性だった。


「今サリエルが入ってるから、ちょっと待ってろ」


「じゃあ私、サリエルちゃんと入るう~」

 疲労困憊でも相変わらずの様子であった結はサリエルが入っている風呂へと足を運んだ。


「どうじゃ、そっちは順調か?」

 結がリビングから抜け出した直後に、ユピテルは椅子に座り初日の出来を新介に聞こうとする。

 だが彼は自分の口から言いたくなかった、結局今日は何の進展もなかったからだ。


「全然だ、まず感覚が掴められない。結の方はどうなんだよ?」


「取りあえずじゃが、わらわから供給する形でのゾオンエネルギーの放出は成功した。調子に乗って近くの木を何本も圧し折ったわ」


「……そっか、順調で何よりだ」

 あの要領が悪い結がたった一日でエネルギー供給をマスターしたとは考えられないが、恐らく彼女の武道のスキルとユピテルのゾオンエネルギーが合わさればかなり強力なものになるだろう。


 だがどうしてだろう、何処かで彼女の成長を素直に喜べない自分が居た


 焦燥、焦り、今まで下だと思っていた人間がどんどん先に進んでいく


 新介はそんな心の蟠りを拭えずに、ユピテルとの会話をそこで断ち切った。



 ______








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