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狙われた器

 セントラル ‐廃墟の館‐



 そこは日差しが差し込むようなこともなく、昼も夜も分からない程に薄暗い空間で満たされている。

 さらには建物の劣化により一度足を踏むだけでも軋む音が響き渡り、内装も埃っぽく蜘蛛の巣なんかはウジャウジャある状態だ。


「本当、どうしてこの私がこんなホコリ臭いところにおらんといけんのだ」


「気を落ち着かせろよ、ラプンツェル市長ガルシャワさん、いや、正式にはロスト何ちゃらだっけ?」

 古い内装の部屋で二人が向かい合いながら話す中、ガルシャワと呼ばれている男はこの屋敷を心底毛嫌いしていた。


「肩書きなどどうでも良い、それよりも特定できた」


「……ようやく、と言ったところだな。私を無理矢理目覚めさせた割には随分と仕事が遅いものだ」


「何せ王の器もこちらの世界に来てから身を潜めていたみたいだからな、しかも潜伏先はルナ・シャドウ、裏社会の人間というのはどうにも情報が掴み難い」


「はは、そりゃお互い様だろ」

 利害が一致し協力関係にあった二人だったが、もう片方の男は少なくともガルシャワのことを影のある存在だと認識し位置づけしていた。


「どの道貴様とは利害が一致したビジネスパートナーとしか思ってない、計画から逃れることは許されないことを忘れるな」


「裏切ることなんてするわけない、王になることは私の悲願なのだから」


「___決まりだな、作戦は今日決行だ」


 その男、ヴァンパイアは貪欲なまでの吸血衝動に見舞われ



 その手で『王の器』を嘱すことを心から待ち望んでいた____




 ________





 神によって創られた神工太陽は徐々に沈んでいき、天界の空にも橙色の風景が広がり夕方を模倣していた。

 街を散策していた人々は次第に疎らとなり、夜方寄りになってくるとほとんどの人が姿を消した。



「楽しかった~」


「そうだな、久しぶりに遊んだ気分だ」

 世界の中心街を見回って分かったこともたくさんあった、映画に似たような娯楽施設もあり、意外と人間界と施設は共通しているものが多かったのだ。


「いや~、今日は遊んだね。お兄ちゃん♪」


「うん」


「……お兄ちゃん?」

 相変わらず辺りを見渡す新介は今日からずっとこんな調子だった。

 まるで何かを警戒して恐れているような眼光は、今日一日結も誘われて不安になるようなこともあり心配でもあった様子だ。


「す、すまない、何だっけ?」


「……やっぱり、私とデート何か楽しくなかったよね?女っぽくなくて女子力なんてこれっぽっちもないし、感に触ったらすぐ手を出すし、我が儘だし……」


「そ、そんなこと……」

 新介にとって彼女の言い分は心外も甚だしかった。

 ただ単に実の妹を守りたいという思いから注意を周りに向けていただけなのに、彼女はそれを分かろうとはしない。


「同情なんてやめてよ!」


「っ……」

 否定できない、できるわけがなかった。彼女が言ってることは至極真っ当であり否定することなど何もなかったのだから。


「結、何か今日のお前変じゃないか?」


「……そうよね、周りから見れば変なのは私だよね、だって普通気持ち悪いもんね」

 涙ぐんだ瞳に擦れた声で、まるで全てを悲嘆するように彼女は訴えるが新介の心には何ら響かなかった。

 それは二人の間の思いの違いを示すと同時に、禁断を犯してしまった罪なのだと素直に受け入れるしか結には術はなかったのだ。


「私ね、ずっとお兄ちゃんに憧れてたの、何をしても人並みにこなすお兄ちゃんが羨ましかったの、でも、いつしかその気持ちは別の何かにかわってしまって……私だって必死に揉み消そうとした……だけど……」


「……結」

 彼女がどうしてこの場で泣いているのか新介には到底理解し得なかった、だがその光景を延々と見てることに絶えられなかった。

 絶えられなくなり、思わず彼女の肩に手を掛けてしまう。


「すまない、今の俺にどうしたら良いかなんて分からない」


「……何で、何でそれでも優しくしてくれるの?こんなの、私の勝手なはずなのに……」


「誰でも泣きたくて仕方がない時はある、そんな時は一人で抱え込むな、俺にはお前がいるだろ」

 新介の言葉を聞くと結は涙を止めて心を落ち着かせることが自然とできた。

 深呼吸をして、一度乱した感情のパーツを一つ一つ組み立てて新介の顔を面と向かって見据える。


「ごめん、また迷惑掛けた」


「ようやく落ち着いたか、大丈夫か?」


「うん、何か思わず色んな気持ちが溢れてきちゃって、気が狂ってたみたい、でもお兄ちゃんの言葉で安心したよ」

 すると結は何かが吹っ切れたようににこやかな表情を見せて、踵を返し神工太陽が沈む方向へと数歩歩む。

 先程まで心を乱していた態度とは打って変わり、感情的な雰囲気から理性的な佇まいを覗かせた。


「私、諦めないから!」


「何が?」


「何でもない、さ、帰ろう♪」


「……たく、昔から結構気分屋なところは変わってないよな」

 人は誰しも打ち明けれない悩みというものがある、中身を聞かずに慰めることだって状況によって必要だ。

 だからこそ結が一体何で苦しんでいたかを聞くなんて野暮なことはしない、本当に自分ではどうしようもなくなった時に取っておくことを誓ったのだった。





 _____「「……だ」」



「___!?」

 辺りはすっかり暗くなり、昨日まで溢れんばかりの活気を放っていた中心街には一人も通行人がいないという異常現象を二人は目のあたりにしていた。

 そしてこの薄気味悪い声が不穏な空気を醸し出し、新介は一気に身の危険のようなものを察する。



「「王の器は何処だ?」」


「お、お兄ちゃん、あれ……」

 結が指差した方向を見ると、人影のようなものがぼんやりと浮かびながら確かにこちらに近づいて来るのが伝わると、新介はすぐさま結を後ろに後退させた。

 次第に目の前の姿が目に入ると、銀髪に高身長、黒染めのローブのようなものを着た男の姿が浮かび上がる。


「まさか、お前___」

 突如として消えた人々の姿、次第に異質さを増していく男、間違いなく街中で噂の渦中にあった存在に違いない。

 そう、深夜に出現するはずの殺人鬼が何故か日が暮れたばかりのこの時間に現れていたのだ。


「……違う、お前じゃない」


「……?」


「後ろの娘、お前だ」

 その出来事はほんの一瞬だった、気付いた時には前方にいたはずの男は姿を消し新介の背後に周り混まれてしまう。

 僅かにでも隙を見せた際には、時既に遅し。男は全身を力ませ、いつでも攻撃を仕掛けられる体勢を取る。


「遅いな」


「な……!?」

 男の声を聞いた瞬間に反射的に振り向くが、既に彼の蹴りが体に受けさせられ新介は近くの噴水まで吹っ飛ばされてしまう。

 衝突と共に噴水の破損音が響き渡り、出口を折られた水は勢いよく吹き上げていた。


「お兄ちゃん!」


「おっと、お前が狙いなんだよ」

 新介を吹き飛ばした男に背後から体を掴まれ結は囚われの身となり、必死に抵抗しようとするが彼の豪腕な筋力により全く歯が立たなかった。


「何、こいつ……」


「女にしては強力だな、だが無駄だ、人間が悪魔に敵うわけがない」


「だから……あんた……誰って……がは!!」

 首元を腕で縛り付けられて、完全に意識を落とされる状態に持ち込まされてしまった結は次第に朦朧とし始める。



 _____!!


 その時、吹き飛ばされたはずの新介が噴水の中水浸しの状態で登場した。



「お……お兄ちゃん……?」


「……(あばら)が六本、逝ったはずだが?」

 あれだけの攻撃を受けてなお新介が立っていられることに不信感を抱いた男は思わず疑問を投げかけてしまう。

 それ程彼にとってはありえないことでもあり、同時に人間として興味を持った最大の利点と言えたのだろう。


「はあ……お前は、例の殺人鬼か?」


「エクセレント、第一撃を耐えたついでに教えておこう、私はグリモワールの悪魔『ヴァンパイア』、五万年の深い眠りから目覚め人間の血を頂戴する上位種だ」


「ヴァンパイアだと……?」

 その単語を聞いた新介は昼頃に小耳に挟んだ噂話を思い出し、例の吸血鬼の噂と重ね合わせることで目の前の出来事を整理しようとした。


「んなことどうでもいいんだよ、さっさと結を放せ!」


「馬鹿が、目標を簡単に手放すと思うか?」

 万が一の可能性を見越して喚起をしてみたが、やはり話が通用する相手ではないと判断して即座に戦闘態勢に移行した。

 無論新介の戦闘経験は差し詰め頭一つ抜けているとは言い難い。戦績最悪、今までユピテルやアザゼルが応戦しなければ二度目の人生すらも溝に捨てていたところだ。


「何が狙いだ?結を捕らえてどうするつもり何だ!?」


「お前に言ったところで何になる?義務もなければ義理もない」


「っ……クソが!!」

 循環の想像を行い新介の体が次第にゾオンエネルギーを纏っていく、先程怪力並みの脚力で蹴り飛ばされた際にも瞬時にエネルギー体を身に纏ったことで無傷で済むという彼にとってはもはや必須スキルと言える代物だ。

 だが今回ばかりは違う、新介の周りに纏っていたゾオンエネルギーが足元に収束することでより効率的にエネルギーを移し変えていたのだ。


「収束できた……」


「何のことだ?」


「いいや、こっちの話だ」

 今までは体中に纏わり着いているだけでエネルギーの無駄遣いが甚だしかったが今は違う、より純濃度かつ高出力のエネルギーをコントロールできる。これもユピテルが施してくれた臓器のコーティングの効果が役立ったおかげだろう。


「さあ、見極めてみろよ!」


「__!?」

 今度は新介の姿が消える。が、正確にはそうではなく瞬発的な移動を何度も繰り返しヴァンパイアの視界を追いつかないよう翻弄する。

 戦績は最悪だが、今までの経験を活かしつつあった新介。これなら殺人鬼が相手でも一矢報いれる可能性が僅かに灯された。



「お前、何者だ!?」


「ただの人間、いや、賢者ってところかな!」


「……そうか、そのゾオンとやらは主人のものか?お前の主は相当な神技使いと見受けられる」


「呑気に会話とは随分と余裕だな、隙が多いぞ!」

 ヴァンパイアの背後に周り込むことに成功した新介は、そのまま足に纏ったゾオンエネルギーを左足で地面を蹴り上げ、右足で相手に一蹴り入れようとした。



「お兄ちゃん!逃げて___」


「……!?」

 唐突に叫んだ結の声と不意に飛び出したヴァンパイアの言葉に思わず混乱してしまうが、その混乱が脳内を十分に浸透する前に己の体に異常を来たしていたことに気付かされた。


「な……」

 腹部を見てみると、そこには突如として外傷なようなものが広がり血飛沫すらも噴出していた。

 まるで何かを突き刺したような痛みに見舞われるが、眩む視界の中で何が起きたのか覗こうとしてもそこには何もなく、ただ痛みだけが感じられどうすることもできない現状であった。


「何で、血を流しているのか?そう言いたいのか?」


「な、何をしやがった……が……」

 出血の勢いは止まることはなく、ついには吐血を始めて立っているのがやっとの状態だ。

 その立つことすら常人では既に地面に這い蹲っているレベルであり、何度も痛みを体験した新介だからこそ成し得たようなものだった。


「あまり敵の能力を把握せずに近寄るものではない、何故なら、相手の懐には何が仕込まれているか分からないからなあ」


「っ……!?」

 新介の腹部の傷から透明だった剣が姿を露にするように現れて、刃の部分がしっかり自分の体の腹膜を抉り内臓を突き刺しているのを実感する。


「私の能力は透化と剣製、至って初歩的な能力だよ」


「まさか、神技か……?」


「神技?ふん、まあお前達の枠組みではそう言うのかもしれないな」


 何やら意味深な発言を述べるが、新介にはそれを気にする余裕などない。

 隠されたヴァンパイアの力に恐怖心を隠し切れない新介、機会さえ見定めれば一矢報いれると考えていた己が今頃恥ずかしく思え、格の違いを思い知る。


「さあ見るがいい、自分の兄が無様に悶える様を」

 ヴァンパイアは新介がいる方向に体を移動することで、腹部から鮮血を流し続けている新介の姿を結に見せようとする。

 結は首元を腕で絞められ苦しそうな面持ちを晒す中、そんな兄の姿を見据え顔が蒼ざめていた。


「嘘、お兄ちゃん……?」


「だ、大丈夫だ結、こんな奴さっさと倒して……あ……」

 前方を振り向くと、ヴァンパイアのすぐ上空で透化されていた大量の剣が姿を現し始める。

 それと共に確信してしまった、眼前の相手と自分とでは実力差が歴然だということを___



「チェックメイトだ」



 _______!!




 前方の腹部に一本、後方の背中から二本の剣が新介の体に突き刺さりそのまま地面に倒れてしまう。



「い、いや……いやあああああ……!!」


「……」

 もはや反応すらしなくなり、生きているのか死んでいるかの識別すら困難な状態だった。

 ただ眼前で新介の血が地面に波紋する光景しか見れないことに結は無力さを感じるかのように、悲鳴を上げて泣き叫ぶ。


「お兄ちゃんが、死んじゃう……誰か、誰か助けてよ……!!」

 だがそんな彼女の願いは虚しく、次第に自分の体すらも消えていくことに気付かされてしまう。


「な、何よ、これ……」


「安心しろ、透化だ」


「やだ、誰か!誰か助けて!お願い!」


「残念、ゲームオーバーだ」

 ヴァンパイアは結を捕え透化することで逃げた後、新介は衰退しきった体を起き上がらせようとするがそれは不可能だった。


「結……」


 追わなければ。と体を無理矢理動かす新介だが、気持ちだけではどうにもならない程の負傷を負い生存すらも危ぶまれる。

 地面で波紋する血溜まり、眩む視界に、新介はただ冷たい地面に頬を擦りつけながら意識が途切れるのを待つことしかできない。



「ぐあ……が……!!」


 新介は体に突き刺さった四本の剣の痛みに逆らうことができずに、そのまま意識を失ってしまった____




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