デートをしましょう
「本当に良かったんですか……?」
「何、近頃新介は頑張っておったからな、休暇を与えても良いじゃろうとおもったまでじゃ」
新介と結を早々に拠点から追い出したユピテルは、サリエルの沸かしたお茶を飲みながらソファで疲れた体を落ち着かせていた。
「しかし、中心街はルナ・シャドウのオークション襲撃事件があり、例の連続殺人事件も昨夜起こったみたいですし……」
「ルナ・シャドウの件は既に解決済みじゃ、しかし、御主の言ってる連続殺人事件とは例の件か?」
ユピテルも例のセントラルを騒がせる殺人鬼のことは小耳に挟んでいたが、何せ姿を眩ませるのが得意な犯人の様で迂闊に手が出せない状況であった。
「被害者の死亡理由は、血液のほとんどを抜かれていたこと……」
「これ程の芸当がこなせる者はただ一人、グリモワールの悪魔上位種『ヴァンパイア』じゃな」
グリモワールの悪魔とは、すなわち天界連邦が誕生する前の天界戦争時代にあったとされる魔法文明を司る国『グリモワール国』によって創られた悪魔の数々のことだ。
悪魔には階級も備え付けられており、『最強種』『上位種』『魔獣』とある中、ヴァンパイアは上位種に値する。
しかしヴァンパイアの恐ろしいところはそれだけではなかったのだ。
「ヴァンパイアは唯一、階級変動種という特殊なスキルを持つ。『王の器』と呼ばれる特殊な血液を飲むことで最強種にも変貌することができる」
「して、その名は……」
「『ヴァンパイア・ロード』、今の奴はまるで王の器を探すかのようにセントラルの住人を襲っておる、5万年間ずっと姿を眩ませていたというのにな……」
ヴァンパイアが王の器を食らう前に始末をしなければ、セントラルにさらなる混沌が降り注ぐのは明白だったが、同時に政府の監視がヴァンパイアに行くことで今後動きやすくもなっていたのだ。
「まあ大丈夫じゃろ、奴の出現時間は深夜、新介が結に深夜の道を歩かせるとは到底思えん」
例え何かあったとしても、今まで多くの困難を乗り越えた新介なら何とかするだろう、と、ユピテルは少なからずそう考えていた。
そして疲労が抜けぬ体をソファで寝かしつけて、二人がいなくなった拠点でユピテルは二度寝を決めるのであった。
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セントラル 中心街
「ユピテルの奴、何が目的なんだ……」
彼女が二人を無理矢理中心街に向かわせた理由は定かではなく、特に行く当てもない二人は街を放浪としていた。
「ねえ、どうして私達がこんな世界に召喚されたの?」
「んなの知るかよ、お前なら知ってるかと思って助けたぐらいだからな」
だが新介の要望は叶えられず、結局何も分からなかったことは前回の通りであり言うまでもない。
ただ結を助けられたという幸福感と満足感しか得られなかったが、彼にとってはそれで十分な程に欲がなかった。
「じゃあ何で、お兄ちゃんはあの人達に着いて行こうとするの?」
結にとってそれは自分が異世界に召喚された次に不確定な事案であり、兄がどうしてそこまでユピテルに執着するのかを理解するのがままならなかった。
「……縛られてんだよ、あいつに」
「何から?」
「契約、って言ったところかな。俺はこの世界でお前と出会う前に一回死んでしまったんだ、だけどそれをユピテルが救ってくれた」
ユピテルとの間で交わされた契約は半永久的に新介を拘束するようなもので、従うのではなく強制的に服従関係に立たされていると言ったほうが正しかった。
だが今の結には無関係の話であり、彼女が命の危機に直面する時がなければ脳の片隅にでも保管しておけばいい話に過ぎない。
「まあ結局のところ、あいつが頼りになるから従ってるのかもな、この世界に来てから何もせず餓死するよりはマシだったと思うぞ」
「ふーん……」
すると結はまるで今の新介を疑うかのように目を細め、いつになく今の彼に違和感のようなものを抱いていた。
「何かお兄ちゃん、変わった?」
「え?」
「いや、ちょっとね。私にそんなこと言うなんて今までになかったのになって、思っただけ」
何やら上手く言葉として発せれない歯痒さに結は襲われるが、彼女自身もそれが何なのか明確に把握できるものではなかった。
ただ何となく、彼の本心の様なものが初めて垣間見れたような気分になり嫌悪感に近いものではないことだけははっきりと分かった。
「それで、さっきからやたらと歩いちゃってるけど、何処行くつもりなの?」
「そうだな、結、お前は今俺達に欠けているものは何だと思う?」
「へ?欠けてるものと言われても……」
新介の急な問い掛けに結の思考回路はフル回転するが、二人に共通して欠けているものと言われても思い浮かぶものなど微塵もなかった。
「エ、ワカンナイヤ、セキガハラノタタカイ?」
「分からない問題に取り組むと思考回路がショートする癖治ってねえな、てか何で片言だ」
やはり結にはノーヒントでは難問だったらしく、回路がショートした彼女に代わって新介が代弁することにした。
「今の俺達に足りないもの、それは雰囲気だ」
「雰囲気?」
彼女の思考停止状態が解除されると新介の言葉に聞き入り彼の考えを必死に理解しようとする。
が、やはりそれだけでは分からないのが彼女ならではである。
「いいか、普通男女で街を散策する時に服装はどうする?」
「そりゃあ、オシャレしたり化粧したり?」
「その通りだ、男は最高にかっこいい服を、女は可愛い服を着てくる。それはいわば雰囲気の為だと俺は思う」
例えばデートをする際に男がジャージとサンダルで来た時には、ほぼ確実にその場で彼女にフラれてしまうだろう。
普通は男女の間で行動を共にする時には最高のオシャレをするものであり、それは同時に雰囲気を醸し出すことで物事を実感しようとしているだけなのだ。
「見ろよ俺達の格好、RPG初期の格好かっての」
二人の格好はお世辞にもオシャレとは程遠い物であり、この世界に溶け込んではいるものの天界でもっとも栄えている中心街を歩いた時には世間知らずだと勘違いさせられてしまうだろう。
「だから、俺とお前でデートをするためにまずは服を買う」
「……ほえ?」
結の反応は至って正常であり、どちらかというと新介の方が正常ではないことは明白な事実であった。
兄妹デートなど他人から軽蔑の的になるものであり、モラルすら疑われるという彼女がいない者がする禁じ手なのだから。
「ええええ!?ほ、本気なの!?」
「仕方ないだろ、ユピテルの命令なんだからよ」
新介とユピテルは互いに利用するに値すると判断しているからこそ協力し合っている。
だからこそ、ほんの些細な命令無視でも彼女の機嫌を損なわないようにしなければならない、今の彼にはユピテルだけが命綱であり身元保護人のようなものであるからだ。
「いや、だって、急にデートって言われても……困るよ……」
「何が困るんだよ、あんなの遊んで飯食いに行くだけだろ、昔家族でテーマパークとか行ったろ?」
「ば、馬鹿!それは昔の話でしょ!今の私達は心も体も成長しちゃったんだよ、別物だよ……」
「はあ?」
すると新介はとある事に気付かされる、それは結と面と向かって放す時、普段は身長さで彼女も目線が斜め上を向くはずなのに、今に限ってその目線は俯くように下を向き顔もいつもより赤く感じた。
そして右手で左腕を掴みモジモジとする結を見据え新介は何かに察しがつくのだった。
「お前もしかして、意識してんの?」
「ッ……バカァ!」
その直後彼女の殺人パンチが炸裂したのは言うまでもない。
新介は今後、彼女に対するデリカシー崩壊の言葉をいうのは止めようと固く誓ったのだった。
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結局服やら何やらを一式買わされたことにより機嫌を直してくれたが、バイトの前借り金が底をついてしまった新介は所持金ゼロの中中心街を歩かされていた。
「ここの世界の服も意外と可愛いよね、お兄ちゃん♪」
「ああそうだな、てか、何でさらにテンション高くなってんだよ……」
また機嫌を損ねないように軽率な発言は控えていたが、既に金が無い時点でこのデートは終わったも同然であり、このままだと二人は中心街を放浪とするしか道はなかった。
「お兄ちゃんこそどうしたの?何かテンション低くない?」
「いや、さっきの買い物で所持金尽きたっていうか、まさかお前がそこまで買うとは思わなくてな……」
「え、お兄ちゃんお金ないの?馬鹿なの?」
「お前に絶対言われたくない言葉ランキング一位頂きました。ありがとうございます」
とはいえ今回ばかりは自分に非があることを認めざる負えなかった。ご機嫌取りのために全てを賭けて破産した馬鹿はここに居るのだから。
「仕方ないなあ、そんな馬鹿なお兄ちゃんのために私が払ってあげようか?」
「は、はい、金があるなら是非払ってほしいですね……」
妹を頼る行為に嫌悪感を抱く新介だが、ここは恥を忍んで負担を任せる。流石に金欠デートというのは気が引けたからだ。
「てか、お前金持ってたのか?」
「うん、だって私昨日までボスの側近だったし、結構資金的なものは私に流れてたりするんだよね~」
すると結は至高の優越感を示したドヤ顔を決めて、徐に懐から大金を引っ張りだすことで新介のプライドを尽く壊していった。
「それじゃあお兄ちゃん、何でも好きな物を買って上げてもいいよ」
「……何だ、意外とあっさり要望に応えてくれるんだな」
もっといつものような買ってもいない憎まれ口を叩かれるようなことをされると思ったが、意外とあっさり金を出してくれることに不信感すら覚えた。
「べ、別に、いつもお兄ちゃんに意地悪してるし、たまには優しくしないと意地悪できないだけなんだもん」
結は特別照れながら心境を説明したが、新介も思わずこの言葉にはニヤリと笑みを浮かべてしまう。
「何だそれ、お前はツンデレかよ」
「ち、違うもん!日頃の感謝を伝えてるだけだよ!」
「へいへい、そんな兄貴思いな可愛い妹に奢られるのは不本意だが、今日ばかりはお前に頼ろうかな」
「っ……!」
新介は結の頭を撫でて髪をクシャクシャにするが、本人はすっかり顔が赤面してしまいまともに目線を合わすことができなかった。
「それじゃ、そろそろ腹へってきたし昼飯にでもするか」
「うん、そうだね、何処か中に入れる所を探そうよ」
とは言っても、ここの世界とは食文化のようなものが異なるために食堂を素直に探せる自身はそれほどなかった。
勿論文字は読めない、言語こそは通じるが先程から人の出入りが著しく少なかった。
「おかしいな、ここは世界で最も栄えてる街のはずなのに、さっきから人の影が疎らだ……」
「そう言われたら、確かに昨日とは打って変わって人が少ないよね」
時間帯は違うとしても、昨夜は公衆の場でイチャイチャするカップルで活気付いていたのにも関わらず今日は圧倒的にその数が減っている。
___昨夜のオークション会場の件が原因か?いや、既にルナ・シャドウが滅んでいることは政府が発表していてもおかしくないはずだ……
「ったく、昨日のあれで客足がまるっきり減っちまったぜ」
「ああこっちもだ、連続殺人事件なんて洒落になんねえよ」
すると店の軒下で世間話をする男達の会話の内容が気になってしまい、新介は思わず耳を傾けてしまった。
「ついにこの中心街でも被害が出たみたいだからな、噂では吸血鬼だとか言われてるらしいぞ」
「おいおい吸血鬼って、あれは架空の話だろ」
「どうだかな、例の奴が襲ってくるのは深夜みたいだし、吸血鬼が光を浴びたら浄化するって鉄板だろ」
彼らの世間話の内容は、オークション会場の出来事ではなく何やら殺人事件が関わっているもう一つの出来事のようだったが、それが一体何なのか世間知らずの新介には到底知り得なかったことだった。
「お兄ちゃん?」
「あ、すまない、ボーっとしてた」
新介は結の存在をすっかり無き者としてしまい、すぐさま彼女のもとに意識を戻した時には不満そうな顔を浮かべていた。
「ねえ、やっぱり私とデートなんてしても楽しめないよね、つまらなそうだから……」
「……馬鹿、一丁前に俺を気遣うような真似してんじゃねえよ、生意気だ」
久しぶりに兄貴のご機嫌を窺う結に、新介は額に指を突きつけて場を和ます。
同時に馬鹿な妹に余計な懸念を抱かせないようにして、今だけは二人の時間を楽しもうとする。
「ちょっと店探してたところだ、あっち行こうぜ」
「……うん!」
二人は仲良く昔のように同じ道を歩きながら、中心街にある食堂を探し求めるのだった。
___夜が深くなる前に拠点に戻ったほうがいいな、何もかもが手遅れになる前に___
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