新たなる敵の影
‐天界議事堂 一階廊下‐
ここには神の称号を持つ者が多く在籍している、そして神は必ずしも称号名があった。
称号名『聖神』の彼はG7の一角であり、天界の重要職務に在籍するエリートとして神々たる歩みを大っぴらに見せ付けていた。
「……?」
前方には同じくG7在籍のマーベルがサクラスの道を阻むように立ち塞がっていたが、彼女を避けるように何事もなく歩みを止めることをしなかった。
「待ちなさいよ、サクラス」
「……何か、私に用か?」
サクラスは歩みこそは止めていたが、わざわざマーベルの方を向こうとはしなかった。
そしてマーベルはそんなサクラスに不満も憶えたが、こんな些細なことで感に触るのも大人気ないのでこの際無視することにした。
「昨日の晩、セントラル近郊の地域で盗賊団ルナ・シャドウが摘発されたことは知ってるわよね?」
「ええ勿論、警務部隊は私の管轄なので」
警務部隊に通報があったオークション会場と盗賊団のアジトと思われる建物を操作する頃には既に大量の死体だけが倒れており、これほどの所業を為した人物の足跡すら現場には残されていた。
「この程の事を成せる人物はそういない、例えばユピテル様とか?」
「さあ、どうでしょうね、現場検証も昨日の今日からなので何とも……」
「どうしてユピテル様を捕らえようとしないのかって、そのことを聞いてるでしょ!?」
ユピテルの捜査打ち切りを提案したサクラスの行動はとてもマーベルには理解できなかった、いや、多くの神が彼の強行に理解を示そうとはしなかったのだ。
「何を揉めてんだ二人共、またユピテル様に関することか?」
「ディグス……」
二人の後方からディグスが話を割り込むように入り、サクラスとマーベルの口論を仲裁しようとした。
「それが彼女との約束だからですよ、ユピテル様を捕らえないというね」
「まさか、例の子?」
「ええ、何か問題でも?」
「公私混同も甚だしいってことよ!」
マーベルに真意を突かれるも彼は至って冷静沈着であり、表情一つとして変えることもしない精神力を露にしていた。
だがその回答ではディグスも納得できる訳がなく、G7同士ではフランクに接し合っていたが真面目に職務すらも全うしようとしないサクラスに向けてそれなりの処置を取る必要があるのは明白だった。
「サクラス、悪いことは言わない。世論の反発を政府が買う前にユピテル様を捕らえろ」
「神ともあろう者が世相を恐れるか、何とも未熟……」
「俺はな、面子潰されるのが大嫌いなんだよ。お前は実力こそはあるが視野が狭い、己の立場ってのを十分に見極める必要があるみたいだ」
場はまさに一触即発の雰囲気に呑まれ、通行人である神々達も思わず歩みを止め二人のやり取りを見入ってしまう。
「……分かりましたよ、もっともセントラルに居ればの話ですがね」
「どういう意味だ?」
「世界は広い、地方に逃げられれば足取りを掴むのも困難ということです。まあ出来るだけ頑張りますよ、出来るだけ、ね」
サクラスの口振りからは実行力というものが全く感じられなく、そして何よりも二人を鼻であしらう様かのように微笑を浮かべながら明確な公言を避けていた。
「ユピテル様の確保だけが私の仕事ではありませんよ、今セントラルを騒がせているのは彼女だけではない」
「殺人犯のことか、確かに昨夜もルナ・シャドウ壊滅事件の同刻に一人の女性が死亡している、死亡理由は大量出血ってところだったな」
「大量出血という表現は少し語弊が生じますね。血液不足、もしくは血液のほどんどを抜かれたと言ったところでしょう」
ユピテル達がルナ・シャドウと戦闘中、セントラル中心街で女性が血液のほとんどを枯渇して死亡したという事件が発生していた。
しかも連日的に、何故か女性だけが狙われる連続殺人事件であった。
女性の体には大した傷はなく、ただ一つ首元に噛み痕のようなものがあったことだけが状況証拠のようなものだったのだ。
「マーベルは特に夜は気を付けてくださいね、悪魔のような化け物に喉元を食い千切れられないように」
「だ、誰が殺人鬼なんかに!自分の身ぐらい自分で守れるわよ!」
「おっとこれは失礼、G7の一角にこのような忠告は愚問でしたね。もっとも本当にG7の実力があればの話ですが」
「っ……自惚れるな!!」
マーベルはサクラスの胸ぐらを掴み、殺気だった表情で彼の愚弄した口振りを正すように厳しく当った。
今そうしなければ彼女の尊厳も自尊心も尽く彼に砕かれてしまい、二度と修復することができない程の汚名を着せられると察したからだ。
「そうやって人を見下している感じ、あんたのそういうとこ本当に嫌いなんだよね!」
「……感に触ったのなら謝るよ、マーベル・クオーク」
「っ……もういいわ、あなたなんて知らない」
彼に呆れてしまったマーベルは胸ぐらを離し苛立ちを隠せないまま官邸の廊下を歩き始めると、サクラスもまたディグスに「失礼しました」とだけ伝え勤務に戻ろうとした。
「サクラス、お前は何処に行こうとしてるのだ……」
ディグスはあくまでもサクラスに問い掛けたつもりだったが、彼がそれを無視したために単なる独り言となり会話を終えた。
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神によって創られた太陽光により、新介は清々しい朝を迎えるのだった。
「……あれ、俺いつの間にベッド何かに……」
目を覚ますとどうにも昨夜の記憶が曖昧であり、どうやってアジトに戻ったのかすら記憶が彷徨と化している始末である。
原因は疲労困憊による一時的な記憶不全だと思われるが、その割には頭に痛みは無く何の体の異常も見られなかったのだ。
「んん~……何じゃ、もう朝か……」
「え?は?え?」
何やら同じベッドから聞き慣れた口調の声が聞こえて、新介に被さっていた掛け布団から出るように登場したのはユピテルだった。
「おはようさん、新介よ……」
「……って、な、何でここで寝てんだよ!?」
いくら姿が子供だとはいえ実年齢が大人の女性と同じベッドで寝ていることに恥じらいを覚え、すぐさまユピテルの元から距離を置く動作の速さを見せ付けた。
「御主の臓器に特殊コーティングをしていてな、昨日は夜遅くまでここに居たからそのまま寝ておったわ」
「そ、そうか……っておい!何勝手に人の体弄ってんの!?」
ユピテルは寝不足からか必要以上に目を擦り冴えさせようとしたが、同時にあまり機嫌が良いという訳でもなさそうだった。
「仕方なかろうが、御主はもう一度内臓が破裂しても良いと言うのか?」
「破裂?ああ、そうだったな……」
盗賊団『ルナ・シャドウ』から無事に結の奪還に成功した新介だが、彼女の為に内臓を破裂させてしまったことを確かに思い出した。
腸が裂けるような痛み、今にも胴体が切断しそうな程の痛みは一つの恐怖として忘れたい気持ちであったのだ。
「本当は臓器を移植させるのが良いんじゃが、今のわらわの力ではそれ程の能力は無くてな、臓器が破れぬよう膜を備え付けておいたわ」
「そりゃどうも、これからは過剰にゾオンを取り寄せてもストッパーが機能するってことだな」
「飲み込みが早いのは御主の長所じゃな……って、何をしておるのじゃ?」
新介はベッドから立ち上がると、それっぽい神技の構えを取るように何かを実証しようとしている。
「やっぱり使えないのか、神技ってやつは」
「当然じゃろ、御主はゾオンを体に纏うことはできるがコントロールしているわけではない、神技の会得には繊細なゾオンエネルギーの操作が必要不可欠じゃ」
確かに今までの自分はゾオンエネルギーを膨張こそはしていたが、収束という操作をした覚えがなかった。
両者は対義する動作のために収束することなど想像もつかない程に未知の領域であったのだ。
「使いたいのか、神技を?」
「……何つーか、それさえ使えれば強くなれるのかなって思っただけだ」
この世界では既に危険が隣り合わせである、それに目の前で肉親が傷付くところなどもう見たくもなかった。
だからこそ、今は力を一番欲しているのだ。
「てか、あの賢者の石とかいうやつはどうしたんだ?」
「ああ、あれは偽物じゃ。質の高いゾオン石というだけの石ころでしかなかった」
ゾオン石とは空気中に漂うゾオンエネルギーが何らかの要因で結晶化された石のようなものである。
一つのエネルギー源でもあり、今では強化銃や複合武器なので応用されている代物だ。
「まあ今後の方針はこの後に決めよう、リビングで寝ておるサリエルと結を起こしてからな」
「てか、二人ともリビングで寝てたんだな。別に俺が寝ても良かったのに」
「御主は昨日頑張ったからの、たまにはベッドで寝させてやるのも良いと思ったまでじゃ」
「たまに……何だな、うん、別にいいけどさ……」
二人はリビングに向かい、これからの活動方針を決めるため会議を開こうとするのだった。
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「昨夜の出来事でお互いに聞きたいことがあるじゃろうが、順を追って整理しようと思う」
「まずは紹介するよ、こっちのピンク色の奴がユピテル、普通の奴がサリエルだ」
新介は一からユピテルの姿について説明するのが非常に面倒だった為に端的に分かりやすく教えたつもりだったが、それは非常に無礼極まりないことには気付かなかった。
「……こやつの紹介の仕方はどうかと思うが、わらわがユピテルじゃ、以後よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
相変わらず結は何が何なのか分からない様子であり、やはりいくら馬鹿とはいえこの程度の自己消化では納得できない雰囲気だった。
「えっと、何で子供?」
「色んな事情が積み重なってこんな姿になってんだ、実年齢聞いたら驚くぞ」
「いや知ってるなら教えてよ、さすがにこの状況は飲み込めないっていうか……」
「分かったよ、つっても今のお前に納得できるか分からないがな、俺も最初は俄かに信じがたい話だったからな」
新介は少々面倒であったが、結の脳でも一から分かるように分かりやすく教えるのだった。
すると結は一瞬頭を抱えるが、何かが吹っ切れたように納得顔を浮かべる様子を見せた。
「なるほど、つまりユピテルとサリエルは神様達に魔法を掛けられてそんな体になったんだね、あれ、神様って魔法使うの?あれれ~……」
「いいや、中々良い納得の仕方じゃな、魔法ではなく神技じゃが強ちそんなものじゃ」
「な……!」
いつの間に馬鹿とは思えない理解力理解力を我が身に宿していていた結に、ルナ·シャドウのボスに脳すらも弄られたのではないかと疑う。馬鹿は一生物の筈であったからだ。
「へへ~ん、まあ馬鹿と天才は紙一重とか言うし、ここで私の才能が覚醒しちゃったかなあしちゃったねえ」
「うわあ、話の内容理解しただけでドヤ顔とかマジないんですけど。てかお前に知能で負けたとか普通に死にたいわ」
だがしかし実際結は魔法だとか神様だとかその手のメルヘンチックなことだけは信じる達なので、彼女がすぐに納得できたのは少しだけ理解できた。
無論新介はメルヘンなことはあまり信じない輩なので、幼児の頃は紙芝居を読む大人達を内心馬鹿にしていた口だ。
「それじゃあ聞かせてもらうとするか、御主はどうやってこの世界に来たのかを」
「っ……」
それは新介が結に一番投げ出したかった質問であり、彼女が何か知っていれば天界召喚現象の解明が進まないことはないのだ。
「あっちの世界の最後の記憶は、何か強い光が空から降り注いできたこと、次に起きた時には既に私は私でなくなっていたの」
「なるほど、天界に召喚された時に運悪くルナ・シャドウに拾われてしまったということじゃな」
ルナ・シャドウも最初は結のことを飼い慣らしの奴隷にでも使用するつもりだったのだろうが、彼女の類稀なる戦闘センスで一気に側近にまで階級が跳ね上がったのだろう。
それは彼女の武道の実力では肯定せざるを負えない程にありえる話であった。
「あ、別にエッチなことはされてないから、そこんとこ勘違いしないでよねお兄ちゃん」
「え、ああ、だろうな」
「は?」
「いやあ本当に良かった!お前が汚されなくて本当に嬉しいな!もしそんなことされたらお兄ちゃん怒り狂ってたんだろうな、あははは!」
もはや定番の兄妹漫才で場を和ませて、新介は内臓が破裂する威力と豪語している結のゴリラにも劣らないパンチを何とか回避しようとした。
「何じゃ新介、御主は自分の妹が色気がないとでも思っておるのか?」
「失礼だぞユピテル!確かに俺の妹は年の割りに胸も無く握力だけはある脳筋女であり、家事は俺以上にできなくて休暇の日はクソダサいジャージとか着込んでいる女子力皆無の発展途上女だが、それでも俺の唯一の妹だ!」
「へえ、私のことそんな風に思ってたんだ……」
背後から手を置いた肩は既に折れそうな程に最大の力で掴まれている中、新介はゆっくりと後ろにいる結の方を振り向く。
すると案の定結は既に右手をスタンバっていて、彼女の内臓破裂パンチが放たれるのは決定事項だということを納得するのだった。
「もう、お兄ちゃんなんて嫌い」
「そ、そんな……」
100%新介に非があったが、頭部を殴られた上にそのような罵声を浴びせられるのは精神的にもダメージを負ってしまった。
「そ、それよりユピテル、何か分かったのか?」
「ふむ、後もう一つ何か揃えばはっきりとしそうなんじゃが、情報は御主の証言と何ら変わらぬ、まあ新介の方の情報は正しかったぐらいの証拠には成り得たがな」
ユピテルといえども不条理に天界に召喚される現象を証明できないでいた為に、奪還した結から得られた情報はほとんど皆無に等しかった。
仕方のない事だ、端から元の世界に関する情報は期待していたものに過ぎず、自分が一時期記憶を失っていた時点で結からまともな証言を取れるかは五分五分であったからだ。
「まあ考えていても仕方がない、今は行動あるのみじゃ」
「賢者としての奉仕とかいうやつか、それで、今度は何をするんだ?」
天界召喚の解明は残念ながら持ち越しとして、新介達は本題である今後の方針を固めようとしていた。
しかしユピテルから意外な言葉が流れ出てくることは、ここにいる誰もまだ予想がついていなかったのだ。
「もうこんな狭い部屋には懲り懲りじゃ、地方に移住して安住を目指す」
「良いのか?セントラルを離れてさ」
「特段ここに執着していたわけではない、それに地方に行けばもっと広々とした家などいくらでもある、政府の監視も軽薄になるじゃろうから一石二鳥じゃ」
確かにユピテルの考えには一理あった、結も仲間に加わり4人で住むには狭すぎるこの部屋は既に捨て時であることは違いなかった。
ここは一度地方に移り、安住を求めるのも重要なことだった。
「そういうことで、出発は明日とする」
「あ、明日って、いくらなんでも早すぎだろ!?」
「行動するなら早めに取るほうがいい、特に今はな」
ここで四の五の言ったところで彼女は必ず明日出発する、新介にとってユピテルはそういう存在だということを重々承知の上である。
「分かったよ、結もそれでいいな?」
「うん、私は別に構わないよ」
「よし、それじゃあ……」
するとユピテルが何やら薄気味悪い笑みを浮かべると同時に、新介は嫌な予感を感じてしまい碌なことだけはないということだけは推測できた。
「御主達は中心街で明日必要な物でも買って来るのじゃ」
「な、何で結と買い物に行かないと駄目なんだ」
「ま、まあ別に、普通に服とかはあるし、買う物なんて……」
ユピテルの急な展開に二人は着いて来れないのか、結も思わず新介に釣られて断ろうとする。
「いいから行け、そしてオシャレなカフェでお茶とかしたり服をコーディネートし合ったりするのじゃ」
「それってほぼデートだろ!?」
しかしそんなツッコミも虚しく、新介と結は強引に中心街での兄妹デートを強要されるのであった。
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