召喚の解明
彼女の顔が目に入った瞬間、今までの自分の記憶が0.1秒で脳裏を過ぎる
確かにあの時、上野新介という存在は本当の気持ちを伝えれなかった
そして気付けばこの世界に迷った、記憶が戻った瞬間に全てが察しがついたのだ
――俺はこことは全く違う世界で生まれ育ち、あの言葉を伝えられないままこの世界に迷い込んでしまったことに。
「結、お前はどうしてここにいる?」
「……誰だそいつは、私はエミルだ」
「おい、ふざけるのも大概にしろよ!そもそも何で俺を攻撃するんだ!?」
「それが命令だからだ」
彼女の冷酷なまでのその言葉に、血を分けた兄妹だということにも疑いかけてしまう。
だが、彼女は間違いなく妹だ。それは、それだけは否定しようのない真実だった。
「お前は上野結だ!そして俺は上野新介、お前の唯一の兄貴だ!」
「__!!」
新介の言葉が響いたように頭を押さえ込むが、結が首元に付けていた青色の石で作られていたペンダントが光り何かを防いでいた。
「う、うわああ……!!」
「おい、どうした!?しっかりしろ結!!」
「近付くな……!」
頭痛のような痛みに悶え苦しむ中、結は刀を新介に向けて突き刺そうとする。
「死ねええええ!!」
「っ……!!」
______!!
襲い掛かろうとした結に思わず目を瞑ってしまうが、その刃先が新介の体を突き刺すことはなかった。
「サ、サリエル!?」
「……」
賢者の特権を使ったことにユピテルが気付いたのか、サリエルは新介の前に立つように鎌で刀を押さえていた。
「逃げたほうがいい、もうすぐ警務部隊がここに要請される……」
「ち……」
「お、おい待て結!」
この状況を圧倒的不利と推測した結は一度身を引くことにして、サリエルも忠告を素直に聞いてくれた為に深追いはしなかった。
「大丈夫……?」
「え、ああ、ありがとなサリエル」
「あなたの為じゃない、ユピテル様の命令だから……」
相変わらずの無口な態度に仲間にも関わらず彼女との距離の掴み方がイマイチ理解しかねる。
ただサリエル自身も悪気があってそんな態度を取ってるわけではなく、何かしらの理由があることも十分に察していた。
「それでもだ、正直お前がいなかったら本当に危なかった」
「……そう、どういたしまして」
やはり彼女自体は悪い死神ではないのだと、その返答を聞いて自然にそう思えたのだ。
「こっちだ!」
「警務部隊がもうそこまで来ている、早くこの場から逃げるべきよ……」
「ああそうだな、俺達が見つかるわけにはいかないしな」
新介とサリエルは警務部隊が現場を駆けつける前に逃亡して、自分達のアジトに向かい難を逃れるのだった。
______
そこには以前のアジトより狭い空間の部屋が広がっており、ドアを開くとほこりが舞い上がるのが目視できる程に清潔感もない部屋である。
だが数日前のマーベル・クオークによる襲撃で隠れ家としていたアジトが使えなくなり、ほとんど物置小屋のような場所で身を隠すしかなかったのだ。
「その様子だと、わらわの予想は当っていたようじゃな」
「あいにくだ、以前俺が足止めしてしまった盗賊軍団がわざわざ報復に来やがって大変だったぞ」
「ふむ、どうやらそれだけではなさそうじゃが?」
ユピテルは鋭い勘で全てを見据えたような口調で新介の身に起こったことを言及した。
「……まあな、色々あったっつーか」
「それなら話を聞かせてもらおう、だがその前にその手の傷を治療せねばな」
「はあ?……ってうわ!」
結が着けていた仮面を殴った時、手を僅かに負傷してしまい腫れあがっていた事に気付かされる。
たった一発硬い物を殴っただけでこの有様とは男としての尊厳を一つ見失い掛けたが、見た目少女の自称神という変質者に命を救われた時点でそんなものは無かった事を思い出す。
「まあ座れ、今治療をしてやる」
「あ、急に痛みが……」
先程まで痛みを味わう余裕がなかったために、意識すれば外傷に似合っただけの痛みが後から伝わってきた。
新介はほこり塗れのソファに座り、ユピテルが手の構えを取って神技を発動する。
『エムーシェ』
手の腫れみは見る見るうちに再生して、数秒後には痛みなんて全く感じなくなっていた。
「その様子じゃと、人もまともに殴ったことがないな」
「喧嘩で殴り合ったことは何度かある、だがあいつは違った……」
結が新介に向けていたのは、何の紛れもない殺気だった。
喧嘩での殴り合いでは体験することができない、勝負に負ければ確実に殺されるという脅威、それを今体現してると察しがついた時は初めて本能的な恐怖を感じたと言っても過言ではなかった。
そしてその恐怖は同時に、この世界は自分の生まれ育った世界とは逸脱した存在だということを理解する。
この世界は、自分自身が抱いていた死への概念に対する普遍性が一切通じない世界であり、常日頃から命の危険性があるということに_____
「そうか、その言い方じゃと記憶が戻ったようじゃな」
「ああ、正確には記憶の鍵があった、俺を襲撃した盗賊団のエミルという人間が紛れもなく妹の結だったんだ」
「ほう、肉親が盗賊団に所属していたと」
今でも結が自分に敵対する理由が分からずにいたが、いくつかの異質な様子が窺えたことを思い出す。
「妹の顔を見た瞬間全ての記憶が戻った、俺はこの世界とは別のところに住んでいたことを」
「……やはり、と言えば薄々察していたがな、御主が天界の住人ではないことは」
「信じられねえよ、まさか本当に異世界召喚されてたとはな」
記憶がない時に天界という世界に違和感を感じていたが、本当に自分が異世界の召喚されたのを知って驚きを隠せないでいた。
「俺が住んでいた世界は人間が支配している世界で、科学技術が発展し便利な社会を築いていた世界だった」
「御主まさか、人間界の出身か?」
「何か知ってるのか?」
「天界は人間界の存在には気付けておるが、人間界の人間はどうやら科学を駆使しても天界の存在を証明できていないようじゃな」
「うわ、何かそれ悔しい」
今まで自分が築き上げた常識、科学というのは最も人に愛される糧だが、最も人を殺してきた糧でもあるという概念。
しかし天界を知って分かった、神技という技術は科学よりも優秀であり科学よりも残虐に人を殺せる方法であることを知った。
「それで、御主はどうやって天界に召喚されたか覚えておるか?」
「えっと、確か上空から雷が降ってきて、気が付いたらここに来ていた」
「なら十中八九それが原因じゃ、その時御主の隣に妹はいなかったのか?」
「え、多分いなかったと思うけど……」
しかし新介はそれらの仮説を否定するほどの根拠を持ち合わせていなかったことに気付かされる。
あの時彼は美織と花火に夢中で周りを見ていなかった、結が面白半分で新介の後を追って来た可能性もある。
「分からない、ただあいつもこの世界にいるということは少なくとも俺と隣にいた可能性は十分にある」
「そうか、他に御主の隣にいた奴はいなかったのか?」
「__!?」
その時新介は最悪のパターンを想像してしまった。
新介のすぐ隣にいた美織も天界に召喚されて、何かしらの危険な目にあっているということを。
「まずい……!!」
「何処に行くつもりじゃ」
「俺の隣にいた奴もここに来ている可能性がある、今すぐにでも探さないと!」
「気持ちは分かる、じゃが落ち着け。探すのは全てを明らかにしてからでも遅くはないはずじゃ」
新介も薄々は分かっていた、今更何をしようとしても自分一人では何もできないこと。
一度に情報が入りすぎて周りが盲目と化していた、だからこそ一度落ち着く必要性を感じてユピテルの言うとおりにソファに座る。
「なら一から整理していこう、まず御主が召喚されたのはいつの話じゃったか?」
「確か、ユピテルと初めて会った3日前ぐらいらしい」
こればかりは外で野垂れていた新介を家に庇ってくれたマリ達からの証言の為に、その事実の信憑性に関しては100%正しいという保障はなかった。
「――ちょうどじゃな」
「え、何が?」
「わらわ達が天界政府の中核組織であるG7とエルサレムで相対した時と、お主が天界に召喚されたと思われる日が同じなのじゃ」
単なる偶然にしては出来すぎている、偶然に違和感を感じた瞬間にそれは必然とも疑ってもいい。
今回新介達が巻き込まれた異世界召喚は、何かが、誰かが仕向けたことと言っても過言ではなく、その日に召喚を試みたのもユピテルもしくはG7が居たら都合が悪かったのだろうと推測した。
「普通、時空を越えて異世界に移動することは禁止されている、バレれば政府の手により重い刑に処されてしまう」
「でも、誰がいつ何処で何をしてるなんか分からないだろ?そうすぐに気付かれないよな」
「時空間転移をするとなればそれ相応のゾオンエネルギーが必要になる、デカイことをこなそうとするほど外見が目立ってしまうものじゃ」
つまりそれは時空間転移の神技を発動すれば誰でも気付くような大きな変化が起こるために、発動した場合政府が嗅ぎつける可能性が否めなかった。
それにそれらの神技は大規模なゾオンエネルギーを使用する為に、単に使用できる人間が限られていることも考えられる。
「しかし、わらわとG7が争っている時は例外じゃ、政府の目もそちらに向けられ犯人の特定も極力避けられる」
「じゃあ何で、俺を召喚する必要があった?」
「そればかりは分からぬな、お主が特別な力を持ってるわけでもない、どちらかというとお主以外の二人の方に理由がありそうじゃな」
完全なる巻き込み事故だというのがユピテルの見解であり、それを聞いた新介は特に召喚される理由なしに異世界に来たことを悲嘆するしかなかった。
「え、マジで?普通こういうのって異世界召喚されて最強だった的なことじゃないの?」
「御主が何を言っておるか理解しかねるが、人間界でも特段強くなかったお主がこの世界で強い訳がなかろうが、まあ最強になるかどうかはお主の頑張り次第じゃがな」
「いや、やっぱ俺最強じゃなくていいわ、だってお前いるし」
眼前に元最強のユピテルがいることを思い出して、彼女に敵う程の力を身につけるには千年修行しても無理そうだったので最強への道は物の数秒で打ち切られた。
まずユピテルやサリエルがいるために新介自身が強くなるメリットが感じられないでいたが、彼が唯一でいることと言えば知的なことぐらいである。
だがそれもユピテルに勝る程ではなく、残念ながら彼の存在意義は現段階でほとんど皆無だということは証明されてしまう。
御主はわらわ達の稼ぎ頭じゃ、それだけで十分存在意義はある」
「それ前から思ってたんだけど、神技使えるなら金とかパパッと生み出せたりしないのかよ?」
「御主にはモラルという物がないのか?」
「あ、はい、何かすいません」
幼女にガチレスをされて精神的ダメージを受けてしまい、見た目年齢が自分より下の奴からモラルについて言及されるという屈辱さを味わってしまう。
「それで、御主はその妹をどうしたいのじゃ?」
「……取り戻したい、だから手伝って欲しい、俺の力では到底今のあいつを取り戻すことはできないから」
ユピテルは嘆息を漏らし、新介の目を見て克明とその言葉を述べた。
「嫌じゃな」
ユピテルから放たれた言葉は、新介にとって予想外の出来事であり今の自分という存在の現状を知っての言葉だった___
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