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鬼となれ

序盤→サリエル目線

それ以降→エリック目線


区切りを付けているところで視点が変わりますので予めご了承ください。

 第四試合、先程までサリエルの立ち振る舞いに驚嘆していた観客達はすっかり元の様子を取り戻していた。

 しかしそれはリング外へと佇むサリエルやエリック、選手達を除いてはの話である。


「……」


「何だよ、これ……」


 サリエルは至って平常心を保ってはいたが、横で壁に凭れ掛かっているエリックは眼前の光景に目を疑っていた。

 瞬殺、まさにそれは一瞬の出来事であり、ほんの一秒にも満たない早さでリング中央から肉が切り裂かれる独特の殺傷音が響き渡ったのだ。


「凄い!!凄過ぎる!!二回戦進出を決めたのは嘗て『エリア4』を震撼させた元懸賞金二百八十万へヴンド、『鬼神ジェイソン』だ!!」


「ウオオオオォ!!」


 リング上に波紋する血溜まりの上には斬れ目からパックリと内臓が一望でき、死んだ男の表情も死に際に苦しんだ様子を窺わせるよりは何が起きたか分からないまま息を引き取った感じにも思えた。

 しかしそんな光景を気にする素振りを見せずに、『鬼神ジェイソン』は巨大な斧を持ち上げながら雄叫びを上げる。

 一体その雄叫びが何の意味を表すのかは鉄仮面を被り表情が見えなかった為に判断しかねたが、あれは恐らく本能的な何かに近かった事だけは窺えた。


「な、何で、彼奴あいつが此処に……」


「エリック、あの化け物が誰か分かるの……?」

 まるで何かを知っているかのような口振りで唐突に口の動きを再開したエリックを窺い、サリエルは眼前に立つ如何にも化け物の説明を要求する。

 するとエリックは嫌な過去でも思い出すかのような嫌な汗と眉間にシワを寄せる様子を滲み出しながら、重たい口を開こうとする光景を見せた。


「『鬼神ジェイソン』、嘗て『エリア4』で懸賞金に掛けられていた犯罪者だが、その後確保され今は監獄の独房室で隠居している筈の奴だ……」


「監獄……? どうして囚人が……」


「考えられるとしたら一つ、いや、それしか考えられない……」


「……まさか」


 まさかとは思ったが、サリエルもまたその可能性を無闇に捨て切れないでいた。

 恐らく『鬼神ジェイソン』は金主(オーナー)によって買収されたのだ、囚人でも金を積めば仮釈放という形で短い期間だけ世に放つ事ができるのが世のルールだったからである。

 だが監獄の番人も馬鹿ではない、あのような殺戮衝動の塊で自制を知らない化け物を世に放つのは直前で有耶無耶にするのだろう。

 それでも彼は此処に立っているというのは、金主(オーナー)と監獄の番人による不正な金のやり取りが窺えたのである。


「流石金主(オーナー)、ここまで仕出かしてくれるとは正直想定外だった」


「第四試合だから、今度の私の対戦相手はあれね……」


「ああ……ってそうだよ!! いや流石にお前でもあれは無理があるだろ!?」


 エリックは後追いで反応を示してくるが、そんなことはサリエルにも言われるまでもなく厄介な相手というのは自覚していた。

 確かに『死相』は狂人や殺人鬼など千差万別なく効果を放つが、自我を持ち合わせていないような化け物となれば別物だ。恐らく彼の脳内には恐怖という記憶もイメージもどこにもないのだから。


「あの男は殺戮衝動のみで生きる化け物だ。自身でも殺人を繰り返している間に自我すらも捨て、ただの化け物になってしまったというな」


「脳なしにいくら脳を刺激しても無意味、か……」


 だとすればあの男の倒し方は一つしかない、自身の鎌でその脈を絶つという手段だけだ。

 あの手の界隈の人間を殺すことは既に慣れていたサリエルは心の中でジェイソンの討ち取り方を模索すると、何の問題もないかのように冷静さを滲み出してエリックの心配を跳ね返した。


「問題ない、例え彼に『死相』が通じなくても私が更なる恐怖を叩き込むまで……」


「叩き込むまでって、本当にあんな化け物に恐怖心を植え付ける事なんてできんのかよ……」


 もはや恐怖の根源と化しそうな彼を上回る恐怖、そんな物があるのかはサリエルにも分からなかったがジェイソンを討ち取る勝算は幾らかあった。

 そんな考えを脳内で確率されている最中、リング上の遺体は回収されて第五試合開始の準備が執り行なわれようとする。




 __________



 第五試合、第六試合、第七試合が順調に終了して、勝ち進んだ人物は以下の通りになった。


 第五試合 勝者『覇王 レイ・ガヌアン』

 第七試合 勝者『懸賞金三十万へヴンド ロールズ』

 第六試合 勝者『天道家 ルシェ・アルバーン』


 注意すべきはレイとルシェ、単純な戦闘能力が高い彼等はエリックにとってまさに天敵だった。

 中でもルシェはもしエリックが初戦を突破すれば次に当たる対戦相手であり、その実力は武道家として初戦から中々の機敏な動きを見せていた。



「いよいよ俺か……」


 自身でも驚くほどに緊張感が刻々と刻まれているのが伝わる、これからエリックは相手を殺すか自分が死ぬかの究極の選択を迫れる事になっていたのだ。

 そう思えば自然と肩が重くなり、開錠されたリングの出入り口へと向かう足取りが随分と鈍い感覚が伝わる。

 殺す、殺す、その言葉の大きさがエリックの胸中に波紋して、刀で死なない程に甚振る感覚とは全く違うという事実を再確認させた。


「エリック、精々頑張って……」


「っ……ああ……」


 サリエルの後押しもありエリックはようやくリングの中央に立つと、そこには対戦相手となるコフィンの姿が目に入る。

 遠距離からでもその怪力さは滲み出ていたが、面と向かって対面すると血管が浮き出る程に豪腕な腕の筋肉と鋼鉄の鎧でも着ているのかと思えるに値する人並みはずれた肉体が一望できた。


「脅えずにリングに立てたようだな、雑魚が」


「おいおい、幾ら何でも初対面で力量も知らない奴に雑魚呼ばわりはないだろ。暴れ馬さん」


「知れた事を、お前『エリア2』では何て呼ばれてるか知ってるか? 『舎弟のエリック』だよ!!」


「……!?」

 まさかとは思ったが他のエリアでもその名が轟いていた事にエリックは苛立ちを憶えるが、此処で冷静さを欠けてはコフィンの思惑通りだと言い聞かせ気を落ち落ち着かせた。


「テメエは所詮あの『死神』とかいう奴の取り分で懸賞金が付いてるだけの雑魚なんだよ。虎の威を借る狐とはよく言ったもんだ」


「俺がそんなバレバレの挑発に乗るとでも? 魂胆が見え見えなんだよ。体鍛え過ぎて脳まで筋肉で埋めつくされてる様子だな、午後の菓子(ティータイム)マフィンさんだっけ?」


 挑発を続けるコフィンにエリックもまた挑発仕返すと、一瞬彼は顔を顰めた様子を見せたが随分と余裕名雰囲気で笑って反応を示した。

 犯罪者にとってプライド高い異名を弄られたのにも関わらず窺わせた謎の余裕に、エリックは一種の不気味さすら空気を媒体として伝わり若干怯んでみせる。


「いいねえ、やっぱ犯罪者たる者大きく出ないと始まらないよな!! 罵倒最高、貶し合い最高!! さっさと殺り合おうぜ」


「チッ……お前も所詮は頭のネジが外れた狂人だって事かよ……」


 辺りが歓声と共に放たれる熱気に包まれ、早く次の死体を求めるかのように二階席を埋め尽くす観客達は試合開始を懇願する。

 案の定エリックに対する声援は一つもなく、金持ち達はコフィンが彼をタコ殴りにして肉魂を生成する光景を心待ちにしているようだった。


「それでは第八試合、何と言っても注目は『エリア2』で凶悪犯罪者として有名な『暴れ馬コフィン』!! 相対するは『エリア1』で『死神』と共闘し懸賞金を上げている『舎弟のエリック』だ!!」


「精々大人しく殺されてくれるなよ、下っ端さん」


「人の心配する前に自分の心配をしやがれってんだ、俺は絶対お前に勝つ」


 両者が互いに睨み合い会場は一度異質な静けさが覆い、その静寂を解き放つかのようにゴングが鳴らされる。

 それと同時にエリックは腰に据えた刀を抜刀してコフィンは筋肉に包まれた豪腕な腕を振り被る、その光景を眺望していた観客達もまた一度静まった活気を再起するように喧騒に満たされていた。


 _____!!



 エリックの刀の刃と彼の拳が正面から衝突する。が



「な……!?」


 斬れない、確かに皮膚に刃が直撃している筈なのにコフィンの拳からは肉の断面どころか血飛沫一つ上げる様子を見せたかった。

 そんな筈はないとエリックは何度も目をパチクリしてみるが、本当に彼の皮膚は刃ですらも切れ目すらいれられなかった光景に思わず人体の構造そのものを疑いに掛かってしまう。


「今、お前が思った事を言ってやろうか?」


「っ……!!」

 反射的に上空を見上げるとコフィンはその高い身長で俯瞰するかのような視線で嘲笑った表情を見せ、エリックは恐怖心を抱き反応に遅れてしまった。


 次の瞬間、コフィンから放たれたもう片方の腕によるパンチにより、エリックは顔面を直撃され勢い余りリングへと叩き付けられる。


「どうして、刃が通じないんだ?ってところだろ」


「ぐは……っ!!」


 彼の拳の接地面がジンジンと痛み、激しくリングに叩き付けられたからか口の中に血の味が漂っているのがエリックに伝わった。

 その後追いの形で激痛が走るが、不意にコフィンが追撃しようと足で蹴り上げようとしたのを見て、悲鳴を上げるのも忘れる程に急いで後退する。


「はぁ……ぐっ……」


 何とか難を逃れたエリックだが、額からは灼熱感が漂い右目の視界が何かで奪われている感覚が広がる。

 直後に片目の視界が奪われたのが血だと判断すると、鏡がないながらも恐らく額から零れ出た血が眼球に滲み出している事が予想できた。


「何で、刃が……」


 幾らコフィンの筋肉が強固な物だったとしても、流石に刃で貫けない程に硬い物だと思うのは些か馬鹿げていた。もしそんなビックリ人間でしたみたいな展開があればお手上げだ。

 しかし案の定種らしいものはあったらしく、エリックがそれを確信したのは彼の腕の周りにエネルギーのような膜が張っていた事に気付いた瞬間だった。


「あれって……」


 大会でも何度か選手がやっているのを見たが、それより依然にエリックには既視感があった。

 恐らくそれはこの一ヶ月の間にサリエルが何度かやっていた身体強化というものであり、コフィンはエネルギーの膜を張り直接刃には触れないでいた事に気付かされる。


「気付いたか、ご察しの通り俺は腕に膜を張る事でお前の刃に直接触れるのを防いでいる。まあこのぐらいの対策は普通するよな」


「チッ、脳筋だと思ったが地味に頭が回るな……」


 まだあれが使えなかったエリックには純粋な攻撃手段しかなく、実質手が付けられない状態のコフィンへの対策に悩まされる。

 鉄壁の要塞、今エリックが立ち向かおうとしているのは間違いなくそれであり思わず慎重に足を踏んだ。


「随分と慎重になったな、さっきの攻撃で怯んだか?」


「うるせえ、お前には関係ねえだろ」


 何かコフィンに通用する攻撃はないかと模索するものの、やはりあのゾオンエネルギーの膜を破るには自身もまた身体強化という手段を使い彼に攻撃を当てる事ぐらいしか思い浮かばない。

 完全に八方塞りの状況に陥ってると、眼前に胸を張って立つコフィンが突如として嘲笑うかのような鼻で笑う素振りを見せた。


「そういえばお前、昔奴隷として売り飛ばされたらしいな」


「―――は?」


 コフィンの唐突な発言にエリックは自身の鼓動が早まっている感覚が確かに伝わった。

 まるで心臓を直接圧迫されたかのように、血圧は上がり視界もやけに霞んで見えて気がする。


「―――どうして……」


 どうして、お前がそのことを知っているのか。確かにそう尋ねようとはしたものの丁度空気が声帯を通ろうとした時に言葉が詰まり、それから先の言葉は喉元につっかえてしまう。


金主(オーナー)から参加のオファーが通達された時、俺は気になって選手全員の情報を要求した。そしたら十年以上前の情報まで掻き集めてくれてよ、お前の資料を見たら人身売買されていた経歴が載ってたぞ?」


「……!!」


「九歳の時に親に見離され体を売り飛ばされ、その後約六年間奴隷同然の扱いをされ続けた最下位の人種。そして十五歳の頃に当時の主人であったレオナルド・フランベシタを殺害、その後逃走。いやー波乱万丈の人生だことだ」


「……れ」


 何も分からない奴に過去を面白おかしく弄られる程腹立たしい事はない、そう思ったエリックは手を強く握り締め柄が軋む音を響かせた。


「主人を殺すなんて中々エグイ事するじゃねえか、犯罪者としての凶悪性は一丁前だな!」


「だまれ……!! お前に俺の何が分かんだよ……!!」


 こんな奴の為に死にたくなどない、そんな感情に駆られ彼は溢れ出る言葉に歯止めを掛ける事をしなかった。あの頃は自分も必死で、生きる事に肥えて仕出かした行為なのだ。それを赤の他人が逐一横槍を入れるのはエリックにとってどうしようもなく腹の立つ行為に思えた。


「まあお前の親がお前を売りたくなる気持ちも分からなくはない、だってどう考えてもお前とかいらねえだろ! 自分の身を金にして親孝行できたようで良かったな!」


「誰が好き好んであんな親とも思わねえ奴等の飯代になって喜ぶかよ!! いい加減な事を言うんじゃねえ!!」


 根も歯もない憶測を飛ばされて憤慨するエリックを物ともせず、尚も彼は歯に衣着せぬ挑発を続けようとする。


「お前は所詮家族のお荷物だったんだよ。にしても男なんて奴隷商法じゃ最も金にならない産物なんだから親が可哀想だよな、生きててごめんなさいとか思わなかったのかよ!?」


「―――」


 直後、エリックは自分の大切な何かが切れてしまった事を自覚する。

 その境地に立たされた時、自然と体の力は緩み眼前の男に対する殺意のみが体を動かした。


「うおおおおおお……!!」


 エリックは刀を片手に持ち替え、まるで刃に殺意の衝動を乗せたかと思わせる程の殺気を放ってみせる。

 そしていつの間にかコフィンの思惑通りに挑発に乗り、彼は自分から湧き出る殺人衝動を抑える事ができずに襲い掛かろうとした。


「馬鹿が」


「っ……ぐは……!!」


 腹部に強烈な右ストレートを撃ち込まれ、成人男性であるエリックの体は五メートル先の鉄格子へと衝突されられる。その途端背中に凄まじい痛みを生じるが、コフィンは追い討ちを掛けるかのようにゾオンエネルギーを足元に付加させて人外めいた俊敏性で一気に距離を詰めた。


「オラオラ!! もっと気合入れて行こうぜ!!」


「ああ……!! が……っ!!」


 再び体を叩き付けられたと思えばエリックは自身の首が絞められ気道が圧迫されている状態に感付いて、唾液を流しながらもその豪腕な手を振り解こうと必死に抵抗してみせた。

 辺りはすっかりと歓声に溢れ変えり、今の光景が二階席にいる観客にとってとても気を興奮させる材料になっているのが朦朧とする意識の中窺える。

 眩む視界、確かに迫る己の死期、そんな最中向かいに立つサリエルの方に双眸を向けると、彼女はどこまでも冷静にその試合を虚ろな目で見据えていたのだ。


「どうした?随分と大人しくなったな」


「……るせえよ」


「あ?」


「うるせえよ……! 何にも分からない奴が、勝手に俺を語んなよ……! 俺だって、必死に生きようとしてんだよ……!」


 それは今も昔も大差なく、エリックという人間は自分の命を最も尊重するエゴを持ち合わせていた事を自覚していた。

 欲望から、権威から、傲慢から人殺しを続ける彼等とは訳が違い、彼は自分が殺人を犯したのは生存欲求からのものだと正当化しようとする。


「いいや、お前は俺達と何にも変わらないぜ。所詮は気に入らない奴を殺して、自分が得をする為だけに他人の命を絶つ、根底は同じなんだよ」


「うる……さい……」

 もう息は続かずにエリックは短絡的な言葉しか言えなくなり、次第に彼の視界は奪われていく。


 ____!!


 その直後エリックは自身の後頭部に激しい激痛が走った感覚を覚え朦朧とする意識を再起すると、いつしか首元の拘束は解かれ横隔膜の上下運動が人生最高に稼動してみせた。



「がは……はぁ……はぁ……」


 酷い頭痛に見舞われて視界が眩む中当たりを確認しようとすると、エリックは今現在自分がリング上で凭れている状況だけが理解できた。

 そしてコフィンによりリング中央に向け蹴り出され、その瞬間にエリックは自身が握っていた刀を遂に手放してしまう。


「それじゃあフィナーレだ、最高に苦しい殺し方をしてやんよ」


「っ……」


 何度体を動かそうとしても自由は聞かず、ここにきて自分の身体に限界を向かえてる事が伝達された。

 そんな最中コフィンはエリックが落とした刀を拾い、エリックが仰向けで倒れているリング中央へと歩き寄った。


 ――動け、動け動け、動___


 グサ___



 歓声が響き渡り、自身の胸部に何かが貫かれたような痛みが広がった。

 急いでエリックは痛みの根源となっている場所に視界を向けると、確かに自分が所持していた刀の刃が皮膚を貫き血が滲み出ていた光景が視界に入る。


 どうやらコフィンに止めを刺されたようだ。とエリックは思った矢先、心臓部分を貫かれた事で吐血し始めるのだった。


「あ、あああーっと!! 遂にコフィンが止めを刺しました!! エリックは既に意識が朦朧としています!!」


「へ、やっぱり雑魚じゃねえか。精々お前の武器で息を引き取れ」


「……」


 呼吸も止まり、鼓動も止まり、思考すら止まり掛けているのが自身にも伝わった。

 これが死に際の境地かと思うと、それを最後に視界も漆黒に覆われ無の世界へと誘われた___




 ―――俺は……


 次に思考を開始した時、それは大量の映像で満たされたどこまでも続く無限の世界が映し出されていた。


 ―――ああ、そうか、俺は死んだんだ……



 その人生に後悔がないと言ったら嘘になる。人に散々利用され、扱き使われ、何度も死に掛けて何度も地べた這いずり回るような人生だった。

 現状を変えたいと願った筈のその祈りは結局どこにも届かず、ただこうやって無意味な死を遂げる事しか自分には成し遂げられなかった。


 ―――散々過去を面白おかしく弄られ、死に際を観客に笑われ、あんな最後悔いしかねえよ……


 力を望んだ、誰よりも強く逞しい力を


 命を望んだ、もう一度だけ人生をやり直す都合の良い命を


 これが己の限界、そう際限付けるとエリックはまるで神にでも縋るかのように一つの祈りを捧げる。



 ―――俺はまだ、死ぬ訳にはいかねえ


 自分の過去を滅茶苦茶にしたこの社会に、復讐してやりたいと思った。

 だからこそ死してなお、現状を変える程の力を神と呼べる存在に懇願する。



 ―――ドクン



 すると確かに、自分の鼓動が再び鳴り響く音が聞こえた____



 _______





「は、俺の異名を馬鹿にした罰だ。代償として命を頂戴したぜ」

 コフィンはそう言い残すと、中央で胸部を串刺しにされているエリックに背を向けて出入り口へと歩き寄ろうとする。


「第八試合、勝者は――」


「――まだだ」


 次の瞬間、リングの中央にある床に術式が浮かび上がり、エリックの胸部に突き刺さっていた刀は黒い靄と共に消滅した。

 それと同時に体の傷口も癒えて、彼の鼓動は再び一定のリズムで刻み始める。


 ―――まだ、終わってねえ


「まだ、試合は……」


 ―――まだ、俺の命は……



「終わってねえぞ――!!」


「っ……!?」


 一体彼に何が起こったのか、それを瞬間的に理解できたのはリング外へと佇むサリエルだけであった。


「あれは、神技の覚醒……?」


 エリックの周りには黒い靄のような物が漂い、衣類には依然として赤色に染め上がる程の血が付着しているというのに何事もなかったかのように動き始める。

 まさにありえない光景を目にした観客選手共々同様に驚いた表情を見せ、よもや本当に死の淵から蘇ったエリックに双眸を向けていた。


「んな馬鹿な……!! 確かにお前は自分の武器で心臓を貫かれた筈だ……!!」

 急いで背後を振り向いたコフィンもまた仰天するが、エリックの足元に現れた術式を一望して一通り何が起こったのかは察しが付いた様子を見せる。


「――生成」

 その言葉と同時に一箇所に黒い靄が収束し始めると、黒い靄と共に消滅したはずの刀が再び姿を現してエリックはそれを手に取った。


「お、おい、それって……」


「……悪いが、今の俺には何も分からない」


 今自分が生きている理由も、何故天が自分に味方したのかなんて分からない。

 だが確かに生きたいと願い、そこに確固とした意志を生死の境目にして確立させた。

 結果としてそれは、エリックという人間に眠る鬼を呼び起こしてしまったのだ。


「何も分からない、が、何故だか武者震いが止まらねえ」

 謎の高揚感と共に体の疲労も痛みも消えて無くなり掛けている感覚が全身を覆い、今にもコフィンへと襲い掛かりそうな体を自制して双眸を向ける。


「な、何という事だ、よもや本当に死の淵から生還する人間がこの世にいるとでもいうのか!?『舎弟のエリック』、完全復活です!!」


「な、何でお前が神技を使えんだよ!!」


「神技、か……」


 あのロスチャイルドの次男が使っていた技、今彼と同じ境地に立っている事に気付かされたエリックは自身の周りに漂う黒い靄を見据える。

 この靄が一体何を意味して何の効力を持っているのかは定かではなかったが、そんなものは分からなくても少なくとも今この場で眼前の敵をねじ伏せれる事だけは定かであった。

 そしてエリックは両手で刀を構え、暴れ馬と恐れられる彼に向け殺意の衝動を乗せた刃先を向けてみせる。


「やられた分は返さないとな。コフィン、今度はお前が串刺しにされる番だ」


「ざけんな死に損ない!! 誰がテメエの為なんかに死んでやるかよ!!」


「ああそうかよ、なら力尽くでそうさせてもらうぞ!!」

 猛烈な勢いでエリックはコフィンとの距離を詰め、刃先で肉を貫こうと持ち手を強く握り締めた。


「おらあああ……!!」


「が……!!」


 反射的にコフィンは身体強化でゾオンエネルギーを付加させた腕を前に出し首元へと突きつけられようとした攻撃を防ぎにくるが、黒い靄が纏わり付いていた刃はそのまま肉を抉り腕に貫通する。

 それをコフィンが腕を力ませる事で筋肉による圧迫で刃の勢いを殺すが、それと同時に血飛沫が飛び交い両者共に視界を奪われる。


「ク、ソが……!!」


 刀によって串刺しにされた腕を固定して、コフィンはもう片方の腕を振り被りエリックを殴り飛ばそうとする。

 しかしエリック一体を漂う黒い靄の範囲に腕を入れたせいか、コフィンの左手は接地面の部分が徐々に消滅していくのが伝わった。


「あ、あああ……!!」


 直後コフィンは絶叫、先程黒い靄に触れていた左手との接地面は皮膚が剥がされて桃色の筋繊維や緑色の血管などが一望できた。上手く例えるなら酷い火傷のような状態だ。

 その結果彼は痛みのせいか刃を止めていた腕の筋肉を緩め、エリックはその隙を見過ごす事なく踵を目一杯踏み入れて刃を更に押し込んでみせた。


「これで終いだ……!!」


「―――!!」


 歯止めが効かなくなった刃がコフィンの喉元に突き刺さり、そのまま背後の鉄格子まで押し上げた。

 決着は着いた、そう確信したエリックは突き刺した刃を引っこ抜き、彼の首元からはドボドボと血が溢れ出た。

 もう何をしても襲いというのにコフィンは早く血を止めようと自分で自分の首を絞めようとするが、数秒後鉄格子に凭れながらリングに腰を着く。




「……悪いなコフィン、せめて安らかに寝てくれ」

 エリックは刃に付着した血を払い、腰に携えていた鞘に刃をしまおうとした。その時



「――待ち、やがれ」


「っ……!?」


 刃を半分まで入れていた時、エリックは弱弱しい力加減でコフィンが自分の足を掴んでいた事に気付かされた。

 その様子にまだ動けるのかと一瞬顔を顰めるが、止まらない首元からの出血の最中彼が漏らした言葉は意外なものであった。


「止めを、刺せ……」


「……」


 その言葉を間に受けたエリックは、確かに自分は再び人の命を奪おうとしている背徳感に胸ぐらを掴まれた感覚に攫われた。

 すると先程まで止まらなかった武者震いが恐怖の震えへと変貌して、手元の震えが刃を鳴らしていたのが今更迷いを生んでいる事を裏付けさせた。


「――分かった」


 エリックは一つの決心をして、鞘へと収めようとした刃を再び抜刀すると刀を大きく振り被った。



 グシャ―――




 ___________


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