#009「煉瓦の階段」
@昇降口
チアキ「琢さぁん」
タクミ「あぁ、千晶くん。それから、えぇっと?」
――ダイチ、前髪をかき上げる。
ダイチ「俺だよ。どちらさまですか、みたいな顔をするな」
チアキ「このゲリラ雷雨で、ポマードが流れたみたいっす」
タクミ「ヘェ。いつもは、ポマードで立たせてるんだ」
ダイチ「ポマードじゃねぇ。ワックスだ」
チアキ「大掃除のときに、教室や廊下の床に掛けるアレっすか?」
タクミ「掛けてすぐは、よく滑るし、服に付くと、なかなか落ちないんだよねぇ」
ダイチ「二人とも、解ってて言ってるんだろうな?」
チアキ「もちろんっすよ。そういう訳で、何かスタイリング剤を持ってないっすか、琢さん?」
タクミ「あいにくだけど、ワックスどころか、スプレーもジェルも持ってないんだ。セメントなら、工作室にあると思うんだけど」
ダイチ「陥没した道路じゃねぇんだ。流動化処理しないでくれ」
チアキ「一週間くらいで、程よい硬さに固まると思うんすけどねぇ」
タクミ「朝のヘアセットが楽になるのにねぇ」
ダイチ「頭髪を実験材料にされて堪るか。そんなことされるくらいなら、丸刈りにしたほうがマシだ」
チアキ「オォ。スキンヘッドにするんっすね。どこの寺院で剃髪する気っすか?」
タクミ「それとも、ダークスーツにサングラスを纏って、裏社会で暗躍するのかな?」
ダイチ「小僧にも舎弟にもならねぇよ。それ以前に、坊主にしねぇから」
タクミ「残念だなぁ。でも近頃は、髪を伸ばしたままのお坊さんもいるからねぇ」
チアキ「スキンヘッドだからといって、必ずしも僧や尼ではない」
ダイチ「ゆえに、十分条件も必要条件も成り立たない」
*
タクミ「周りが栗拾いをしていたら松茸を探し、周りが花見をしていたら土筆を採るような、天邪鬼で付き合い難い、野良猫同然の気分屋だけど」
チアキ「色恋事に関しては、一途で純情なんっすよね」
ダイチ「勝手に、頑固で不器用というキャラクター付けをするな」
タクミ「さて。適度に羞恥心を刺激したところで、好みのタイプを発表してもらおうかな」
チアキ「自分は、包容力があって家庭的な感じが好きっすね。大さんは?」
ダイチ「俺は、別に相手に求める条件はねぇよ。互いに支え合える関係なら、誰でも良い」
タクミ「器が大きいんだね、大地くん」
チアキ「さすが、大さん。懐が深いっすね」
ダイチ「だから、俺はそういうんじゃねぇんだって。それで、琢己は?」
タクミ「僕は、国籍・年齢・性別不問だよ」
チアキ「ンンッ? 彼女の話っすよね?」
ダイチ「……カミングアウトと受け取って良いのか?」
タクミ「どうぞ、ご自由に。あっ、向こうに虹が出てるよ」
――チアキ、ダイチに耳打ち。
チアキ「琢さんお得意の、軽い冗談っすよね?」
ダイチ「十中八九は。でも、万が一って可能性も否定できないぞ?」
タクミ「はい、そこの二人。密談は、そこまで」




