もうすぐ十八歳
―――あと一月もすれば、フィリアは十八歳になる。
この十八年間、全てが王太子妃になるための勉強だった。
記憶にある全てにマナー教師がついて、フィリアの一挙手一投足を追いかけられた。
歩き方、座り方、カップを持つ仕草や、微笑む顔の角度までも指示をされた。
勉強は世界情勢や歴史、地理はもちろんのこと、文学や数学など幅広い知識を与えられた。
―――しかし、フィリアがそれを披露することは許されなかった。
「相手の言うことを理解しろ。だが、こちらの思うことは理解させるな」
父たる公爵の教えだった。
理解していることさえ悟らせない、それが後から自分の持つカードになる。
そうしてフィリアは、完璧とも言える笑顔の無表情を作り上げた。
宰相たる父の教えは、非常に難しく、小さな子どもには理解できないことが多々あった。
しかし、フィリアは分からないことがあるたびに考えて、考えて・・・時には父に自分の考えを伝えたりして、自分なりにその教えを理解していった。
父、オブラーティオ公爵は娘の覚えの速さと素質に喜び、教える力に熱が入った。
こうしてできあがったのが・・・・・・
「政治って裏から操れないものかしら・・・・・・」
微妙に腹黒い令嬢だった。
父親の仕事、宰相という職に強い憧れを持った、もうすぐ十八歳の女の子であった。
「それなりの能無しなら操れたかもしれんが、本気の能無しだから、無理だなあ」
呟いただけの言葉に返事があって驚いた。
振り返るとそこには、髪に白いものが混ざり始めてはいるものの、いつまでも若さを保ったこの国の宰相、マシュー・オブラートが立っていた。
今日の夜会に出席するためにタキシードをまとっているが、首元のボタンとリボンタイを外していた。
(あとから家令に怒られるだろうに)
そう思って、フィリアは、自分のドレスも脱いでしまいたいのにと思う。
ごてごてと飾り立てたドレスは重くて、座ることさえままならない。
背の高い小さな椅子に寄りかかるようにしか座れないというのに、フィリアの部屋にずかずか入ってきた父は、一人でソファに座ってしまう。
「独り言でも周りに気を配れ」
鋭い視線が飛んできて、フィリアは唇をかんだ。
独り言を言ってでもいなければ、今日を乗り越えられそうにもなかったのだ。
綺麗に白く塗られた眉間にしわを寄せるフィリアを見ながら、父はため息を吐いた。
父、マシューは未だに宰相という地位にいるものの、公爵位は二年前に兄に譲っている。
母が本格的に寝込み始めてから、父はできるだけ母の傍にいたいと、公爵位を兄に譲ったのだ。
―――残念ながら、公爵位を譲るための根回しや手続きの間に母はこの世を去った。
宰相位は、次代を担える者を育成中だという。
兄、カシューが宰相になるかと多くの者が思っていたが、公爵位を譲りながらも、父は息子に宰相位は譲らなかった。
周りの人間がそれに対し「権力は残しておきたいのか」などと悪意を持って憶測する中、おっとりと父はフィリアとカシューに語った。
「お前は、優しくてきれいだからなあ。……宰相は、お前には辛い地位だと思うよ」
「ちょっと。兄と妹への扱い、逆じゃない?」
フィリアの言葉は当然ながら無視したまま、カシューは頷いた。
「ああ。合わないと思っていたよ。実は、ちょっとほっとしている」
そう言って穏やかに微笑む兄は、三年前に逝ってしまった母にそっくりだ。
はかなげで、美しい兄は、公爵領の切り盛りをしながら、社交界にて人気を博している。
五つ年上の兄は二三歳。結婚していてもおかしくない年齢ではあるが、
「時期が来たらね」
そう言って、母にそっくりな顔で微笑むだけだった。
そんな兄を持ちながらも、フィリアは父親そっくりにふてぶてしく育った。
「夜会の準備はできたのか」
フィリアを見ながら確認のように言う父に、フィリアは小さな声で頷いた。
「だったら……少し、話をしよう」
いつもと違い、ソファに座ったまま自分の手を見つめながら話す父に、フィリアは覚悟を決める。
―――父にまで知られているのだ。
「ええ、私もお話をしなければと思っておりました」