プロローグ
オブラーティオ公爵家に、待望の赤ん坊が誕生した。
その赤ん坊が女の子とであることを医師が確認した。
その報告を受けたと同時に、赤ん坊の父親と国王がその子を一月前に産まれたばかりの第一王子の婚約者と定めた。
この赤ん坊は、その後フィリアと名付けられる。
フィリアは、名前をつけるよりも先に第一王子の婚約者となったのである。
フィリアが産まれたのは、人間の国、スペシーズ王国だった。
隣には、ほぼ同じ大きさの獣人の国、ブルタル王国がある。
大陸は、人の国と獣人の国で二つに分かれてしまっていた。
古く―――大昔には、人と獣人は助け合い、協力して生活していたという。
人は知を。
あらゆることを考え、人間は作り出した。
獣人が力を。
人間が考え出したものを、その大きな力で実現した。
うまくいっていた。
けれど―――人間は欲深かった。
自分たちが考え、作り出せるものに、獣人の手助けはいらないという人間が出始めた。
人間は、獣人をだまし、罠に嵌め奴隷のような扱いをすることもあった。
獣人は、怒りの衝動を抑えきれずに人間を殴り殺してしまうことがあった。
人間は獣人を恐れ、獣人は人間に騙されないかと疑心暗鬼になった。
これでは、国は成り立たないと、当時の人間の王と、獣人の王が国を二つに分けることにした。
幾人か―――人間と獣人の間で家庭を築いてしまった者たち以外は―――それぞれの国へと分かれた。
それぞれの国では、それぞれの種族しかおらず、それ以外のものは身を潜ませて暮らすようになる。
これが、約300年前の話。
今まで、付かず離れずしていた両国の均等が、壊れようとしていた。
人間の国に、危機が迫ってきていた。
人間は、増えすぎたのだ。
元々、繁殖能力が高い人間は次々に子を産み、医学の発展とともに長命になっていく。
それなのに、大きな屋敷を競うように建て、便利の良い道を作り、美しい宝石と燃料を掘り出すために大地を掘り続けた。
美しいドレスのために縫製工場を建て、綿の花を栽培させる。
花が良く売れると、染色に使えるもの、香水に使えるものは特に多く育てられた。
―――愚かだった。
スぺシード国は、食糧が不足し始めていたのだ。
それでも、贅沢に慣れてしまった人間は、安い食べ物を作る方に動くことはできなかった。
貴族が高く買ってくれるから、少々値上がりしてもパンを買える。
人々はそう思った。
貴族の持つ金がどこから搾り取られるか知らずに。
数が圧倒的に少ないパンに、値段などつくはずもないことに気がつかなかった。
作られたものは、作った人が消費する。だから、市場にはない。
食糧がなくなれば、反乱が起きる。
どうにかして欲しいと、暴力で助けを乞う。
そんな状況で、国王は、王家はまとまっていなければならないと考えた。
国をどうにかするのではなく、反乱を抑え込む方に策を練ったのだ。
だからこそ、組まれた縁談。
第一王子であるマティアス・アーノルダスと公爵令嬢、フィリア・オブラーティオ。
今こそ、手と手を携えて共に戦うとき……と。
人間は、破滅へと歩みを進めているところだった。