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まあ何にも無い話

作者: kenichi901

「お客様、お客様〜〜」


(う、うーーーん)


「このような感じでいかがでしょうか?」


すっかり眠ってしまったようだ。美容師の声で目を開けると、朦朧とした頭を一瞬で覚醒させる光景が目に飛び込んで来た。


鏡に映っているのはモヒカンに仕上がった私の姿だ。


それもチョイ悪テーストのソフトモヒカンなどではなく、毛が無い所は一切無く、有る所にはキッチリ生えているオールオアナッシングスタイルだ。


その有る所と無い所の差は、蓬莱の豚マンが有る時と無い時の関西人のテンションさながらオールオアナッシングスタイルである。


しかも毛の長さは2〜3センチで、水羊かん風の直方体が頭頂部センターに配置されている。男性の髪型のハード度合を偏差値で表現するとして、一世を風靡したベッカム選手のソフトモヒカンが58なら、目の前のモヒカンは78といったところか。大学でいうと一流国立大学レベルだ。


あまりの出来事に思考が停止したが、30秒も経って来ると、「美容師に何か物申さなくては」と脳が動き出した。確かに「『長さは短めで後はお任せする』とは言ったが、それを受けてオールオアナッシングスタイルのモヒカンにする美容師がどこにいる!」と声を発しようとしたが、喉のあたりで留まった。


なぜなら美容師の目が明らかに焦点が合っておらず、霊にでも取り憑かれているようで自らの意思で動いているように見えなかったからだ。


周りに助けを求めようと見渡しても、他の美容師、客の全員が同じ状態だ。まるで眠っている間に安物のホラー映画に迷い込んだかのようだ。


「とにかくここから出なくては。」咄嗟にそう判断し、頭から被ったナイロンのカバーをかなぐり捨て、足がもつれながらも飛び出した。髪の毛が口の中に入ってジャリジャリいうわ、ポロシャツの襟の中でチクチクするわ、散々だ。幸い、車で来ていたので転がり込んでエンジンを掛け、一目散に家に向かった。


踏切を待つ間に少し平静を取り戻し、周りを見渡してみるとどうやら美容室の外の世界は何ら変わりが無い。


「ひょっとして夢だっ……。」


淡い期待はバックミラーに映る水羊かん状の毛髪に無残にも打ち砕かれた。


恐る恐るモヒカンに手をやる。


普段それほど意識することはないが、五感の中で触覚に対する信頼度は絶大だ。いくらモヒカンが目に入ろうが現実感に乏しいが、指先にモヒカンがほんの少し触れた衝撃はとんでもなかった。もうどうにも絶望的にそれはモヒカンだった。


とにかく単身赴任の身で住んでいるマンションに帰宅した。普通、落ち着くのを待って対策を練るのだが、あまりの出来事に何故かそもそも落ち着きを失いもしなかった。


「とにかく会社を休んで誰とも連絡を取るまい。」それだけを静かに決め携帯の電源を切り、久しく被っていないハンチング帽を押入れから引っ張り出して深い眠りについた。


次の日の朝、帽子を被って何事もなかったように郵便受けに行く。駅前の新築マンション分譲のチラシなどとともに、「モヒカンジャーナル」「近畿モヒカン便り」が会費の振込用紙とともに届いていた。


「モヒカンジャーナル」には、ドイツの大学教授で国際モヒカン学会の理事が来日した際のインタビューが特集されていたり、モヒカンと性的マイノリティとの相関関係を否定する論文などが掲載されている。


「近畿モヒカン便り」には近畿会の部活動の一つ、カメラ部が美濃の滝を散策した際の活動報告が集合写真とともに載っている。参加者は60代前半から70代後半の4人。2人がモヒカン、他はOBと言ったら良いのだろうか一般的な髪型(以下では「ノンモヒ」と呼ぶことにする)だった。


あとはモヒカン川柳のコーナーや、広報部がQBの経営陣とメニューにモヒカンを入れるプロジェクトについて協議した内容、実現見込み時期が報告されていたりする。(「QB」とは駅中などにもある10分で散髪してくれるその名も「クイックバーバー」のこと)


最後に会員数が報告されているのだが、驚いたのは日本には500人に1人くらいはモヒカンが生息しているということ。早い話、相当数が隠れモヒカンとして生活しているという。モヒカンは大きく3タイプに分かれ、まずモヒカンを隠すことなくさらけ出しているタイプ。次に普段はカツラで覆い隠して過ごしているタイプ。最後はカツラは被っているのだが、カツラに穴が開いていて地毛を外気にさらしているタイプが存在するという。3番目のタイプ(以下「サードタイプ」と呼ぶ)が相当数存在するという。


良く見ると「近畿モヒカン便り」の片隅に、程よくローカルな駅前の居酒屋で開催されるモヒカンオフ会の広告を見つけた。主にモヒカンフレンドリーな店やサービスについて情報交換する会らしい。QRコードが掲載されていて、これをスマホで読み込めばフェイスブックのイベントページにつながり、そこから参加希望の旨を連絡すれば誰でも(モヒカンでなくとも)参加可能とのことだ。誰か知り合いに会うリスクが低そうなことから参加を決意した。


恐る恐るスマホの電源を入れる。数え切れない着信とメールが届いている。会社、得意先、同僚、妻。いくぶんの吐き気を感じながらフェイスブックのアイコンを開く。右上の赤い丸の中には白抜きの「35」。世界中のモヒカンから友達申請とモヒカン関連の団体や店からの「いいね!」リクエストだ。


それらの全てを無視し、オフ会参加希望のみ送信して程なく家を出た。心配した同僚や家族がマンションに向かっているだろうからだ。ハンチング帽のツバを右手でおさえて深々とかぶり、車で行きつけのインターネットカフェへと向かう。


不思議なものだ。まだモヒカンになって1日も経たないというのに、既に自らがどうにも社会不適合で、受付のバイトの女の子が数奇なものを見るように自分を見ている気がする。指名手配犯も似た心境かもしれない。物理の法則では、壁を押すと同じ逆方向の力で壁が押し返してくるからこそ壁はその場に留まっていられる。同様にバイトの女の子から攻撃的な視線を浴びたと感じるや否や、同じ勢いかそれ以上の勢いで攻撃的になる。世の中にあふれ返るなんの変哲も無い女の子に対して「どうせ何にも考えず生きてて大した悩みもないんだろうな。」「フラフラと気の向くままオトコと付き合って、いやらしいことばかりしてんだろう。」などと何の根拠も無い、どうにも救いの無い苛立ちが募る。


良くない。


モヒカンに人格を乗っ取られていくかのようだ。


ささくれ立った神経を鎮めるべく、薄暗い店内で瞑想にふけりながら、ただただオフ会を待つことにした。


あえて開始時刻の19時には行かず、19時35分を狙って店に到着した。通された席には、既に2人酒もほどほどに入って熱く話し合っていた。1人が20代そこそこのモヒカンで、1人が60手前のノンモヒだ。


自己紹介によればモヒカンは玲二24歳。ベタもベタにパンクロックバンドでベースを弾いていて、銀行に勤める彼女のマンションに転がり込みヒモ状態とのこと。しかしまあ「モヒカン」を百科事典で調べたら出てきそうな典型的なモヒカンだ。もちろんカツラは被らず、モヒカン幅が健治より狭くて長目の髪のウルトラマンスタイル、色はピンクだ。


ノンモヒは栄司56歳でバツイチ、サードタイプ。地毛とカツラの部分を触らせてもらったが、ほとんど違いは分からない。直接の原因ではないが、モヒカンになってから転がり落ちるように夫婦関係が悪化し離婚に至った。モヒカンデビュー即サードタイプを採用したため、子供には一切明かすことなく、またおそらくバレることなく暮らしていたが、なぜかデビューから程なく子供がイジメられ始めたらしい。


健治も自己紹介を終え、全員名前が3文字で「じ」で終わることが共通しているという話題で一通り盛り上がった。


あれ程インターネットカフェでささくれ立っていた神経が、2人と共にいると不思議と落ち着く。バカげているが、「ナショナリズム」と呼んで差し支えないほどの安心感を感じ始めている。


会話が途切れて一息付いた後に栄司が切り出した。


「あんまり他で話して欲しくはないんだけどさ。。」


酒のせいもあり、芝居がかった仕草で周りを見渡す。そして少し声のトーンを落とし、


「俺は『モヒカン政治連盟』てやつに所属してんだ。特に公的な役職があるわけではないが、関西支部では重要な役割を担っていて他の仕事には就かずに専属でやっている。組織のピラミッドで言うと3層目あたり。株式会社でいう社長、役員のその次だからいわゆる部長クラスだ。その中でも役員候補の部長クラスと自負している。で『政治連盟』って何だって?まあまあ焦るなよ。ククッ。」


ぐいっとグラスの焼酎を飲み干し、面倒臭い芝居がかった話し方に拍車がかかる。


「『政治連盟』てのは、モヒカンを支援してくれる政治家に働きかけて我々に有利な法律や補助金制度の導入を推進しているんだ。その政治家ってのはな…ククッ。」


締まりの無い赤ら顔で我々に顔を寄せるようジェスチャーで指示を出す。


「ククッ」という笑い方が癖で、その様はいつかどこかで見た水墨画に描かれた妖怪のようだ。そしてなかなかインパクトのある政治家達の名をコソコソっと囁く。正直、先のインターネットカフェのバイトでも名前と顔が一致するのではないか?それくらいの大物達。そして実はサードタイプ。


なんと『政治連盟』から支払われる英二の年収は800万円という。仕事といっても内容は重役の車の運転手と秘書業務と呼ぶのもおこがましい雑務くらい。この1ヶ月は重役一家の引越しの手続きと段取りに明け暮れている。世間の相場であれば年収400万円が良いところだろう。しかも公にはなっていないが、携帯代なんかが大手キャリアでも安くなったり(モヒ割)、年金や健康保険も安くなると言う。これらを加味すると世間の年収約900万円に相当するという。


「やめられまへんで。ククッ。ククッ。」


今日の飲み代も広報活動の一環で連盟から全額出ると言う。


強烈な違和感。何か違わねぇか?


モヒカンていうと、何というか、病的に潔癖で、何というか、汚職やワイロなんかを許せずにその疑いのある政治家に対する憎悪を自らの中で悪魔を飼うように増幅させて、しまいに暗殺なんかを企ててしまうような、何というか、凶悪ながらも限りなくピュアというか、ベタにハリウッド映画「タクシードライバー」のトラヴィスこそが、そのモヒカンであって、何というか、栄司よ、モヒカン語って、あんたのその妖怪のような下衆の笑みのその感じは、何というか……あーー……


「やめられないっすよねぇ〜〜。」


玲二が続く。


「健治さん。モヒカンがモテるって信じられないでしょ。でもね、俺は徹底的に計算した末、モヒカンがモテるという確信のもとモヒカン続けてんすよね〜。」


実際に現在銀行員の彼女が喜んで玲二の生活費を出しているし、これまでにも同様にどちらかというと優等生タイプの会社員女性と付き合って来たし、彼女の方が玲二に惚れ、その関係を壊したくない、とすがり付いてくるような関係性だったという。


玲二の解説によればこうだ。


「モヒカンデビューして初めて付き合った彼女がそうだったんすけどぉ。親が極めて真面目でその望むとおりに育ったような女って、とんでもない変態性を押し隠して生きてるんですよねぇ。そしてそれを普通のオトコ相手には解放できないでいるんです。普通のオトコだと親が重なって見えちゃうんでしょうね。だから無意識に猫かぶって良い子しちゃってまた抱え込んだ変態性をさらに育ててしまう。そう、悪魔を心の中で育てているかのようにね。」


ドキッとした。自分が、モヒカンについて『悪魔を飼っている』と例えたのと同じ表現を玲二が使ったからだ。


「だから親の影が一切重ならないモヒカンだと全てを解放できるんです。もう自分でも自分が信じられないような痴態をね。ククッ。」


(こいつもククッか)


「そして決定的に彼女達に共通していることがあります。それは悪魔を吐き出すだけ吐き出し切ってしまうと憑き物がとれたように僕の元を去り、親の望むような男と結婚するんです。『あなた無しでは生きられない。』そんなテンションで付き合ってながら、プツッとスイッチが切れたように僕の元を去って行くんです。実は僕と付き合いながら同時並行で結婚の準備進めてましたってケースが3回ありました。3回ですよぉ、信じられますぅ??まぁまぁこっちにとっても気楽に楽しめて都合良いんですけどねぇ。ククッ。ククッ。だからこんな変な髪型でもやめられないんすよねぇ。」


なーーーーーーんか、違うくねぇーーーかーー????


よりにもよってそういう性的な部分において最もモヒカンは潔癖だと思っていた。それこそ女性でいえば白馬の王子様を夢見ているような。ディズニーでいうと「美女と野獣」の野獣のポジションかと、そう思っていた。モヒカンじゃなくともこの世のどこかにそんな世界が残っていてくれないと、、何というか、何というか、寂し過ぎないか、、、


それからの会話は上の空で何も耳に入って来なかった。気がつくと、栄司が勘定を済ませていた。二人は恒例のスナックでの二次会に向かうと言う。それを丁重に断って、アテも無く歩いた。


「モヒカンていってもその程度かよ、、ククッ。ククッ。」


あえて二人と同じようにシニカルに笑った。自分で自分が可笑しくなってきた。いつの間にか、「このままじゃオレ達モヒカンダメになっちゃいますよ!腐ってちゃダメですよ!」なんて先輩社員に熱く語る若手社員さながらだ。しかも自らの意思でなったわけでもないモヒカンなりたてホヤホヤの新人がだ。


モヒカンなんて生きてきた中で一切気にしたことも無かったが、多くの人間にとって自分と100%無関係であるがゆえ、鏡のようにノンモヒを映すのかもしれない。今、モヒカンに対して感じている憤りは即ち自らに対する憤りに他ならず、モヒカンに対する期待は、自らの心の奥底にしまい込んで諦めた自らに対する期待に他ならない。そして目の前で下衆の笑みを浮かべるモヒカンもまた自らの下衆性に他ならないのだ。やり場のない憤りが止まらない。


とともにその憤っている自分を嬉しくも思う。


「俺は俺をまだ諦めてないんだ。」



「戻らなきゃ。」


モヒカンに対して、既に不思議なもので「愛」を感じている。「愛着」といったレベルではなく紛れもなくそれは「愛」だ。半ば犯罪被害に合ったような形で全く自らの意思に反してモヒカンになったわけだが、誘拐された被害者が誘拐犯と行動を共にするにつれ「愛情」を感じる奇妙な現象があると聞いた。それに似ているかもしれない。


しかし僕は戻らなくてはならない。モヒカンに乗っ取られてはならない。


手元のスマートフォンで「モヒカン 戻り方」とGoogle検索をかける。


「【ベストアンサー】簡単なことです。頭部のモヒカンをガッチャと180度回転させるのです。」


一息にモヒカンを回す。懐かしい駄菓子屋のガチャガチャさながらの感触。


ガーーッチャっ


腹の奥から何かが上がって来る。喉の太さよりもはるかに大きな何かが逆流する。涙・鼻水・脂汗・ヨダレが一気に噴き出し、ドラゴンボールで言う所のピッコロ大魔王が口から卵を産むように球体を吐き出した。


直径20cm程度のガチャガチャの球だ。フタを開けると中身は、北海道のお土産の木彫りの熊のフィギュアだった。口に鮭ではなく巻物をくわえている。そこには、


「これを読んでいるということは、あなたはもはやモヒカンではなくなっていることでしょう。モヒカンには一般的には3タイプあると思われています。しかし4タイプ目、フォースタイプが存在します。それはモヒカン以外の部分が地毛で覆われているタイプです。


『いやいや、それはただのノンモヒじゃないのか?』


そう思われたことでしょう。その通りです。しかしそれをノンモヒと見るかフォースタイプと見るかで、意味合いが大きく違ってきます。あなたはそのフォースを感じることを忘れずに誇り高く生きて欲しいのです。切にそう願います。」


完全なる「フォース」違い、、、、


まあ良い。健治は頭に手をやり、そのフォースを握りしめるのだった。


、、、、、、、、、、、

、、、、、、、


「お客様、お客さまぁ〜〜」


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