夢みる小鳥のカプリチオ
人の記憶を持った小鳥×天パのサラリーマンの話
タグ→現代/ファンタジー/SF
Twitterにあげた連ツイノベルです
①暗い中の突然の光。衝撃とその音。
何かから弾き出された私はふわふわと空を流れていた。
そのうちに上へ引っ張りあげられるような感覚がし始める。
これはまずい。上に行ってはいけない。絶対に。本能がそう感じた。
どこかになにか、なにか、容れ物。私が入れるモノ。なにか。
どこかに。なにか。
②そのとき眼下の建物の、棚に並べられたいくつかの箱の中で、光って見えたモノ。あれだ。あれにしよう。
私はそれに入る。
さて次はどうしよう、雨が降っていて寒い。どこかに避難しなければならない。力を振り絞って空へとぶ。
そこでとあるアパートの窓が開いているのが目に入る。隙間から入った。
③「うわっなに!?」
入った部屋で若い男が私を見て叫んだ。
ちょっと休ませて、と言おうとして口を開く。
「ピピ!チチチ!」
…あれ?
もう一度。
「ピピッ!」
「…インコ?」
言われた私は部屋に立てかけてある鏡を見た。小さくて白くてくちばしは赤。
…これは白文鳥ですね。インコではないわ。
④「…そーなんだよ、飯食ってたらインコが窓から飛び込んできてさ。お前飼ってたことあんだろ?だから…え?インコだよインコ。小さくて白いの。ほんとだって。じゃあ今画像送る」
男が私をパシャリと撮る。スッスと操作をするとすぐにスマホが鳴って声が漏れ聞こえた。
『アホ!そいつは文鳥だ!』
⑤「インコの…違った、文鳥の食べるものっと…」
家主がスマホで検索している。
「えーと、迷い鳥を保護したら…カゴがなければ段ボールに入れて、水と、急場しのぎなら生米を砕いて与える…」
暫くして家主が本当に生米を持ってきた。
え…生米?マジで?やだなあ。だったら主の食べてる肉がいいなあ
⑥ピッピピッピとくちばしで主のちゃぶ台の皿を狙う。
「え、肉食う気…?マジで?大丈夫なの?」
大丈夫かは知らないけれど、生米よりは肉がいい。
ていうか私のこの意識は一体何?スマホや文鳥がわかるってどういうこと?
前世は人間だったんだろうか。
…多分そうだな。
ではとりあえず肉ください。
⑦『肉食った?マジかよ』
スマホから声が漏れる。どうでもいいけどこの電話の男は声がでかい…。
「マジマジ。すげえうまそうに食ってた」
『普通なら腹壊すぞ。下痢しないか様子見てやれよ。あとちゃんと飼い主探せ。SNSにそいつの写真と拾った日時あげろ』
声はデカいが面倒見のよい友人なようだ。
⑧「うーん、じゃあとりあえず仮の名前でもつけとくかな…」
主が私の顔を見て呟いた。
「ポチ」
犬かよ!ピッと手の甲をつつく。
「痛ッ!何だよ気に入らねえのかよ。じゃあハチ」
渋谷の犬かよ!ピッとの甲をつつく。
「えー、じゃあタマ」
それは猫!
「だって俺、犬猫しか飼ったことねえんだよ…」
⑨その後も主はタロだジロだミケだマイケルだ、文鳥に相応しくない名前をばんばん挙げ続ける。ここまでセンスがないのもすごい。
やがて考え疲れた主はおもむろにTVをつけた。そのとき流れたCMを主はじ…っと見つめ、
「…お前の名前は『ユキ』にする」と宣言した。
かの有名な大福アイス由来である。
⑩「名前も決まったし今日のところは寝るか…ユキは段ボールの中な」
ちゃぶ台からそっと段ボールの中に移される。その上から薄い布みたいなのをかけられた。
「おやすみ」
…しかし何か心もとない。私はピャッと飛び出して主のもじゃっとした髪に浅く潜った。うん、ここがいいな。
「マジかよ…」
⑪翌日、主の電話の相手が部屋にやってきた。熊のような大男だった。これでインコ飼ってたんかい…
「物置からケージ出してきた」
「おーサンキュ」
「お前大丈夫?俺が預かろうか?」
えっやだよ。熊男はやだよ。
主の襟の中に潜ると
「…いや、うんまあ多分大丈夫だよ」
少々嬉しそうな主であった。
⑫主が私にカメラを向けている。
「い~ねい~ねユキ美ちゃん色っぽいよ~目線下げてみて~い~ね~、サイッコー!」
お前はどこのエロカメラマンだ。
しかしカメラを向けられるとつい首を傾げてみたりしてしまう。悩殺ポーズである。
「うっ可愛い!」
主はSNSに写真を20枚UPした。
…あげすぎや。
⑬主どうやらはサラリーマンらしい。拾われた翌々日朝には「いい子にしてろよ」と出かけていったが、帰ってきたのは深夜だった。
「あ゛ー!づがれだ!!」
ピピッ。おかえりー。
「ユキ…ただいま…」
チチッ。おつかれー。
「何これ…ちょう癒される…え、何…小鳥サイコーなんだけど…」
主、沼る。
⑭主は私を手のひらに乗せてひたすら愚痴る。
「聞いてくれよユキ…今日は最悪だった…後輩がミスって顧客に謝罪行脚だよ…」
ピピッ。それは大変だったねえ。
「作らなきゃいけない資料もあったのに…帰社してからはずっとパソコン作業だった…」
チチッ。それは大変だったねえ。
「あ~癒される…」
⑮寝るときはもちろん主の髪の上である。
「またかよ…寝返りできねえんだけど…」
文鳥はそんなこたあ知らぬ。
ていうかこのもじゃ具合がいいんだよね。キュゥ…
「…でも、生まれて初めて天パでよかったって思ったかも…」
そんな風に主が呟いたのを夢うつつに聞いた。
ていうか文鳥って夢見るの?
⑯夢を見た。
鳥も夢を見るんだなあなんて思いながら私はふわふわと白い壁の白い部屋を見下ろしていた。
ベッドがある。そこに寝ているのは若い女性。真っ直ぐな姿勢で、身じろぎもせず、あどけないともいえる顔で静かに眠っている。外は暗く、窓の外は雨が降っている。とにかく、そこは静寂だった。
⑰部屋に並んだ、ケージ用カバー、水入れ、水浴び容器、鏡、ブランコ、ヒーター、温湿度計、体重計、キャリーケージ、おもちゃ…
「おい…何だこの小鳥グッズ勢揃い状態は」
先日の熊男が主の部屋にやってきて言った。
「いや、飼い主から連絡とかないし…いずれユキに必要だろ…」
「名付けてるし…」
⑱「情が移ると別れが辛いぞ?」
「わかってるけど…」
「やっぱり俺が預かろうか?」
「お前…!そんなこと言って本当はユキが可愛いから俺から奪いたくなったんだろう!」
「やべえなんかキャバ嬢に入れ込んだ客みたいになってる」
「ていうかもう手遅れだ!情なんか移りまくってる!!」
「ああ…」
⑲さてここで私の一日を。
6時起床。朝ごはん。
7時半に主が出勤。ケージに入れられるが自分で開けられるので勝手に出る。しばらく遊んでケージに戻って昼寝。たまに水浴び。窓に野良猫が来るから踊ってからかう。昼寝。
20時ごろ主帰宅。遊ぶ。
21時就寝(ケージに入れられるが勝手に出て主の髪に潜る)
⑳今日も今日とて主の肉をおねだりする私である。
「お前ほんと肉が好きだね…もしかして実はハヤブサだったりする?」
うむ…もしかしたら実は私はハヤブサなのかもしれぬ…
なーんちゃって。
「これ鶏肉なんだけど…え、あれ?これって共食い?」
チチッ、そんな細かいことは気にしない気にしない。
㉑「わあほんとに文鳥だ!かわいぃ」
ある日、主が部屋に女の人を連れてきた。
なんとなくカーテンの陰に隠れる。
「あれ、隠れちゃった」
「結構賢いから知らない人ってわかるんだよ」
まあ前世は人間ですからそんじょそこらの文鳥と一緒にしてもらっては困りますが。
ていうか、この女の人は一体…?
㉒なんか飲む?みたいな会話を経て、女の人の前に麦茶が出された。しかし繊細なガラスコップがこの部屋にはないのでデカめのマグカップである。
なんとなくイラッとするなあ。
……
「きゃあっ」
「わっ!ユキ!お前なにしてんの!」
麦茶の入ったマグカップで思いっきり水浴びしてやった。ふんだ。
㉓「ご、ごめん、まさか麦茶で水浴びするなんて…」
「だ、大丈夫、そこまで濡れてないし」
ふんだ。
「よう」
そこに熊男がチャイムも鳴らさず入ってきた。
女の人は熊男に笑顔を向け寄っていく。主も交えた三人は二言三言話して、熊男と女の人は去って行った。
あれ?もしかして熊男の彼女だったの?
㉔二人の出て行った玄関を見ていたら、主が私の頭をちょんとつついた。
「なに、お前もしかしてヤキモチやいたの?」
ちょっと気まずくなってそっぽを向く。
「えーなになにユキちゃーん。こっち向いて」
ピピッ。知らん知らん。
私は普段主が部屋にいる間はほぼほぼ戻らないケージへと逃げ込んだ。
㉕また夢を見た。
この間みた白い壁白い部屋。
眠っていた彼女は今度は起きている。
長い黒髪、白い顔。
どこか見覚えがある。
その彼女が私に何か言っている。
―そろそろ戻ってきて。
なに?聞こえない。
私はどんどん彼女に近づいていって…。
「…ユキ?ユキ?どこにいる?ユキ!!」
――――暗転。
㉖目を開けたら白い天井が映った。
目覚めた私はひたすら検査、検査、検査。
私はアルバイト帰りに事故に遭ったのだった。打撲以外目立った外傷はないのにずっと目を覚まさなかったという。
―騒ぐ病室の窓の外、敷地内の樹木の根元に、小鳥のなきがらがひっそりと横たわっていたことは誰も知らない。
㉗それからは何事もなかったように日々は過ぎた。
バイト先のビストロで、男性二人組のテーブルに料理を並べていると、
「俺の心を鷲掴みしといて消えるなんて…何て罪な女なんだ…」
「あれメスだったのか」
「知らん…うう」
「きっと元のオトコのとこに戻ったんだな」
「ううっ…」
フラれたのか…
㉘「うううユキぃ…」
ガタッとお盆を落とす。
「す、すみません」
彼らが私を見る。私も彼らを見る。あれ、なんかこのもじゃ頭に既視感が…。
「あ、いやこちらこそお騒がせして」
熊みたいな男性が謝る。
「あ、いえ、あの私、元カノさん?と同じ名前だったので驚いて…あ、すみません聞いちゃって」
㉙「あ、いや、飼ってた文鳥の話です」
「文鳥…ですか?」
まるで人間の女性のような話ぶりだったが…
私がぽかんとしていると男性の一人が笑い出して、それにつられてもう一人も笑い、最後には私も笑ってしまった。
「ユキさんとおっしゃるんですか」
天パの彼が私に聞いた。
「はい、雨かんむりの」
㉚彼らが帰ったあとにテーブルを片付けていると、椅子の上にキーホルダーが落ちていた。私はそれを拾い上げる。
「どんだけ…」
白文鳥のアクリルキーホルダー。
「…君がユキちゃんかい?」
おそらく取りに来るだろう。いや、絶対に来る。
私はそれをそっとエプロンのポケットに入れた。
おしまい