あなたに語るモモの詩(うた)
愛犬の散歩中に川原ですれ違う気になる彼。
ふとしたことから知り合いになったけれどとある誤解が発生し…
Twitterにて連続であげたお話(9/26)です
①その子は私の7歳の誕生日にやってきた。
「ほら、お前の犬だよ。ちゃんとかわいがって、しっかり面倒をみるんだよ」
モフっとした毛。あたたかくやわらかい小さな身体。つぶらな瞳には私が映っている。
名前を付けなくては。この子に合った、かわいらしい名前を。
そう、この子の名前は…
* * *
②毎朝犬の散歩で河原沿いをすれ違う同年代ぐらいの彼。こっちはチワプーで、あっちは柴犬?かな?まだ小さい。
もちろん名前も知らない。
そんなある朝、初めてワンコ同士がクンクンし合って、ぐーるぐると。そのうち互いのリードが絡まる事態に!
そうして彼と私は初めて話すことになったのだ。
③「いつもすれ違ってるよね。名前何ていうの?」
朝の風に負けない爽やかさで彼が問うた。
「ぽ…ぽえむです」
「ぽえむちゃんかあ、可愛くてぴったりな名前だね!」
「えっ」
ドキッとしたが、そう言って彼が目を向けたのはわが飼い犬の方だった。
言えない…ぽえむが私の名前なんて…もう言えない…
④それからは会うと話をするようになった。
ちなみに彼の犬の名前はヤマトくん。彼の名前は聞いてない。聞いたら私も名乗らなければならなくなるから。なのに!
「ところでぽえむちゃんの飼い主さんはなんて名前なの?」
向こうからキターーッ!
「……渡辺、です」
「わたなべ…さん?」
「渡辺です」
⑤名字だけを名乗って名前は回避した!彼の名前もゲットした!田中太郎くん!なんて平凡で素敵な名前!ちなみに同い年!
と、背後から「おおーい、ぽえむ~モモ~」と野太い声がするではないか。これは。
「お兄…」
「おっ何だよ彼氏?」
「ちっ違うよ!」
こんなデカい図体して名前はみんとと言う…
⑥「いつもぽえむがお世話になってまーす」
イカつい男だが人当たりのいい兄である。
「いえこちらこそ」
いきなり現れたゴツい男にも感じの良いタロくん。だがしかしボロが出る前に追っ払わないとならぬ!
「お兄ランニングの途中でしょ。サボらないでちゃんと走りなよ、私ももう帰るし」
シッシッ!
⑦「お兄さん、あんまり似てないね…」
ゴリラだからね…似ててもいやだ…
「じゃモモちゃん、また」
「え」
「あ、お兄さんがそう呼んでたから…馴れ馴れしかったかな」
「ううん、全然いいよ大丈夫!」
「ならよかった」
朝の光にも負けない眩しい笑顔です。
それが犬の名前なんだけど…まいっか…
⑧「おはようモモちゃん、ぽえむも」
モモと呼ばれることもすっかり慣れてしまった。
本物のモモはといえば自分がぽえむと呼びかけられることに実は少々戸惑ってるみたいだけど、もちろんそんなことタロくんは気づかない。
モモもモモでタロくんに撫でられると気持ちいいみたいでされるがままである。
⑨知り合って時間がたてば気安くもなる。お互いのことも結構話すようになった。
「えー!モモも柔道やってるの?お兄さんだけじゃなく?」
タロくんは私をモモと呼び捨てるようになった。
「私は全然だけど、お兄は割と強いよ」
「やっぱり…」
「見るからにゴリラだしね…」
だがしかし名前はみんと。
⑩「タロくんは?部活はなに?」
「俺テニス」
「うわ何かぴったり」
「ぴったりってどういう判断で?」
「見た目!」
「何それ!」
二人で笑う。
ふうと息をついてタロくんが言った。
「…犬は飼い主に似るっていうけど、モモとぽえむも似てるよね」
ふわふわしてて可愛い。とタロくんは頬を緩めた。
⑪「ぽえむ!」
朝のこんな時間だというのに誰だ。見ると中学時代の友達。
「うわ何ぽえむの彼氏?」
「え、いや…」
そこでタロくんがヤマトに声をかけた。
「ヤマト、彼氏だってさ、やったな」
「…」
友人はチベットスナギツネの顔をして、無言で首を振り、私の肩をぽんぽんと叩いて去っていった…
⑫「あら節子ちゃん!」
いつものように朝タロくんと話してたら少し前までよく会っていたおばあさんが話しかけてきた。
「お久しぶりです」
「節子ちゃん元気だった?」とおばあさんはモモを撫でまわす。
「節子…?」
「何度言っても名前憶えてもらえなくて」
「ぽえむなのにね…」
いや、モモなんだ…
⑬「え…」
「こんな日まで会うとは…」
その日は台風であった。さすがに川原は避けようと、2本ぐらい中側の道を歩いていたんだけど考えることは一緒だったわけだ。
「お互い大変だね…」
「外行くまでずーっと騒いでるからね…」
この分じゃ雪の日も会うかな。
とそんな日のことまで考えてしまった。
⑭「タロくーん、ヤマトー!」
「おはよう」
別に約束しているわけではない。散歩に行けない朝もある。
親密すぎないけど無関係でもない。こんな状態がとても居心地がよくなっている。
「よーしよし、ぽえむ」
タロくんがモモを撫でる。
いつまでもこのままじゃいけないことぐらいわかってるんだけど…
⑮夜になってから明日の数学のノートがもうないことを思い出した。予備もない。しょうがないコンビニに行こう。
出かける気配を察してモモがやってくる。
「番犬代わりに連れてけば?」
「番犬になるかね?」
「ならないね」
そんな会話をお母さんとしてからバッグとリードを携えてモモと家を出た。
⑯後ろから誰かついてきてる気配がする。
モモを出しに足を止めたりしてみるものの、追い越すそぶりもない。
すると、いきなり後ろから羽交い絞めにされた!
周りは住宅街だがひと気はない。
でも声を出せば…声を…声が…
「キャンキャン!キャンキャン!」
「何だよこの犬!…いてっ!こいつッ!」
⑰その男は足に噛みついたであろうモモを振り払うと、あろうことか蹴り飛ばした。
宙を飛んだモモはそのまま植木に打ち付けられる。
「モモ!」
道路の上でモモは動かない。
「この…よくも…よくもモモをぉぉ…!」
私は相手の懐に飛びこみ襟を掴む。
「ぽえむ!」
「モモ!」
遠くから声が聞こえた。
⑱――のちに兄は語った。
実に見事な、文句のつけようのない綺麗な一本背負いだった、と――。
⑲「モモ!モモ!」
「ぽえむ!」
「動かすな!」
何故ここにお兄とタロくんがいるのかなんて考えてられなかった。
「お兄、電話!お父さんに電話して!すぐに車出して!早く!モモが死んじゃう!!」
「え、モモって?」
タロくんが混乱している。
「モモはこの子なの!ぽえむは私!―モモ!モモ!!」
⑳あれからすぐモモは気がついて、懇意にしてる獣医さんに連れてって診察してもらったところ幸い打撲だけだった。
よかった……
タロくんはあの場で別れたけれど、モモは無事だったことは連絡した。
あのとき、帰宅途中の兄とタロくんは偶然会って、そして微かな犬の鳴き声を聞いて駆けつけたらしい。
㉑時間がたって冷静になって、私は頭を抱えていた。
遂にぽえむが私でモモが犬だってバレてしまった…というか自らバラしたんだけど。
タロくんは何も言ってこないけど、このままじゃいけないのはわかってる。
『モモも元気になったので明日から散歩に行きます』
私はタロくんにメッセージを送った。
㉒「おはようぽえむ、モモ」
「おはよう…」
気まずげな私にタロくんは笑顔で先に切り出す。
「俺が悪かったんだよな。最初にぽえむがこの子だと思ってしまった」とモモを見下ろした。
「ううん私も…違うって言えばよかったんだけど…ごめん」
私はぽえむという名前に、実は引け目を感じていたのだ。
㉓「ぽえむって可愛い名前じゃん。ご両親だってそう思ってつけたんだろ?」
「今になって『ちょっとやりすぎた』って言ってるよ…」
タロくんが噴き出した。
「でもまあ俺にとっては可愛いと思うよ。名前も、本人も、実はめっちゃ柔道強いとこも。―聞いたよ!関東大会の覇者だって?」
お兄ィィー!!
㉔「とにかく謝ることなんか何もないよ。でもそうだな…一つお願いがある」
「えっ何」
「彼女になって」
「…」
「ちゃんと言った方がいいか。好きだよ」
「……浮気したら投げ飛ばすけど?」
「いいよ!てか絶対ないと思うけど!」
モモとヤマトがいい加減にしろやとそれぞれのリードを引っ張った。
㉕* * *
「モモ、俺本屋行ってるわ」
街で偶然友人と会って立ち話になってしまい、彼が気を遣ってくれたのに頷く。友人が奇妙な顔をした。
「モモ?って呼ばれてるの?なんで?」
そう、本名に全くかすりもしないその名前。
でも気に入ってる。彼しか呼ばない、今はいない私の愛犬の名前を。
(終)




