五章
午後三時。
激戦の果て、さすがに疲労困憊した少女は、ふらふらと帰路についていた。
すると、その途中で、悪魔連中が戯れているのを発見した。
彼らはカメと弓矢を使って、簡単な競技のようなものをしているらしかった。悪魔達から二〇メートルほど離れた地点に杭が穿たれ、カメは杭に丈夫そうな紐で括り付けられている。悪魔は動けないカメを的に、射的をしているようだ。
どういうわけか、少女の戦闘中は死んだように動かない悪魔達は、終戦直後からやたらと活発に行動し始めるのだ。
悪魔の表情など少女には読めないが、せかせかと活動する彼らは、心なしか楽しんでいるように見えた。
少女は懐かしいような、歯痒いような思いで彼らを眺める。
悪魔達は弓を構えたまま、一向に射ろうとしない。矯めつ眇めつ自身の手元や、カメとの距離なんかを見比べてはいるが、彼らの矢は一向に放たれない。
少女には、それが永久に放たれないものだということが、よく解っていた。
悪魔にとって、矢は永遠に飛んではいけないものなのだ。緩やかにしなる運動は、決して許されることはない。
かつて少女はあの場所で、人間の仲間とともに競技に参加し、矢を射った。途端に、周りの人間たちは姿を変え、少女を非難する悪魔と化した。
彼女の矢は動いてしまった。少女が自身の過ちに気が付いたときには、もう遅かった。ルールはすでに犯されてしまった。
以来、悪魔の中に、少女の居場所はない。
「もしもし、ハルさん?」
ふわりと、右隣から春の香りを感じて、少女は我に返った。
「何をぼんやりしてらっしゃるのですか。今日はまだ、主戦場の後始末をされていないようですが? このまま帰られてしまうのですか?」
「あっ……」
桃色に輝く蝶に囁かれて、少女は戦場を振り返る。
すっかり忘れていた。
戦争の準備と後始末こそ最重要事項だと、肝に銘じていたはずなのに、どうかしていた。昼間にカラスと余計なお喋りをしたせいだろうか、今日はどうにも調子が悪い。
(--もう、やめときなよ)
心の中に、カラスの台詞が蘇る。
そんなつもりは毛頭ない。
けれど、ほんの少し、少女の心に嫌気が差した。
「……今日は、いいかな。別に毎日やらなくたっていいことだし」
「いけませんよ」
弱気になった少女に、きっぱりと蝶は断言した。
ひらめくハート形の翅は、蝶の生真面目さを象徴するかのように、規則正しく揺れていた。
「些細なことだからって、馬鹿にしちゃいけません」
「だって、元々私が後片付けしなきゃいけないなんて、決まりはないのよ」
「なりません。今日の努力は明日の成果となるのです。些細なことから大きなことへ。そう、そよ風だって地球を一周する頃には、突風となっているのですから」
少女はじっと蝶を見つめた。
それから、ひらりひらりと上下する蝶の翅の動きが、わずかな空気の振動を巻き起こし、やがてその振動がどこかの気流と絡み合い、巨大な渦となって暴れ回る様をまざまざと想像した。
そして少し、そんなことを真剣に考えた自分を馬鹿らしく思った。
「……解ったわよ。確かに今日だけさっさと帰るっていうのも、すっきりしないし」
「それがよろしいかと」
蝶は自分が台風の原因だとは思ってもみないようであった。