干支達の夢 その十二b 【それぞれの天国】
干支に関するショートショートです。今回は猪その2です。猪と豚、天国はどこにあるのでしょうか。
憧れていた。その場所は光に包まれ、皆は微笑みあい、何の苦痛
も無い。あるのは幸福だけだと。長きに渡るその想いは、もはや信
仰であったのかもしれない。
俺達と言えば、泥にまみれ僅かな物音にも身を震わせ、いつも腹
を減らしては誰かを恨んでいたのだ、無理も無い話だ。
「ねえ、お話してよ。あのお山のずっと向こうにその場所はあるん
だよね?」
まだ縞の残るチビどもが【ダイ様】にお話をせがむ。ダイ様はい
つもの様にめしいた眼で中空を睨みながら、ゆっくりと語り聞かせ
る。
「ああ、あそこは天国。何の苦労も無く美味しい物は食べ放題。ド
ングリなんぞ問題外じゃ。おまけに清潔な寝床。年中穏やかな気候。
間違いなく極楽よ。嘘偽りではないぞ。このわしはそこで生まれた
のじゃからな」
「でも、子供の時、そこから大鷲にさらわれたんだよね?ダイ様、
可哀想」
「ふふ、じゃがワシはお主らの為にここに遣わされたと思うんじゃ
よ」
ダイ様が俺達の処に現われたのは、もう三十六年前になると言う。
俺達の平均寿命は二十年だから、その当時を知るものはもう誰も居
ない。だが、ダイ様はその風貌からしても、間違いなく俺達とは違
う。そう、ダイ様は色白で俺達のように毛深くも無い。粗野な牙も
無い。背中の【平成株PIG】という黒い模様は、ダイ様の名前の
謂れである【大きい】という意味なのだそうだ。彼の地でダイ様達
のしもべが使う言葉らしい。俺達には到底判断は出来ないが、ダイ
様が言うのだから間違いは無いだろう。
俺が彼の地に命を懸けてでも行く気になったのは、恋人の死がキ
ッカケだった。そうでなければ、信仰にも似た憧れを抱きつつもこ
の地で生涯を終えたことだろう。この地を憎み、そして愛した皆の
様に。
ある月も無い夜、俺は出奔した。誰にも言わず、振り向きもせず
一目散に山を越えた。越えても超えても山だったが、途中でダイ様
に似せた化粧をしてなおも山を越えた。彼の地は近い、俺の本能が
そう囁いていた。
無理を承知で走り続け、意識を失う寸前、光に包まれるのを感じ
た。
我に返った俺は彼の地にいる自分に気がついた。周りはダイ様の
様な者ばかりだ。遂に俺は天国に足を踏み入れたのか? 外ではし
もべが何か話している。天国の言葉で。多分俺に祝福をしてくれて
いるのだろうな。
「ブー公一匹増えとる!」
満面の笑顔、ああ、やはり天国はあったのだ…
豚は半年余りで出荷可能だそうです。猪は結構長生きで25年位は生きるそうです。
PIGは豚 BIGは大きい ダイ様の背中の模様の意味は…